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気になる弟ではあった。特に小さい頃は。どうして自分と兄が王子としてちやほやされているのに、彼や彼の同母の弟は王宮の奥に閉じ込められたまま出てこれないのだろう、と。
それで様子を見に行ったこともあった。弟は全然寂しそうではなかった。
「兄上は僕が心配なのですか?」
意外そうに言われてランドルも意外だった。
「だって、こんなところに閉じ込められて、退屈しないの?」
「別に。ばあやがいつも本を持ってきてくれるし、侍女がチェスの相手をしてくれる」
そんな下々の者と仲良くすることは、王子として気高くあれと教育されたランドルには信じられないことだった。だから蔑まれるのだろうか、と一部の臣下たちの態度を思い起こす。
「外に出てみたいとは思わないの?」
「これが僕の人生なんです」
9歳にしてなんて物言いだ、とランドルは目をむいた。ランドル自身、まだ13歳で、いつでも次男という“二番手”の立場と王家に渦巻く闇に、絶望にも似た諦めを抱き始めたのはごく最近なのに。
シェーンは本に視線を落として淡々と言った。
「この部屋でずっと同じ日を繰り返し過ごすなら、それはそれでいいと思う。それで皆が幸せなら、これが王族として僕が払うべき犠牲なんでしょう」
ランドルは言葉も出なかった。
「シェーン、君は日頃からそんなことを考えているのかい?」
「変ですか」
「いや……」
父よりも兄よりも、この弟が一番、王者の気概を持っているのではないかと、ランドルはふと思った。帝王学を受けてもいない、この9歳の弟が。
「シェーン」
ランドルは聞いてみた。
「君は王になりたいと思ったこと、あるかい?」
シェーンは訝るように兄を見上げた。
「なぜ? 僕が謀叛を起こすとでも?」
ランドルは苦笑した。
「……僕は思ったことがあるよ」
弟はぱちぱちと目を瞬いた。
「兄上が?」
「似合わないだろう?僕は争うのが嫌いだから継承権争いはやりたくないし、人に冷徹な命令なんてくだせないのにね。でも」
この弟にこんなことを言うのは間違っているとはわかっていた。
「存在意義がほしいんだよ……」
存在自体を疎まれているこの弟にこんなことを言うなんて。
弟はしばし思案した後、ぽつんと言った。
「そんなものは自分で作るものですよ、兄上」
「……僕にはできない」
「では、できないのでしょう」
胸に痛い言葉だった。できないと言ってしまえばできるはずがない。逃げているだけだ。4つも下の弟にすら分かる逃げだ。
でも、それでも。
「たぶんこれが、僕が払うべき犠牲なんだろう」
シェーンは口をつぐんだが、ランドルが部屋を後にする間際に反論をよこした。
「受け入れるのと諦めるのとは違います」
そう、ランドルには機会があるのだ。弟よりも格段に多くの機会が。ドブに捨てているのは自分だ。
ランドルは自嘲気味に笑った。
「僕は臆病だからね」
しょうがないんだ、と。開き直りも甚だしいのは分かっていたが、実際兄と張り合うなんて勇気はなかった。
「僕よりシェーンの方が似合うよ……」
数回会っただけの関係だが、あのませた生意気な口の聞き方の裏には聡明さがきらめいているとはっきり分かるのだ。
「もったいない、なんて言っておきながら、僕はほっとしているのかもしれない……」
自分よりも、希望のない立場にいる弟を憐れんで、自分を慰めているのかもしれない。でも、やはりあれはあの部屋では終わらない才能だという直感があった。
「その時はその時で……僕はシェーンの“二番手”になって、兄上やアーネストを憐れむんだろう」
それが自分の生き方だと、薄い笑みを浮かべて思った。
「僕は傍観者だ」
入らなければ、傷つかない……。
だから――。
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