EVER...
chapter:3-story:10
役割と乖離
 

 

 守護者奪還のニュースが全軍に広がると、明らかに兵の士気が劇的に高まった。神官服をまとった彼らが出歩くだけで、周囲はまるで期待の英雄を讃えるような歓声で迎える。
「すげぇ。オレらちょう人気者じゃん」
 アーウィンは呆れ半分にそう呟いていた。
「見た目はガキの集まりなのに、よくオレたちがいれば大丈夫だって信じてるみたいな反応できるな。そんなに希望に飢えてんのか」
「そりゃそうなんじゃないの。相手は悪魔だよ」
 何かとアーウィンと一緒にいることの多いエルトは隣でそう呟いた。
「お前みたいに楽観的でいられる方が珍しい」
「勝てないって信じてる状態でどうやって戦うつもりなんだよ。少しは勝ちに行こうぜ、って思わねぇ?」
「……いいんじゃないの」
 エルトは周りを見渡して言った。
「僕らが、皆に『勝ちに行こう』って思わせる存在なんだよ」

 ウィルの立ち位置が心配されたが、彼は自ら、リディアの手伝いを申し出た。
「屁理屈ですけれどね。彼らと戦うのではなく、彼らの敵を助けるだけ、です」
 ウィルはカートラルト軍主導の作戦会議のただ中でそう言って苦笑した。
「それに、防御面でも力をお貸ししましょう。契約の範囲内となるとたかが知れていますが、これでも私は光の聖者です、役に立たないということはないでしょう」
「うん、じゃあそれでよろしく頼むよ」
 ライリスがそう言って頷いた。
「今のところ奇襲に備えるいい手立てが思いつかなくてさ。ウィルならなんとかできる?」
「では、広範囲に境界魔法を敷いておきましょう。誰かが出入りすれば私が感知できます」
「それは複数敷ける? 各部隊からどれくらいの範囲で敷ける?」
「複数敷けます。距離は半径三千メデロでどうでしょう」
「それだけあれば準備の時間が稼げそうだね……うん、それでお願い」
「畏まりました」
 とんとん進んで行く話を理解するのが精一杯で、リオはひたすら出される指示を飲み込む作業しかできなかった。
「視界の良し悪しはどうしましょうか。先日守護者奪還の際にネックになったと聞きます」
 カートラルトの司令官の一人がそう言い、ライリスが考えるように指を口元に添えた。
「どちらかというと、魔法に頼っているのは悪魔側だ。むしろぼくたちが有効活用すべきじゃない?」
「ならば、水と風の守護者殿に頼むか」
「靄ならわたし一人で作れる」
 クライドが言った。
「ようは暖かい空気と冷たい空気をぶつければいいからな。もちろん水が手伝ってくれた方がやりやすいが、守護者は一人一人ばらけさせて使う方が良い」
「いいえ、本当に相手の視界を奪いたいのなら光か闇の方が良いわ」
 オーリエイトが言った。
「悪魔に靄を吹き飛ばす力もないと思って?」
「確かに……」
「となると、闇ですかな」
「あ、あたし……?」
 リオは戸惑った。
「視界を奪うとか、そういうのって魔法だと思っていましたけど……」
「貴殿には魔法操作の力があるだろう」
 今度はショルセンの将軍が言う。
「魔法を使えるのと、大差ありますまい」
「でしたら、それも私が請け負いましょう」
 ウィルが名乗り出た。
「光と闇は表裏一体です。ようは光を奪えばよろしいのでしょう?」
 ふむ、と一同が納得したような呟きを漏らす。
「では、そちらも光の聖者に」
「問題は使いどころと、使う相手ですが……」
 そんな話し合いが、夜中近くまで続いた。


 ライリスの天幕を出ると、リオはぐったりと疲れていた。会議はしばしば討論か論争のようになり、あまり穏便でない雰囲気になることもしばしばだった。
「せっかく皆が帰ってきたのに、なんだか空気は重いばかりだね」
 溜め息と共に呟くと、アーウィンがあくびとともに腑抜けた声で言った。
「ま、そんなもんだろー。これでうきうきだったら戦争じゃねーよ」
「戦争でも、できることなら楽しく過ごしていたいのにな」
 それを聞いたアーウィンがにやっと笑った。
「そう思ってれば、楽しく過ごせるさ」
「……そう、かな」
「そうさ。オレが冗談の一つぐらいは言ってやるぜ」
 リオは微笑んだ。
「アーウィンがいてくれてよかった」
「はは、そういうのはウィルに言ってやれ」
「ウィルにはいつも言ってるからいいのよ」
「わー、聞いたかリディア! ラっブラブだぜ」
「おいアーウィン、そういう話題をリディアに振るな」
 傍にいたい人の傍にいられる、という空気がどうしようもなく和んだ。微笑みながら、リオはウィルを見上げた。見上げた瞬間のウィルは、どこか妙な表情を一瞬していたが、すぐにリオの視線を受け止めて、ほっとさせてくれるような柔和な笑みを返してくれた。

 兵糧の確保がされ、司令系統も整備された。カートラルトは気候がショルセンと似ているため兵が慣れない気候で体を壊す心配もなかった。
「新たにするべき指示は、私にはない。この場で言いたいことがあれば今だけなので、躊躇なさらぬように」
 出陣の朝、ライリスが天幕に指揮官を集めてそういった。誰も手を上げない。念入りに作戦を組んだのだから当然だ。全員を見渡して、ライリスはよし、と小さくもらし、表情をきりりと整えると、言った。
「持ち場につけ」


 リオは再び、オーリエイトとともに出陣することになった。狙うのはカートラルト王都と、南のレーリアとの国境の間にある街の砦だ。南からの豊富な兵糧を確保するにはこちらから行くべきという意見で一致したのだ。王都を奪還し、その砦さえ奪還すればカートラルトはもう大丈夫だという。
 門を破ること、それが一番大事だと聞かされた。
「今回は下から行くわよ」
 オーリエイトに言われ、馬に乗せられてリオは大勢の兵の先陣に立って突撃することになった。カートラルトの王都は山間にあり、前回は空からの奇襲も見つかりにくかったのだが、今回は平地で空は危険だという。
 前を走っていれば、当然のように矢や魔法がひゅんひゅん飛んできた。矢はオーリエイトがことごとく跳ね返し、魔法のほうはリオが処理する。しかし簡単に言っていたのも最初のうちで、目立つ神官服を着ていれば集中攻撃を受けた。他の守護者達も同様のようだ。
「オーリィ!!」
 鬨の声に負けないように叫ぶと、オーリエイトの歯を食いしばった叫び声で何、と返ってきた。砦の上から魔法を放ってくる強い相手とやり合っているらしい。
「あたし、全員が見える場所に移動したほうがよくない!? 見えないとこの力が使えないんでしょう!!」
「馬鹿ね! 全員が見えるって事は見晴らしがいいってことよ! 相手からだって簡単に見つかるわ! 砦の中ならいざ知らず、この平地ではね!!」
リオは絶対に失われてはいけない戦力だ。それが分かっていたから、リオもそれ以上言わずにただオーリエイトについていくことにした。
「南門に回れー!!」
カートラルトの将軍が叫んだのが聞こえた。オーリエイトがリオの腕を掴む。引かれるままについていった。
南門は突破しようとする兵たちで産め尽くされていた。オーリエイトがリオを連れて人混みを掻き分ける。
「道をあけなさい!」
普段の落ち着いた声からは考えられないほど、よく通る声だ。門の前にたどり着くと、オーリエイトがリオに尋ねた。
「門にかけられてる魔法の状況は?」
 リオは目を細め、扉に巻き付いている魔法の糸をざっと見た。
「鍵の魔法と消火魔法、固定魔法に形状記憶魔法!」
「解ける?」
「少し時間がかかるかも。複雑に絡み合ってるの」
 それを聞くとオーリエイトはくるりと後ろを振り向いて声を張り上げた。
「闇の守護者の護衛を!」
 守ってやるから仕事に専念しろと言う事だ。
「オーリィ、どれを解いたら一番手っ取り早いと思う?」
 問うとオーリエイトは一瞬考えた後、言った。
「形状記憶魔法と鍵の魔法を」
「わかった!」
 少してこずったが、リオは集中し、身の安全は周りに任せて魔法の糸を解いた。すぐさまオーリエイトが破壊の魔法を扉にかける。リオは隣で補助をして、僅かな魔法の乱れを修正して彼女の魔法が力の全てを発揮できるようにした。だがそれでも一人分の力では足りなかったようだ。
 扉は石製。
「エリオット!」
 オーリエイトが叫んだが声が届かない。オーリエイトは彼に向かって光の玉を飛ばした。やっと気付いた。彼はオーリエイトが扉を指さすのを見て理解したようで、すぐに破壊魔法を飛ばしてよこした。オーリエイトも重ねてそれに破壊魔法をかける。リオも乱れの調整に加わった。扉が砕け散る。わあ、とひと際高い鬨の声が響いて兵士たちは門の内側に雪崩れ込んだ。


 門を破って形勢がこちらに傾いた、と思っていたのに、なかなかどうして、そう簡単には行かなかった。リオの魔法操作も、きちんとリオの意思が対象を特定していないと使えないから、完全に悪魔たちの魔法を封じられるわけがなく、そしてこちらは全員が魔法を使えるわけではないのだ。カートラルト軍からもらった地図で砦の構造は把握していたものの、弱いはずの部分を叩いてもなかなか崩れない。
 カートラルトの一小隊が敵に挟まれてしまってそこの救援に戦力を割いたり、予想外の出来事が多く起こった。ライリスはそれでも、臨機応変に指示を出していた。元々臨機応変型だ、思いつきでなんとか切り抜けていたのだが、長引いて一週間以上かかってようやく砦を落とした。
 終わってみればもうぐったりで、早速南のレーリアから物資を届けてもらった時には、とりあえずまず疲弊した自分たちの回復にまわして、蓄えるのは後で、という状態になっていた。
 そして終わってからが忙しさの本番なのが救護班である。リオもちょくちょく手伝いにいっていたものの、目が回るような忙しさだった。リオ自身も無傷というわけではなく、あちこち手当てしてもらわないといけなかった。
 たまにライリスがついてくると、救護テントの中はすごい歓声に覆われた。なんだか怖いくらいの人気である。
「あの方、絶対に我々を見捨てなかったのですよ」
 リオが話した患者の一人が言った。
「もちろん戦場ですからね、命に序列をつけるななんて奇麗事は言いません。けれど、歩兵の私たちに出すら気をきちんと配ってくださいました……弱いのだから自分の力量もわきまえずに闇雲につっこんでもらっても困る、ということなのかもしれませんけれど、決して私たちを捨て駒のようには扱わなかったんです。突っ込んだら間違いなく死ぬようなところから、遠ざけてくださっていました」
 それはリオも感じていたことだった。
「ライリスは、すごい人で、とてもいい人だよ。ほんとに」
 言うとその患者はリオを見て微笑んだ。
「闇の聖者様のお友達なのですね、総司令官は。あなたも不思議なお方だ……あなたが良い方というのなら、それは紛れもなく良い方なのでしょう」

 実際、ライリスは守護者以上に注目の的だった。容姿も大きな要因だろう。白い軍服を着て紫色のマントをはためかせ、やあ、なんて言いながら手を振って笑顔を振りまけばもうそれだけで、遠くにいても居場所がすぐ分かるくらい、彼女の周囲がどよめく。ただ、突然彗星のごとく現れた存在なだけに、謎めいた人、という認識をされているようだった。
 そんなこともあってか、リオはショルセンの将軍の一人が、リオと、一緒にいたウィルのところに一人で尋ねてきた時には、自分で思ったほどは驚かなかった。なぜ自分のところに来たのか、ということには少し驚いたが。
「総司令官はなかなかつかめないお方です」
 彼はそう告白した。
「技量は認めているのです。これほど規模の大きな戦いはわたしも初めてですが、それでもあの方が優れた指揮官であることは分かります。そして、一方でご自分の経験不足もお分かりになっていて、よくわたしたちに意見を聞きなさる。聞き入れてくださる。先天的に、取るべき最善の方法を見分ける能力がおありのようだ」
「そうでしょうね」
 ウィルはほんの少し微笑んでそういった。
「ショルセンの王家の人間は、天賦を授かると聞いています」
「王標印ですか」
 将軍はウィルとは対照的な、少し不器用な厳つい笑みを浮かべた。
「そうですね……けれど、レアフィリス王女は中でも特別という感じがしますよ。……あなた方は、あの方が一体何のために戦っておられるのか、知りませんか」
「えっ」
 ウィルとリオは顔を見合わせた。おずおずと将軍を見て、リオは言った。
「ええと、こういうと語弊があるかもしれないんですけど、ライリスはなんだか……ただ夢中になっているだけみたいな、そんな感じがします」
「わたしもです」
 将軍が言って、小さなため息をついた。
「あの度量と技量、人を惹きつける才、それを認めて、あの方についていこうと決めたことは変わりません。今後もあの方を総指揮官として敬い、わたしは従うでしょう。けれど、不安がどうしても拭えないのですよ。宙ぶらりんの方についていく不安定さのようなものが、どうしても感じられて」
「……それで、あたしたちのところに、ライリスのことを聞きに」
「ええ」
 将軍は頷いた。
「あなた方といるときは、わたしたちの前で被っていらっしゃる仮面を脱いでいるような気がします」
 リオは思わず目をぱちくりさせた。
「……よく見ているんですね」
「考えを慮ろうとしていたのですよ。いざという時に意思伝達ができなくては」
 少しの間、沈黙があった。小さく息を吸って、言ったのはリオだった。
「将軍さんは、ライリスのことを一個人としてみているんですね」
 これには将軍はわずかに目を見開いた。
「ライリスは……生まれつき、人の前に立つ人なんだと思うんです。人の前に立ったら、目的とか望みとか、きっと関係なくなってしまうんだと思うの。そういう人なんだと思うんです。ええと、上手くいえないけど」
「王、ですか」
 それはしっくりくる単語だった。
「そう……かもしれない。役割としての王様。将軍は王様に個人の部分も認めているんですね。だから違和感を感じるんだと思います」
 将軍は少し首をかしげた。
「あなたは、感じないのですか」
 リオは言葉をつむげずに戸惑った。リーダーとしてのライリスに不満はない。個人としてのライリスには不安要素が山積みだ。両方いっぺんに語るのは難しいことだった。
「仮面が」
 リオは言った。
「……仮面が偽者だとはいえないから。ライリスも言ってました。仮面の自分も本物なんだって。将軍さんの言うことはなんとなくわかりますし、大丈夫かな、って思う時もあるけど……たぶん、信じてあげて、だめになりそうなら支えてあげる、それだけで大丈夫だと思います。不安は拭わなくていいと思います。絶対的な服従では、ライリスは逆にだめになってしまうわ。役割としてのライリスも、個人のライリスも、きっと完全に分けられるものじゃないから」
 将軍はそれで納得して去っていった。
 ウィルはその後でリオに聞いた。
「本当に良く見てますね」
「……そうかな」
「そうですよ」
 リオは笑った。
「いざ口に出すまでは、なんとなく感じているだけなんだけどね。聞かれないと分からないよ」
「そういうものでしょう」
 リオの手を引いて歩き出そうとしたウィルはしかし、リオの表情に気付いて足を止めた。
「何か?」
 リオは彼を見上げて苦笑した。
「ウィルの方こそ良く見てるね。……ちょっと、不安になって」
「不安?」
「あたしは、個人でしかなかったから」
 理解はしているつもりだった。軍が、国が、人々が守護者にかける希望や期待。
「ライリスの『王様』な部分に気付かされたら、役割って自分とどれくらい離れてるんだろう、どこまで従えばいいんだろう、って……」
 ウィルは何も言わなかった。自分も考えるように少しの間黙っていた。
「それは私にも分かりませんが」
 ウィルが言う。
「答えなどないのだと思いますよ。線引きができないことのひとつです。考え続けることは必要だと思いますけれど」
「うん」
 リオは言って、ウィルの隣に並んで歩き出した。




最終改訂 2011.06.12