Christmas Side Story


 魔女はクリスマスを祝わない。
 ……普通。

「でもそれにこだわる必要はないと思うんだよね」
「何を言う。妖精だって祝わないだろう。むしろクリスマスは魔女も妖精も家で大人しくしている日だ」
「大丈夫、僕は人間だから」
「フェイ・ファミリアの自覚はあるのか?」
「一応人間の家系だよ?」
「そういうのは屁理屈というのだ。そもそも私は魔女だ」
「でも、普通の女の子でもあるだろう?」
「魔女だ。なにがなんでも魔女だ」
「大丈夫、仕事をしてなければ普通の女の子だよ」
「今日は仕事しに篭る」
「家で大人しくするんじゃなくて?」
「……揚げ足を取るな」
「つまりは諦めるべきだってことだよ、リタ」
「…………」
 キラキラ、という効果音がつきそうなほどのジェレミーの笑みを恨めしげに見つめ、リタはため息をついた。

 クリスマスというのは、本来魔女や妖精が苦手とする日だ。聖なる性質を持つものというのは魔女や妖精と本来逆の性質を持つものなのである。ヒイラギとか厄除けのものを飾られてしまうと、どうしても気分が悪くなるものなのだ。
「どうせならハロウィンを祝ってもらいたいものだが」
 リタがため息と共に吐き捨てると、キットが尻尾を振った。
「俺はどっちでもいいけどな。旨いものが食べられるなら」
「……勝手にするがいいよ」
「テンション低いなぁ」
「クリスマスなど、盛り上がれるものか」
「わかんねぇぞ。サーにはああいうのを盛り上げる空気があるからな」
「だが」
 リタは肩を落とす。
「漂う聖なる雰囲気が、魔力と反発して気分が悪いのだ」
「……それは、まあ、どうしようもないな」
 街はクリスマス一色だ。最近はツリーなるものも流行っているようだし。しかし基本的に暗い部屋で実験をしている魔女にとっては、それは眩しすぎるものだ。家族で楽しそうにプレゼントを選ぶ様も、楽しそうに恋人と手をつないでいる若者たちも。一歩裏の路地に入れば、ぼろをまとって必死にお金を稼ごうとしている子供たちも多いのに。

 リタも小さい頃はそうだった。クリスマスなんてみじめなだけものもの。旅芸人と一緒にいた頃は、クリスマスの時期には客も増えるが全部旅芸人の男に金は渡って、彼は一人でご馳走を食べていた。その分子供たちは普段よりさらに惨めな食事を取らされていた。妖しげな宗教団体にいた頃は、その団体そのものがクリスマスを良しとしていなかったので既に祝う習慣はなかった。おかげで、いまでもクリスマスがめでたいとか、楽しいとかというイメージとは結びつかない。師匠だってクリスマスになると休業宣言を出して、それはそれはだらけた日々をすごしていたものだ。当然、その代わりに働いていたのはリタで。
 我ながら悲しい思い出ばかりだ。

 一方のジェレミーは本当に楽しそうだった。彼は彼なりに、妖精を刺激しない祝い方を考えているようで、ヒイラギは飾り過ぎないようにしたり、妖精の過ごしやすいような環境を整えていた。さすがはフェイ・ファミリアの当主と言ったところか。
「ところで、サーは一体何をしようと言ってるんだ?」
「クリスマスの飾り付けを私に手伝って欲しいそうだ。魔女にクリスマスを祝うのを手伝えと言うことだ」
「いいじゃんか。たっぷり稼げるぞ」
「それはそうだが」
 料金を取ることは前提だ。でもやはり、小さい頃の記憶が、「クリスマス」という単語を「惨めさとひもじさ」に結び付けてしまうのだ。

「実はね、妖精の中にもクリスマスを祝うのはいるんだよ」
 パーティーの準備に追われていると、ジェレミーが教えてくれた。
「北の国ではね、13人の妖精たちが、クリスマスの13日前から一人ずつ山から下りてくるんだって。結局はクリスマスを盛り上げてくれるとか、そういうことはなくて、普通の悪戯好きな妖精たちなんだけど」
 リタは首をかしげた。
「遠い国の妖精のことも知っているのか」
「妖精たちは噂好きなんだよ。いろいろ噂は聞く」
「……へぇ」
「よかったらもっと色々教えてあげるよ。魔女だって妖精に詳しければ、色々有利なんじゃない? 薬草を譲ってもらうための取引とかに役立つよ」
 そうかもしれない。
「だからさ、リタ、もうちょっと頻繁に僕の部屋に遊びに……」
「仕事をさせない気か」
 ちょっと心が動いただけに、リタの拒否はいつもよりさらに厳しい声色になった。

 リタの仕事は簡単だった。浮遊術でろうそくを浮かせ、幻想的な雰囲気を演出する。ツリーにも魔法をかけて、きらきら光っているように見せた。そして、特別な香水を調合して、あたりにふりまく。楽しげながらも厳粛で、静かな気分にさせる薬だ。
「リチャード・アベリストウィスが怒らぬか?」
 客が集まってくるのを裏で見ながらこっそり聞いてみたら、ジェレミーはマイペースに笑った。
「怒るかもねー。一応招待状送ったけど」
 ……勇者だ。
「じゃあ、またあとでね、リタ」
 ホストは忙しいのだ。

 リタは仕事が終わったからさっさと部屋に引っ込もうと思ったのだが、シャーリーに捕まった。
「すみません、手伝ってください魔女さん!」
 いわれるや否や襟を捕まれてキッチンに引っ張り込まれた。
「この前! フルーツポンチを作った時! どんな薬草を入れたんですか!?」
 何かと思えば料理指南だった。
「ああ……取ってこようか」
「お願いしますぅ!!」
 結局その他にもいろいろ引っ張りまわされ、結局リタは客が帰るまで屋敷を駆けずり回ることになった。

「……またこんなクリスマスか」
 ぐったり疲れて使用人の集まる部屋で机に伏せていると、シャーリーも疲れた様子で隣に座ってきた。
「お疲れ様ですー」
「……後で請求……」
「分かってますよ、いつものことですから」
「……そうか」
 すっかり思考パターンを把握されているらしい。
「リタさん。後で使用人でのパーティーがあるんですが、いらっしゃいます?」
「……私がか?」
「嫌ですか?」
 うう、この哀願する目にも弱いのだ。
「……でも……」
「あ、もしかして坊ちゃまに誘われてます?」
「そんなわけない」
 否定したのにシャーリーは嬉々としてリタの手を握った。
「まあまあ、それでもリタさんの方から行ったってよろしいのですよね! そうですよ、そうなさってください! どうぞドーンといってらっしゃいませね!!」
 なんでシャーリーが決めるんだ。

「やっぱりメリー・クリスマスぐらいは言うべきなのだろうか」
 上の階へ向かう途中で呟いたら、キットが答えた。
「サーが調子に乗るぞ」
「…………」
「んでもってアシュレイ師匠に知られたらからかわれるな」
「そうだな、やめるか」
「……それはそれでサーが泣きそうだけど」
「ではどっちにすればよいのだ」

 その時だった。
 ふわり、と景色が変わった。
「……え」
 リタは思わず立ち止まる。いろいろな花の香りが広がって、疲れが一気に攫われていくようだった。
 夕暮れの花園のような、そんな雰囲気。思わず足を進めていくと、花を絡めたアーチに迎えられた。そして、にっこり笑ったジェレミーがいた。
「お疲れ様、リタ」
 夢のようだ、と柄にもなく思った。
「これは……一体」
「そろそろ仕事が終わるころかなって思って待ってたんだ」
「私を?」
「そうだよ。他に誰を待つんだい?」
 リタは頬が赤らむのをどうにか気づかれないように顔を伏せた。どうしてこう、特別扱いしてくれるのだろう。
「あ、もしかして早く部屋に帰って休みたかった? ごめん、ちょっとだけでいいんだよ。君と少しの間、クリスマスを楽しみたいと思って」
 しかも、少し強引でマイペースな彼だけれど、こうやって気遣ってくれる。
「いや……驚いただけだ。それより、ジェレミーも疲れているのでは?」
 もっと気の利いたことが言えればいいのにと思ったが、これが精一杯だった。しかしジェレミーはそれだけで、本当にうれしそうに笑う。
「僕はぜんぜん平気だよ。よかった、じゃあ、少し付き合ってね」
 そして手を差し出してくれる。
「どうぞ、レディ・ベッセマー」
 その手をとれば、たちまちリタは魔女ではなく、恥らいをたたえた少女になる。
 花園には花が咲き乱れ、かぐわしい香りが、ゆるやかな風が頬をなでる。突然屋敷の中にこんな場所が出現したことについてジェレミーに尋ねたら、少し悪戯っぽく笑って秘密を明かすように教えてくれた。
「フルーの仲間たちに頼み込んだ。ちょっと代価は高くついたけど、その価値はあると思うよ」
 妖精の魔法を借りたというわけだ。夜にふさわしく薄明かりで、花壇の真ん中のテラスの上の、テーブルに置かれたランプだけが煌々と明かりを発していた。落ち着かない様子のリタを見て、ジェレミーが聞いた。
「どうしたの、リタ」
「いや……ただ」
 リタはぽつりと言った。
「こんな服でよいのだろうか。私、こんな風にちゃんとしたクリスマスは初めてなのに」
 ジェレミーは一瞬きょとんとした後、笑い出した。
「真剣に聞いているのだよ」
 リタはむっとして言う。ジェレミーは笑いを必死に堪えながら言った。
「いや、だってそんなこと気にするなんて、昔のリタだったらありえないなぁって。やっぱり僕の影響?」
「調子に乗るなっ」
 ジェレミーはやはり笑っただけだった。
「そりゃあ綺麗なドレスの方が僕としては嬉しいけど、そのままで大丈夫だよ。君だってそっちの方が落ち着くだろう?」
 リタは頷いた。案内されるままに椅子に座る。テーブルの上にはポインセチアが飾られ、既にディナーが済んでしまっていたので、軽いデザートと薫り高いお茶が用意してあった。その香りは花の香りと絶妙に交じり合い、もともとの香りと引き立て、一味違う味わいを醸し出している。
 リタはジェレミーを見上げた。
「魔女がクリスマスだなんて、へんてこだ」
「そうかもね。でも、いいものだろう?」
 にっこり笑ってワインを注いでくれる。リタは否定しなかった。

「特別な君と、特別な夜を」
 言われれば、自然にワインを手にとって掲げている自分がいる。不思議と、クリスマスの夜に穏やかで満ち足りた気分だった。
「メリー・クリスマス、リタ」
「メリー・クリスマス、ジェレミー」
 リタは微笑み、祝福の言葉を返した。

 それは、初めての暖かな聖なる日だった――