EVER...
chapter:3-story:12
夜の談笑
 

 

 大きな変化があった人物といえば、それはローズ女王だろう。最近まで気が触れていた人物とは思えないくらいの回復ぶりで、都を取り仕切り、残った民を守りながら、戦場へ指示を出してきていた。とはいえ、半分以上は総司令官であるライリスに任せているのだが。
 クライドとライリスの関係は、並べばどうしても親子にしか見えないせいで周知の事実になってしまっているのだが、今まで隠れ耐え忍んで暮らしてきただけあって、クライドは目立たず控えめにしていて、表立って口出しをすることはなかった。
 とはいえ、クライドとローズが連絡を取り合っているのは確かのようだ。
「だって父さんが話してた内容がそっくりそのまま母さんからの指示に入ってることがあるんだもん」
 会議と称して訪問者を寄せ付けないようにして、ライリスは時々リオたちを天幕に呼んで雑談をした。その時にライリスはそう暴露してくれた。
 昔のようにみんなでただおしゃべりできる時間はみんなにとっても貴重な時間だった。大抵は訪問者が少なくなる夜にみんなで集まって円になる。煌々と燃える明かりに照らされて、大きく蝶をかたどったショルセンの国旗と、国花のアイリスをかたどった軍旗が炎の熱でゆらめいていた。
「なんか複雑だよ、確かに直接ぼくに進言するのは立場とかのせいもあってやりにくいんだろうけどさ、アーカデルフィアにいる母さんを挟んで伝えてくるのはさすがにアレだと思わない?」
「あら、ほとんどは私を通して伝えているじゃない」
 オーリエイトは顔も上げずに言った。彼女はこういう水入らずの時でも常に書類を持参して目を通していたり、敗れた軍服を繕っていたり、杖の手入れや呪符の整理をしていたりと備えを怠らない。
「伝令は呪符を使っているんでしょう? 時間のロスが酷いわけではないと思うけれど」
「そうだけどさー」
 ライリスは唇を尖らせる。
「伝令の呪符って消耗品だし、いつ底をつくか分からないし……レイン作ってくれない?」
「見返りは?」
「そう来たか」
 ライリスは笑った。
「じゃあオーリエイトとの結婚許可証とか」
「ちょっと」
 オーリエイトがすかさず眉を寄せてライリスを睨んだ。ライリスはやだなぁ、と呟いて笑う。
「冗談に決まってるでしょ。だいたいぼくはひとを商品とか賞品みたいに扱うのは嫌いだ」
「残念。その見返りなら考えておいても良かったのに」
 レインは薄く笑って言った。エルトが呆れたような顔をして言った。
「レイン……そんな理由で結婚してもらって嬉しいわけ?」
「少なくとも、悲しくはないね」
 気まずいような沈黙。レインはその沈黙に対してふっと嘲笑のような笑みを吐いた。
「僕はそんなに貪欲じゃない。……広さで言えばね」
「そういう事を言ってるんじゃないんだけど」
 エルトが口を尖らせた。
「そういうのって……やっぱいいや。オーリエイト本人の前だし」
「エルトはそうやってひとの世話ばかり焼いていて何が面白いんだい?」
 レインに言われてエルトはぱっと頬を染めた。
「悪かったな!」
「まあまあ」
 リディアがおろおろと二人をなだめる。その隣でウィルがにっこり笑った。
「レインはエルトが相手だと少し子どもっぽいですね」
「えっ」
 エルトが驚いたようにウィルを振り返った
「そう?」
「ええ。おや、その顔は無自覚でしたか?」
 レインは甚だ不服そうな顔をしていた。確かに少し感情が揺れるみたい、とリオも笑う。いいことだと思った。エルトには母親のように世話焼きな面があるから、人に心をひらかせやすいのかもしれない。
「それで、ライリス、何か話があったのでは」
 ウィルが言うと、ライリスは目を瞬いた。
「分かった?」
「もしかしたら、とだけ」
 謙虚にそう言ってウィルは微笑む。ライリスが肩をすくめた。
「……守護者の処遇について、ちょっとね。今までも軍の中で宙ぶらりんだったし」
 皆が居住まいを正した。ライリスは皆が聞いていることを確認して続けた。
「今はなんだか、ぼくの直属みたいな感じじゃない? 将軍たちと同列ぐらいの身分の――先頭に立つべき将、って感じで」
「それがなにか問題なのか?」
 アーウィンが首をかしげた。
「オレたちむしろ話してたんだぜ。将なんだから覚悟決めなきゃな、みたいな話」
「へぇ? アーウィンが?」
「なんだよそれ。オレだって真面目な話するぜ」
 むくれたアーウィンをやり過ごしてライリスは続けた。
「つまり、まあ、軍の一部みたいな扱いをしていたのを、やめようと思うんだ。これはずっとじゃなくて、一時的かもしれないけどさ」
「どうして?」
 リディアが首を傾げる。
「お兄ちゃんたち、軍に口出しするとまずい?」
「いや、軍部は特に不満を持ってるわけじゃないんだけど。……まあ、戦術については皆素人だし、元々そんなに口出しされてたわけじゃないし。問題はこれから行く国だよ」
「これから行く国?」
 うん、と言ってライリスは天幕にかかった世界地図に目を走らせた。
「各国の協力を取り付けに行くってことは知ってるでしょ? 最初に行くのがレーリアなんだけど」
 リオは世界地図の、ショルセンとカートラルトの南、歪んだ台形型の、二国より一回り小さな国に目を走らせた。
「知っての通り教会の中心地はショルセンだ。グラティアもショルセンの領地だし、当然だけど守護者たちもみんなショルセンにいる」
「レーリアがそれを快く思うはずがないわね」
 オーリエイトの言葉にライリスが頷いた。
「そういうこと。しかも君たちは一騎当千の戦力だ。全部ショルセンが抱え込んでいることは絶対に突っ込まれると思う。あなたの国はそのような勝算があるからいいでしょうけどね、ってね」
 なるほど、とリオは思った。政治の世界は難しい。
「だからやっぱり通常時みたいに、教会は教会として動いてるってことにした方がいいと思うな。そしてぼくは総司令官として、君たちを兵器として考えるよ。軍部から切り離して」
 ライリスはにこりと笑って付け加えた。「表面上はね」
「構いませんよ」
 ウィルが教会を代表して言った。
「ということは、私たちはレーリアの説得についていかないということですか」
「いや……それは来て欲しい」
 ライリスは少しバツが悪そうに言った。
「全員がダメならアーウィンだけでも……いてくれるだけでいいから」
 ライリスがその印象ほどに強いわけではないことは皆知っているが、ここまで明らかな弱気を見せるのは珍しい気がした。
「どうしたの? 大丈夫?」
 リディアが心配そうに尋ねるとライリスはからからと笑った。
「そんな顔しないでよ。大丈夫だよ。どっちにしろ教会とは切っても切れない話なんだ、付いてきてもらうのに理由が足りないなんてことは絶対にない」
 皆納得したが、リオは、たぶんライリスがごまかしたのだということは感じ取っていた。

 皆が自分の天幕に帰っていく中でリオは居残っていた。ライリスはそれを見て肩をすくめた。
「……バレたと思ってたよ」
「その――不安なことがあるなら、溜め込まないほうがいいと思って」
 リオは口ごもった。なんとなく、つつくべきかどうか微妙な話題になる気がしていた。確信はなかったが。
「誰にも言いたくないこと? あたしにも? アーウィンにも?」
「そういうことじゃないよ……ちょっと最近気が滅入ってるだけ」
 ライリスは言ったが、打ち明けるかどうか考える時間を稼いでいるようにも見えた。
「正直、なんで怖いような気分なのか自分でも分からないんだ。たぶんレーリアとは関係ないんだけど……」
「えっ、そうなの?」
「うん」
 ライリスは苦笑した。
「だってそうだろう? 総司令官としての仕事はうまくいってる」
「うん、ライリスならできるって思ってた」
 リオは認めた。そしてふと気付いた。
「えっ、ライリスは自分の仕事について不安だったことがあるの?」
「うーん」
 ライリスは自分でも答えをさがすように首をかしげた。
「百パーセント完璧に自信があったわけじゃないことは確かだけどね」
「結構楽しんでいるように見えたよ」
「楽しいよ」
 ライリスは笑った。
「皆が自分を認めてくれるから?」
 リオが聞くとライリスは肩をすくめた。
「君って時々そういうことに遠慮がないよね」
「ごめん……」
 リオは言いかけたが、ライリスがそれを制した。
「ううん、気に触ったわけじゃなくて。リオはぼくの弱みを握ってつつくような人じゃないし」
 信頼はありがたく受け取っておくことにした。
「あたし……」
 リオは言った
「ライリスが一番幸せなのって、身の上のこととかは何も考えないで、あたしたちと一緒になってふざけながら笑ってる時だって、そんな気がして……今が少しつらかったりするんじゃないかなって」
「辛くは、ない、うん」
 ライリスは自問自答しながら答えているようだった。
「楽しいのも本当。頭を使うのは好きだし……でもそうだね、一番幸せなのはそういう時かな」
「本当に王様になるの?」
「まだ不安?」
 ライリスは苦笑する。
「……こればっかりはね。ぼくが嫌だといったらショルセンの王がいなくなってしまう。そりゃ、母さんが家出していた時だって王なしでやっていたさ。けど、正直、今の老臣たちに任せるくらいならぼくがやる」
 それからライリスは苦々しい顔になった。
「復讐もしたいし」
 ははは、とリオは引きつった笑いを浮かべた。そういう考え方はライリスらしいことはライリスらしいのだが。
 少し黙っていた後で、ライリスはリオから視線を逸らしたまま呟いた。
「守護者のみんなもそうだもんね」
「えっ?」
「なりたくてなったわけじゃない、ってやつ」
 リオは黙っていた。自分もそうだ。生まれたくて魔王の姪に生まれたわけじゃないし、なりたくて闇の守護者になったわけでもない。
「……まあ、これも選択だよ。今までの王家の歴史を切り捨てて、復讐もしないで、たくさんに人に迷惑を掛けるのと、自分の好きな道を行くのと、どっちがいいかって話」
「うん……」
 リオは小さく頷いた。今回の戦争自体が、そんなような選択の上で始まったことだ。戦争をせずに死者を出さないことはできる。けれどそしたら世界そのものを滅ぼされる。だから戦うしかないのだ。殺すしかないのだ……きっと。そうやって納得して、選択していくしかなかった。

「総司令官」
 天幕の外から声がかかって、ライリスは顔を上げた。
「入って」
 入ってきた青年は手に持った書類をライリスに手渡した。
「女王陛下からです。レーリアの資料のようです」
「……ありがとう」
 青年は一礼をして出て行った。
 ライリスはすぐに書類を取り出してパラパラとめくり、少し眉をしかめてふーん、と呟いた。
「どうしたの?」
「別に。ただ、側室制度があるんだ、って思って。王子だけでも十人くらいいるみたい。ショルセンと逆だね」
 かなりしっかりと、何かが引っかかった。ライリスの表情も、声色も。
 ふとリオは気付いた。直感だった。ライリスは男性に嫌悪感を持っているのではないか、と。


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最終改訂 2011.12.31