EVER... 25

■	EVER... chapter:1-story:25 移動呪符	■
■	おじいさんはマーリンに取り憑かれたことでエネルギーを多量に消費したため、あの後ずっと寝ていたので、オーリエイトが小屋を飛び出したことすら知らないようだった。翌朝一行が出発するときも、ぼんやりした笑顔を浮かべ、弱々しく手を振りながら「元気でのうー」と言っていた。それをみたエリオットが溜め息混じりに「知らぬが仏」と呟いたのを聞いて、リオは言い得て妙だと思った。「このままグラティアまで歩くとしたら、どれくらいかかるかな」リオがオーリエイトに尋ねると、オーリエイトはさらりと言った。「３週間くらいかしら」「３週間！？」予想外の長さにアーウィンとリオが叫んだ。「マジでマジっすか？」「ええ」一晩ですっかり元のオーリエイトに戻っている。淡々としたその答えにアーウィンは天を仰いだ。「せめて馬でもあればなぁ・・・」「乗れるの？」ライリスがからかうように聞くと、アーウィンは少し怒ったように「当たり前だろ」と言った。「馬ね・・・」オーリエイトが考慮するようにいった。「えっ？買えるの？」アーウィンが身を乗り出したが、あっさり否定された。「７人分は無理ね」アーウィンはがっくりと頭を垂れた。オーリエイトが続ける。「せめて、馬車で次の大きな町までいけないかなって思っただけよ」アーウィンはぱっと顔を上げた。「あ、それいーじゃん」「でも残念ながら、その馬車に乗せてくれる相手がいないのよね」アーウィンは再度頭を垂れた。「やっぱり、移動呪符があった方が良さそうだね」エリオットが呟く。「その前に、アーウィンの怪我は大丈夫なのか？」「あん？オレ？一晩寝たらほとんど治ってたよ。リディアのおかげだね。いい妹さんをもらったね、エルト」アーウィンは笑いながらエリオットの肩を叩いた。リオは彼のがっかりと笑顔の切替えの早さに、呆れながらも感心した。「嫁じゃあるまいし、もらった、って何だよ･･･」エリオットは言いながらも、照れたように頬を染めた。やがて山道を抜けて街道に出た。人はまばらで、どうやら侯爵の兵もいないようだ。少々ビクビクしつつも、一行は歩きやすい街道を進んだ。おしゃべりは途絶えることがなかった。「ライリスは、私たちがグラティアについたらどうするつもり？」リディアが尋ねると、ライリスは少し笑顔を曇らせた。「一応、王宮に帰る。いい加減母さんが心配してるだろうし」「お母さんって、女王様？」リオが聞くと、ライリスは頷いた。オーリエイトは今気付いたように、唇に指を当てた。「そう言えば、女王には夫がいないのだから、ショルセンに王はいなかったはずよね」え、と皆が目を見開いた。「それって・・・」ライリスは苦笑した。「やっと気付いた？」オーリエイトはライリスを見上げた。「あなたの父親は誰なの？」ライリスは首をすくめる。「知らない。覚えてない。もう会わせてもらえるとも思えないけど」「なんだよ、それ・・・」エリオットが愕然として呟くと、ライリスは困ったように頭を掻いた。「つまり、未婚の母ってわけ。このショルセンの女王はね」「だからなの・・・？」リディアは悲しそうな顔をする。「だから、王女として認められていないの？その蝶の痣があっても」ライリスは頷いた。「母さんも自由が好きな人だからね。王宮を抜け出して旅に出た先で恋に落ちた相手と子供をつくってしまったんだよ」ライリスは視線を地面に落とす。「恨んでは、いない。だって、母さんは今でもその人を愛してる。だから結婚しないんだよ」王家とは、縛られた存在。「中には王族の血を汚した悪魔だって、ぼくを呼ぶ貴族もいる。そういうわけで、本当ならぼくが王宮付きの魔法使いを呼んで皆をグラティアまで運んであげられるはずなんだけど、王女としての権限を持ってないぼくには無理なんだ。ごめんね」「ストップ」リオが言った。「あたしたちが一緒にいるのは、王女じゃなくて、ただのライリスなんだけど」ライリスはしばしリオを見つめたあと、微笑んで「そうだね」と言った。やはりこの王女は綺麗だった。その時、ノアがリディアの袖を引いて前を指差した。「まち」確かに、町があった。ティスティーと同じくらいとまではいかなくても、それなりに大きな町のようだ。一行は慎重に周りを見ながら町に入った。とにかく移動呪符を手に入れよう、ということで、手分けして呪符屋がないかどうか探した。「呪符屋って、結構どの町にもあるような気がするんだけど」リオが言うと、エリオットはまあね、と言った。「畑の実りがよくなるように使う農家が多いから。でも、移動呪符は高価だから普通は置いてない」「自分ではつくれないの？」「今は無理だよ」エリオットが説明した。「特殊な材質の紙を、専用の魔法薬に浸す必要がある。ここじゃどうしても材料が足りない」複雑なんだ、とリオは頭が痛む思いだった。リオの故郷には魔法使いが一人もいなかったので、魔法については甚だ無知だった。もともと魔法使いの数は少ない。十人に二、三人といったところだ。この旅の一行に四人もいること自体、かなり貴重なことだ。リオがそう考えながら、ぼんやりと目の前の店にある首飾りに見とれていると、エリオットに強く襟首をつかまれた。「痛っ！なにするの、エルト！」ついにリオまでか愛称で呼び始めたことに、既にエリオットは頓着しなかった。「あそこ！兵だ！」見ると、確かに銀のよろいをつけた兵士が退屈そうに辺りを見回していた。二人はそっと踵を返して、仲間たちを探した。するとアーウィンが二人を見つけて、嬉しそうにひらひらと手を振って駆け寄ってきた。「おーい、あったよー」近くまでいくと、アーウィンは手に持った呪符を二人に見せた。「向こうの呪符屋に、一枚だけ残ってた。あの店主の野郎、ティスティーの３倍の値段で売るって言ったから、頭にきてこっそり盗んでやったぜ。泥棒は前もやったことあるし・・・」こんなことを嬉しそうに大声で話すものだから、リオとエルトは慌ててその口を塞ぎにかかった。もごもごと二人の手の下で声にならない声を上げているアーウィンを見て、彼と一緒だったライリスは目を白黒させた。「何かあったの？」「兵だよ！」エリオットが声を押し殺して叫ぶと、ライリスは問答無用で三人を道の脇まで引っ張った。「ここで待ってて」ライリスは言い残すと、すぐにオーリエイトたちを探しに行った。「呪符を盗んだって、大丈夫なの？前にオーリィが、移動呪符は主人が決まってて、主人じゃないと働かないって言ってたけど」リオが言うと、エルトは小刀を出して指にあてた。「大丈夫、この呪符にはまだ主人がいない。裏に血で署名をすればいいんだ」荒っぽい方法にリオとアーウィンが目を丸くする中、エルトはためらいなく小刀を引いた。薄く赤い珠玉が、エリオットの指先からにじみ出る。エルトはそれがある程度たまると、呪符の裏に姓名を書いた。終わると、エルトはすぐに指を口に咥えて顔をしかめた。「大丈夫？」アーウィンが心配して聞くと、エルトは「平気」と答えた。「クローゼラとの血の契約を思い出しただけ」それは何かと尋ねる間もなく、道の向こうから喧騒が起こった。見てみると、オーリエイトたちが兵に追われてこちらへ逃げてくるところだった。ライリスは足の遅いノアを背中に背負って走っている。王女に負ぶってもらうなんて、なんとも羽振りがいいものだ。一番先にたどり着いたオーリエイトは、息を切らしながら切羽詰まったように言った。「移動呪符は？」「準備できてる。僕につかまって」すぐにライリスとリディアも駆け付けた。ライリスはノアを背中から下ろす。エリオットは兵を見て焦りを見せた。兵はもうすぐそこだった。「呪文詠唱が間に合わないかもしれない」ライリスはノアの肩をつかんだ。「何とかできない？」ノアは真剣な顔で頷いた。「やってみる」ノアが空を見上げて小さく歌を紡いだ。すると、どこからともなく鳥の大群が押し寄せてきた。とんでもない数だ。声を取り戻した途端にこれだけの力を見せたノアに、皆は驚嘆した。鳥たちは真っ直ぐ兵たちに襲いかかった。兵たちの足が止まる。エルトはすかさず右手に持った呪符を高く掲げて、呪文詠唱に入った。魔法言語で長々と、抑揚をつけて歌うように唱える。詠唱が進むに連れて皆の周りに風が起こり始めた。リオが聞き取れたのは、最後の詠唱に含まれていた「グラティア」の一言だけだったが、次の瞬間には風景がかき消えていた。灰色の風が渦巻く。一瞬の後にそれは止んで、皆が顔を上げた。樹海、だった。ただの樹海ではない。聖なる森だった。	■
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■	最終改訂　２００６．０１．２５	■