EVER...
chapter:2-story:43
家族と兵器

 

「……驚いたでしょう、クライド。私が女王だと知った時は」
 小さく微笑みながらローズは静かに言い、自分の手で淹れたお茶をクライドに差し出した。クライドはそれを受け取り、同じく微かな笑みを浮かべながら口をつける。
「驚いた。でも、薄々いいところのお嬢さんなんじゃないかとは思っていたよ。その胸元の蝶の痣、どう考えても普通の印じゃなかったしね」
「クライド……私、あなたに会いたかった。ずっとずっと会いたかったのよ」
 ローズは切なそうに言って、クライドの正面に座った。
「あなたが追いかけてくれなかった時、捨てられたのだと思ったわ。もう愛していてはくれないのかしら、会ってくれはしないのかしら、って」
「…………」
 だから、気も狂わんばかりに嘆き、心を病んだのだろう。クライドはカップを置くとローズの手をとり、言った。
「そうではないと、君に伝えられたのなら、それだけでも、再会できて良かったのかもしれないな」
 ローズは頷き、そして俯いた。
「ねえ……あなたは守護者の一人なのね」
「ああ」
「また、行ってしまうの?」
 すがるような瞳がクライドに向けられる。
「戦争なのよ。今度こそ……今度こそ、二度と会えなくなってしまうかもしれないのに」
「ライリスも行くからな、俺も行く」
 クライドは言った。
「ローズ、あの子は俺の代わりではないんだ。俺と、君の子だ。俺たちは親なんだよ。君が甘えてしまっては、あの子も重いだろう」
 ローズは頬を染め、恥ずかしそうに俯いた。
「そうね……私、あの子に甘えていたのね」
「あいつもすっかり君を甘やかすようになってしまったみたいだがね。……全く、なんで俺にこんなに似るんだか。けれどローズ、あいつは、見た目よりずっと繊細だ」
 ローズは真っ直ぐクライドの瞳を見て、こくんと頷いた。クライドは一言一言、区切るようにして言った。
「俺は、もう君たちを捨てたりしないよ。両方の責務を、背負うべきなんだな……片方を放り出すのは卑怯だ。それに、ローズ、俺も、ずっと思って、会いたいと思っていたんだ。それは知っておいてくれ」
「ええ……」
 頷いたローズに、クライドは口付けをした。
「会わないほうが君のためだと思っていたんだ。いずれ二度目の別れが来るだろうことは分かっていたから」
「そんなことないわ」
 ローズは微笑んだ。
「会ってくれて嬉しかったわ。私はもう大丈夫よ。でも、きっと無事で帰ってきてね」
 クライドは笑ったが、答えなかった。

 その時、コンコンととを叩く音がして、珍しく正規の戸から、ライリスが入ってきた。きちんと王族らしい装いをしている。やっぱり男装なのだが。
「今はお邪魔?」
「そんなことはないわ。入って、ライリス」
 母に言われ、ライリスは言われたとおりにした。母に紙の束を差し出して説明する。
「こんな予定になったんだけど、母さんの裁可がいるから。5日以内に、天気がよければ出発することになった」
 ライリスの両親はこくりと頷いた。ライリスは父に目を向ける。
「父さんは? どうするの?」
「もちろん、お前と一緒に行く」
「それでいいの? 母さんと一緒にいなくて」
 父は少し自嘲気味に笑った。
「お前たちを見捨てた理由が、自分は守護者だから、なのに、今その責務を果たさないのはお前たちに失礼だろう?」
 ライリスは少しだけ、苦笑した。それでも、少し嬉しそうに。
「来てくれるなら心強いよ、父さん」
 それから、ライリスは母のほうを向いた。
「母さんは、それでいいの?」
 ローズは諦めたように頷いた。
「あなたもクライドも、止めて聞くような人ではないもの」
 まあね、とクライドはくすりと笑った。それから、ローズを見つめていった。
「ローズ、約束してくれないか。何があっても、たとえ俺が死ぬようなことがあっても、後追いだけはするな」
 ローズは目を瞬き、クライドを見つけた。クライドは、そのローズを見つめて、真剣な声で言った。
「自分は一生懸命生きたと胸を張って言えるように、生きてくれ」
 ローズはその言葉を噛み締めているようだった。ライリスも、父の言葉を頭の中で咀嚼していた。一生懸命に生きてきたと、自分は胸を張っていえるだろうか。そういう生き方をしてきただろうか。
「分かったわ」
 ローズは突然、華やかな笑みを見せた。あどけない少女のような笑顔だった。
「私、ちゃんと自分を生きるわ。あなたが好きになってくれた、ありのままの私で」
 クライドは嬉しそうに笑って、言った。
「それでこそローズだ。君は自由に跳ね回るのが、一番似合ってる」
 ライリスはそんな両親の様子を見て、言い様のない安堵を覚えていた。母の笑顔は、王宮に帰ってから初めて見る溌剌としたものだった。これで母はもう大丈夫だろう。そして、自分の枷も一つ外れたのだ。
 ライリスは晴れ晴れとした気分で両親に微笑みかけた。
「じゃあ、父さん、母さん、ぼくは出発の準備の采配とかがあるから、もう行くね」
「ああ、ライリス」
 クライドが呼び止めた。
「他のやつらはどうした?」
「皆も準備してるよ。皆もぼくと一緒にきてくれるって言うからね。女神との契約の範囲内で手伝ってくれるって」
「そうか。……皆、いい子だな」
「うん!」
 ライリスは誇らしく笑った。
「一生ものの友情になるといいな、って思ってるところ」
 ライリスの両親は娘の様子に、安心したような微笑を見せた。家族ってこうあるべきなのかな、とライリスは少し幸せな気分になりながら、もう一度言った。
「じゃあ、もう行くね」
「あ、ライリス、もう一つだけ」
 今度はローズがその背中に声をかける。ライリスは振り返った。
「なに?」
「一応、聞いておきたいの。――あなた、王位を継ぐつもりはあるの?」
 ライリスは笑んだ。
「ぼくのほかに、誰がいる?」


*********************


 カインは三日、天幕に現れなかった。その間、一行は移動し続けたが、馬車の中に閉じ込められているリオはどこに向かっているのか見当が付かなかった。雪の日が多くて日も差さないので、方向もわからない。
 そして雪が小降りになったある日、カインがやってきて言った。
「姉ちゃん、ベリアルが、一時間だけならいいってさ」
「散歩のこと?」
 カインは頷く。
「行くか?」
「行くっ」
 リオは急いで立ち上がり、掛けてあったコートを撮ると羽織った。散歩で気をまぎらわせたかった。ここ数日、外の空気を吸えていたのは天幕を準備をする間だけだったのだ。
  カインはリオが準備を終えると天幕の入り口を開けた。
「行こう」

 リオは雪を踏みしめた。厳しい寒さが、頬を刺す。夕暮れ時の今、悪魔たちは夕食の支度をしていた。悪魔たちの食べ物は地上のものだった。それがリオには始め、少し意外だった。まあ、見たこともない天界の食べ物を与えられても困るだろうから、リオとしては助かったのだが。カインによれば、新神は食べなくても死なないけれど、エネルギー不足で動けなくなってしまうのだそうだ。ともかく、おかげでリオは食事の面ではさほど不自由しなかった。
 悪魔たちの間を歩いていくと、彼らがなにやら情報交換しているのが聞こえた。
「――ベリアル様は、王城攻撃に加わろうとしているようだな」
「カートラルトはまだ落ちていないの?」
「しぶとい人間どもだ――」
「サタン様の封印場所は見つけたのかしら」
「クローゼラが見つけたらしい」
「ぜひともサタン様の復活の瞬間には居合わせたいものだなぁ……」
「だが、カートラルト一国落とせぬようでは、面目が立たぬ」
「ショルセンが気づく前に、片をつけたいものだが――」
 リオはそんな話を耳で拾いながら、この人たちは戦争のことしか頭にないんだな、と思った。理想、秩序、正義。冷え冷えとした、「個」のない世界。
 リオは雪の混じった風に銀の髪をなびかせて、胸に深く息を吸った。そして、やっぱり自分は大地のほうが性に合うなと思った。凍えるように寒くても、外はやはり気持ちがいいもので、少し気分がよくなった。カインはてくてくとリオについてきて、リオがあちこち見て回るのを眺めている。

 歩いているうち、リオは陣の一角で、なにやら大きなものを作っている集団を見つけた。カンカンと何かを打ちつけている音がして、確認作業をしているようだ。大きな、黒い鋼のようなものでできた機械で、リオは強烈な魔力を感じて身の毛がよだった。
「カイン……あれは何?」
 聞くと、カインはあ、と声を漏らす。
「あー……姉ちゃんにはちょっと刺激が強いかもしれないけど……」
 その時、機械の上で作業をしていた悪魔たちがなにやら大声で周りに呼びかけ始めた。すると、続々と他の悪魔たちが集まって、機械を見に来る。カインが呟いた。
「あ、実験するみたいだぜ」
 リオは息を呑んだ。機械の上の悪魔が手を上げる。
 魔法が放たれた次の瞬間、地が裂けた。裂けるというのは正しくないかもしれない。閃光が生き物のようにうねりながら飛び出し、地面を覆ったかと思うと、ぐつりとすごい勢いで地面が沸騰したのだ。地が燃えて、溶けて泡立ち、次の瞬間には陥没して、マグマの滝が出現していた。
 滝の淵からどろどろ流れ落ちていく、溶融した大地。熱気とその壮絶な風景にリオが絶句している隣で、悪魔たちは歓声を上げた。狂気のような歓声だった。崩壊する地を見て歓ぶ、神の声だ。
 リオはカインを振り返る。カインはリオの表情を見て、やっぱり、という顔をした。
「見ないほうがよかっただろ」
「そうじゃなくてっ……」
 リオは息を整えてから言った。
「これ、もしかして武器? 戦争に使うの?」
「うん、まあね。俺たちの神力を上手く純粋な魔法に還元して、本来出せるより大きな力にして、発する装置だよ。今はまだ、この地面を溶かすのしかできてないけど、他のバージョンも開発中だって」
 まずい、これは負ける、とリオは思った。こんなのがごろごろ出てきたら、守護者だけでは対応しきれないではないか。
 カインがリオの袖を引いた。
「姉ちゃん、もうそろそろ一時間だ。ベリアルに大目玉食らう前に戻ろうぜ」
 リオは頷いたが、上の空だった。ひたすら、頭の中で計画を練っていたのだ。なんとしてでも、あれを壊さなければ。
 ――止めなきゃ。



最終改訂 2008/08/14