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 この妖精が、女王ティターニア。リタは思わず見入ってしまった。妖精女王は頭を下げたジェレミーを見つめて、玲瓏とした声で話しかけた。
「アベリストウィスのフルーエリンの息子ですね」
 無機質なのか、生命力にあふれているのか、よく分からない声だった。正反対の性質を同時に持ち合わせているような、相手を不安にさせる類の声。
「はい」
 しかしジェレミーは慣れているのか、ちっとも動じる様子なく答える。
「ティターニア女王、このたびはお願いがあってまいりました」
「選択できるのは一度だけだと申したはずです」
 ティターニアはジェレミーが来た理由を知っているようだった。
「あなたは人間として生きるための条件を呑み、そして条件にそむきました。私の統治下にもどるのが筋というものです」
「女王、恐れながら、条件に背いたのは僕の意思ではありません。妖精界の混じる場所に閉じ込められていたのです」
「それでも、妖精界の混じる場所に自ら身を置いたのでしょう。そのことはいかが申し開きをするつもりです?」
 これにはフルーエリンが答えた。
「ティターニア様、私の羽根がもがれてしまったことはご存知でしょう。息子から魔力の供給を受けるため、妖精界の空気のある場所に出向く必要があったのです」
「では、ジェレミー、あなたが閉じ込められていたことを証明する者は?」
「……私です」
 リタは自分から名乗った。女王がリタを見上げ、探るように頭のてっぺんからつま先までをじっくりと見つめた。
「魔女ですね」
「……はい」
「ジェレミーが閉じ込められるところを見たのですか?」
「はい。私が閉じ込めた張本人ですから」
 女王はわずかに眉をひそめた。閉じ込めた本人が協力者としてこの場にいるのだから、まあ当然だ。しかし彼女は何も言わず、審判を続けた。
「自らの意思で妖精界にいたわけではないことは分かりました。ですが、だからと言って掟破りを許すわけには参りませんよ」
「はい、存じております」
 ジェレミーは頷き、本題に入るために真剣な眼差しになった。
「僕の羽根をフルーに……母に、あげることはできないでしょうか。羽根を失えば僕も人間と力が変わらなくなります」
 ティターニアは厳しい表情を浮かべた。それすらぼんやり霞がかかったような幻想的な雰囲気でとても美しい。
「羽根の性質という点では、親子ですから問題ないのでしょう。しかし、それでは掟破りの代償としてあまりに軽すぎませんか」
 ジェレミーの瞳が輝いた。
「ということは、代償を差し出せばお許しがいただけると言うことですね?」
「差し出すものにもよりましょう」
 ティターニアはあくまで冷静沈着だった。ジェレミーが頷き、言う。
「では、僕が妖精として受け継いだ力を差し上げます」
「ジェレミー?」
 フルーエリンが驚いたようにジェレミーの名を呼んだ。ティターニアはあまり心を動かされた表情を出さなかった。
「妖精としての、力を?」
「はい。妖精を見る力、妖精としての魔力、一族の長の妖精、フルーエリンの息子であることで、妖精から受けていた庇護、全部差し上げます」
「ジェレミー、それは」
 リタは思わず口を挟んだ。
「よいのか。ジェレミーが当主になることのメリットがだいぶ減るではないか」
「妖精と付き合うための知識まで差し出すとは言ってないよ。それに、妖精たちが見えなくなっても、リタから妖精の塗り薬とかを買えるだろうし」
「……そこまでして当主になりたいのか」
「リタ、僕の取り柄はそれくらいなんだよ。それに」
 ジェレミーはリタに微笑みかけた。
「気付かせてくれたのはリタじゃないか。気付かなかったかい? 君が来てから、僕の当主の仕事に対する思いはどんどん深くなった。君の仕事に対する真剣さを見たからなんだよ」
 リタは驚いて黙った。自分が誰かに影響を与えていたなんて、夢にも思わなかった。
「君は自分の仕事にとっても真剣で、一生懸命で、向き合おうとしていて、すごく憧れたんだ。だから、僕も自分の存在意義をかけて仕事に取り組もうと思ったんだよ」
 ひゅーっとアシュレイが口笛を吹いた。からかいモード全開。
「リタ、固まっているぞ」
「顔も赤いわ」
 キットとフルーエリンにも言われ、リタは一生懸命それらの声を無視してティターニアの反応をうかがった。彼女はどうやら迷っているようだった。
「女王、どうか」
 ジェレミーがさらに訴える。
「当主を僕にやらせてください」

 妖精女王は口を開いた。
「では、試験をしましょう」
「試験……?」
「そうです。最初に迷宮から抜けられた方が勝ちといたしましょう」
 ティターニアはそう言って手を一振りした。きらきらと光が舞って、そこに人が一人出てきた。
「あれ、リチャード」
 ジェレミーが声を上げる。リチャード・アベリストウィスだった。どうやら馬車の中にいたところを無理やり魔法で連れてこられたようで、コートを羽織って帽子をかぶっている姿だったのだが、座っていたはずの椅子が消えたので彼はしりもちをついた。そして、当然ながら何が起こったのかわからない顔で辺りを見回し、自分の足元で自分を見上げている小さな妖精のジェレミーとフルーエリン、そしてリタとアシュレイの姿を見て目を瞬いた。
「なんなんだ? 魔女殿が私を呼び出したのか」
「召喚魔法はまだ習ってません」
 あっけに取られたせいでリタは的外れな返事をしてしまった。
「リチャード、どうやら僕らは正面勝負しかないみたいだよ」
 ジェレミーが言った。
「いきなりですまないけれど、女王のご意思だからしょうがない」
「女王?」
 リチャードはティターニアの姿を見て呆然とした。
「妖精か!?」
「アベリストウィスのリチャードですね。あなたとジェレミーに試験を課します。勝った方を、妖精は正式にフルーエリンの一族の主人とみなしましょう」
 やっとリチャードにも飲み込めてきたようで、彼は呆然と呟いた。
「ここは……妖精界なのか」
「そうよ。あんたがジェレミーを追い返そうとしていた場所よ。あんたなんか負けちゃえっ」
 フルーエリンがリチャードにそう怒鳴った。母親と呼ぶには子供っぽ過ぎる言動だ。思いっきりジェレミー贔屓なフルーエリンの発言に、ティターニアは眉をひそめた。
「フルーエリン、あなたには参加を辞退してもらいます。わたくしの側にいなさい」
 フルーエリンはそれを聞いてしゅんとうなだれ、はい、と言った。
 そして女王は二人の魔女に目を向けた。
「せっかくですから、あなたたちにも参加してもらいましょう」
「え?」
 リタは目を瞬いたし、アシュレイも突然話を振られて怪訝そうな顔をした。まったく、妖精という生き物は本当に気紛れだ。
「どちらか好きなほうに味方なさい。妖精を傷つけなければ魔法も許しましょう。アベリストウィスたちが迷宮を抜けるのを手伝いなさい」
 それを聞いて、ジェレミーとリチャードが同時にリタの方を向いた。
「リタ」
「魔女殿」
「僕と一緒に行こう」
「あなたは私と契約をしたではありませんか。なぜジェレミーを手伝っているのですか」
 リタが途方にくれている横で、やれやれ、とアシュレイが首を振った。
「人気者だねぇ、リタ。リチャード・アベリストウィス、一つの契約が終わった以上、次にどんな契約を請け負っても、お前がうちの弟子をとやかく言う権利はないと思うぞ」
 リチャードは驚いたように目を見開いた。
「弟子、って……赤の魔女アシュレイ!?」
 アシュレイはにっこり笑った。
「そうだ」
「ぜひ、私の味方を!」
 おやおや、とアシュレイは苦笑した。
「名前を聞いた途端に豹変か。まあ、よかろう。面白そうだ」
 そして彼、いや、今の姿なら彼女と言うべきか。とにかくアシュレイはひどく楽しそうな視線をリタに向けた。
「師弟対決だな、リタ」
 そんなの自分が負けるに決まっているじゃないか、とリタは反論の視線をアシュレイに送った。というか、自分がジェレミー側につくのは決定なのか。まあ異存はないが。しかし、次にアシュレイが言ったのはリタにとっては意外な言葉だった。
「リタ、これは独立試験にしよう」
「え?」
「これでお前が勝ったら、お前は晴れて一人前だ。独立を許す」
 リタは信じられなくて、目をぱちぱちさせた。独立?というか、なんて突然な。師匠まで気まぐれになってしまったのだろうか。
「マジか?」
 キットも信じられないように呟く。アシュレイは挑戦的な目でリタを見つめた。
「どうだ、やるか?」
「や、やります!」
 あっけに取られたが急いで返事をした。一人前になることは、半人前の駆け出し魔女にとっては夢なのだ。リタの足元でジェレミーが笑った。
「よかったね、リタ。一緒に頑張ろう」

「決まったようですね」
 沈黙を守って見守っていたティターニアが淡々と言って、一歩進み出た。
「では、行ってらっしゃい」

 妖精女王が杖を一振りすると、きらきらと光が舞って、リタたちを包んだ。