番外編:自慢

 いつも通り、リタを外に引っ張り出したのはジェレミーのほうだった。ニールの家に引っ張っていかれた。他の貴族の家に引っ張っていかれるよりはマシだが、リタは正直気が進まなかった。しかも、ニールの家には他の貴族も来るらしい。やりかけの仕事があるのに、ジェレミーはいつも強引だ。結局断りきれない自分もいけないのだが。最近はもう、断ることに労力を使うのをやめた。諦めたのか、慣れてしまったのかは自分でも分からなかったが。
 馬車の中で、始終不機嫌そうな顔をしていたリタに、ジェレミーが声をかけた。
「リタ、機嫌を直してよ」
 直るわけがない。
「ちゃんと料金は払うから」
「……ジェレミー。金さえ入れば私は何でもするのだと思っているのか」
「だって、いつもお金が絡むと態度が変わるし」
 間違っていないのでそれ以上何もいえなかった。こういうところ、正直で容赦ないなぁとリタは思う。ぐだぐたフォローされるよりはっきり言われたほうが、リタにはありがたいのだが。遠まわしで思わせぶりな会話は苦手だ。

 ニールの屋敷に着くと、ホストであるところのニールと彼の妹のエメリナが出迎えてくれた。リタもレディーとして扱われ、リタにとってははなはだ居心地悪かった。
 ニールは既にリタの無愛想には慣れたようだったが、エメリナはどうも、少々リタが苦手のようだった。にこりともしないし、必要がないと口を開かないのでとっつきにくいのだろう。分かってはいたが、リタもどうしていいかわからなかったので結局口を開けずにいた。口を開いたら余計に場の空気がまずくなるような気がしていた。
 一方のジェレミーは、早速他にも来ていた客と談笑を始める。テラスで日光を浴びながら、お茶を手にして、男とも女とも上手く話をしていた。そして、相変わらずリタを話しに入れたがった。ボートに乗ろうという話が出た時も真っ先にリタを呼んで自分のボートに乗せた。自分だけジェレミーに特別扱いされているようで、嬉しいことにはうれしいのだが、リタは余計に居心地が悪かった。女性たちの視線が気になる。

 案の定、ボートから降りて芝生の上でバスケットの中身を広げる段になると、女性は女性で固まるため、リタもエメリナを含めたレディーたちに囲まれて質問にあってしまった。
「リタさんはジェレミーさまとお親しいの?」
 とてもじゃないがこんな口の利き方は身につかないな、とリタはよけいに表情を硬くした。
「単に私の大家なだけです」
「あら、それにしてはジェレミーさまがお気にかけていらっしゃったわ。仲がよろしいのでしょう?」
 この人たちまで「憎からず思っている」説を提唱したがるんだろうか、とリタはみんなの思考回路を不思議に思った。本当にそっちに持っていくのが好きなのだな、と思う。
「……というより、懐かれたというか」
 本当にそんな風に感じていたのでそういったのだが、レディーたちはその表現に少々目を瞬いた。普通、こういう形容はしないらしい。リタは慌てて口をつぐんだ。あまりしゃべると、自分が変な目で見られるばかりか、リタを特別扱いするジェレミーまで「どうしてこんな子を」と思われかねない。まあ、リタ自身、「どうして私なんかを」と思っているのだが。

 その後はエメリナが上手く話題を転換してくれたので、リタは沈黙を守ることでなんとか乗り切れたが、バスケットの中身のお菓子が消えた頃には気疲れしていた。すぐにジェレミーが側にやってくる。
「どう? 楽しめた?」
「……疲れた」
 正直に言うと、ジェレミーは苦笑した。
「リタはもうちょっと自信を持つべきだよ。皆リタが魔女だってことは知ってるんだし、変わったことを少し言うくらい、大丈夫だよ」
 分かったような口を利く。リタは頬を膨らませてジェレミーを見上げた。
「なぜそう断言する。魔女と人は、妖精と人と同じくらいには相容れないのだよ」
「……フェイ・ファミリアの人間にそんな寂しいことを言わないでほしいなぁ」
 彼はちょっと拗ねたような顔をした。
「リタの、“変わってる”部分って、長所になるんだよ。自分で短所って決め付けちゃだめじゃないか。長所なんだってことをアピールしなきゃ」
「そこまでして評判を得たいとは思わぬ」
「お客が増えることに繋がるとしても?」
「……やっぱり、私はお金で動くと思っているのだな」
「いや、ごめん、今のはちょっとリタの気を引いてみたかっただけ」
 ジェレミーは言って、ごまかすように手を振った。

 リタはジェレミーと並んで道を歩きながら、前を行くレディーたちがちらちらとこちらを振り返っているのを見ていた。
「……ジェレミー」
「うん?」
「なぜ私を、こういう人の集まるところに連れて来たがるのだ?」
 自慢、とジェレミーは言ったことがあったが、全くもって意味が分からなかった。問われた方のジェレミーは目を瞬き、なんだ、そんなことを考えていたのか、と呟いた。
「リタのことを皆にも知って欲しいから、かなぁ」
「……なぜ、そう思う?」
「なぜって言われても。そうだね、僕だけがリタのいいところとか、可愛いところを知っているのはもったいなから。珍しいものが見つかった時に、皆に教えてあげたくなるのと同じだよ。リタは誤解されやすいから、なおさら」
 さらりと誤解を招きそうな台詞が混じったが、リタは無視することにした。正直なのはジェレミーの美徳だが、少々言葉を言い回しを選んで欲しいものだ。理論はなんとなく理解できるが、リタはそれでも腑に落ちなかった。その上恥ずかしい。褒められたときの常で、リタはどう反応して良いか分からなくて、ひたすらに黙っていた。

 屋敷に戻ると、客人たちはサロンに集まり、引き続きおしゃべりをしていた。リタは人垣から付かず離れずの場所にいて、無難な話題にだけ口を挟むようにしていた。
「この前、婦人がおつけになっていたネックレス、お見事でしたわ」
 言われた婦人はおほほと上品に笑いながら、ありがとうございますわ、と返事をした。
「宝石商で見かけて、思わず買ってしまいましたの。珍しいトルコ石でございましたから」
 石の話か、とリタは思った。思っただけで話に参加する気はなかったのだが、エメリナがふと思い出したようにリタを振り返って言った。
「リタさんは魔女ですから、石にはお詳しいはずよね?」
 急に話しかけられてリタは面食らった。
「……石、ですか」
「ええ。魔女の方は石を扱うのでしょう?」
「ええ、まあ……」
「リタは石に本当に詳しいんだよ」
 ジェレミーがニコニコと笑って話しに加わってきた。
「以前ティターニア女王に会った時のことだけれどね、琥珀ひとつでうまく女王と取引してしまったんだ。石のことをよく知っていて、効能も良く知っているからうまくメリットをアピールできたんだろうね」
「まあ、妖精女王を相手に?」
 驚いた顔でレディーたちがリタに注目する。リタは思わず頬を染めた。嫌な注目のされ方ではなかったが、少し緊張して心臓がドキドキした。
「では、トルコ石にはどんな力があるのですか?」
「……浄化」
 リタはポツリと答えた。どこまで知識を披露して良いものか迷っていた。けれど、大体のことは教えておこうと思って口を開く。
「空の青色ですから、気持ちの浄化と、それから体の不調を治癒する力もあります。控えめで穏やかな石なので、邪気を払うというより逸らす効果のほうが高い」
「そうなのですか。では、どんな時につけるとよろしいの?」
「旅の時。昔から旅の守護石でしたから。それと、どちらかというと贈り物としてもらったものの方が力を増します」
「あら、そうでしたの」
 婦人がまあ、といった様子で口元を抑えた。
「でしたら、いずれ娘に譲りますわ」
「それがいいでしょう。きっと娘さんを守ってくださいます」
 リタはほっとして言った。気味悪がられていないようだ。宝石の話題は婦人方も興味を持つらしい。うまく、話せた。
 顔を上げると、ジェレミーが嬉しそうな顔をしていた。



「これで仕事が増えたね」
 帰りの馬車で、リタはジェレミーにそういわれた。石の豊富な知識を買われて、リタには今度ジュエリーを買いに行くときに選ぶのを手伝って欲しい、という予約がいっぱい入っていた。
「……あまり魔女らしい依頼ではないが」
「良いじゃないか、別に」
 その通りだった。別に良いことだ。
「どう? 皆と打ち解けるの、気分が良いだろう?」
 ジェレミーがにこにことそう言ったので、リタは答えずに黙っていた。
「僕も嬉しいよ。エメリナもすっかりリタ苦手症が治って、リタに興味を持ってくれたみたいだし」
 なぜジェレミーが喜ぶんだろう、と思いつつも、自分もジェレミーが他の人たちに好かれているのを見て少しは嬉しいと感じていたことに気付いて、そんなものなんだろうと納得しておいた。同時に、少し複雑でもあったが。
 やっぱり、一人だけ特別扱いされるのは戸惑うと同時に嬉しくもあるのだ。
「……嫌じゃなかった」
「うん?」
「人が多いことが」
 そう伝えると、ジェレミーはやっぱり嬉しそうに笑った。
「それはよかった」
「でもやはり、私には一人でいる方が性に合うと思う」
「まあ、それはリタの性格だろうから」
「……一人というか、少人数のほうが」
 なぜ言い直したのか、リタ自身分からなかった。一人の方が良いはずだった。けれどやっぱり、いろいろな新しい経験をさせてくれる存在がいてくれた方が――良いのかもしれない、という考えが頭をかすめたのだ。
 ジェレミーは目を瞬いてリタを見つめ、呟いた。
「それってつまり……」
 リタは口に出してしまったことを後悔した。ああ、またジェレミーが調子に乗ってしまう。

「二人の方がよかった?」

 ジェレミーが首を傾げて聞いてくる。見上げれば、甘そうな蜜色の瞳がごく真剣にリタを見ていた。言われた意味が分からないではなかったが、あまりに答えにくい質問にリタは押し黙る。否定しても肯定しても微妙なことになりそうだった。
 しかし、黙っていると自分の都合のように解釈してしまうのがジェレミーだ。にこりと、こちらが困ってしまうほどに華やかな笑顔を浮かべて、ジェレミーはリタの手を握った。

「じゃあ、今度は二人で出かけよう。行き先はリタが決めていいよ」

 うっかり頷きそうになったリタは慌てて「もうしばらくは仕事をさせてくれ」と叫んだ。


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