EVER...
chapter:2-story:10
一時避難
 

 

リオは椅子の上で膝を抱えて座っていた。
ウィルは何をするでもなく、ただリオに寄り添っていた。
別に怖かったわけではなかったが、少しリオは動揺していた。
「……足はどうです?」
「もう大丈夫だよ。力も戻ってきたし」
「……どうして一人だったんです」
「オーリィたちは買い出しにいってるの」
「リオを一人残して?」
ウィルの目に俄かに怒りが点ったのを見て、リオは慌てた。
「始めはダメって言われたの。でもあたし、どうしても外に出たくてオーリィに無理言って、せめて水汲みさせてもらおう、って……」
ウィルは目を瞬き、肩をすくめた。
「あなたの意思なのですか」
「え?うん……」
怒られると思っていたので、リオは少し意外だった。
それからリオは言った。
「歌があの人達に知られちゃった。ごめんなさい」
すると、ウィルはにやりと笑った。そういう、悪ふざけをしたような笑い方は初めてだった。
「大丈夫ですよ。記憶を少しいじっておきましたから」
リオは目を丸くした。
「あ、でも過信しないでくださいね。何せ全ての魔法が感覚だけでホイホイできてしまうので、本当に効いたのかどうか確かめられないんです」
リオは苦笑した。
「あのね、歌のことなんだけど」
「はい」
「星の鍵のありかって、人類の鍵のありかなんだって」
ウィルは首を傾げた。
「人類の?」
「あの魔法使いが言ってたよ。
クローゼラがこの歌を知りたがるだろう、みたいなことも言ってた」
「星は地上の人々の数を表す、だから星は人である。だからでしょうね」
ウィルは考えながら言った。
「となると、確かにクローゼラは知りたがるでしょう。最後の星は溶けて消えた―― これでは地上の人々が消えていなくなるということになりますから」
リオもはっとした。
「降魔戦争!」
ウィルはにっこり笑った。
「でしょうね」
「じゃ、降魔戦争の勝敗の鍵は、この歌の謎々を解けば……」
ウィルは考え込んだ。いつになく思い詰めた真剣な表情だ。
何か知っているな、とリオは思った。
「刈る……摘むのはともかく、刈るというのは……」
ぽつぽつと呟いている。
リオはわけが分からずきょとんとしていた。
「ウィル?」
リオがウィルの顔を覗き込むと彼はそれに気付いてにっこり笑った。
毎度ながら、この人の表情の変化には目を奪われる。目が離せなくなる。
「星はともかく、花の意味が分かりませんね。鍵のありかには花が咲く……花がなんなのか分からないと、どうも……」
それはリオにも見当がつかなかった。
行き詰まると、もう集中力が切れてきた。
「そういえば、ウィルはどうしてここに来たの?クローゼラは?」
すると、ウィルはくすくすと楽しそうに笑った。
その瞬間、彼は少し幼く見えた。
「ちょっと勇気を出してやってみました、強行突破」
リオはそれを聞いてポカンとした。
「……大丈夫なの?」
「ええ、まあ。丁度忙しい時期ですから、クローゼラも私にかまっている暇はあまりないはずです」
どうりで、いつもより溌剌としているわけだ。
リオはウィルを見つめた。線が細くスッキリした顔立ち、まとめきれなくて頬にかかった夜色の髪、そして誰もが息を呑む、金と青のオッド・アイ。
「……なんか、ウィル、変わった?」
ウィルはとぼけた。
「そうでしょうか」

ちょうどその時、ノアを脇に抱えたリディアと、杖を掲げたオーリエイトが飛び込んできた。
緊迫した様子だ。
一番余裕のあったノアがまず二人に気付いた。
「あ、リオ姉ちゃん、ウィル兄ちゃん」
リディアとオーリエイトはそこで初めて二人に気がついたようだ。
「ウィル?」
リディアがぽかんとした一方で、オーリエイトが眉をひそめた。
「外に転がってた悪魔、あなたの仕業?」
緊張した顔だったのはこのせいらしい。
「はい、リオが捕まりかけていましたから」
ウィルが答える。塵ほども悪がっていない。むしろウィルは軽くオーリエイトを睨んだ。
「魔力のないリオを一人残していくなんて、危ないにも程があります」
オーリエイトはさすがに言い返せず、押し黙って俯いた。
「あの、ウィル、でも元はあたしが」
「でも、彼女も許しました」
「許されてなくても、あたしはこっそり抜け出してたよ」
ウィルはリオを見つめた。
「……あなたはそうやって、なんでも背負いすぎます」

リオが言葉に詰まった時、また新しく声がした。
「ありゃ?」
お得意の緊張感壊しだ。
「相変わらず皆して気が合うなあ。タイミング良く揃ってやんの」
ぱちぱちと目を瞬かせたアーウィンの後ろから、ライリスも入ってきた。
こっちは訝しげに眉をひそめている。
「外に転がってた悪魔達、あれどういうこと?」
久々に見ても、やはり我を忘れて見惚れてしまいそうなくらい綺麗な顔だ。そして相変わらず男装している。王宮でもこうなのだろうか、とリオは一瞬考えた。
「私が気絶させておいたんです」
「そうじゃなくて」
ライリスはすこしイラついたような声になった。
「聖地に悪魔が出るのはなぜ?」
「聖地など。初めて神に創られた土地だからといって、悪魔を退けるような特別なものを持っていたりはしませんよ」
「……そりゃ、詐欺なことだね」
「なあ、それより、やつら何をしにここに来たん?」
アーウィンの質問にはリオが答えた。
「ずっとあたしを見張ってたんだって。二週間も前から、あたしが一人になるのを待ってたらしいよ」
しん、と沈黙が降りた。
「大層な忍耐力だ」
アーウィンがうーむと唸った。
「ついでに言えば、ここが見つかっちまったわけだ」
「記憶を消しておきましたから、それはご心配なく」
オーリエイトが鋭く声を上げた。
「ウィル……!」
「記憶操作が禁忌なのは知ってますよ」
ウィルはそれを静かに遮った。
「それに、あなたでもそうしていたと思いますが」
オーリエイトは口を噤んだ。
「……それとも、今のうちに始末しますか?それなら話は別ですが」
ウィルがそう言ったのでリオは仰天した。
虫も殺さないような顔をして、さらっと。
「おやめなさい。慣れてない子がいるのよ」
オーリエイトが、青くなったリオとリディアとノアを見て、たしなめた。
「でもさ、それじゃここをお払い箱にしなきゃダメじゃねぇ?もうここは危ないんだろ?」
全員が危惧していたことを、アーウィンが口にした。
リディアがおそるおそる呟く。
「……グラティアを離れなきゃダメ?」
「少なくとも、いざとなったら身を守れない、あなたやノア、リオはここにいない方がいいわね」
オーリエイトが淡々というと、ノアが言い出した。
「ぼくがいるよ。動物たちが助けてくれるよ」
「前は奇襲だったから成功したけどね、ノア」
オーリエイトが厳しく言った。
「悪魔が本当の力を出したら、下手な魔法使いより強いのよ。元はあなたたちと同じで、天の者だったんだから」
「じゃあ、ほんとに引っ越すの?」
リオは心細くなった。せっかく馴染んだ土地なのに。
「事は急を要するわ」
「先手必勝、逃げるが勝ちってね」
アーウィンが相づちを打って机に飛び乗り、足を揺らしながら興味津津で尋ねた。
「んで?どこに行くの?」
「私はもう少しここに残るわ。情報収集しやすいところにいなきゃ。一時非難する場所は……そうね、とりあえず今日はアーカデルフィアのどこかの宿に泊まってくれないかしら。その間に、つてに連絡してみるわ」

「ぼくが預かろうか?」

言ったのはライリスだった。
全員の目が彼女に向く。
「部屋ならいくらでも余ってるよ。王族専用で外部者は立ち入れない場所もあるから、そこなら安心できるでしょ?王族と教会は仲がいいわけじゃないから、教会からの干渉もなくて済むし」
「……王宮へ行くと言うのですか」
ウィルが確認するように言った。
ライリスは肩をすくめる。
「どうせ今、ぼくには家出禁止令が出てるんだ。外出禁止令じゃないだけましだけど。友達がいれば、ぼくも気が紛れる」
「おいおい」
アーウィンが目を丸くして言った。
「お前の独断で大丈夫か?第一、お家事情がよろしくないんじゃなかったのかよ」
「裏工作は得意だから平気。母さんも気にしやしないよ」
ライリスが笑ったので、オーリエイトも頷いた。
「それじゃ、お願いするわ」
「……お兄ちゃんに黙って行っちゃっていいのかしら」
リディアが不安そうに言うと、皆言葉に詰まった。
エルトが真っ青になってパニクる姿が全員の脳裏に浮かんだ。
「ん、まあ、エルトはオレらに任しとき」
アーウィンが取り繕う。
ウィルも笑った。
「取り乱すのは最初のうちでしょう。あれでも聞き分けはありますから」
「よし」
ライリスが頷いた。

「じゃ、三人とも確かにお預かりしました」




最終改訂 2006/04/23