Neuvellebargue's View 
北の島国の思惑

 

「変なの」
「変でしょ」
「変ですね」
1日ぶりに家に帰り、夕食の後、セイリアはアースの部屋に押し掛けておしゃべりをしていた。
メアリーも食後の飲み物やらデザートやらの給仕で傍にいた。
そして三人の意見は一致した。
話題はヌーヴェルバーグの援軍要請だった。
「勝ってるんじゃなかったの、ヌーヴェルバーグって。普通援軍なんて必要ないよね」
アースが言う。
セイリアはシェーンの言っていたことを伝えた。
「それが、最近はそうでもなかったみたい。とっくに自分の国からクロイツェル軍を追い出して、海上戦も勝って、でもクロイツェルに上陸したら急に膠着状態になっちゃったんだって」
「……まあ、それは分からなくもないけど」
「そうなの?」
セイリアが問い返すと、アースが説明してくれた。
「だって戦争って、自分の国でやった方が勝ち目が大きいじゃないか。地元民が自分達の土地と財産や家族を守るために命がけで頑張るから」
「あ、確かに」
セイリアが納得した隣で、アースは腕を組んだ。
「でも、援軍を要請するくらいピンチだっていうのはおかしな気がする。勝算もないのに攻めたのかな」
「でもほら、先に攻めたのクロイツェルですし。ヌーヴェルバーグは防戦しているだけでしょう」
メアリーも言ったがアースは首を横に振った。
「それでも変だよ。だって王子様の話じゃ、ヌーヴェルバーグは最近、戦争に入念に備えてた。戦前から戦争を視野に入れていたはずなんだ。準備も万端だったはずだよ」
セイリアとメアリーは黙り、顔を見合わせた。
「裏があるってこと?」
セイリアはアースに聞いた。
「例えば、オーカストを巻き込むことで何かするつもりだとか?」
アースは少し目を見開いてセイリアを見つめた。
「姉さん、どうしたの。冴えてるじゃないか」
「何よ、普段のあたしは馬鹿なわけ?」
「そうじゃなくて、普段の姉さんは考えなしっていうか……」
「どっちにしろ良い意味じゃないでしょ」
「ああぁ、許して姉さん」
相変わらず弱い弟だ。
言い合いになりそうな雰囲気を察したのか、メアリーが口を挟んだ。
「では、若様もヌーヴェルバーグに下心があるとお考えなのですか。こうして私たちに下心があるのがバレバレなのに?」
アースはセイリアから注意をそらした。
「だって、ヌーヴェルバーグはオーカストがどれだけの情報を手に入れたのか知らないもん。何も知らない国から見たら、クロイツェルがヌーヴェルバーグを襲ってヌーヴェルバーグが反撃、でもちょっと危なくなってきたからオーカストに助けを求めた、ってだけだよ。怪しいところは何もない」
なるほど、とセイリアとメアリーは納得した。
「それで、ヌーヴェルバーグはオーカストを巻き込んで何をしようとしているのですか」
「そりゃ、オーカストに求めるものと言ったら一つだけでしょう。情報だよ」
「何の?」
「そこまでは知らないよ」
三人はまたうーむと考え込んだ。

「シェーンもそこまで考えたのかしら」
セイリアが呟くと、アースは当然、というように頷いた。
「王子様ならこれくらい考え付くよ。問題は要請を受け入れるかどうかじゃないのかな」
「ああ……そうね。クロイツェルとヌーヴェルバーグ、どっちに味方しても微妙だものね」
「うん。どちらも昔から友好があったし、クロイツェルは大国だ。大国を敵に回すリスクと、ヌーヴェルバーグの正当性の問題を考えると、要請を拒否するべきだけれど……」
「クロイツェルとは仲が悪くなってるし、正当性には疑問があるだけで証拠がない。要請を拒否すればヌーヴェルバーグとの関係が悪化する。そういうこと?」
セイリアがアースのあとを引き継いで言うと、アースは頷いた。
「やっぱり今日は冴えてるね、姉さん」


「冴えてるな、珍しく」
翌日、シェーンも言った。
書類を猛スピードで処理しながらセイリアとの会話もこなしているからすごい。
「だから、珍しくって何なの。あんたもうちの人も皆、失礼千万だね」
「普段からその頭の回転を示していればこうは言われないってことは理解できる?」
「相手の知性に気付く努力をしないと気付けるものにも気付けないって理解できる?」
「こっちが努力しなくても自分の知性に気付かせなきゃ」
「むう……」
やっぱりシェーンが一枚上手だった。
ルウェリンはもう二人の言い合いに慣れたようで、平然として聞いていた。

「で、どうするの、シェーン」
尋ねると、シェーンはとても難しい顔をした。
「実を言うと、今のところ、要請に応じる意見の方が多い」
「でもシェーンは反対なんだ?」
シェーンは頷いた。
「でも、この通りの不安定な立場だからね、押し切ろうとしたら、それこそ伯父上が食いついてきて、あっという間にひきずり下ろされるだろうよ。仮にも新年祝賀会で、先に頼ってきた方を助けるなんて言っちゃったし」
セイリアは言葉を失った。
カリカリというペンの音が部屋に響く。
「……どうしてヌーヴェルバーグ支援派の方が多いのでしょうか?」
ルウェリンが聞く。
シェーンは封筒の山を積み上げて言った。
「ヌーヴェルバーグがクロイツェルにゆすりをかけているってことを皆が知らないからさ。だから助けを求められたら応えるのが当然、って意見になるんだ。政治舞台では足の引っ張り合いのくせに、ご立派な騎士道精神だよね」
なんとも痛烈な皮肉だ。
ルウェリンが身を乗り出す。
「なら、どうして非はヌーヴェルバーグにあると知らせないのですか?」
「君も聞いたろう。事はクロイツェルの皇族に関する秘密だ。僕や父上と周辺の一部だけが知っているならともかく、貴族全員に知らせる訳にはいかないんだ。そもそもクロイツェルやヌーヴェルバーグは、オーカストが情報を掴んだことを知らない」
ルウェリンは突然不安そうな顔になった。
「そんな機密情報を、僕のような見習い騎士が知ってしまってよろしいのでしょうか」
シェーンは書類から顔を上げて苦笑した。
「律儀だな、君は。アースを見習え、そんなこと微塵も気にしていないよ」
ルウェリンは思わずセイリアを見上げ、セイリアは「どういう意味?」
とシェーンを睨んだ。
「誉め言葉だよ」
シェーンはセイリアの抗議をさらりと流した。
「説明してあげたら?ルウェリンの指導官は君だろう」
セイリアは仕方なく肩をすくめて、ルウェリンに言った。
「重大な秘密を知ってしまうのは、騎士の仕事をしていればよくあることなんだよ。騎士は、その重さを背負えるようにならないとダメ。これは訓練の一貫だと思いなさい」
「なるほど……はいっ、耐えますっ」
ルウェリンは相変わらずあっさり納得して威勢のいい返事をくれた。
「耐えるついでに悪いけど、僕の誕生祝賀会が近々あるからそっちも頑張ってくれよ」
「あと10日だもんね。大変な時期だし、私たちは仕事には事欠かなそうだね」
シェーンは頷いた。
「僕だけじゃなくて、アース、君も自分自身の身に気を付けた方がいい。伯父上と兄上に楯突いて、目をつけられてるだろうから」
「……う」
カーティス王子はともかく、ハーストン公爵はちょっと怖い。
「気を付けます……」
「よし。あー……君のお姉さんも来るなら気を付けるように言っておいて。多分、向こうも僕が彼……彼女と時々会っている事を知っているはずだ」
「あの子も目をつけられてるの?」
「用心にこしたことはないって話だよ」
ちょっと緊張してきた。
帰ったらアースに相談しよう、と思った。
なんだか最近アースに頼ってばかりだがしょうがない。
そしてセイリアは元々の話題を思い出し、シェーンに聞いた。
「で、シェーンはどうするつもりなの?ヌーヴェルバーグのこと」
シェーンはしばらく黙っていた。
「もう少し、ヌーヴェルバーグがゆすりをかけてる証拠が集まるまで要請に応えるのは延期できないか、やってみるつもり」
「なんだか珍しく自信なさそうな言い方だね」
「……伯父上がね」
「……反対してるわけね」
シェーンは頷いた。
「僕が反対勢力を説得するために地道に実績を重ねて勝ち取ってきた信頼を、押し潰す絶好の機会ってわけさ」
王太子とは、なんとも大変な職業だなとセイリアは閉口した。
「お疲れ」と「頑張れ」くらいしかかけるべき言葉が見つからなかった。
セイリアは少し考えた。
残念ながらやっぱり陳腐な答えしか出せない。
「やっぱりやめた方がいいんじゃないの?だってヌーヴェルバーグはわざわざオーカストを巻き込みたいんでしょ。わざわざ罠にかかることはないんじゃないの」
うーん、とシェーンは唸った。
「僕もそう思うんだけどね……」
「いつもの減らず口はどうしたの。私にだけは働くのに臣下には働かないんじゃ話にならないじゃないの」
「減らず口で片付くような話じゃないだろうに」
シェーンは溜め息をつく。
「まあ、努力するのみさ。とりあえず臣下の前では自信ありげな顔をしておくつもり」
少し、セイリアは取り残された気分だった。
複雑な気持ちだ。
シェーンが悩む事柄に、自分は手を貸す能力がない。
シェーンのことで危険に巻き込まれるなら、むしろシェーンの悩みを共有できる気がして嬉しいのだが、それでアースや父が巻き込まれるのは嫌だった。
今のシェーンは一人、自信ありげな顔をして、誰より上だという顔をして、生意気な顔をして独りで頑張っている。

「……あんたって結構偉いよね」
「は?」
セイリアの突然の呟きに、シェーンは怪訝そうな顔をした。
「ただの独り言」
セイリアはそう言ってはぐらかすと、シェーンの肩をぽんと叩いた。
「まあ、あんたがどういう選択をしようと、応援してるからね」
シェーンは目を瞬き、すこし照れたようにそっぽを向いて頷いた。
恥ずかしがってるのが分かった。
「ヌーヴェルバーグ関連の結論は僕の誕生祝賀会の後に出すよ」
「うん、仰せのままに」
セイリアはそう返事をした。




最終改訂 2007.08.17