EVER...
chapter:2-story:35
会議と反抗
 

 


 エルトは、ライリスの状態を「暴走」と形容した。少なからず合っているだろう。
「別にいいんじゃねぇの? こっちが本当のライリスだよ。王宮で見るのは初めてだけどさ」
 アーウィンは呑気にそう言った。
「でも、何かもう僕たちの助けは必要無さそうじゃない?」
「うーん、まあ、力仕事があったら、それは男の領分って事で」
「そのポジティブ思考が心底うらやましいよ……」

 実際、ライリスは少し前まで弱気だったのが信じられないくらいに精力的に動いていた。元から行動力はあるのだが、それが十二分に発揮された感じだ。
 まず、彼女はアーウィンとエルトを率いて国境に向かった。難民の噂の真偽を確かめるためだった。国境を守る兵士たちに聞いてみたが、彼らはそんなことは聞いていないと言った。しかし、そこでエルトが国境に沿ってかけられている封印の魔法に気付いたのだ。どうやら、カートラルト襲撃の報が漏れないよう、悪魔たちがカートラルト国境を魔法で封じたらしい。
 急遽、オーリエイトやレイン、ウィルまで呼び寄せ、皆でその魔法を破りにかかることになった。結果、敗れた魔法の向こう側には寒空に凍える難民たちが、通れない国境を前に集まっているのを発見したのだった。

 そこからのライリスの手腕がまた見事だった。王家の別荘を、ライリスは難民の避難所にしてしまった。下手をすれば真冬の露天で生活をしていた難民たちは、いきなり豪華絢爛な屋敷に連れて行かれて度肝を抜いた。その時はエルトが大活躍した。彼の移動呪符のお陰で、難民たちはそれ以上の旅を強いられずに済んだのだった。百人以上を運んだエルトはさすがにくたびれ果てていたが。

 この、難民たちの存在は大きかった。彼らは証言者なのだ。直に戦争を見てきて、事の重大さを知っている者たちだ。ライリスはまず彼らの信頼を得るためにいろいろやった。
 最初が食糧確保。これにはオーリエイトが協力した。彼女の人脈は結構広いらしい、どこから調達してきたのか、百人が一月食べるのに事足りる量をしっかり屋敷の食料貯蔵庫に納めてくれた。
 その次は怪我人の手当。これには当然、リディアが大活躍だった。あまり力を使い過ぎるとリディアがひどく消耗するので濫用はできなかったが、それでも生死の間をさまよっていた何人かをこの世に連れ戻すことに成功し、その家族からは涙ながらに感謝された。ノアも、鳥や小動物を呼び寄せ、子供たちの遊び相手になることで子供たちの笑顔を取り戻し、それを見た大人たちも気持ちの安らぎを得ることに成功していた。
 最後が職業の手配。難民とは言え、ただ単に施しを受けているだけではこちらだって困るし、難民たち自身にもよくない。ライリスは彼らに、アーカデルフィア市内での仕事やエルトやオーリエイトたちの手伝い、そして他の難民たちを助けるなどの仕事を与えてやった。
 難民たちはこの時点で、王女の手腕と献身的で迅速な対応にすっかり感心していた。これでライリスの準備が整った。彼女はカートラルトの情報、特に戦況を難民たちからするすると聞き出した。

「カートラルトの状況、なんだか思ってたより酷いみたい」
 赤で地図にバツをつけて、ライリスが説明する。
「悪魔たちは思ったより数が多いみたいだな。あちこちの潜伏地から集まってるって。まったく、今までどこで隠れて生きてたんだろうね。それと、一応まだ王都は落ちてないみたいだよ」
「なら、安心だ」
 エルトが言った。
「少なくとも、まだ手遅れじゃない。ショルセンにも当分やっては来ないな」
「そうだね。それと、これは重要な情報になると思うんだけど」
 ライリスは真剣な目になった。
「いつくつかの悪魔の団がパトキアに向かってるって」
「パトキア山脈?」
「そう」
 今日は情報集めから帰ってきていたウィルが、パトキアと聞いてすぐに反応した。
「竜ですね」
「ぼくもそう思う」
 ライリスは地図の上のカートラルト南西部に連なる山々を指差した。
「世界で最も高い山々、天に最も近い場所、そして竜の最大の生息地。元は天の生き物だしね、竜も高いところの方が好きなんだろうね」
「待てよ」
 アーウィンが口を挟んだ。
「悪魔って竜を従わせるのはムリなんじゃなかったのか? だったら心配要らねぇだろ」
「無条件では無理でしょうね」
 ウィルが言った。
「でも、竜には人と変わらないくらい――いえ、これは人の驕りですね。竜は人以上に賢いのが普通です。人の言葉も理解しますから、交渉次第では悪魔でも味方につけることも可能なはずです」
「そうなんだ……って、それヤバくないか? 先越されたらオレたちめちゃくちゃ不利だぞ」
 エルトも頷く。
「先手を打つべきじゃないかな。誰かをパトキアに送ろう。阻止するか、先に竜を味方につけるかしよう。……ノアなら簡単に竜を味方につけられるんだろう?」
 一人で部屋の隅で本を読んでいたノアが顔を上げた。
「ぼく、何でもするよ」
「今はいけません。リオ探索の結果はノアが握っています。ここを離れられては」
「……あのねウィル、それとっても身勝手に聞こえるよ」
 ライリスが苦笑して言った。ウィルは肩をすくめ、説明した。
「竜だって、仮にも我々と同じ、地に住まうものですよ。天から降りてきたのだって、この世界が気に入ったからではないのですか。我々の方に分があると考えて問題はないはずです。たとえ説得するにしても、時間がかかるでしょうし。それよりも、リオを連れ戻す方が先決です。ですから、一刻も早く……」
「分かってる。軍だね」
 ライリスが俯いた。
「軍さえ動かせれば、ぼくたちだってここに詰めていないで動けるようになる。任せて、頑張るから」
「お願いします」
 ウィルはそういってライリスに笑いかけた。エルトがライリスに声をかける。
「上手くいきそうなのか?」
「なんとかね。君たちのおかげだ。難民たちにあんなに尽くしてくれたから、これだけ有用な情報がたくさん入った」
「……まったくだよ。今度からは自分で移動呪符使ってくれ。僕はもう100人も運ばないぞ」
 げんなりといったエルトを見て、皆がくすくすと笑った。

「でもウィル、やっぱり竜の方を放っておくっていうのはまずくねぇ?」
「それなら」
 答えたのはウィルではなく、ちょうど入ってきたオーリエイトだった。
「ちょうどいいわ。適任者がいるの」
 全員が振り向く。オーリエイトの背後に、クライド氏ではない大人の男性がいた。その場で彼は礼をする。
「お初にお目にかかります、レアフィリス王女、聖者様、守護者殿。サイと申します」
 相変わらず話し合いの輪の外で話を傍聴していたレインの表情が急激に険しくなっていた。いくらなんでも嫉妬深過ぎだ。ライリスは戸惑ったようにオーリエイトを見つめた。
「ええと……オーリエイト、この人とはどういう?」
「私の同志」
「同……志」
「ええ。神話を受け継いだ私の戦友たちの、後継者の一人よ」
「そうなんだ」
 ライリスはにっこりと笑った。それはもう、美しい笑顔だった。
「では、パトキアの様子見は任せてもよろしいですか?」
「ええ、仰せのままに」
「ありがとうございます」
 頭を下げた男はそのまま、早速出発するといって部屋を出て行った。二言三言、去り際にオーリエイトと言葉を交わして。その親しげな様子を見ていたレインがどんどん周りの空気の気温を下げていた。アーウィンは既に逃走態勢に入っている。エルトはあわあわと動揺していていた。

 パタンとドアが閉まった後、ウィルは軽くこめかみを押さえてやれやれと呟いた。
「オーリエイト、連れてくる人を選んでくださいよ」
 オーリエイトは振り向き、静かな表情でレインを見つめた。


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 戦場の一件のあとも、移動は続いていた。そして、2、3度停留もした。……前回と同じ理由のために。リオは毎度「脅すだけにして」と命じて切り抜けていたが、さすがにごまかしがきかなくなってきていた。勝利はしているものの、相手へのダメージが思ったより大きくないことがバレてしまったのだ。
 リオはメフィストフェレスから呼び出しを食らうことになった。
「どういうことだ。お前、魔物たちに何を命令した」
 リオは黙ってメフィストフェレスの深紅の瞳を見つめ返していた。
「答えろ! 何をたくらんでいる!」
「何も」
 リオは淡々と答えた。
「あたしは、殺さないでとお願いしただけです。そう命じてはいけないとは言われなかったわ」
「そういうのを世では屁理屈というのだよ、レオリア」
 ベリアルが口を挟む。リオはわざとらしく言ってやった。
「あら、そう。初めて知ったわ」
「お前……!」
 カッとなったメフィストフェレスが手を上げたが、ベリアルが鋭く言った。
「やめろ、メフィスト。これ以上レオリアの反感を煽っても何の得もない」
「ある。私の気が晴れる」
「ならばよそで晴らせ」
 ベリアルはつかつかとリオのそばまで歩いてきて、リオを見下ろした。やはりベリアルは美しい悪魔だった。たとえ、冷たい表情をしていても。
「とは言っても、私も怒っていないわけではないからね、レオリア。13年でよくもここまで地上の毒に侵されたものだ……リリスの子はリリス、か」
「お母さんを侮辱しないで」
 ベリアルはにんまりと笑った。
「嫌がるなら何度でも侮辱してやってもいいのだよ? 肝に銘じておけ、レオリア。我々は裏切りには容赦ないからな。お前はここにいる。いるなら、役割を果たせ。でなければ、勝手にここを出て野垂れ死にするがいい」

 ようやく解放され、自分の天幕に戻る時に、リオは二人のいる天幕の方に向かって思い切り舌を出してやった。それにあたし、もうすぐ14歳よ。
 天幕に入るとカインが待っていた。
「遅かったな」
 別に心配してくれているわけではないようだ。大丈夫だったか、の一言もない。別に期待してはいなかったが。
「姉ちゃんのことだから、頑固に粘ったんだろ」
「まあね」
 リオはベッドに倒れこんだ。
「疲れた」
「言うこと聞いとけばいいのに。長いものには巻かれろって言うだろ」
「そういうあなたは? 素直に目上の人のいうことを聞いてるところなんて見たことないけど」
「俺はそういうことしても気にされる立場じゃないからいいんだよ」
 カインは自分の足首を手繰り寄せてあぐらをかいた。

「姉ちゃん、俺の父親のこと、聞いたことがあるか?」
「ベルセブブって人のこと?」
「そう」
 リオはカインが父親のことを話すのを初めて聞いた。確か、サタンの右腕だったとか。でも、既にこの世にいないことは確かのようだったから、リオも聞けなかったのだ。カインが話すのを嫌がるのだろうと思ったからだったが、どうもそうではないらしい。カインはごく自然に父親のことを話していた。
「俺の父親はさ、姉ちゃんの叔父さんのいうことはなんでも聞いたんだって。誰よりも忠実で有能だったって。盲目的なくらいの追従だったって。でもな、死に様がな」
 ふっと、カインは嘲るような笑い方をした。
「サタンの復活のために竜を味方につけようとして、それで竜に殺されたんだって。バカみたいだ。けど、情けない死に方したくせに、やっぱり英雄扱いなんだよ。なんでだと思う?」
 リオは話が見えなくて黙っていた。
「サタンが俺たちにとっての大主神だからだよ。皆、サタンが全てなんだ。サタンに従えば理想の世界が手に入る、って皆思ってる。だから、サタンのために人生を捧げたやつは英雄なんだ」
 分かったか、とカインはリオに言った。
「サタンは絶対なんだ。サタンの意思は絶対だ。そのサタンがこの世界に滅んで欲しいと思ってるんだ。姉ちゃん、邪魔しない方がいいぜ。フリでもいいから言うこときいた方が身のためだ」
「でも、そのために幾つもの罪無い人の命をを犠牲にするのはいけないと思う」
「どうせ世界は滅ぶんだ、関係ないだろう。それに、これは戦争なんだぞ。そういう時代なんだから、保身したって責められはしないさ」
 なんて虚無的な思想なんだろう。リオは、やっぱりカインも悪魔なんだな、と思って少し反感を抱いた。そりゃ、曲がりに曲がって全然素直ではない言い方だが、彼なりに心配してくれるのは嬉しいのだが。
「あたしは自分も他人も助けたいの」
「無茶だろ」
「やってみなきゃ分からないじゃない」
「やらなくても分かる」
「そういうことを言ってるから、本当に何もできなくなってしまうんだよ」
 リオが言うと、カインは少し目を見開いた。
「どんなに小さな力だって、確実に何かを変えられるのよ。確かに何かが変わるの。何をしたって無駄なんてことはないわ。何もしないのが最大の罪よ。カインはどうして自分から手を伸ばさないの?」
「俺は……」
 カインは答えられなかった。
「後ほんの少し手を伸ばしたら、届くかもしれないのよ。努力してみようって気にならないの?」
 カインは口を噤み、俯いて、何かを考え込む様子になった。





最終改訂 2008/03/26