EVER...
chapter:2-story:3
問い

 

ライリスはちゃっかりご馳走をいただいていった。
レインはずっと普通に彼女に話しかけ、他の人と同じように接していたが、
やはり時々その瞳に闇がちらつくのを、リオは見逃さなかった。

ライリスは食事を終えると、オーリエイトと戦争対策を相談して、
すぐに例の白馬に乗ってアーカデルフィアに帰っていった。
「風のように現れては風のように去っていく人だね」
エルトがその姿を見ながら呟いた。
「それに、やっぱり白馬の王女というより王子・・・」


リオはパーティーの後の後片付けをしていた。
今度はレインがテーブルを運ぶのを手伝ってくれた。
こうしている時は、レインの闇も鋭さもなりを潜め、優しくて紳士的な少年だった。

階段を横いっぱいぎりぎりで慎重に下りながら、ふとリオは聞いてみた。
「レインはオーリィのどこが好きになったの?」
「聞いてどうするんだい?」
「ううん、言いたくないならいいよ」
レインは考えるように少し黙った後、ぽつぽつと話し始めた。
「教会に来たばかりの頃、僕はよく聖者城から逃げてた。誰を信じるのも、誰と関わるのも嫌だったんだ」
リオは階段を一段下がって頷いた。
「まあ、当然すぐに見つかっては連れ戻された。
でもオーリエイトは僕を追い返さずに泊めてくれた」
レインは少し笑った。
「僕は10歳でオーリエイトもまだ9歳だった。オーリエイトは僕が誰だかを知ってたけど、何も言わずに傍にいてくれたんだ」
レインはそこで一つ息を吐いた。
「本当はとても人の温もりが欲しかったんだと思う。
その時に彼女は手を差し延べてくれた。
それも、まだ温かすぎる温もりが怖かった時に、
あの冷たい温もりで接してくれたんだ」
やっと小屋の所まで下りて、二人はテーブルを小屋の中に入れた。
レインは笑って続ける。
「でもまあ、それは単なるきっかけ。
どうして彼女が好きなのかと聞かれたら、好きだからとしか答えようがない。
理由なんてないんだ」
リオは首を傾げた。
「人を好きになるって、そんなもの?」
レインはくすくすと笑った。
「そんなものだよ。例えオーリエイトが全く別人のように変わってしまったとしても、僕はきっとオーリエイトという人を好きでい続ける」
テーブルを降ろす。
重みで床が少し軋んだ。
リオは顔を上げ、レインを見つめた。
「・・・すごく、愛してる?」
レインは目を伏せ、窓の外に目をやった。
「うん。すごく、すごく」
思ったよりもずっとずっと、この少年は真っ直ぐなのだとリオは知った。
「いいな、そういうの」
本心からそう思ってリオが呟くと、レインは首を振った。
「その一方で、愛することは呪いでもあるよ。縛られ、囚われて動きようがない」
「でも、それでも人は人を好きになるでしょう。恋愛感情に限らず。愛することが素敵なことだからじゃないの?」
「愛せざるを得ないんだよ。そうしないと、人は荒んでしまうから」
レインはリオを見つめた。
「君は、愛する人を失ったことがあるかい?」
リオは言葉を詰まらせた。

――― レオリア。

喉が締め付けられて、声が出ない。
レインはぽつんと言った。
「あるなら、君にも分かるはずだ。どんなに縛られ、囚われるとしても、人を愛さずにはいられない――― 愛することを渇望する気持ちが」
もう、囚われている。
オーリエイトに、リディアに、アーウィンにライリスにエルトにノアに、
ウィルやレインにも。
「愛さなかったほうがよかったってこと?」
レインは笑った。
「そういうわけじゃない。人の心は不可解だと言いたかっただけだよ」
レインは息をついて天を仰いだ。
「神はどうして、この世界を創ったんだろうね。
どうして愛を、憎しみを、僕達を創ったんだろうね」
――― どうして、どうして、どうして。
無限の理不尽が軋みをあげている。
「全てが、矛盾だらけなのに」
それは、世界への問い。
「それでもあたしは、この世界が滅びるのは嫌だよ」
リオが言うと、レインがリオに目を向けた。
「この世界が好きだとは言わない。
まあ、それこそレインが言ったように、囚われてるって事なのかもしれないけど――― 愛した人達が、愛する人達が生きた世界だから」
レインが目を見開いた。
「皆が生きた世界だから。
この世界が消えてしまったら、皆がいたっていう証が無くなっちゃう。
生きていたのに、それが無になっちゃう。
それは絶対嫌だよ、あたし。そんなことさせたくない」
「・・・だから世界を守る?」
リオは頷いた。
「あたしにできることなんて、何もないかもしれないけど」
「愛する人のために?」
今度はリオは首を横に振った。
「あたしが嫌だと思うからやるの。あたし自身のためだよ」
レインはふっと笑って目を閉じた。
「・・・オーリエイトと同じことを言うね」
そうかもしれない。考え方が似ているのは確かだ。
自分のために、世界を守る、と。

でも、違うのは、リオはそれをエゴだと思わないこと――― 真っ直ぐに、目的を見つめていることだ。



午後は皆で泉に出かけた。
降魔戦争が近付いているわりには呑気な行事だ。
アーウィンは子供の相手が上手く、ノアと一緒に遊んで歓声を上げていた。
魚を追いかけたり、水をかけあったりと楽しそうだ。
普段はおとなしくちょこんと控えているノアが、
年相応に笑い声を上げて跳ね回っている。
おとなしいノアしか知らないリオにとっては、かなり驚きの光景。
リディアはノアが怪我しないかと心配で泉の近くで彼らを見守っていて、レインはいつの間にか、首尾良くオーリエイトを独り占めしていた。
リオは靴を脱いで泉に入り、岸辺を行ったり来たりして水の感触を楽しんでいて、近くではエルトが腰を下ろしてぼんやりとノアたちを見つめていた。

「こうやって見てると、変な気分。
ほんの一か月前までは、ノアの声も知らなかったんだよな・・・」
エルトが呟いた。
リオは水を跳ね上げた。足から水が滴り落ちる。
「傍に行ってあげないの?」
「リディアとアーウィンがついてるんだ、大丈夫だろう」
その口調を聞いて、リオはふと気付いた。
「エルトってリディアやノアに対して、
異常に過保護になるときもあれば、すごくあっさりしてる時もあるよね」
エルトはピクリと動いてリオを見つめた。
その反応に、さらにリオは気付いた。
我ながら読心術が使えているのではと思ったくらいだった。
「やっぱり、どうしても血の繋がりって固い?」
エルトは俯く。
リオが後悔して前言撤回しようと思った時、エルトが言った。
「固いよ。どうしようもないくらい」

疎外意識の裏返し。

エルトは堰を切ったように話し出した。
「歪んでるだろう?でも、自分でもどうにもならないんだ。
リディアとノアの繋がりは固すぎて、僕の入る余地なんてはじめから無かった」
愛と妬みは交錯して。
「はじめから、仲間に入れて欲しいゆえの兄弟愛だったんだと思う。
シスコンが聞いて呆れるよ」
リオはエルトを見つめた。
穏やかな風に青い髪を揺らして、エルトは唇を噛んでいた。
「疎外意識の裏返し。こんなの、歪んだ兄弟愛だ」
肉親を失い、取り残された血の繋がらない兄弟たち。
姉と弟は傷を埋め合うように双方を求め、義理の兄は疎外と孤独に歪んで。
前からリディアとノアの絆の固さには驚いていたけれど。
ノアを守るのは私しかいない、と言った少女のことを、リオは思い出していた。
彼女としては、兄を疎外している意識などないのだろう。
事実、彼女は兄のことをとても慕っていた。
でも、弟への想いの大きさとは大きな隔たりがあることは否めなかった。
リオは再び水を跳ね上げた。
「でも、誰も愛せないよりは良いと思うけど」
エルトは顔を上げて首を傾げた。
「それに、周りにこんなにたくさんの友達がいて、
兄弟だけに執着しないでいいと思う。愛そうとして力まなくてもいいと思うよ。
無理に中へ入ろうとして、傷付くのはエルトなんだから」
エルトは呆然とリオを見つめていたが、
やがて力が抜けたように、長い溜め息を吐き出した。
「そう・・・かなぁ」
保護者気取りの少年の姿は、そこにはなかった。
大人ぶっていた分、この時のエルトは幼く見えた。
「焦ったってしょうがないでしょ。あなたにはちゃんと居場所もあるじゃない。
それに、リディアとノアの絆の固さが特殊なんであって、これ以上無理しなくても、エルトはあの二人をちゃんと妹弟として愛せてるよ」
「買い被ってる」
エルトが少しぎょっとしたように言った。
「エルトがそう思ってるなら、それでいいけど」
リオが言うと、エルトは俯いた。
「それじゃ、リディアとノアがいなくなったら、あなたはどうする?」
エルトは少し考えた。
「想像もつかない」
「それでいいのよ。それだけで」
リオは息をついて空を見上げた。
靄が晴れたおかげで、木の葉の間から光が零れ落ちている。
白く走る光の筋が美しかった。
「君って不思議な人だ」
エルトがしみじみと言った。
リオは微笑み、エルトを振り返る。
「そう?」
「オーリエイトが飛び出していったとき、連れ帰ったのも君だった」
エルトの言わんとすることが分かって、リオは肩をすくめた。
「そういう性格なんだと思うよ、あたしって」
エルトは笑った。
その時、ノアが声を上げた。
「お兄ちゃん、魚を捕まえたよ!」
見ると、いつの間にか見物していたはずのリディアまで
一緒に魚を追いかけて水飛沫を上げている。
エルトはちらりとリオを見ると、立ち上がって声を張り上げた。
「今行く!」
リオはエルトの後ろ姿を見つめていた。
皆、それぞれの孤独を抱えているんだ、と思った。
そして一人取り残された今、リオは再び考えていた。

すぐ傍の城に、誰よりも孤独な人がいる。
ウィルは、レインもアーウィンもエルトもいない今、
あの城に一人でいるのだろうか、と―――




最終改訂 2006.02.22