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 都内の有名高校を受験するために中学2年から受験勉強でくそ忙しいこの私が、こんな時期に告白なんぞしたのは、絶対玉砕だからだった。煩わしいことは早いこと心の中から追い出して、さっさと受験勉強に集中しようという訳だ。相手は幼なじみ、そして両想い中のくせに気付かないのは本人たちだけ、の相手がいる。
 愛しい彼の名前は高城彰(たかしろ あき)。私と同じクラス、2年A組。両想いの彼女はC組……なんだけど、クラスの違いは悲しいことに全然私には有利にならなかった。私なんて幼なじみでしかもお隣りさんまでやっているというのに。近すぎて気付いてもらえなかったのかなーなんて自分を慰めてみるのだけど、当然慰めにならない。どっちにしろ彼のハートは彼女のもの。さっさとくっつけっての、まったく。付かず離れずを見ているのが一番悔しいんだから。告白したのにはそういう意図もあった。これでさっさと自覚して告白してくっつきなさい、お二人さん。

 ところがどっこい、私がずたずたに裂いてまで配った心は妙な展開を生んだ。あれだ、彰が天然ボケだってことを失念していたのが最大の敗因だったのかもしれない。つまり、とことん鈍い。女心も分かってないけど自分の気持ちにもとことん鈍かったみたいで、なんと私の体当たり告白にOKしてきたのだ。
「ありがとう」の次の言葉は「でも、ごめん」だと信じて疑わなかった私は、「じゃあ、涼乃(すずの)が僕の初カノになるんだね」と言った彰の言葉を聞いて、「好きです、付き合ってください」というたいへんベタな告白の台詞と共に下げた頭を、そのまま床にぶつけそうになった。
「……へ?」
「だから、涼乃は僕の初カノだねって」
 一瞬、もしやC組の彼女と両想いだってのは私の思い込みで、実は私こそが彼と両想いだったのか、と自惚れたことにも思ったのだが、そんなことはありえない。だって相手が私と彼女の時とで態度がまるで違う。そんなの見ていれば分かる。しかも、恋バナ好きの友人がご丁寧にも二人の思い人の名前を聞き出してきてくれて、間違いなく彼らこそが両想いなのは事前に確認済みだ。
「まって、彰。本当の本当に私で良いの? ちゃんと考えてから答えて」
「だから、涼乃でいいんだってば。どうしたの? 自分から告ってきたのに」
「いや、うん、びっくりして……わーい、ありがとう」
 魂が体のどこかに空いた穴から逃亡しかけた状態で言った台詞だったから、さぞかし嬉しくない声色だっただろう。でも、自分から告白した以上撤回はできなくて、結局そのまま私達は付き合うことになってしまった。きっちりはっきり彰の気持ちをはっきりさせておけばよかったのになぁ、と後で何回も思った。

 当然、私を慰めようと校門で待ち構えていた友人たちは、帰り道で結果報告を聞いて仰天した。
「嘘!? OKされちゃったの?」
「な、なんかね……」
「ま、まあ、両想いになれてよかったね、涼乃」
「ばか、そのために告ったんじゃないのに。第一、それじゃ瀬川さんがかわいそうでしょ」
 瀬川茉莉(せがわ まつり)、彰の想い人(のはずなんだけど)の名前だ。私はもうわけわからなくて、頭を抱えた。何を考えてるんだろう、彰。あれか? 瀬川さんって結構人気あるから、高嶺の花だと思い込んでるとか。だから始めから諦めちゃってて私の告白にOKしたとか。あーもーそんな必要ないのに。
「あー、私どうしよう……」
「そのまま付き合っちゃえ」
「いや、事情を説明して別れちゃった方が……」
「いまさら? 別れるなら少しだけ付き合ってから別れた方がいいんじゃないの? それにほら、OKしたなら、高城くんも実は、瀬川さんと涼乃の間で揺れてたのかもよ」
「いやあ、でも本人が瀬川さんが好きって言ってたって……」
 親身は親身だけど、随分好き勝手に意見を言う友人たちだ。私はとぼとぼと別れ道まで進んで、友人たちにバイバイを言おうとした。その時だった。

「涼乃、兄貴に告ったの?」
 その別れ道にいたのは彰の弟だった。ランドセルは家に置いてきたのだろうが、小学校の制服のままだ。わざわざここまで来た意味が分からず、私は首を傾げた。
「ね、あの子高城くんの弟?」
「そう。朔良(さくら)クン」
 文子に聞かれて、私は返した。
「どうしたの、朔良。こんなとこまで」
「告ったの?」
「え、うん、まあ……」
「でも困ってるみたいだね」
「……もしかして聞いてた?」
「うん、まあ。そんな顔してるってことは、オーケーされたくなかったんでしょ? 事情は聞かないけどさ」
 兄より少しは鋭いこの子は、私の前まで歩いて来て、私を見上げてにっこり笑った。
「だったらさ、俺が助けてあげるよ」
「はい?」
「好きです。付き合ってください」
 これまた私の台詞と一字一句違わない、素晴らしくベタな告白……って、待て待て。
「ちょっと、からかわないでよ。そういうのは将来にとっときなさい。気遣ってくれなくても自分で何とかするから」
「からかってないし気遣ってるわけでもないよ。将来にとっといたって言う相手は同じだし。良い機会だもん、言っちゃおうかと思って」
 無邪気な瞳でそんなことを言う。私の頭の許容量を超えることが、今日は随分いっぱい起こるものだ。私は自分の足とコンクリートの道路と接着剤か何かでくっついた気分になった。体もコンクリート詰めだ。

 朔良は笑顔のまま、もう一回繰り返した。

「涼乃が好きです。付き合ってください」