番外編:お返し

 屋敷まではニールが送ってくれた。ついでに、ジェレミーが喜んで彼を招き入れたので、一緒にお茶をいただくことになった。リタも一緒だ。
 なぜリタがニールと一緒だったのか、ジェレミーは聞かなかった。リタにはそれが少し意外だった。いつも人のプライバシーに踏み込んでくるくせに。
 一足先にお茶を飲み終えたリタは、立ち上がって言った。
「ジェレミー、用があるから、先に失礼する」
「え」
 ジェレミーは少し驚いたような顔をし、ちらりとニールを見た。
「……ええと、うん、まあリタがいいなら」
 ジェレミーらしくなく、妙に歯切れが悪い。首を傾げたが、リタはそのまま部屋に引っ込んだ。

 店で買った薬の小瓶を取り出し、リタはケースの中から魔法薬の基を取り出す。店でかって来た材料を砕いたり魔法をかけたりしてから薬の中にいれて、かきまぜた。時計回りに九回、反時計回りに七回。よし、完成。
 できた薬の色が変わるのを待ってから、小瓶に入れ替える。チェーンもくっつけられるみたいだから、装飾品にはもってこいだろう。
 その時になってちょっと緊張してきたが、まあジェレミーのことだし、喜んでくれないということはまずないのだろうなと思って、覚悟を決めた。そういえば、何でも喜んでくれる人だと元から知っているのに、どうして自分はこんなにあれこれ考えて、こんな凝った物をあげようとしているんだろう。魔女は凝り性なんだろうか。やっかいな性質だ。

 また下に降りると、玄関の方向からジェレミーが戻ってくるところだった。リタの姿に目を留め、彼はあれ、と呟く。
「リタ……どうしたの? ニールはもう帰っちゃったよ」
「そう」
 帰ってしまったのか。まあ、貴族は貴族なりに忙しいことがあるのだろう。淡々としたリタの反応に、ジェレミーが首を傾げた。
「ニールを探しに来たわけじゃないのかい?」
「別に。なぜそうなる」
 聞いてみたらジェレミーは大真面目に言った。
「だって、デートして来たんでしょ?」
「は」
 口をぽっかり開けて呆然とし、リタは一瞬、言葉の意味を考えてしまった。デート? それはつまり、そういうことだろうか。
「私と、ニールが?」
「え、違うの」
「……一緒に出掛けただけで随分と尾ひれ胸びれのついた解釈をされるのだな」
 呆れて呟くと、ジェレミーは決まり悪そうに肩をすくめた。
「いや、だってリタはニールには割りと打ち解けていたみたいだし、喫茶店にショッピングだったんだろう」
「喫茶店はただの相談、ショッピングは品物選びに付き合ってもらっただけだ」
 思わず訂正を入れると、ジェレミーは軽く眉を寄せて首を傾げた。あ、とリタは思う。なんだか今の表情は大人だった。
「ニールがリタに相談? 悩みがありそうな感じには見えなかったけどな。……僕にも言えないようなことだったのかい?」
「あ、いや、そうではなくて」
 あまり言いたくはないが、ニールの名誉のためだ。
「相談したのは私の方」
 ジェレミーは今度は驚いた顔をした。
「リタが? ニールに?」
「……魔女が相談する側になるのはそんなに意外か」
 ジェレミーは苦笑した。
「魔女とか魔女じゃないとかじゃなくて。ニールに相談、っていうのが意外だった」
「デートはするのだと思っていたのに?」
「だって仕事だと思ってたら、リタは誘われたらついていきそうだし」
「飴玉につられて誘拐される子供か私は」
 リタは溜め息をついた。するとジェレミーはふっ、と優しい顔になった。
「でも、まあ、そういうことなら、僕にも力になれるようなことがあったら言っていいからね」
 それがすごく優しい言葉だと気付いたのは、リタがふと、彼の表情がまるで包み込むようで、懐の広さを思わせられて、ジェレミーが五つも年長だと急に再認識したからだった。自分だったら、どうして自分を頼ってくれないんだろうとか、いろいろ考えてしまう。そういうのを押し込んで、ただ「力になれるなら言って」と言うのは、どこまでも相手の立場を尊重した言い方だ。
 本当に、見た目や言動から感じるよりも、大人な人なのかも知れない。そう思ったら、なんだか急に恥ずかしくなった。というか、ええと、どういうタイミングでお返しを渡せば。
「あ……うん、ありがとう。だが今回のことは、本人に聞くわけにもいくまいよ」
「え? じゃあ、相談って僕のことだったのかい?」
 急に不安そうになったジェレミーに、リタはポケットからチェーンにつながれた小瓶を取り出して差し出した。リタの魔女石と同じ形、そして同じエメラルド色の液体が入っている。おそろいもどき。
「……ブローチのお礼。何にすればいいのか全く見当がつかなかった」
 よほど意外な答えだったのだろう、ジェレミーは二回ほど瞬き、それから蜂蜜色の目を見開いた。
「僕に?」
 リタはこくりと頷く。
「相談ってこれの?」
 もう一度頷く。
「リタの石と同じように作ったの?」
 こくり。ずっと差し出した格好のままは恥ずかしいので早く受け取ってもらえないだろうか。
 と、思っていたらジェレミーの顔が極上の輝き笑顔になった。しかもついでにリタをぎゅうっと抱き締める。
「うわあ、ありがとう! もらえるなんて思ってなかったよ。綺麗な瓶だね。中は薬?」
「……放してくれまいか」
 言うとやっと放してくれた。リタはまだなんだか気恥ずかしくて、視線をそらしたまま言った。
「四つ葉のクローバーが生える薬。……妖精には関係が深いと聞いた。妖精の塗り薬の代用にもなると」
「その通りだよ。さすがリタ! 実用的な物をくれるね!」
 こっちが恥ずかしくなるくらいの喜びようだ。想像通りの反応をしてくれる。呆れるやら微笑ましいやら照れるやらで、思わず小さく笑みが漏れた。
 ジェレミーはリタが見ている目の前で、懐中時計を取り出し、チェーンにつけた。蜂蜜のような黄金色の隣で、エメラルドがころりと揺れた。

 嬉しそうにそれを眺めながら、ジェレミーが言った。
「本当にありがとう、リタ。ニールに相談してまで考えてくれたんだね。予想もしなかったよ」
「……ニールには何も聞かなかったのか」
 少し意外だったので、思わず聞いた。なんとなく、デートだと思っていたなら、どうだった、とか根掘り葉掘り聞きそうな気がしていたのだが。ジェレミーはしかし、苦笑して言った。
「僕にも言わないくらいこっそりしたデートだったなら、僕が首尾を聞くなんて野暮なことはできないよ」
「それは野暮だと思うなら、なぜ私が寝ている時に寝室に踏み込んでくるのは構わないと?」
 思わずニールとの会話を思い出して聞いてみた。ジェレミーは一瞬、何のことかという顔をしたが、すぐに思い出したようだ。
「ああ……なんだろうね。あの頃はなんとなくリタに構いたかったし、それにはまず警戒を解いてもらわないといけなかったし、部屋に踏み込んでもリタは怒らないだろうなと思ったし」
「怒った」
「でも許したじゃないか」
 言い返せない。というか、許したというより諦めたの方が近いのだが。
「他の人の寝室に踏み込んだことはないのだろう?」
「ああ、そういえばないね」
 今気付いたらしい。
「うーん、そう考えると不思議だな」
 こういう、気分で動くところが子供っぽいと思う。けれど確かに、リタが本当に怒ることをしたことは、ほとんどないかもしれないとリタは気付いた。自分の沸点がとんでもなく低いのか、それとも。
「そうだね、多分」
 ジェレミーはにこりと笑う。あ、と気付いたときには遅かった。
「リタが僕のエメラルドだって、ずっと気付いていたからじゃないかな」
 彼はちらりと懐中時計を揺らす。
 ……素で吐く台詞じゃないだろうに。
 もうリタは耐えられなくなって、とりあえずその場を逃げ出した。

 三角帽を深くかぶって必死に表情を隠して早足に歩く居候の魔女と、不思議そうな顔をして「どうしたの」とその後を追いかける屋敷の主人が、その日たくさんの召使に目撃されたとか。
 そしてその後、アベリストウィス屋敷に遊びに来たアシュレイが目敏くジェレミーの懐中時計についた小瓶に気付いて、リタがからかいの洗礼に遭うこととなった。


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