「オレ!?」
アーウィンは目を丸くした。
「よりによってオレ? オレが聖者様と二人きりでお話しってわけ?」
「二人きりとは言ってないでしょう」
オーリエイトは淡々と言った。
「私がついていくわよ」
「でも、なんでオレなの?」
「いいから、何も言わないでついてきて」
アーウィンはしぶしぶ従った。
アーウィンが連れていかれた部屋は、皆が割り当てられた部屋と、そう変わりなかった。ただ、壁には天井に届くほどの本棚がずらりと並んでいて、部屋の中央には高級そうな、上品な机が置いてある。先ほど知り合ったばかりの青年は、その机からは離れて、窓辺に立って外を眺めていた。
「ウィリアム」
オーリエイトが呼び掛けると、彼はようやくこちらを向いた。オーリエイトからアーウィンに目を移し、少し眉をひそめる。
「例の件ですね」
オーリエイトは頷いた。
「正直にいうとあまり気乗りはしませんが……もしそうだった場合、あなたは彼を巻き込むのでしょう? これ以上犠牲者を増やすつもりですか」
「全員が協力しなきゃいけないって、あなたにも分かるでしょう」
アーウィンは我慢ならなくなった。
「なあ、頼むから二人だけで分かった顔になってないで、説明してくれよ! よっぽどの頼みごとじゃない限り聞くけどさ、何も分かんないんじゃ協力のしようがないだろ」
オーリエイトとウィリアムは顔を見合わせた。
「まずは、確かめないと何も言えないわ」
「だから、何を?」
「アーウィン、ここで火を出して。あなたが出し得る一番強い火で」
「はあー?」
アーウィンは呆れた声を出した。
「この家だけじゃなくて山全体が火事になるぜ」
「私が止めますから、心配いりません」
ウィリアムが静かにいった。アーウィンはむっとした顔をする。
「言っとくけどっ、オレ、今まで本気出して魔法使ったことないからな!? 自分で言うのもなんだけど、オレってとんでもなく魔力は強いと思う。止められなかったらどうすんだよ」
「甘く見ないでください。私は聖者です」
ウィリアムは微笑んだ。余裕なまでの笑顔に、アーウィンはやれやれと首を振って、右手を掲げた。炎がほとばしる。遠慮なくやるぞ、と思ってアーウィンは集中した。
もっと。もっと強く! すると、ウィリアムがアーウィンに向かって手のひらを向けた。突然、押さえられた感じがした。
アーウィンは驚いて目を見開いた。魔力の出口を塞がれて、力がうまく出ない感じがした。みるみるうちに炎が萎んで、わずかにちらちら燃える程度になった。アーウィンは呆然とウィリアムを見つめた。
「す、すげえや……」
感心を通り越して、呆ける。何の力だろう、これは。聞いた事がない。
「間違いないです」
ウィリアムは言って、手をおろした。突然魔力の出口を塞ぐものがなくなって、アーウィンは山火事になっては大変、と慌てて炎を引っ込める。
「彼ですね。直接私が管理できるのは、『守護者(ガーディアン)』達だけですから」
「ガーディアン?」
アーウィンはきょとんとする。
「なんだそりゃ」
それは無視して、オーリエイトは言った。
「アーウィン、少しウィルと話をしたいの。もう帰っていいわ」
「帰っていいって言うより、帰れって感じの言い方じゃん」
ぶつぶつ言いながらもアーウィンは部屋を出ていった。
ばたんと音がして戸が閉まると、ウィリアムが先に言った。
「……あと一人になりましたね」
「ええ」
オーリエイトは感動のない声で言った。
「全員揃ったら、どうする気です?」
「あなたはどうしたいの、聖者さん」
その言い方に、ウィリアムは顔をしかめる。
「あまり聖者聖者と言わないでくださいよ。せっかくクローゼラから逃げてきたんですから」
「……逃れられるものじゃないわ」
「わかってますよ」
ウィリアムは溜め息をついた。
「全員揃ったら……そうですね、せめて全員で教会の束縛から自由になりたいです」
「あら、なってもらわないと困るんだけど」
その言葉に、ウィリアムは微笑んだ。
「……あの子のことはどうするんです? 急に『あなたが守護者の一人だ』と言ったところで、ついてきてくれるとは思えないのですが」
「取り敢えず、エルトの所に連れていくわ」
「エリオットの?」
ウィリアムは首を傾げた。
「あら、聞いてないの? クローゼラから帰城命令が出てるのよ」
ウィリアムは目を丸くした。
「あの人は……今度は何を考えて……」
「ノアに関係あると思うの」
意外なオーリエイトの答えに、ウィリアムはえっと漏らした。
「レインからいろいろ話を聞いたわ。最近、よくエルトにノアのことを聞いてるらしいの」
ウィリアムは頬に手を添えて考える格好になった。
「確かに……彼は最近よくクローゼラの所に出入りさせられている、と愚痴をこぼしてました」
「とにかく、アーウィンは旅に連れていくわ。その道々で、聖者のこともガーディアンのことも少しずつ教えてく」
「それから、彼の判断に任せるんですね」
オーリエイトは頷いた。
「それで、アーウィン君を見てもらうほかに、私に何か用はありますか?」
オーリエイトは金色の瞳をウィリアムに向けた。
「あと二人、見てほしい人がいるの」
ウィリアムは少し身じろぎした。
「二人? ノア君の他にも誰かいるんですか?」
オーリエイトは頷いた。
「ノア・グレイフィールドとリオ・ラッセン……あの銀の髪の女の子よ」
「おーい、リオ、リディア、ノア」
談笑していたリオとリディアの二人は顔を上げた。アーウィンが奥の部屋に向かってあごをしゃくっていた。
「お呼びだぜ」
リオは呼ばれるだろうなと思っていたので、さほど驚かなかった。なんせリオを襲ってきたのはウィリアムの知り合いなのだから。
なぜリディアとノアが一緒なのかは首を傾げたが、とりあえず何も聞かないで言われるままに指定された部屋に入った。
「こんにちは」
部屋にいたウィリアムはそう言ってお辞儀をした。リオとリディアも会釈を返した。
「オーリエイトから話は聞きました。ノア君は話せないそうですね?」
はい、とリディアは答えた。不安そうな顔をしている。オーリエイトは部屋の隅で、何も言わずに黙って見守っていた。
「ノア君、こっちに来てくれませんか」
ノアはウィリアムを見つめ、リディアを見上げ、少し首を傾げた後、リディアの手を引いてウィリアムのほうに歩きだした。
「すみません、この子、私がいないと不安がるの」
リディアが申し訳なさそうに言った。ウィリアムは屈んで、ノアと視線の高さを合わせる。
「かまいませんよ。少し魔法をかけますから、付き添ってあげてください」
「魔法を……?」
リディアの顔に占める不安の割合が増した。
「単純な声帯の問題なら、私がすぐに治せます」
ウィリアムはそう言って、許可を求めるようにリディアを見上げた。
「少し喉が痛みますが、一時的なものですよ」
「でも……複雑な魔法ですよね? 先天的な病気を治す場合、治療魔法はかなり難しいと聞いているんですけど」
ウィリアムは笑った。
「大丈夫です。聖者にとって、複雑な魔法はありませんから」
自慢にもとれる発言だが、ウィリアムの言い方は丁寧な口調と同じように、謙遜するような感じが含まれているので嫌味にならなかった。
「私はイメージで魔法をかけられますから、失敗はしませんよ」
普通の魔法使いは、呪文が魔法に不可欠となる。イメージだけで魔法をかけるなんて神業だ。聖者の魔力とはそれほどに強いものなのか、とリオは驚いた。
リディアは少し考えていたが、ノアを見て頷いた。ウィリアムは手のひらをノアの喉にあてる。ぽうっと魔法特有の光が出て、ノアが顔をしかめた。それでも物分かり良くおとなしくしている。少ししてウィリアムは手を離した。
「では、ノア君、声を出してみてくれますか」
ノアはかぱっと口を開けたが、その喉から音は出なかった。見守っていたリオとリディアは肩を落としたが、ウィリアムはやっぱり、という顔をした。
「呪いです」
予想しなかった言葉に、リディアはえっと言って目を見開いた。
「ノア君には呪いがかけられています。それが彼の声を奪っているんです」
「嘘」
リオも驚いて呟いた。
「大丈夫です、声を封じているだけで、害のある呪いではありませんから」
それでもリディアは心配でたまらないという顔をした。
「その呪い、解けるんですか?」
ウィリアムは難しい顔をした。
「どうでしょう。呪いの正体がはっきりすれば何とかできるでしょうが、私には……」
リディアはそれを聞いて肩を落とした。ウィリアムが聞く。
「ノア君は今幾つですか」
「八歳です」
リオが思っていたより上だった。
「では、そろそろ字を教えてあげてください。意思表現ができないのは苦痛な事ですから」
何をいうのかと思えば、魔法を自在に操る聖者らしからぬ、現実的な意見だったので、リディアはぽかんとした。
ウィリアムはノアの目を覗き込む。
「あなた達姉弟は天使の子ですよね」
「え……はい」
ウィリアムは溜め息をついた。
「……オーリエイト。あなたは……」
そこまで言って、ウィリアムは言うのをやめた。なぜ急にオーリエイトの名が出たのかと、リオとリディアはわけが分からなかった。
「天使の子は大抵何かの力を受け継ぎます。ノア君も何らかの天使の能力を継いでいるでしょう。癒しの力か、白魔術属性の生き物を従わせる力とか……いずれにせよ、その能力を遺憾なく発揮するには呪文が欠かせません。話せないなら、せめて字を覚えて呪符を使わないと」
ああ、とリオとリディアは納得した。だから「字を教えろ」というわけか。リオは彼の知識量の膨大さに閉口した。天使の能力なんかを知っている人など、滅多にいない。さすが聖者、すごく教養がある。
ウィリアムは立ち上がった。その動作にも品があった。
「ノア君のことは、以後も調査していきましょう。ところで……リオさん」
リオは突然名を呼ばれて、慌てて「は、はい」と返事をした。
「クローゼラという人に、追われているそうですね?」
慎重な言い方だった。少し声を押し殺した感じで、いかにも口にしてはいけない名のような。
「はい」
リオは何を聞かれるんだろうと思い、少し上目遣いになった。
「本当に、心当たりは無いのですか」
「はあ、狙った村の唯一の生き残りであること以外は」
ウィリアムはじっと、見極めるようにリオを見つめた。青と金の視線が痛い。真っ直ぐなその視線に、リオはなんとなく鼓動が速くなる気がした。
「すみませんが、少し体に触ってもいいでしょうか」
「え、あ、はい……」
ウィリアムはそっとリオの肩に触れた。触れて、少し驚いたように手を離す。
「あの、何か……」
不安になったリオが聞くと、ウィリアムは首をかしげた。
「あなたにも呪いがかけられていますね。それも、結構強力です」
えっ、とリオは目を見開いた。そんなの初耳だ。身に覚えも無い。とりあえずは、毎回あの追っ手の魔法使いの魔の手からは、逃げてきていたのに。いったいいつ、呪いをかけられるような機会があったのだろう。
「強力な魔法は時として、その効力を持続させるために、周りの魔法を吸い取ります。あなたに触った時、私も少し取られました」
リオはびっくりして、半歩下がって慌てて言った。
「あ、す、すみません、そんなこと知らなかったもので……」
ウィリアムは少しだけ笑った。
「あ、いいえ。取られることは構わないんです。別に全ての魔力を奪われるわけではないですから。この呪いもあなたに害を与えるものではありませんが、やはり、あなたの特別な何かを隠蔽している気がしますね」
特別な。何なんだろう。あたしは本当に何の変哲もない、普通の女の子でしかないのに。
「これだけは確かなんですよ、あの……」
ウィリアムは顔をしかめて、目を逸らした。
「あのクローゼラが、悪魔まで使って、ただの女の子を追うはずが無いんですから」
でも、とリオはウィリアムを見上げた。
こんなの初めてだ。こんなにも、自分が何かに巻き込まれていく。自分に、何か秘密が――自分自身さえ知らない秘密が、何かを巻き込みながら露見されていくのは。
|