EVER...
chapter:2-story:5
和解

 

とにかくライリスはひどく取り乱していたし、レインも冷静には程遠かった。
一番良いと思ったので、レインはオーリエイトに託し、
リオはライリスの傍についていることにした。

ベッドの上に座って、ライリスは膝を抱えていた。
だいぶ落ち着いたが、まだ口をきく気にはならないらしい。
リオはとにかく黙っていた。
長い間そうしていた後、ライリスはようやく顔を上げて溜息をついた。
リオは頃合だと思い、話しかけることにした。
「話せそう?」
ライリスは小さく頷いた。
「ごめん。情けないとこ見せちゃった」
ううん、とリオは首を振った。
ライリスが最後に一度だけ、一人称を「私」と言った事が気になっていた。
「ライリス」
「うん?」
「ライリスはいつも男の子みたいにしてるけど、本当は女でいたいんじゃない?」
ライリスは一瞬黙った。
「自分でも、わからない」
ぽつん、とライリスは言った。
「男の格好してると気が楽なのは確かだよ。
何も考えないで、自分がさらけ出せる」
ライリスは目を閉じた。瞼を縁取る睫は、長くて細い。
「元から女らしく控えてるのは苦手だったからね。
自分を男だと思ってるとか、そういうんじゃないし、
時々は女っぽいのも悪くないとは思うけど」
彼女はやつれた横顔すら、こんなに綺麗だ。
「男みたいにしてると、楽なんだ」
確かに、そうだろう。
元から顔立ちは中性的なのだから、男の服を着れば男に見えるし、さっぱりしてて凛々しい性格も、人の目を欺くのに一役かっている。
女の格好で人前に現れでもしたら、
ライリスの身が危ないのではと思うくらい、彼女は綺麗過ぎた。
友情だけで接していたアーウィンに感心するくらい。
ライリスは再び溜息をついた。
少しずつ生気が戻ってきているようだ。
どうやら入ったひびは、割れるに至らなかったようだ、とリオはほっとした。
「あのね、ライリス」
ライリスは目を開け、上目遣いにリオを見た。
男なら一瞬で落ちたであろうその表情に、
リオは一瞬うろたえたが、なんとか続けた。
「あのね、レインを責めないであげて」
ライリスは少し眉をひそめた。
「あたし、レインの気持ち、分かるんだ。
たぶん、どこにもぶつけられなかった気持ちが、あの時爆発したんだと思うのよ。
救いを求めて、がむしゃらになっていたんだわ」
ライリスは目を伏せ、頷いた。
「ライリスも同じだったでしょ。だから、おあいこにしてあげない?」
ライリスは少し黙った後、頷いた。
リオは笑った後、ライリスの隣りに座った。
「ね、大丈夫だよ」
ライリスが頭をもたげて不思議そうな顔をした。
「何が?」
「居場所が見つからなかったら、おいでよ。
少なくともあたし達は、王女じゃなくてライリスを見てるんだし」
リオはふわりと笑った。
「いつでも逃げて来ていいよ」
ライリスはリオを見つめ、やがてゆっくり微笑んだ。
「ありがと」



リオがライリスを連れて寝室を出ると、レインとオーリエイトが居間で座っていた。
ライリスとレインの視線が合ってしまったようだ。
気まずいわけではないが静かで重たい空気が流れた。
認められていない王女と、貴族の生き残りと―――。
先に口を開いたのは、前者だった。
「おあいこだと思っていい?」
レインは少し驚いた顔をした。
「君がそれでいいのなら」
「ぼくじゃなくて、君が決めて」
レインは眉をひそめた。
「どうして?」
「ぼくの方が先に来たんだから」
「僕の方が、君を傷つけた」
今度はライリスが目を丸くする番だった。
少し黙った後、ライリスが言った。
「そこが、おあいこだと思ってたんだけど」
レインは数回瞬き、「ああ・・・」と呟いて頷いた。
「わかった。おあいこだ」
ライリスがぎこちなく笑った。
レインもそれを見て、強張っていた表情を緩めた。
ひとまず和解といったところか。
「今度会った時こそ、ちゃんと話そう。
君とまともな会話をした覚えがないんだよね」
ライリスが言うと、レインも頷いた。
「頭が冷えてる時に、ね」
ライリスは少し笑ってそれに応えた。
リオはライリスを見上げた。
「帰る?」
「うん。誰にも言わずに抜け出してきたから、きっと帰ったらまた一騒動だ」
オーリエイトが立ち上がった。
「送るわ」
ライリスはそれを制した。
「いいよ。ぼくは大丈夫だから」
「送るわ。ちょうどアーカデルフィアに用があるの」
「ならいいけど・・・」
レインが顔を上げた。
「リオも連れていったら?今日は安息日だからウィルが大聖神殿にいるはずだ。
会わせてあげるといいよ」
「リディアとノアがまだ帰ってきてないよ。
誰もいなくなってたらびっくりしないかな」
リオが言うと、レインは大丈夫、と笑った。
「僕がここに残るから」
オーリエイトがリオを見た。
「行きたい?」
リオはライリスを見、少し考えてから返事をした。
「連れてって」



「レインは大丈夫かな、一人で」
前を歩いていく二人を追いかけながら、リオが言った。
質問にはオーリエイトが答えてくれた。
「大丈夫よ。あの人はライリスほど重傷じゃないもの」
ライリスが少し恥ずかしそうに俯いた。
「レインはライリスと違って、とっくの昔に闘うことは諦めてるから」
オーリエイトのその言葉に、ライリスがふと頭を上げた。
「思ったんだけど」
考えるように小首を傾げるそのしぐさで、ライリスの金の髪が揺れる。
「そもそも、彼の一家が殺されたのって教会のせいだよね。
その恨みが曲がり曲がって王族の上に降りかかったのや、
そうやって闘うことを諦めたのって、教会との契約のせい?」
オーリエイトの視線がライリスに注がれた。
「……そうね、きっと」
「あのね、エルトが血の契約がどうのって言ってたんだけど」
リオが言うと、オーリエイトは少し眉をひそめ、
ライリスは目を丸くしてリオを見つめた。
「血の契約?随分と堅い契約だね」
「クローゼラのやることだもの、これくらい徹底するわ」
「契約内容は?」
「さあ」
オーリエイトが首を横に振ったので、リオとライリスは驚いた。
「……知らないの?君でも?」
「全知の神じゃないのよ、私は。
契約は、結んだ双方が内容を明かせないように魔法で縛ってあるの。
こちらから推理して当てない限り、誰も話せないようになってるわ」
「当てたことはないの?」
リオが聞くと、オーリエイトは頷いた。
「ないけど、想像はできるわ」
「どんな?」
「魂の掌握」
簡潔に紡がれた言葉には、何かぞくりとするものを感じた。
「全ての力は魂に宿る。
クローゼラは守護者の力を手に入れようとしてるんじゃないかしら」
「他人の力って、手に入るものなの?」
リオは目を丸くした。
「魂を手に入れればね」
「魂を?そんな形無いものを?」
「始めに捕らえておいて、体から離れた時に
形あるものに閉じ込めておけば、自分のものにできるのよ」
ライリスが眉をひそめた。
「黒魔術じゃないか。
しかも、そんな古い魔法を知ってる人はいないし、誰も使えない」
「使えるのよ」
オーリエイトは言った。
「私か、クローゼラなら」
ライリスとリオは揃って眉をひそめたが、
オーリエイトの言った意味は分からずじまいになった。
そのかわり、別の質問をすることにした。
「それじゃ、エルトもレインもアーウィンも、魂を囚われちゃったの?」
オーリエイトはどう答えて良いのか分からないように首を傾げた。
「完全に囚われたのは、たぶんウィルだけ。
四大元素のガーディアンたちは、教会から逃げられないように、
魂を縛られただけだと思うわ」
それだって十分嫌だろうが。
「・・・どうして、ウィルだけなの?」
リオが聞くと、オーリエイトは淡々と答えた。
「光だから」
「光?」
「聖者っていうのは光の守護者のことなのよ」
そういえば、神話にそのような一節があったような気がする。
「・・・クローゼラとの契約って、破れないの?」
「一度結んだ以上、まず無理ね」
「・・・じゃあ、ウィルはどうなるの?」
オーリエイトは首をすくめた。
「クローゼラ次第よ」
「もしウィルの魂を今すぐ手に入れたいと思ったら、クローゼラはどうする?」
オーリエイトはリオを見つめた。リオはその金の瞳を見つめ返した。
オーリエイトは目を伏せる。
「その場で殺すでしょうね」
ぞく、と冷たいものが背中を走った。
「・・・殺す?」
「そうすれば、魂はウィルの体を離れるでしょう」
「それじゃ、今も死にかかってるようなものじゃない!」
「まだ大丈夫よ」
オーリエイトは顔を上げ、きっと前方を睨んだ。
「クローゼラが企んでいるのは、きっと魂を魔王に献上して魔王の力を増やすこと。
―――魔王が復活する前なら」
破滅が大地を呑み込む前なら。
「まだ、間に合う」
木漏れ日の下で凛と言った真紅の髪の少女は、なんだか神々しく見えた。
「必ず、止めてみせるわ」
堅い決意が見える。

リオはオーリエイトの横顔を見つめながら、
ふと周りが明るくなってきていることに気付いた。
ふと振り返ると、簡素な石が立っていて、
古ぼけた旧字体で「グラティア」と書いてあった。
いつの間にかグラティアを出ていたらしい。
もう巨木はなく、ごく普通の木々の森だった。
靄もかかっていなかった。
陽の光が届くので、周りが明るいのだ。

突然風景が開けて、オーリエイトが前を指差した。
「リオ、ここがショルセン王国の王都、アーカデルフィアよ」




最終改訂 2006.03.08