EVER...
chapter:3-story:11
 

 

 何が、と言ってアーウィンは目をぱちくりした。エルトはため息をつく。
「だから、ライリスだよ。あれは無理してるわけじゃないよね? 素なんだよね? って」
「無理? 素? なんで?」
「思いっきり演技してるじゃん!!」
 怒鳴られた方は目をぱちくりした。
「あー……そういうこと? ほっとけ、あいつあれ無意識だから」
「じゃあお前気付いてるんじゃん!!」
「気にするか気にしないかは別だろ。大体、なんでオレに言うんだよ。そういうのはリオのが得意だろ」
「お前……」
 だめだ、というようにエルトは肩を落とした。
「親友じゃないのかよ……」
「不干渉もひとつの友情だろ。……あいつが王女だって分かってから合点がいったんだけどさ、あいつはもう骨の髄まで王様なんだ」
 エルトが顔を上げる。説明を求めるようなその表情に応えて、アーウィンはにこりと笑った。
「別に無理して周りの期待を集めたり、先頭に立とうとしたりしてるわけじゃないってことさ。人の前に立つために『自分』を自分の中から追い出すなんて造作もないことなんだよ。……だから時々、あいつのなかに『あいつ』はいない」
「それは、良くないことなんじゃないの」
「さあな。あいつが自分で『自分』を追い出してんのかもしれないし、それでバランス保ってんのかもしれないし。オレにはわかんねぇよ。一緒にいる時にあいつが『リーダー』やると、今と同じような感じになってたから、昔からやってる事だし大丈夫かなとは思ってるけど」
「それならいいけど……」
 エルトはため息をついた。
「お前たちの関係って変……」
「ひでーな」
 そういいながらもアーウィンは気にしない風でからからと笑った。
「気付いて心配してやるやつがいるってだけで大丈夫だよ、あいつは」
「……お前が、そう言うなら……」
 エルトは、納得できないような表情を残しながらも、頷いた。

 当のライリスは相変わらず司令官として多忙で、せわしなく天幕を出入りする人々への対応に追われているようだった。エルトとアーウィンはその天幕の前で、ライリスを気にかけてやってきたのだろう、リオと出くわした。
 軽く手を上げて挨拶をしたリオは二人に声をかけてきた。
「二人もライリスの様子見?」
「まあ……ね」
「エルトがさ、あいつ、オレ達の前にいる時と違う顔をするから違和感があるってさ」
「うん」
 リオは頷いた。へえ、とアーウィンが目を瞬く。
「リオもそう思うんだ?」
「アーウィンはそう思わないの?」
「あんま気にしたことないからなー。だってさ、要はあいつって他人に認められてなかったのが辛かったんだろ。司令官として注目されてるのが悪いことだとは思わねぇし、あいつはよくやってるし。実際、人の上に立つときのあいつは生き生きして見えるぜ」
「そう……かな」
「ああ。天性のリーダーだからさ。オレがストリートチルドレンやってた時だって、あいつがいたから、一番ひもじかった時になんとかなったんだ」
 ごくさらりと、アーウィンは言った。
「ふたりともライリスを心配してやってくれるのはいいことだけどさ。……あんまり深く考えないほうがいいって気もするな。もっと戦争がひどくなったら、もうそういうのだって気にしてられないぜ。生きるか死ぬかの世界になると生き様なんて気にしてられなくなるんだからよ」
 リオもエルトもぎくりとした。時々達観したことを言う時のアーウィンは、別人の様に見える。
 しかしアーウィンはすぐに、にかっと歯を見せて笑った。
「ま、ライリスは総司令官だし、オレたちは守護者だし、そうそう生きるか死ぬかなんてことになっちゃ困るんだけどさ。今のは単に助言」
「う、うん……」
「どうかしたか?」
「お前……時々そういう妙にシリアスなこと言うから……」
「そう? ま、戦争だしな。おちゃらけんのもほどほどにしないとなって」
「けれど」
 リオはそっと言葉を吐いた。
「個でなくなる、っていうのは、きっとすごく……どう言えばいいのかわからないけど、良くないというか……『ライリス』を、殺してしまいそう」
 アーウィンもエルトも問うような視線をリオに投げた。リオは戸惑いながら言葉を探した。
「こういうのもバランスなんだとは思うけれど……あたしは、『自分』をなくしたら戦えないよ。何が大事なのかなんてわからなくなっちゃいそう。……そういうことが、ライリスに起こらなければいいな、って。ライリス、もともと『自分』の部分が弱いから」
「……あー」
 今度はアーウィンにも思い当たる節があるらしく、何かを考えるような、分かる、とでも言うような声を出した。
「でも同時に、『自分』なくさなきゃ戦えない気もする」
 リオは続けた。
「だって……間違ってない、って分かってても、我に返ると背筋が凍りそうになるんだよ。あたし、何てことをしたんだろうって。連れて帰って来られた、亡くなった人たちの体を見るたびに、あたしはまた殺したんだ、って思っちゃう……悪魔たちにだって、大切な人くらいいたはずなのに、って」
「けど、悪魔ってあんまり『個』とか気にしないんだろ?」
 アーウィンが戸惑ったように言ったが、リオは首を横に振った。
「カインは違ったわ」
「カイン……って、例のリオの弟分か」
「あの子が、あたしたちが攻撃している向こうにいないかどうか、時々怖くなるの。もちろん、いてもいなくてもあたしには何も出来ないって分かってるし、あたしがここにいるのはあたしが決めたことだって言うのも、あの子が向こうに残ったのがあの子の選択だってことも、全部わかってるけど……そういう時に思うの。こういう『個』を捨てないと戦えないのかなって」
「……うん」
 エルトが呟いて頷いた。
「人を殺すためには、人を人と思わないでいるのが一番手っ取り早いもの。でもそれって」
 囁くように吐息を喉から搾り出す。
「ただしいの?」

「守るってなんだろうな」
 リオと別れた後でエルトが呟いた。
「僕たちは、殺されそうだから殺し返す、ってことをやってるんだ。……結局誰かが傷ついてるなら、僕らは何を守ってるんだろう」
 アーウィンはやれやれ、というように溜息をつく。
「お前もリオも真面目すぎるんだよ。んなこと考えながらどうやって生き抜くつもりなんだ?」
「お前は気にならないのか? 戦争って大義が一番重要なんだよ。人殺しする以上、理由でも付けないとやってられない」
「で、結局理由付けても迷ってるんじゃねーか」
 言われてエルトは口をつぐんだ。ライリスの天幕へ青年が一人入っていったところだった。花を手に持っている。総司令官への気遣いだろうか。天幕の前に腰をおろしながら、アーウィンは続けた。
「生き物って元々、そういうもんだろ。自分が殺されたくないから皆と仲良くしたいって思いながら、自分が生き残るために他の奴らを蹴落とすんだ。神様でさえそうなんだぜ、オレらがどうにかできることじゃねーだろ」
「そうだけど!」
 エルトはいらついたようにアーウィンを振り返った。
「そう、だけどっ……」
 アーウィンはそんなエルトの様子を見て困ったように頭を掻いた。
「お前ら早死にタイプだな」
「悪かったな! お前は独りで生き残って十字架でも背負って生きてろ!」
「拗ねんなよ。お前だってまだ生きてるだろ。終わりじゃないさ」
「終わってたまるか!」
「ひとの天幕の前で何仲良く喧嘩してるの」
 笑い含みに言いながら出て来たのはライリスだった。いつもの彼女で、いつもの「彼らの」ライリスだ。同時に出てきた青年は笑顔で礼をしてその場を去る。それを見送ってから、脈絡なしにアーウィンはいきなり本題をぶつけた。
「あのさ、ライリス。お前人殺すことに抵抗ねーの?」
 エルトが隣で口をぽかんと開け、ライリスも不意を突かれたように目を丸くした。
「……一体何の話してたの」
「戦争」
「ああ」
 もう話の流れを理解したらしい。さすがだ。
「……まあ、ないっていったら嘘になるんだろうけど。ちらっとでも気になったら深く考えないようにしてるよ、ぼくは」
「おめでたいな……」
 エルトが呟いて顔を覆うと、ライリスは呆れたような顔をして、腰に手を当てた。
「君だってそんなことで悩んでもらってちゃ困るんだよ。こういう時には敵は敵、味方は味方、ってはっきり線を引いて、敵って決めたら徹底的に割りきらないと。人殺しは悪いことだ、戦争だからって割りきれませんなんて言われたら、ぼくらについてきてくれてる人たちはどうするんだよ」
 エルトは気まずさを誤魔化すように顔を逸らした。ライリスは励ますように拳を彼の腕にこつんとぶつける。
「個人としての君と、集団の中での君のバランスは上手く取らなきゃだめだよ」
「……お前は分かっててやってたんだな」
「ん? なんのこと?」
 エルトの言葉にライリスは目を瞬く。意識的であることに無意識なのだろうか。その反応にエルトはため息をついて肩を落とし、アーウィンはぷっと吹き出した。
 訳がわからずにライリスは肩をすくめた。
「やだなぁ、もう。ぼくが忙しくてなかなかみんなとおしゃべりできないからって、二人だけで分かったような顔しちゃって」
「拗ねんなよ。夜になったらあそびに来てやるからさ」
 アーウィンが笑い含みにライリスの肩を叩いた。

 さて、とライリスが呟き、二人をせっつく。
「さっきオーリエイトが、お昼ができたってさ。待たせちゃったから怒ってるかも。皆で行こう」
 自分の肩に回されたライリスの顔を見上げて、アーウィンが言った。
「ライリス、なんかあったのか?」
「ん? なんのこと?」
 さっきと同じ言葉と表情でライリスが問い返す。エルトがアーウィンを見ると、彼はいや、といって笑ったがちらっとライリスに視線を残していた。今のは嘘だったんだな、とエルトは思った。




最終改訂 2011.08.21