EVER...
chapter:2-story:53
再び共に

 


 ウィルとそこで待っていると、オーリエイトが戻って来た。リオを見つけると真っすぐ駆け寄って来る。
「リオ、気が付いたのね」
 声には安堵がにじんでいた。それが無条件に嬉しい。リオは笑った。
「大丈夫。みんなが迎えに来たんだもの」
 オーリエイトはほっと息をつき、ウィルを見上げた。
「つまり、話はついたのね」
「ええ、まあ。自分の気持ちも洗いざらい白状しましたよ」
 オーリエイトはひとつ瞬き、そう、と言った。
「よかったわ」
 リオは思わずどうしたらいいのか分からなくなって顔を背けてしまう。でも、リオには聞きたいことがたくさんあった。
「あの、リディアは」
「向こうにおいて来たわ。まだ気がついていないの。行きましょう」
 ウィルに手を引かれて歩きながら、リオは不思議だ、と感じた。かなり長い間みんなと離れていたのに、こんなにすぐに馴染んでいる自分がいる。どれほどこの人たちがいる場所が好きだったか、思い出して切なくなった。
 ふと、リオは後ろを振り返った。今までいた場所。母がいた場所。悪魔たちの場所。――さようなら。あたしはやっぱり、一緒にいたい人達といます。
「リオ?」
 ウィルが声をかけてくる。リオは彼の方を向き、わずかに不安が宿った瞳に笑いかけた。
「お別れしていただけよ。大丈夫、約束は守るから。こんどこそ、側にいる」
「はい」
 ウィルはほっとした顔をして、リオの手を握ると、放すまいとするようにしっかりと手の中に収めた。それだけのことがすごく嬉しくて、でもーー。
 あたし、幸せになって良いの? お母さん、神父様……。

「ウィル」
「はい」
「オッド・アイを見せて」
 ウィルはリオを振り返った。
「オッド・アイの方がいいですか」
「うん」
「では、あなたが解いて良いですよ」
 リオは少し戸惑ったが、魔法を見ようと念じた。目を細めなくても、魔法の波長が見えた。軽く解こうと思っただけでその波のような糸は四散した。懐かしい金と青の瞳。思わず手を伸ばして、ウィルの頬に触れる。そのまま、ウィルのメガネを外してみた。メガネを取ると、ウィルは一気に幼く見えた。すごく近くなった気分。
 ウィルは苦笑して言う。
「どうしたのです?」
「なんとなく」
 リオは言った。
「確かめたいだけ。ウィルが側にいる、って。一緒にいていいんだって。幸せすぎて、怖いの。こんなの、身に余るような気がする……あたし、あんなに死なせたのに」
 ウィルはリオの頭に手を置いて、言った。
「他人が不幸に終わってしまったのなら、その分生きて幸せになって、彼らに報いたら良いじゃないですか」
「それで、いいのかな」
「私はそう思います」
 ウィルは言った。少し、自分勝手な笑みを浮かべて。
「だって私は幸せになりたいですし、そのためにあなたにも幸せでいてほしいですから」
 リオは安心して、ウィルの側にぴたりとくっついた。それなら、……精一杯幸せになろう。みんなと、一緒に。

 リディアはまだ気を失っていた。リオは彼女の側に座り、そっとリディアの頬に触れた。リディアはいつもいつも無理をして。なりふりかまわず迎えに来てくれた。ノアを置いて来たくらいに。
「迷惑かけっぱなしね、あたし」
 少し情けない。すると、タイミングよくリディアが呻いた。オーリエイトがそれを見て、そっとリディアを揺さぶる。
「リディア」
 リディアはうっすらと目を開け、まずオーリエイトを見た。それからリオに気付き、跳ね起きた。
「リオ! 大丈夫?」
「あなたの方がそれを問われるべき状態にあるんですが」
 ウィルが言うと、リディアは目を瞬き、回りを見て森の中だと気付いた。
「……私たち、逃げ出せたのね」
「ええ」
「それに、リオも一緒……よかった、私達と一緒に来てくれるのね」
「うん」
 リオは頷いた。
「心配かけてごめんね。やっぱりみんなと一緒にいたかったから」
「うんっ……よかった、よかった、リオ」
 リディアは言うと、リオを抱き締めた。その体が震えていることに気付いて、リオはやっぱり来てよかったと思った。
 リディアは一度リオから体を離すと、リオの目を覗き込む。
「その目……天使と、悪魔の色ね」
「うん」
「ウィルから聞いたわ」
 リディアは言うと、見る見るうちにその目に涙をためて、またリオに抱き着いた。
「本当に、かわいそうに。どうしてリオばっかり……大変な目に」
「いいんだよ」
 リオは言った。
「いいって思えるの。こうやって泣いてくれる人がいるんだもん」
 それは、この上ない幸せだ。――だからこそ、守り通すと決めたのだから。


 これからどうするのかと聞くと、まずライリスたちと合流すると言う。
「いま、戦場に向かってるんじゃなかった?」
 リオが問うと、オーリエイトは頷いた。
「大群を率いているから、そう早くは移動できないはずよ」
「じゃあ、動いてるライリスたちがどこにいるか分かるの?」
「ノアの小鳥たちが始終連絡してくれてるの」
 リディアが誇らしそうに言う。
「みんなは元気にしているみたい。馬車だから退屈だって言っていたわ」
「みんなも軍と一緒にいるの?」
「そうよ。クローゼラに見つかりそうになったら移動呪符でぱっとグラティアに帰ろうって寸法なの。でもそれまではみんなも手伝ってくれるって」
「大したことはできそうにありませんけどね」
 ウィルが軽く肩をすくめて言う。
「だからリオ、あなたのことをみんな待っていたんですよ」
「え? ……ああ、分かった、契約書ね」
「はい」
 リオは頷いた。
「もっと早く、あたしが闇だって分かっていたらよかったのにね。みんなをもっと早く解放してあげられたのに」
「そう簡単にはいきませんよ。契約書の置き場所も分からないのですから」
 リオは黙り込んだ。少し考え込み、顔をあげた。
「でも、あたししかできないんでしょ?」
「はい」
「だったら絶対やってみせるよ」
 笑みを浮かべて、リオは言い切った。役に立てるなら、そんなに嬉しいことはない。
「傷つけるのも、死なせるのも、もう十分にやってきた。あたし、今度はみんなを助けられるんだね」
 それがどれほどリオにとっての救いか分からないくらい、嬉しい。
「頑張るね」
 オーリエイトは小さく頷き、リディアは少し心配そうな顔をした。ウィルはただ、微笑んでリオの肩を抱いた。


 雪道を野宿すること4日、やっとショルセン軍に追いついた。隊列のどの辺にみんながいるのか分からなかったので、リオたちは隊列の後ろの方からずっと前の方まで歩いて探さなければならなかった。
「目立たないようにしているはずですし」
 焦るリオにウィルがそう言った。
「こっそりついていっている身ですからね。そう簡単には見つからないのではないですか」
「でも……」
 みんなに会いたい。リオは速足に隊列の横を歩いた。兵たちがうさん臭げにこちらを見ている。居心地が悪かったが、それでもやっぱり彼らの間に首を突っ込んで確かめずにはいられなかった。みんな。みんな。あたしは……。あたしは、帰って来たよ。

「リオ姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 その時、ノアの声がした。リオは振り返る。前方から、転びそうになりながらノアがかけよってくるのが見えた。雪を蹴散らして、頬を赤く染め、その後ろから、アーウィンとエルトも一緒に駆けてくる。
「リオ!」
「リオ、リディア、みんな!」
 リオは大きく腕を広げた。その中に、ノアは勢いよく飛び込む。腕に感じたその重みが、どれほど嬉しかったか。
「リオ姉ちゃん……おかえりっ!」
 ノアは泣いていた。リオは思わずノアを抱き締める腕に力を入れて、うん、と呟く。
「ただいま。……ただいま」
 ノアは顔を上げ、それはそれは嬉しそうに笑った。そしてリオの顔をのぞき込んで、言った。
「リオ姉ちゃん、目の色がかわったね。ウィル兄ちゃんとおなじで、右と左の色がちがうよ」
「そうなの……あたしね、ノアやリディアと一緒で、半分天使なんだって」
「ほ、本当?」
「本当。すごいでしょ?」
「すごい、すごい! ぼくたち仲間だね」
 うん、とリオが頷くと、ノアは照れ笑いをした。そして、追いついて来たリディアにも抱き着く。
「お姉ちゃんもお帰りっ」
「ただいま、ノア。約束は守ったわよ。ノアは良い子にしてた?」
「してたよ。お兄ちゃんに聞いても良いよ」
 そのお兄ちゃんことエルトは、まずアーウィンと一緒にリオのところに来た。リディアに直行するかと思っていたのでリオは少し意外で、そして少し嬉しかった。こんなに心配してもらっていたのか。
「お帰り、リオ! 戻って来ると思ってたぜ」
「大丈夫だった? また痩せたみたいだけど、相当いじめられてたんじゃないだろうね? お腹減ってない? 食べ物なら用意してあるよ」
「ありがとう、二人とも。大丈夫だよ」
 リオは言って笑った。
「久しぶり、みんな……」
「ホントだぜ」
 アーウィンが大袈裟に肩をすくめて見せた。
「リオ、いくつも見物を逃したぜ。ま、たっぷり話して聞かせてやるけどさ」
「楽しみだわ」
 リオが微笑むと、アーウィンは彼らしい、悪ガキのようなにかっとした笑みを見せた。その隣りのエルトは、相変わらず心配性だった。
「目の色、本当に変わったんだね。ウィルの手紙で聞いてたけど」
 それから、本当に心配そうな顔で言う。
「本当に大丈夫? 悪魔たちの中にいたなら、戦争も見たりしたんじゃない? 君が傷つかないはずないよ」
 優しいな、と思う。これだからお人好しなのだ。
「本当に大丈夫」
 リオは言って、本当に久々に、とびきりの笑顔を浮かべた。彼らがいる所だからこそ、この笑顔は本物になる。
「確かに色々あったけど、みんながいるから大丈夫」
「それなら、よかった」
 エルトは呟いてほっとした顔をした。そして、今度は心置きなく妹に駆け寄った。その様子をリオは、懐かしさとともに微笑ましく思う。やっぱり、この場所は優しい。
 いつのまにかウィルが隣りに来て、リオの肩にそっと手をおいた。リオがウィルの視線の先を見て見ると、レインが歩いて来る所だった。リオの体が強ばる。それに気づいたのか、ウィルがリオの手を握った。
 しかしレインが向かったのはリオの所ではなく、後方からついてきたオーリエイトの所だった。こちらは直行した。少しだけ、苦笑が漏れた。
「何もなかった?」
「そんな簡単に済むはずないでしょう」
 レインの質問に、オーリエイトが冷静に答える。
「クローゼラと顔を合わせたわ。それに、あわやベリアルと魔法戦になるところだった」
「結果的にはならなかったということだね」
「ええ、リオのお陰でね」
 レインは聞いていなかったかのように、オーリエイトだけに見せる優しい笑みを浮かべた。
「とにかく、君が無事でよかった」
「……レイン」
 たまりかねたのか、ウィルがレインに声をかけた。レインはこちらを向く。リオは緊張した。
「あの」
 とりあえず、自分から声をかけてみる。
「ただいま……悪いけど、やっぱりここにいさせてもらうわ」
「…………」
 レインは黙っていた。受け入れるでも、拒絶するでもなく。リオは挫けそうになったが、拳を握り締めて言った。
「やっぱりここにいることを選ぶわ。今なら、私は自分が誰なのか知っているし。レインには悪いけれど、もう決めた以上は譲れない」
「うん」
 レインは頷いた。リオは目を瞬いた。
「……許してくれるの?」
「何を?」
 レインは逆に問う。
「ここにいることを、なら許す。君を、なら許すもなにもない。ただ、闇の守護者にはいてもらわないとまずいだけ」
 闇の守護者か、とリオは苦笑した。それだけ、とはレインらしい。でも、それが逆に懐かしかった。彼だってこの場所の一部なのだ。
「それで十分よ」
 リオが言うとレインは少々、それが意外な答えだったかのように目を見開いた。そしてすぐに視線を逸らす。オーリエイトがそのレインに声をかけると、彼はすぐに無邪気な笑顔を見せ、オーリエイトに呼ばれるまま脇の方へ歩いていった。

「みんな、全然変わってないみたいだね」
 リオがそっと呟くと、ウィルはええ、と言った。
「こんな短期間に変わりはしませんよ。変わったというより、素に戻った人ならいますが」
 リオは微笑んでウィルを見上げた。
「ライリスだね」
「はい」
 ウィルも、リオが期待した通りの優しい眼差しでリオを見下ろした。
「噂をすれば。情報のはやい人です」
 リオが再び正面に視線を戻すと、その通り、ライリスが駆け寄って来るところだった。後ろについている大人は誰だろう。しかも、ライリスは白い服に紫色のマントを着ていて、まるで軍人のようないで立ちだった。似合い過ぎるほど似合ってはいたが。
「リオ!」
 彼女はそう叫ぶと、リオに駆け寄ってがばっとリオに抱き着いた。
「よかった! おかえり! 待ってたよ!」
 リオは少々面食らった。こんなに無邪気に喜ぶライリスは初めて見たかもしれない。嬉しくてリオも笑った。
「ただいま。……初めまして、今が本当のライリスなんだね」
 ライリスは照れを含んだ笑みを浮かべた。太陽のような、そしてとびきり美しい笑顔だった。
「辛気くさいなぁ。ぼくは元からこうだよ。しがらみを捨てただけ」
「でも、本当にキラキラしてるんだもん」
 リオはライリスの手を握った。
「すごいわ。ライリスは自力で立ち直っちゃったんだね」
「でも、やっぱりきっかけはリオだと思うよ」
「そんなことないわ。……あたしは、壊すしか能がないもん」
 ライリスはふ、っと優しい表情をした。
「だからだよ。リオが壊してくれた。ためらいと思い込みを」
 あんまり目を惹く表情だった上に、あまりに優しい言葉にリオは目を瞬く。するとウィルが後ろから手を伸ばしてリオを引き寄せて腕の中に包んだ。
「あまり誘惑しないでくださいね。あなたはもう少し自分の容姿と性格を自覚してください。一応、リオは私のなんですから」
「え、ウ、ウィル?」
 リオがウィルの宣言に慌てていると、ははーん、とライリスは腕を組んで楽しそうな顔をした。
「そういうことか。うんうん、おめでとう、お二人とも。でも、ぼくの言動が誘惑になるなら、それでちょっかい出すのも面白いかもね」
 あわあわとリオがウィルを見上げると、半分本気で威嚇する顔をしていた。
「自重しないなら遠慮しませんよ?」
「あらら。それは勘弁」
 ライリスがいたずらっぽく舌を出す。ずっと傍観していたアーウィンが声を立てて笑った。

 そしてライリスは、総司令官がうろちょろしては困る、と彼女についてきていた大人たちに言われて、また先頭のほうへ戻っていった。ウィルによると、彼らは将軍らしい。すごいな、とリオは思った。将軍ほどの人に認められるくらい、ライリスの地位は向上したということになる。
「彼女のおかげです」
 ウィルは微笑んだ。
「戦争の準備が整いました。これからが本番ですよ」
「うん」
 リオは頷いた。
「……ここからは、あたしの番だね。魔王唯一の血縁の、あたしの」
 ウィルは何も言わず、リオの手を握った。

 そしてリオの大好きな声が、リオの名前を呼ぶ。
「ウィル、リオ」
 オーリエイトがこちらに手招きをしていた。リディアも叫んでいる。
「私たちの馬車はこっちなの。来て!」
「ずっと歩いてきたんだろう、少しは休まないと」
 エルトも言う。レインは黙っていたが、こちらを見ていた。視線に敵意は感じない。それで安心した。アーウィンはいつもの悪戯っぽい笑顔でこちらを見ていた。
「早くしねーと、昼飯全部食っちまうぞー」
「リオ姉ちゃん、ウィル兄ちゃん、早く!」

 リオは飛び切りの笑顔を浮かべ、ウィルの手を引いて歩き出した。
 暖かい場所へ。

 そして、それを守るための道を。


第二章 完結

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最終改訂 2009/01/21