EVER...
chapter:2-story:8
繰り返し

 

 なぜ本名を隠してたのかとか、聞きたいことはたくさんあったが、オーリエイトの口調は干渉を拒む調子だったので、リオは何も聞かないことにした。
 グラティアに帰り着いた時には、もうくたくただった。親しんだ風景を見て緊張の糸が切れ、リオは急に震えた。
「……怖かった」
 本当に怖かった。クローゼラには、ウィルの言う通り、全てを滅ぼしかねない覇気があった。
 オーリエイトはさすがと言うべきか、とても落ち着いていた。
「……クローゼラに姿を見せてしまったわ」
 自信なさそうに言う。
「せっかく、今まで隠れてたのに、大丈夫かしら」
「オーリィが自信持ってくれなかったら、あたし達はどうするのよ」
 リオがばしっと言うと、オーリエイトは少し苦笑した。
「そうね」
「そういえばオーリィ、買い物は?」
「済んだわよ」
 オーリエイトは袋を見せた。
「それ、何?」
「呪符一揃い。本気で備え始めたほうが良さそうだから」
―― 降魔戦争?」
「ええ」
 しん、と二人は黙った。足元の苔を踏む感触だけが感じられる。
 そろそろまた、靄と巨木の樹海の領域だ。心なしか、グラティアはアーカデルフィアより寒いようだ。

「戦争って、どんなのかな」
 リオはぽつんと呟いた。
「火事と似てるかな。世界が紅くて……」
 悲鳴が飛び交って、誰かが泣いていて。
「一方的な略奪ならそうなるけど」
 オーリエイトが言った。
「兵士同士の戦いは規模が大きいから、もっと残酷だわ」
 言って彼女は眉をひそめた。まるで見たことがあるかのような口振りだ。
「地獄よ」
 リオには火事の様子しか思い浮かばなかった。それから、どうしても不安に襲われる。
「あたし達、どうなるのかな」
 やっと得なおしたものを、また失うのだろうか。
「わからないわ。でも、戦争の他に方法がないもの。私だって望んでるわけじゃない。でも、私たちが黙っていれば、この世界は悠々とあの人に消されるわ」
 リオは訝ってオーリエイトを見上げた。
「あの人?」
―― サタンよ」
 オーリエイトはきまり悪げに言った。

 やがて、小屋に着いた。戸を開けると、床に座ってゲームをしていたレイン、リディア、ノアは揃って顔を上げて叫んだ。
「オーリエイト!」
「リオ!」
 三人ともカードを放り出して駆け寄ってくる。
「お帰り。遅かったわね」
 オーリエイトが頷いた。
「ハプニングがあったの」
 レインが眉根を寄せた。
「何が?」
「クローゼラに会ったわ」
 オーリエイトは金の瞳をレインに向けた。皆目を見開いた。
「本当に?」
「リオが彼女に見つかってしまったの」
 リディアが息を呑んで、手を口許に当てた。
「嘘っ……大丈夫?」
「彼女は何て?」
 レインが鋭く聞く。オーリエイトは肩をすくめた。
「何もなかったわ。お互い宣戦布告しただけ」
 それからオーリエイトは皮肉に笑った。
「私のこと、覚えていたわよ、クローゼラ」
「そう……」
 レインは口を噤み、オーリエイトをじっと見つめたかと思うと、彼女を引き寄せてその肩に伏せた。
「レイン」
 オーリエイトが咎めて体を離そうとしたが、レインは許さない。
「お願いだ、自分の命を危険にさらすようなことはしないでくれ」
「レイン」
「君が、自分のためにそうできないなら、僕のために。君に何かあったら、僕は君を許さない」
「レイン……」
「オーリエイト、僕は君を……」
 うわ、と思ってリオは急いで顔を逸らした。直視しようものなら顔から火が出そうだ。
―― 君を、愛してる」
 オーリエイトは答えず、やんわりとレインを押し返した。
「私は導く者よ。あなたには話したでしょう」
「君が全部背負わなくていい」
「私が望んだことなのよ」
 レインは顔を引きつらせた。淡紫の瞳が闇を宿す。
「マーリンのために?」
「……」
「師匠のために、全部捧げるのか?」
「レイン」
「君自身は?」
 オーリエイトは目を伏せた。
「君自身の意思は? 君自身の命は?」
「レイン」
「いらないなんて言わせない」
 オーリエイトは困惑したように金の瞳を泳がせていた。力なくレイン、と繰り返す。
「使命なのよ――
「誰からの? マーリン? 神か? そんなのは、どうでも良い。君だけ、君だけで良いのに」
 リオはリディアの肩を叩き、目配せした。リディアは助かったとばかりにほっとした表情を見せ、リオに促されるままに、振り返らず早足で小屋を出た。ぽかんとまだ二人を見ていたノアのことは、無理やり首根っこを引っ掴んで連れ出した。まったく、小さな子供に見せるものではない。

 三人で外に出て、三人ともしばらく黙っていた。
「……ねぇリオ、私たち出てきて良かったのかしら」
「いいんじゃない? 積もる話がありそうだったし」
 また気まずい沈黙。少女二人がこういう場面に慣れていないのがありありとうかがえた。
 ノアがリディアの袖を引いた。
「お姉ちゃん、オーリィ姉ちゃんとレイン兄ちゃんは好き合ってるの?」
 う、と二人は言葉に詰まった。タイムリーで今一番聞いてほしくない質問。リディアは顔の赤いままで言った。
「さあ。レインはオーリィが好きなんだろうけど、オーリィはどう思ってるのかはわからないわ」
「ふぅん……」
「ノアは知らなくていいことなのよ」
「どうして?」
「どうして、って……」
 リディアは困惑して弟を見つめた。するとノアはリオを見上げた。
「リオ姉ちゃん、どうしてぼくは知っちゃいけないの?」
「あ、あたし!?」
 突然話をふられてリオは仰天した。子供にヲトナの世界の事情を聞かれた親の心情ってこんな感じかしら。
「あのね、ノア。あたし初恋もまだなんだから、そんなのわからないよ」
「じゃ、お姉ちゃんはもう初恋したの?」
 リディアはわずかにのけ反った。
「えっ!? してない、してない!」
 なんでこんな話題になるんだ。リオもリディアも困り切っておろおろした。そうか、ノアはそういうお年頃か。妙な時期に喋れるようになってしまったものだ。
「じゃ、ライリス姉ちゃんとアーウィン兄ちゃんは?」
「あれは恋じゃなくて単なる友情……」
 ノアは首を傾げた。
「リオ姉ちゃん、知ってるじゃない」
 うっ。意外と鋭い。しかも、罪のない目だから困る。リディアはあたふたとたしなめた。
「ノア、リオを困らせちゃ駄目よ」
 ノアは悲しそうに顔を上げた。
「リオ姉ちゃん、困ってるの?」
「あ、や、え、う……」
 そういう目が一番困る。

 その時、小屋の戸が開いて中からレインが出てきた。唇を噛んでいたから、二人の時間を楽しんだわけではないらしい。奥には、無表情に目を伏せたオーリエイトの姿があった。
 レインは三人を見つけて顔を上げた。
「ああ、外にいたんだ」
 気が付いてなかったのかと思うとリオは腹が立った。
「そうよ。お取り込み中失礼だと思ってね」
 レインはリオのそのつっけんどんな言い方に苦笑した。
「……それは、気を遣わせてしまったね」
「レイン、もう帰るの?」
 リディアが聞くと、レインは頷いた。
「一人で色々考えたいから」
「そう……お兄ちゃんたちに、体に気をつけてって言ってね」
「了解」
 レインは笑って階段を降りていった。その青い神官服を、リオとリディアは見送った。
 ほう、と一息ついて、リディアは困ったように頬を押さえる。
「だめだわ。私、レインってどうしても、少し苦手」
「……うん、分かる気がする」
 リオも頷く。
「なんていうか、哀しい目をしているのに、すごく冷たいのよ。いつも、誰にでも微笑んでいるけれど、まるで全てのものに何の価値も感じていないみたいな」
「……言ってみれば、レインは社会の一番闇の深いところで育ったんだもん。教会に拾われてからだって、心のケアなんてしてもらってないだろうし」
 リオは呟く。
「きっと、たった一つの何かにしか、しがみつけないんだね。……それが、オーリィなんだよ」

 小屋に戻ると、オーリエイトは窓辺に立って、レインの姿を見つめていた。何も浮かんでいない表情が、逆に哀しかった。
「私は大丈夫よ」
 リオやリディアに聞かれる前に、オーリエイトはそう言った。
「私は、ね」
 リオはオーリエイトを見上げた。
「レインはダメなの?」
 オーリエイトは目を伏せる。
「どうかしら。冷たくし過ぎたかもしれないわ」
「どうしてって聞いていい?」
 聞くと、オーリエイトはリオと視線を合わせた。唐突に向けられると、一瞬眩しく感じる金の色。
―― 繰り返したくないの」
 オーリエイトらしい、簡潔で短い言葉。
「二度と、あんなことしたくないの」
 ―― あなたは、誰かを死なせたことある?
 いつかオーリエイトに問われたことを思い出して、リオは胸をつかれた。

 ―― 愛してる?
 ―― うん。すごく、すごく。
 ―― 愛は呪いでもある。縛られ、囚われて動きようがない。

 そうか、と悟ってリオはそれ以上何も聞かなかった。彼女は、一度誰かに愛されることを受け入れたために、誰かを死なせたことがあるのだろう。リディアは首を傾げてはいたが、口を挟まない方がいいと心得ているのか、何も言わなかった。

 オーリエイトは話題を振り切るように樹海に目を走らせた。
―― 森が騒いでるわ」
「サタン?」
 リディアが不安げに聞いた。オーリエイトは頷く。
「この近くまで負の気が来ているみたい。各地に連絡を取らないと」
「仲間がいるの?」
 リオは目を見張って聞いた。オーリエイトは当然だ、というようにリオを見た。
「世界がかかった大事業を、私一人で担えると思う?」
 ……もっともだ。
 リディアがオーリエイトの袖を引いた。
「オーリィ、私に手伝えることはある?」
 オーリエイトは、例の身内限定スマイルでリディアの手を取った。
「あなたはいいのよ。天界と繋がっている唯一の仲間だもの。あなたとノアは、表に出なくていいの」
 リディアは俯いた。

 その横からノアがするりと進み出て、飛切り無邪気な瞳で聞いた。
「オーリィ姉ちゃん、今日はレイン兄ちゃんにキスされなかったの?」
 リオとリディアは同時に真っ赤になり、ノア、と叫んで、目を白黒させているオーリエイトの前からノアを引き離した。




最終改訂 2006.03.28