01


 毛色が違う、とは言われ続けてきた。文字通りの意味でもあるし、中身についても言われているのだろう。それはリタ自身も認める。
 変わり者だという自覚はあったし、そもそもどこの魔女協会の認定も受けずに魔女を名乗って仕事を探すこと自体、かなり「普通」の枠から外れているのだ。

「まったく、金にはうるさいくせに、その金を稼げない状況に自分を追い込んでるのはどこの誰なんだよ」
 相棒の黒猫、キットはリタが無所属を宣言した時からこう言っていた。確かにね、とリタも思う。何せリタは師匠が拾ってきた子供だから身寄りがなく、育ててもらった恩恵は、あの師匠のことだから10倍にでもして返さないと呪われるだろう。しかも師匠は研究にお金を全部注ぎ込んでしまうので、無一文にならぬよう四苦八苦して倹約していたら、リタ自身お金にはかなりがめつくなってしまった。そのくせ無所属を選ぶのはやはり馬鹿としか言いようがないのだろう。

 しかしある日、突然身なりのいい男がリタを訪ねてきた。リタの住む郊外には不似合いな、いかにも金持ちらしい男だ。
「……師匠は出かけてますよ」
 そう言ったら、返ってきた言葉は、探しているのはあなただ、というものだった。リタはそんなには驚かなかった。師匠が師匠なだけに、弟子のリタも少し名が通っている。もっとも、だからこそリタという弟子は問題児なのだろうが。だから紳士が自分を探しにきたのは、協会の何かの警告文でも持ってきたのだとリタは思った。それでこう言った。
「何の知らせですか」
 は、と紳士は困惑したようだった。
「依頼をしにきたのですが」
 リタはしばし目を瞬き、改めて男を観察する気になった。

 歳は40前後の、明らかに上流階級の男だ。着ている服の裾にはきらめく金の縁取り、さりげなく留めてあるブローチだって、本物のエメラルド、しかもかなりの大粒だ。ほのかにコロンの香りがしたし、庶民に手袋なんてはめる習慣はない。
 紳士はリチャード・アベリストウィスと名乗った。いかにも面倒くさそうな苗字だ、とリタは思い、日を改めて来てください、と言おうとしたが、紳士は必死に扉を押さえてリタに耳打ちした。
「料金なら、300ニルクは支払いましょう」
「お話し伺いましょう」
 リタは即答した。かなりの大金だ。優に半年暮らせるお金だ。
 金が絡んだ瞬間に態度を変えたリタに、おい、とキットが呆れたように言った。

 リタは男を招き入れ、きっと口には合わないだろうと思いながら一応茶を出した。案の定魔女の出すものは信用できないのか、男は手をつけなかった。
「依頼は」
 彼は言った。
「とある人物の監禁です」
 リタは眉をひそめた。これはまた変な依頼だ。
 魔女とはつまり奇妙な術を使うから、人々に恐れられ警戒される。だから魔女協会があって、一つの組織に属して制約を受け、その掟を守ることで魔女たちは自分達が信頼できる人物だと示し、仕事をもらうのだ。おっかなびっくりでも、自分で解決できない問題を魔女に頼る者は多いから、信頼さえあれば魔女は人々に尊敬されてかなり儲かる仕事だ。
 だが無所属となると、頼ってくるのはそれこそ怪しいやからばかり。今度もいかがわしい依頼なのではとリタは思った。そもそも、監禁だなんて、なんて趣味の悪い依頼なんだろう。
「監禁? 魔女に頼むのですか?」
 すると紳士は真剣に言った。
「ただの男ではないのです。妖精を連れていると思われます」
「妖精……」
「どんなに鍵をかけても妖精に開けられてしまい、魔除けをしても取り外されてしまって、結局気がつくと許可していない場所に立ち入っているのです。これはもう、妖精の魔力に立ち向かうには魔女さまにおすがりするしかないと」
 話す口調はなんだか切羽詰まっていた。しかしリタには最大の疑問が残っていた。
「他の魔女でなくて私なのはどうしてですか」
「それは、かのアシュレイさまのお弟子である貴女に……」
「無所属だから、何を頼んでも大丈夫だと?」
「いえ……」
 怪しい。そう感じて、リタは聞いてみた。
「その人誰なんですか」
 むぐ、と紳士は詰まった。
「身内の一人でして……一族にとっては危険分子でして」
 リタは考えた。なんだか訳ありのようだ。今までの依頼も怪しげなのばかりだった。それが無所属の性なのだろうけれど。

「わかりました」
 リタは言った。
「物騒そうなのでお断りします」
 男は断られるとは思っていなかったらしく、大きく慌てた。
「2倍払います」
「……でも」
「おっしゃる分だけ払います!」
「お受けしましょう」
 今度も即答だ。キットががくりとうなだれながら、二度目の「おいっ」を呟いた。紳士は息をついた。
「よ、よかった」
「ただし、本当にその人を外に出さないようにするだけですよ。関係のない良家のごたごたに巻き込まれたくはないので」
「もちろんです。お願いします」
 男はシルクハットを脱いで宮廷風の優雅なお辞儀をした。心底ホッとした様子だった。