EVER...
chapter:2-story:2
貴族の生き残り

 

「ねぇ、もしかして」
リオは息を切らしながら言った。
「あなたたちが来る度に、ここでこんなことしてたの?」
テーブルのもう一方の端を持っているエルトも、息を切らしながら言った。
「なわけ、ないだろう。君とアーウィンの、歓迎会のつもりじゃ、ないのか?」
「だったら、その歓迎されるべきあたしが、なんで、力仕事してるの?」

やっとテラスまで運んで、二人はテーブルを下ろした。
後ろからレインが歩いてきて、二人に声を掛けた。
「お疲れさん」
エルトがレインを睨んだ。
彼は椅子を運んでいたが、
呪符をペタペタ貼って浮かせているので、実質手ぶらだ。
当然疲れた様子はなく、ニッコリ笑っている。
「独占してないで、呪符を少し分けてくれたっていいのに」
エルトが不服そうに言うと、レインはさらりと返した。
「テーブルの重さだと5枚は必要だから、椅子に使ったほうが効率がいいんだよ」
「じゃあ、持ち場交替しよう」
「遠慮しときます」
すかさずかわされてエルトが言葉を詰まらせていると、
レインの後ろからノアがてててと走り出てきた。
ノアは運んでいたお皿をテーブルの上に乗せ、
レインを振り返って「これでいい?」と聞いた。
レインは笑った。
「いいよ。よくお皿を割らなかったね。偉いよ」
ノアは嬉しそうに頬を染めて、また小屋の中に駆け戻った。
「子供の扱いに慣れてるね」
リオが言うと、レインは笑ったまま「そう?」と聞いた。
「ノアが良い子なだけだよ。僕もああいう、良い子の子供が欲しいな」
それを聞いたエルトは血相を変えた。
「なっ!お前みたいな軽薄な男にリディアはやらないぞ!」
「・・・は?」
リオとレインはそろってきょとんとした。
最初にレインがプッと吹き出した。
「話が飛躍し過ぎじゃないか?」
リオもうんうんと頷いた。
「大体、リディアと結婚したら、ノアは子供じゃなくて義弟でしょ」
エルトは固まり、失言に気付いて真っ赤になった。
「それに、誰が軽薄だって?僕はオーリエイト一筋だよ。少なくともこの7年はね」
リオはレインを見上げた。
「あ、本当にオーリィのこと好きだったんだ」
「当然。遊びだと思った?」
「そう思わせるような言動を私にしたのはあなた自身じゃない」
「だから、あれは違う意図だって言っただろう」
二人が言い合っているうちに、エルトは逃げようとこそこそしていた。
二人は同時にそれに気付いて、エルトの首根っこをつかまえた。
「こらこら、待ちなよ、保護者気取りのシスコン君」
「シスコン言うなっ!」
怒鳴ったエルトとは逆に、レインは余裕の笑みだ。
「冤罪に対する謝罪の言葉がまだだよ、エリオット・グレイフィールド君」
エルトは膨れっ面になって黙っていたが、
やがて不貞腐れた表情でぽつんと言った。
「僕が悪かったです、前言撤回します」
レインがリオを見て、リオもレインを見上げた。
吹き出したのは二人とも同時だった。
声をたてて笑った。
「だーっ、もう!笑うなっ!!」
エルトの抗議むなしく、笑い声は森の風に乗って響いた。



リディアとオーリエイトが運んできた料理の数は、
七人で食べきれるのかと思うくらい多かった。
オーリエイトはきにする様子なく、「余ったら近所にお裾分けよ」と言った。
陽の当たりにくい森の中で、
どうしたらこんなに採れるのかと思うくらい豊富なおかず。
「どこでこんなの育ててるの?」
リオが聞くと、オーリエイトは聖者城を指差した。
「あそこだけ陽が当たってるでしょう」
「あそこで育ててるの?聖者城の中?」
オーリエイトは頷いた。
エルトが後を引き継いだ。
「魔力の強い場所だから、珍しい薬草とかもよく育つんだ。
教会が資金集めに売ってるよ」
それから続ける。
「守護者の仕事の一つ。
僕は大地を整えて薬草を育てて、魔法薬を作るのを任されてる」
へえ、とリオは呟いた。
「レインは?」
「呪符を作ってる。
僕は早く教会に入って、たっぷり魔法教育を受けたからね。知識は豊富だよ」
「結構忙しい?」
「まあね」
レインは言って、次の皿を運ぶのを手伝いに小屋の中へ戻っていった。
「それにしても、守護者にしては俗っぽい仕事だね」
リオが言うと、エルトがナプキンを並べながら答えた。
「前も言ったろう。守護者は、ただつつがなく存在していることが大切なんだ。
魔源郷を守って、魔法のバランスを保ために」
「だったら、わざわざ教会に入る必要はないんじゃない?」
「教育だよ。何も知らないと、うっかり魔源郷を開放されちゃうかもしれないじゃないか。アーウィンも今、勉強真っ最中」
「まったくだよ」
アーウィンが大仰に溜め息をついた。
「朝から晩まで家庭教師だぜ?勉強経験皆無なのに、オレにとっちゃ生殺しだ」
リオは思わず笑った。
「でも、そもそも魔源郷って何なの?
あのマーリンって人の説明だけじゃ、よく分からなかったんだけど」
「魔力の源となる地、だよ。文字通り。
特定の場所のことを差してるのかどうかは分からないけど、時々存在は感じる」
それから、エルトはリオとアーウィンを引き寄せ、頭を寄せ合った。
「ところで、そのマーリンで思い出したんだけど、あのマーリン、オーリエイトをグロリアって呼んでなかった?」
「あ、そーいやね。なんでだろな」
確かに、とリオも思った。
「あだ名じゃないの?」
「原形とどめてないじゃないか」
「だって、あたしのお母さんにも本名の他に別名があったよ」
「へぇ」
アーウィンが興味深げに頭をもたげた。
「なんてーの?」
リオが口を開いた時、耳元で玲瓏とした声が囁いた。

「何をこそこそ話し合ってるの?」
少女にしては低く、少年にしては高く。
リオは耳に吹きかかった息に飛び上がった。
「わーっ!何!?」
金色の髪に、細められた木の葉色の目。
「ライリス!びっくりさせないでよ!」
リオが胸を押さえて息を切らしてると、隣をアーウィンが駆け抜けた。
「よぉ、ライリス!すっげぇ良いタイミング。オレ、今日やっと暇をもらったんだ」
二人は久々の再会に、手を打ち合わせた。
ライリスは笑いながら言った。
「賑やかだねぇ。おかげですぐにここが見つかったよ」
ライリスは今日は狩服を着ていなかった。
男装はやっぱりしていたが。
「あら、いらっしゃい」
オーリエイトが気付いて声を掛けた。
「どうしたの、一体」
「もっと歓迎してよ。抜け出して来るのも一苦労だったんだから」
ライリスがそう言って苦笑する。
「歩いてきたの?」
リディアが尋ねると、ライリスは首を横に振って下を指差した。
リオがテラスから身を乗り出して下を見ると、
白い馬が尻尾を振り振り、足下の草にかぶりついていた。
「あらー」
リオが呟いた。
「白馬の王子・・・じゃなかった、王女様だね」
「行く先々で、会う人会う人に言われるよ」
と言って、ライリスは首をすくめた。
そこでライリスはレインの視線に気がついた。
「あ、こんにちは。レイン・オースティン・・・だっけ?」
「ええ」
レインは品よく笑った。
どこか皮肉めいた笑みだった。
「お噂はかねがね」
ライリスは少し眉をひそめたが、すぐにさっと笑顔になった。
「改まらなくていいよ。正当な王族として認められてるとは言い難いし」
「しかし、レアフィリス王女、王標印が・・・」
「ライリスでいい」
ライリスがぴしゃりと言った。
有無を言わせない口調にレインは一瞬動かなくなったが、すぐにふっと笑った。
もとの柔らかな笑顔だった。
「わかったよ。じゃ、お言葉に甘えて、ライリス」
ライリスは満足そうに頷いた。
すると、アーウィンが二人の間に顔を突っ込んだ。
「あんね、ライリス。レインは一発でお前が女だって見抜いてたぜ」
ライリスは驚いたように目を見開いた。
レインは苦笑する。
「だって、線が細すぎだよ」
「そう・・・かな」
ライリスは複雑な面持ちで首を傾げた。
「王宮はどうだったの?やっぱり騒ぎになった?」
リオが聞くと、ライリスは頷いた。
「侯爵から連絡がいってたみたい。たっぷり二時間は説教された」
「そりゃ災難」
アーウィンが気の毒そうに言った。
ライリスは笑ってそれに答える。
「まったくだ。母さんにまで叱られたよ。
でもまあ、ティスティーでの騒ぎについては、上手く揉み消しておいたよ」
オーリエイトが眉をひそめた。
「侯爵が承知するかしら」
すると、ライリスは鋭い笑みを浮かべた。
「承知しないなら、させるまで」
この少女は時折、本当に鋭いものを放つ。
「でも、王女としての権限はほとんど持ってないんだろう?」
エルトがおずおずと言うと、ライリスはまたきっぱりと言った。
「これからもぎ取ってみせるさ」

聞いていたレインが冷笑を漏らしたのを、リオは目敏く見つけた。
ぽつりと呟いた一言は、レインに注目していたリオにしか聞こえなかっただろう。
――― 今更か?」
それをリオの耳に残して、レインは皆に背を向けて、小屋に向かってしまった。
気付かないライリスはオーリエイトに話し続けている。
「本当に降魔戦争が再発するなら、他国にも手を回すべきだ。
悪魔が動いていることを示す証拠はない?」
「難しいと思うわ。
教会が裏にいるんだもの、そう簡単に決定的なものは手に入らない」
そこでオーリエイトはライリスを見上げた。
「・・・協力してくれるの?」
ライリスは笑った。
傾国の笑みは健在だった。
「できることを、やらせてほしい」

リオはエルトをつっついた。
「ねぇ、レインって王族が嫌いなの?」
エルトは一瞬きょとんとしたが、ああと言って目を伏せた。
「まあね。レインは貴族なんだ」
「貴族!?」
エルトは頷く。
「正確には、生き残り。
レインを教会に入れるのに、貴族っていう肩書きはあまりに障害だったんだ。
だから、クローゼラの命令で、レイン以外の一族は皆殺されたらしいよ」
リオは絶句した。
「唯一教会に対抗できる立場にあるはずの王家は、
当時何もできずに終わってしまった。
だから、レインは王族に恨みを持ってるんだと思う」
――― 何てこと。
背筋が寒くてたまらなかった。

時折レインが見せていた澱んだ闇の正体が、今やっと分かった。




最終改訂 2006.02.15