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「ねぇ、もしかして」
リオは息を切らしながら言った。
「あなたたちが来る度に、ここでこんなことしてたの?」
テーブルのもう一方の端を持っているエルトも、息を切らしながら言った。
「なわけ、ないだろう。君とアーウィンの、歓迎会のつもりじゃ、ないのか?」
「だったら、その歓迎されるべきあたしが、なんで、力仕事してるの?」
やっとテラスまで運んで、二人はテーブルを下ろした。
後ろからレインが歩いてきて、二人に声を掛けた。
「お疲れさん」
エルトがレインを睨んだ。
彼は椅子を運んでいたが、
呪符をペタペタ貼って浮かせているので、実質手ぶらだ。
当然疲れた様子はなく、ニッコリ笑っている。
「独占してないで、呪符を少し分けてくれたっていいのに」
エルトが不服そうに言うと、レインはさらりと返した。
「テーブルの重さだと5枚は必要だから、椅子に使ったほうが効率がいいんだよ」
「じゃあ、持ち場交替しよう」
「遠慮しときます」
すかさずかわされてエルトが言葉を詰まらせていると、
レインの後ろからノアがてててと走り出てきた。
ノアは運んでいたお皿をテーブルの上に乗せ、
レインを振り返って「これでいい?」と聞いた。
レインは笑った。
「いいよ。よくお皿を割らなかったね。偉いよ」
ノアは嬉しそうに頬を染めて、また小屋の中に駆け戻った。
「子供の扱いに慣れてるね」
リオが言うと、レインは笑ったまま「そう?」と聞いた。
「ノアが良い子なだけだよ。僕もああいう、良い子の子供が欲しいな」
それを聞いたエルトは血相を変えた。
「なっ!お前みたいな軽薄な男にリディアはやらないぞ!」
「・・・は?」
リオとレインはそろってきょとんとした。
最初にレインがプッと吹き出した。
「話が飛躍し過ぎじゃないか?」
リオもうんうんと頷いた。
「大体、リディアと結婚したら、ノアは子供じゃなくて義弟でしょ」
エルトは固まり、失言に気付いて真っ赤になった。
「それに、誰が軽薄だって?僕はオーリエイト一筋だよ。少なくともこの7年はね」
リオはレインを見上げた。
「あ、本当にオーリィのこと好きだったんだ」
「当然。遊びだと思った?」
「そう思わせるような言動を私にしたのはあなた自身じゃない」
「だから、あれは違う意図だって言っただろう」
二人が言い合っているうちに、エルトは逃げようとこそこそしていた。
二人は同時にそれに気付いて、エルトの首根っこをつかまえた。
「こらこら、待ちなよ、保護者気取りのシスコン君」
「シスコン言うなっ!」
怒鳴ったエルトとは逆に、レインは余裕の笑みだ。
「冤罪に対する謝罪の言葉がまだだよ、エリオット・グレイフィールド君」
エルトは膨れっ面になって黙っていたが、
やがて不貞腐れた表情でぽつんと言った。
「僕が悪かったです、前言撤回します」
レインがリオを見て、リオもレインを見上げた。
吹き出したのは二人とも同時だった。
声をたてて笑った。
「だーっ、もう!笑うなっ!!」
エルトの抗議むなしく、笑い声は森の風に乗って響いた。
リディアとオーリエイトが運んできた料理の数は、
七人で食べきれるのかと思うくらい多かった。
オーリエイトはきにする様子なく、「余ったら近所にお裾分けよ」と言った。
陽の当たりにくい森の中で、
どうしたらこんなに採れるのかと思うくらい豊富なおかず。
「どこでこんなの育ててるの?」
リオが聞くと、オーリエイトは聖者城を指差した。
「あそこだけ陽が当たってるでしょう」
「あそこで育ててるの?聖者城の中?」
オーリエイトは頷いた。
エルトが後を引き継いだ。
「魔力の強い場所だから、珍しい薬草とかもよく育つんだ。
教会が資金集めに売ってるよ」
それから続ける。
「守護者の仕事の一つ。
僕は大地を整えて薬草を育てて、魔法薬を作るのを任されてる」
へえ、とリオは呟いた。
「レインは?」
「呪符を作ってる。
僕は早く教会に入って、たっぷり魔法教育を受けたからね。知識は豊富だよ」
「結構忙しい?」
「まあね」
レインは言って、次の皿を運ぶのを手伝いに小屋の中へ戻っていった。
「それにしても、守護者にしては俗っぽい仕事だね」
リオが言うと、エルトがナプキンを並べながら答えた。
「前も言ったろう。守護者は、ただつつがなく存在していることが大切なんだ。
魔源郷を守って、魔法のバランスを保ために」
「だったら、わざわざ教会に入る必要はないんじゃない?」
「教育だよ。何も知らないと、うっかり魔源郷を開放されちゃうかもしれないじゃないか。アーウィンも今、勉強真っ最中」
「まったくだよ」
アーウィンが大仰に溜め息をついた。
「朝から晩まで家庭教師だぜ?勉強経験皆無なのに、オレにとっちゃ生殺しだ」
リオは思わず笑った。
「でも、そもそも魔源郷って何なの?
あのマーリンって人の説明だけじゃ、よく分からなかったんだけど」
「魔力の源となる地、だよ。文字通り。
特定の場所のことを差してるのかどうかは分からないけど、時々存在は感じる」
それから、エルトはリオとアーウィンを引き寄せ、頭を寄せ合った。
「ところで、そのマーリンで思い出したんだけど、あのマーリン、オーリエイトをグロリアって呼んでなかった?」
「あ、そーいやね。なんでだろな」
確かに、とリオも思った。
「あだ名じゃないの?」
「原形とどめてないじゃないか」
「だって、あたしのお母さんにも本名の他に別名があったよ」
「へぇ」
アーウィンが興味深げに頭をもたげた。
「なんてーの?」
リオが口を開いた時、耳元で玲瓏とした声が囁いた。
「何をこそこそ話し合ってるの?」
少女にしては低く、少年にしては高く。
リオは耳に吹きかかった息に飛び上がった。
「わーっ!何!?」
金色の髪に、細められた木の葉色の目。
「ライリス!びっくりさせないでよ!」
リオが胸を押さえて息を切らしてると、隣をアーウィンが駆け抜けた。
「よぉ、ライリス!すっげぇ良いタイミング。オレ、今日やっと暇をもらったんだ」
二人は久々の再会に、手を打ち合わせた。
ライリスは笑いながら言った。
「賑やかだねぇ。おかげですぐにここが見つかったよ」
ライリスは今日は狩服を着ていなかった。
男装はやっぱりしていたが。
「あら、いらっしゃい」
オーリエイトが気付いて声を掛けた。
「どうしたの、一体」
「もっと歓迎してよ。抜け出して来るのも一苦労だったんだから」
ライリスがそう言って苦笑する。
「歩いてきたの?」
リディアが尋ねると、ライリスは首を横に振って下を指差した。
リオがテラスから身を乗り出して下を見ると、
白い馬が尻尾を振り振り、足下の草にかぶりついていた。
「あらー」
リオが呟いた。
「白馬の王子・・・じゃなかった、王女様だね」
「行く先々で、会う人会う人に言われるよ」
と言って、ライリスは首をすくめた。
そこでライリスはレインの視線に気がついた。
「あ、こんにちは。レイン・オースティン・・・だっけ?」
「ええ」
レインは品よく笑った。
どこか皮肉めいた笑みだった。
「お噂はかねがね」
ライリスは少し眉をひそめたが、すぐにさっと笑顔になった。
「改まらなくていいよ。正当な王族として認められてるとは言い難いし」
「しかし、レアフィリス王女、王標印が・・・」
「ライリスでいい」
ライリスがぴしゃりと言った。
有無を言わせない口調にレインは一瞬動かなくなったが、すぐにふっと笑った。
もとの柔らかな笑顔だった。
「わかったよ。じゃ、お言葉に甘えて、ライリス」
ライリスは満足そうに頷いた。
すると、アーウィンが二人の間に顔を突っ込んだ。
「あんね、ライリス。レインは一発でお前が女だって見抜いてたぜ」
ライリスは驚いたように目を見開いた。
レインは苦笑する。
「だって、線が細すぎだよ」
「そう・・・かな」
ライリスは複雑な面持ちで首を傾げた。
「王宮はどうだったの?やっぱり騒ぎになった?」
リオが聞くと、ライリスは頷いた。
「侯爵から連絡がいってたみたい。たっぷり二時間は説教された」
「そりゃ災難」
アーウィンが気の毒そうに言った。
ライリスは笑ってそれに答える。
「まったくだ。母さんにまで叱られたよ。
でもまあ、ティスティーでの騒ぎについては、上手く揉み消しておいたよ」
オーリエイトが眉をひそめた。
「侯爵が承知するかしら」
すると、ライリスは鋭い笑みを浮かべた。
「承知しないなら、させるまで」
この少女は時折、本当に鋭いものを放つ。
「でも、王女としての権限はほとんど持ってないんだろう?」
エルトがおずおずと言うと、ライリスはまたきっぱりと言った。
「これからもぎ取ってみせるさ」
聞いていたレインが冷笑を漏らしたのを、リオは目敏く見つけた。
ぽつりと呟いた一言は、レインに注目していたリオにしか聞こえなかっただろう。
「――― 今更か?」
それをリオの耳に残して、レインは皆に背を向けて、小屋に向かってしまった。
気付かないライリスはオーリエイトに話し続けている。
「本当に降魔戦争が再発するなら、他国にも手を回すべきだ。
悪魔が動いていることを示す証拠はない?」
「難しいと思うわ。
教会が裏にいるんだもの、そう簡単に決定的なものは手に入らない」
そこでオーリエイトはライリスを見上げた。
「・・・協力してくれるの?」
ライリスは笑った。
傾国の笑みは健在だった。
「できることを、やらせてほしい」
リオはエルトをつっついた。
「ねぇ、レインって王族が嫌いなの?」
エルトは一瞬きょとんとしたが、ああと言って目を伏せた。
「まあね。レインは貴族なんだ」
「貴族!?」
エルトは頷く。
「正確には、生き残り。
レインを教会に入れるのに、貴族っていう肩書きはあまりに障害だったんだ。
だから、クローゼラの命令で、レイン以外の一族は皆殺されたらしいよ」
リオは絶句した。
「唯一教会に対抗できる立場にあるはずの王家は、
当時何もできずに終わってしまった。
だから、レインは王族に恨みを持ってるんだと思う」
――― 何てこと。
背筋が寒くてたまらなかった。
時折レインが見せていた澱んだ闇の正体が、今やっと分かった。
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