EVER...
chapter:2-story:44
出立

 

  出兵の日は、雲の多い日となった。守護者たちは軍とは無関係な上、本来は政治と関われない立場なので、こっそり隠れて馬車に乗ることとなった。
 一方、王宮内では出発直前まで攻防があったようだ。素人に、そして立場の安定していない、その上女王の私生児などに軍の司令官など任せられない、と最後まで抵抗した一派があったのだ。
「で、どうなったの?」
 ノアが兄の膝の上で聞いた。尋ねられた方のアーウィンは、楽しそうに言う。
「それがさ、ライリスのやつ、口論してるそいつらの前に立って、では私が適任だということを証明して差し上げましょう、と来た」
 エルトが眉をひそめる。
「証明? 随分自信満々だね」
「まあな、ライリスだしな。ほとんど軍事知識の質問でオレにはさっぱりだったんだけど、ありゃあすごかった。ライリス、ありとあらゆるジャンルの軍事関連の本を読みつくしたんじゃねぇのかな。実際の戦争で使う武器の使用方法とか使用するタイミングとかをつらづら言い並べた後は、使う予定の作戦の説明。これがまた、相手が口をポカンと開けるくらいに緻密でさ。反論は? ってライリスが聞いたらそいつら一瞬ほうけてたぜ」
「その作戦、ライリスが立てたの?」
「だろ。隣りにいた将軍がそんな作戦聞いてませんって言ってたし。即興だったのかも」
「まさか」
 エルトが疑わしそうな顔をしたので、アーウィンはふふんと鼻を鳴らした。
「いや、マジだって。だってその後、一人だけライリスの作戦の穴を見つけたやつが居たんだ。すげー反論して来たんだけど、一通り聞いたライリスはそいつの言った反論から矛盾点を探し出して、その上で作戦補強のアイディアをざっと十くらい挙げてた。これでそいつもノックアウト」
 エルトはポカンと口を開き、ノアはよく分かっていないようだったが首を傾げてとりあえず言った。
「ライリス姉ちゃんって……すごいんだね」
「まあな、素人は素人でも、あいつは天才素人だからな。何かを始める時も、そもそも一般人との出発点が違うのさ」
 アーウィンは正面に座っているクライドを見上げた。
「おっさんも軍事には詳しいのか?」
 クライドは肩をすくめた。
「勉強したことがないからな」
「そっか」

 その時ラッパが鳴り響いた。アーウィンもエリオットもはっとして、クライドが開けたカーテンの隙間に群がる。歩兵の群れの向こうの王宮の正門から、ライリスとローズ女王が出てくるのが見えた。一目見たアーウィンがしみじみと呟いた。
「嫌味なほど似合うじゃねぇか」
 ライリスは軍服だった。真っ白い軍服に、貴色である紫色のマントを羽織っている。細身の彼女には良く似合っていて、飾り気の少ない服が彼女を凛と見せていた。王子のように凛々しくて、これは町に出たら女の子たちにキャーキャー言われそうだ。
 女王のほうも、いつもの裾広がりなドレスではなく、動きやすい細いドレスを着ていた。あまりの若々しさに、下手をすればライリスの母親どころか、ライリスの少年じみた顔立ちのせいで、ガールフレンドにすら見えそうなくらいだ。ウェーブのかかった赤みのある明るい茶髪をアップにして、飾りを少しだけあしらった髪留めでとめている。クライドとの再会で何かが吹っ切れた今、彼女もとても凛として見えた。
 群集からわっと拍手が起こる。女王がそっと手を上げて、それに応えた。ライリスが女王の前に立つ。口上を述べ、ライリスはひざを付いて頭を下げた。女王もライリスの下げた頭に手を添えて、祝福の口付けをライリスの金の髪に落とす。ライリスは顔を上げ、母に向かって微笑んだ。そしてきびすを返すと、階段を下り、レミエルに飛び乗った。
「出発!」
 よく通る声が響いて、再び歓声が起きる。隊列が動き始めた。アーウィンもエルトとノアも、カーテンから離れて慌てて座り直す。しばらくして、馬車も動き始めた。
「いよいよか」
 クライドが呟く。
「……さようなら、ローズ」
 小さく小さく、彼はそう呟いた。

「なあレイン、オレたちも戦うのか?」
 全く感慨なく、隅に座って一言もしゃべらないレインに、アーウィンが声をかけた。レインはちらりと視線を送ってよこす。
「契約に引っかかるかもしれないから、直接はだめだ」
「間接的ってどうやって手伝うんだよ」
 レインは目も合わせずに言った。
「僕の呪符とか、エルトの薬とか。君なら情報収集とか、そんな感じだよ。クライドさんなら直接戦いに出られるだろうけど」
「ようはクローゼラに見つからないことなら大丈夫ってことだろう」
 エルトがいい、そしてノアに聞いた。
「ノア、小鳥たちに見張りは頼んでくれた?」
「うん、クローゼラさんのところにもいくようにたのんだよ」
「よし、これで安心して出かけられる」
 エルトが息をついたのを見て、クライドが皮肉っぽく笑った。
「そう言っていられるのも今のうちだ。戦争だからな。生半可な覚悟で突っ込んでいける場所じゃないぞ。狂気に飛び込んで正気を保つか、正気にしがみついて狂気に侵されるかの場所だ。……人が殺される瞬間を見ることや、かつては神だったやつらを殺すことに覚悟はできているか?」
 エルトが引きつった表情になり、ごくりと唾を飲み込んだ。レインは何の反応もしない……彼は平気だろう。アーウィンはというと、一瞬目を瞬いたが、すぐに腕を後ろ手に組んで馬車の壁に寄りかかった。
「まあ、できなくてもやるしかねぇだろ。がむしゃらに生き延びるだけさ。狂気に侵されるだけならまだ救いはあるけど、世界は一度滅びたら戻らないぜ」
 クライドがふっと笑いを漏らした。
「底抜けの前向きさだな」
 アーウィンはごく真面目に言った。
「そ。この前向きさがオレの生き残り術さ。おかげさまでオレは今ここにいるんだ」
 馬車ががたんと揺れる。沿道からの歓声は、途切れることなく聞こえ続けていた。


 列の先頭近くにライリスはいた。仲間たちの近くにいられないことが寂しかったが、総司令官の立場上、胸を張って自信満々な顔をして前を向いている。こんなに注目されるのは初めてだな、と思いつつ総司令官というのはこんなにも大きい地位なのかと実感していると、話しかけられた。
「国境突破が最初の戦いになるのでしょうか」
 三人いる将軍の一人だった。たしか、歳は真ん中の人だ。いや、とライリスは答えた。
「国境突破の仕事はやらない。聞いていませんか? 以前難民を保護しに行った時、国境は魔法で封じられていました。……悪魔たちは秘密裏にカートラルトをつぶしたかったので、他国の救援を警戒したのでしょうね。それを破ってくれたのは守護者たちです」
 将軍は眉をひそめた。
「わざわざ教会の助けを借りずとも、宮廷の魔法使いや我々でも破れるのではないのですか」
 ライリスは少し笑った。
「自信があるのはいいことですが、悪魔は太古において神々だった者たちですよ。神々の魔法に匹敵する力を、破れますか?」
 将軍は不服そうに言った。
「では、最初の仕事を彼らにやらせる、と?」
「使える人材を放っておく意義はありません。それに、逆に言えば、表に出て仕事をしてもらう機会など、それくらいなのですよ。彼らは、今はまだ女神との契約の下ですからね」
「女神……」
 将軍はしばし思案した。
「女王陛下からお話は聞いております。女神が本当は悪魔側だというのは本当なのですか」
「本当です。だから守護者たちは、我々を表立って味方できないのですよ」
 将軍は眉をひそめてライリスを見つめた。
「教会のことにとても詳しいのですね」
「王女が国の組織のことを把握していたらおかしいですか」
「国と教会は関りを持たないはずです」
「おやおや。固定観念にとらわれているご時勢ではないはずですが」
 くすりと笑みを漏らしたライリスを、将軍は目を瞬いて見つめた。
「固定観念?」
「そもそも、関りを持たないと定めたのは教会が持つ影響力が政に利用されぬよう、先人が配慮したからでしょう? 守護者の存在は世界の存在に密接に関係しますからね。 けれど、今はむしろその影響力を、彼らの力を借りねばならない時です」
 ライリスは空を見上げた。その視線の先には、西の空。やたら暗いのは、気のせいではないはずだ。人々は天の光を求めるから、悪魔は闇を作る。あれはその産物。……悪魔たちが、あの雲の下でうごめいているのだ。
「今は誰もが手を取り合うときです。避けるときではありません」
 言ったライリスは、空から隣りの将軍へと視線を戻した。
「将軍、肝に銘じておいてください。これで負けたら全て終わりなのだと。あなたの家族も、先祖の築いてきた歴史も、空も、海も、森も空気も太陽も星も、全て無になってしまう。そして、何も残らない」
 将軍は一瞬、目を大きく見開いた。ライリスは笑む。
「“世界が滅びる”なんて実感のない話より、真に迫って感じられるでしょう? そしてこれは事実です。これはただの戦争じゃないんです。懸けているものがあまりに大きい……あなたがたにはしっかりと、それを認識していてもらいたい」
 将軍の瞳には、既にさっきまで浮かんでいた不信感が氷解していた。直に接して、ライリスを認めたようだった。
「王女……」
「総司令官です」
 ライリスはきっぱりといった。
「今はそう呼んでください。まだ王女としては未熟ですから。けれど、総司令官としてはあなた方と同等、それ以上だと自負していますから。この戦いは創世主との戦いと言ってもいいくらいです。誰だって、この戦いにおいては素人のはずです。悪魔が相手ですからね。だから、ぼくの……私の言うことには従っていただきます」
 将軍は黙り込む。そして一言、馬の足音に重なねるように言った。
「仰せのままに」
 それを聞いたライリスは、顔をほころばせた。空の暗さに似合わず、太陽のような笑顔だった。


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 星空が見えない。何もかもが真っ暗だ。
 銀の髪の少女が一人、天幕から顔を出した。辺りを見回して、誰もいないのを確認する。見張りの悪魔は少し持ち場を離れていたのだ。少女は足音を立てずに天幕を抜け出し、林の近くを回って、巨大な黒っぽい機械の所にたどり着くと、何かを解くような作業をした。少々てこずったようだが、やがて目を細めて何かを確認すると、小さくよしと呟いて次の機械に取りかかる。十台近くの機械を次々と回って同じ作業をした少女は、ほっとしたような表情をした。冬の冷たい風が吹き抜けて、少し寂しげな顔をした少女の髪を揺らしていく。
 そして少女は再び、そっと物陰から覗いてみて、誰も気づいていないことを確かめる。そしてまた、そっと足音を忍ばせて林の近くを回り、天幕に戻った。見張りの悪魔がちょうど戻ってきたところで、少女はきつく問い詰められたが、用を足しに行っていたと言い張った。自分が戻ってくるまで我慢できなかったのか、できなかったんだってば、と問答が続き、ついに悪魔のほうが折れて、もういいから入れと言った。
 少女は何もなかったかのように天幕の入り口をめくり、中に消えた。

 夜の空はうっすらと白み始めていた。



最終改訂 2008/08/29