The Pirates
海賊

 

 一目で、何か危なそうな所だ、と分かる。いかにも荒っぽそうな男たちが、めいめい腰に短刀を何本もぶら下げ、重たそうな革靴を踏み鳴らし、装身具の金属をじゃらじゃらと鳴らしているのだ。明かりも薄明かりで、元々暗い船内はロウソクの明かりで不気味なオレンジ色に照らされている。いかにも安っぽそうな酒の匂いがひどく鼻をついた。
 下品な哄笑と怒鳴り声が狭くこだまする部屋に通されて、セイリアはどうしても腰にさした剣の柄を握る手に力をいれてしまう。横目でルウェリンを見てみたら、彼も硬い表情で剣を握り締めていた。涼しげなのはシェーンだけだ。
 シェーンは無遠慮な興味の視線を平然と受け止め、頭らしき一際体躯の大きな男に話しかけているゴーチェが戻ってくるのを待っていた。ゴーチェが何を言っているのかは喧噪のせいで聞こえないが、頭は三人の方に視線を送ると、歓迎のつもりなのか、ものすごく怖い顔で睨んできた。セイリアが思わず身構えたら、その睨み顔はくしゃりと笑顔になる。彼はセイリアたちの方へ歩いてくると、セイリアに言った。
「なるほどな。睨めば怖気つくどころか身構えた。こっちの坊主はびくともしないし、後ろの坊やも応戦態勢だな。海賊の前でその態度とは、面白い」
 生意気だ、と思われたようだが生意気なのは嫌いではないようだ。
「俺の部下を二人ぶっ飛ばしたのはお前か」
 直に指さされたセイリアはビクッとしたが、頷いた。
「飛ばすのは骨が折れそうだったんで、転がした、という方が正しいですけど。言っておくけど、先に絡んできたのはそちらでしたよ」
「手を出したのはそっちが先だろ」
 ゴーチェと一緒にいた二人のうちの一人がすかさず言う。まあ事実なのでセイリアも反論できなかった。そこでシェーンが口を開く。
「再三手を放すよう警告したのに、無視したのだからあなたたちにも非はある」
「お前の言うことを聞く義理なんざねぇよ」
「でも、警告は聞いていた。聞いていたし、反対意見もなかった。警告を無視すれば反撃があると承知していたということだよ。承知したくせに文句をつけられるいわれはない」
 おお、シェーン節全開だ。反論できなくなり、それでも何かを言わずにはいられなかったようで、口を開けた男はあまり格好よくない台詞を吐いた。
「うるせぇ。理屈をこねてねぇで力で勝負しろ」
 体格の差で既に負け過ぎているシェーンにそもそも勝ち目はない。セイリアが慌てて、代わりに名乗りを上げようとしたら、シェーンが遮った。
「力でねじ伏せるのは海賊の正義、というわけか。でもここはまっとうな商船だからね。雇われである以上、雇い主との契約を遵守できなければあなたたちは報酬をもらえない。そして僕は正規の乗船客だ。僕と揉め事は起こさない方が良い」
「……どういう意味だ?」
「分かるように言い直そうか」
 シェーンはにこり、と笑った。
「クビになりたくなかったらおとなしくしといた方が良いよ」
「てめ……っ!!」
「海賊が雇われになるくらい、あなたたちはお金に困ってるんだろう?」
 こぶしを振り上げかけた男はごもごと口を動かしたが結局言葉は出て来ず、引き下がるしかなかった。
 ふん、と頭がシェーンを面白そうに眺めて言う。
「坊主、口でのやりあいに慣れてるな」
「ええ、まあ」
 シェーンは海賊の頭を見上げた。
「言っておきますが、仲間にはなりませんよ?」
「ははは、それは残念だ。そっちの二人と三人で組ませりゃ、なかなか使えそうだと思ったんだがな」
 本気か冗談か分からないことを言って、頭は豪快に笑った。

「ところで坊主、おまえは頭が悪く無さそうだ。俺に用があってゴーチェの誘いに乗ったんじゃねぇのか」
「これはこれは。あなたも頭が悪く無さそうですね」
 シェーンが言うと、頭は気分をよくしたような顔をした。
「残念ながら、今の僕はあなたたちに僕のことを覚えてもらうのが精一杯なんです。現時点では対価に差し出せるものがないので」
「いずれできるという自信があるみたいな言い方だな」
「ありますよ」
 ほう、と頭は面白そうに言った。
「なぜだ」
 シェーンは答えず、笑っただけだった。ふん、と頭は鼻を鳴らす。
「坊主、そういう煙に巻くような手法は海賊には使わんほうがいい。俺たちは気が長い方じゃないからな」
「存じてますよ。初めて海賊に会ったわけじゃない」
「……ほう」
 セイリアも話を聞きながら、へぇ、と思っていた。初めてじゃなかったのか。しかし、一国の王子がなぜ海賊なんかと面識があるのだろう。さらわれたことがあるとか? いや、そもそも海に出る機会などそんなに転がっているわけがない。シェーンはヌーヴェルバーグに行ったことがないと言っていた。海を渡ったことがないはずだ。
「どこのだ? もし妙なところの海賊と知り合いだったら、俺たちは態度を変えなきゃならんぜ」
「そうですか」
 シェーンはちらりと船室内を見渡した。
「一つ質問したいのですが、この中に元・森の民はたくさんいますか?」
 森の民、というのは確か少数民族たちが自分たちのことを呼ぶ時の自称だ。海賊の頭は眉をひそめた。
「それを聞いてどうする?」
「海賊には森の民上がりが多いと聞く。森から海に出た、ということかな。僕と海賊のつながりはそこです」
「……お前、話をはっきりさせろ」
「はっきりしないのが嫌なんですね。でも、お気づきですか? 話題は、なぜ僕が海賊と面識があるのか、という方向に流れてる。なぜいずれ対価が差し出せるのかという話題は、僕は流してしまった」
 頭は黙り込んだ。シェーンは断言する。
「これが僕の武器です。そして、いずれ対価になるであろうもの」
 うわあ、とセイリアは内心感嘆した。
「ついでに言えば、実は僕は訳ありで。失ったものを取り戻すために試行錯誤しているところです。それを取り戻すのに、あなたたちの協力があるとありがたいと思っている。それを取り戻せれば、僕の武器はもっと力を発揮する。つまり、対価の価値も上がるわけです」
「……ほう」
「考えておいてください」
「よかろう。気に入った。お前のような坊主には、海賊になってると滅多にお目にかかれんからな。なかなか面白い」
 話がついたみたいだ、とセイリアがほっとしていたところ、ゴーチェが声を上げた。
「お頭」
「あ?」
「そっちの坊主もなかなか、賭けてみる価値があります。よほどの手練だ」
 指差されたセイリアはぎょっとした。
「え」
「なんだったら、俺と勝負しねぇか。なあに、ただの遊びだ。真剣じゃなくて棒でいい」
 セイリアがシェーンを見上げると、シェーンは少し考えたが、小さく頷いた。そして、その頷きと共に小さな声で囁く。
「あまり傷を作らないでね」
 なんだか恥ずかしい台詞だったのでセイリアは必死に、顔が赤くなっていませんように、と祈った。

 海賊とやりあうのは初めてだった。町の荒くれものとそう変わらないのかな、と予想しつつ、それでも動きが読みにくいだろうということを頭に入れておく。
 案の定、ゴーチェは直感で動いているようだった。まず相手の図体が大きいので、まともに力でやりあっていたら終わりである。死角をつく奇襲が一番いい手だ、と判断して、セイリアはとりあえず最初は守りに徹した。
 だが、ゴーチェの表情が一瞬疑わしそうになったのを見て、あ、判断を間違った、とセイリアは思った。ゴーチェはさっきセイリアの技を見ている。セイリアの腕前で守りに徹するのはおかしい、と思ったに違いなかった。多分作戦がバレた。計画変更。
 セイリアはすばやさを生かしてくるりとゴーチェの隣に回りこむと、鋭く突きを出した。ゴーチェはすぐに反応して体を引く。それは間一髪で間に合い、セイリアの棒はゴーチェの服の上を滑った。じゃらじゃらと彼の装身具が音を立てる。周りで見ている者たちから激しく野次が飛んだ。
 ゴーチェは棒の真ん中あたりを掴んで、まるで槍のように扱った。胴を叩かれそうになってセイリアは慌てて受け止める。
「ちょっと、それ剣の使い方じゃないですよ」
「ルールに剣以外の使い方をしてはいけないとは言ってないぜ」
 んな卑怯な、と憤りつつ、セイリアはすばやく頭の中で、目の前の棒が剣でも槍でもあると想像してみた。今のは槍、今度は剣、ああ、太刀も混じった。一つ一つに応対して、やっと死角に回り込むことに成功した。あっ、とゴーチェの表情が固まる。王手だった。勝ちを確信した。
 セイリアは結局、最後まで棒を剣として扱った。本物だったら切っ先が今にもゴーチェののどに触れるだろう。ひときわ大きな野次が飛んだ。汚い言葉だったが、セイリアへの罵声も賞賛も両方あった。
「……現実世界では、そんなにくるくる変わる便利な武器なんてありませんよ」
 言うと、ゴーチェは苦笑いした。
「やっぱりお前、只者じゃねぇな」
「……あ」
 そういえば結構本気で戦ってしまった。実力丸出し。よかったのだろうか、と首を傾げてシェーンを見ると、彼は特に怒っている様子はない。たぶん良かったのだろう。
「面白い」
 頭はこの手合わせをとても楽しんだ様子だった。
「面白い。こっちの坊主も面白いのか?」
 最後の餌食になりかけたルウェリンは、丁重にお断りした。
「修行中の身ですから遠慮させていただきますっ」
 必死なのが表情に出ているあたり、まだまだ修行が足りないわね、とセイリアは苦笑した。


 結局その日中に結論は出ず、セイリアたちは翌日も彼らのところに遊びに行く約束を取り付けられていた。かなり興味を持ってもらえたらしい。次は商人たちだね、とシェーンが言ったので、セイリアは首をすくめた。精力的なことだ。まあいいか、シェーンは上機嫌だし。
「ねえシェーン」
「何?」
 セイリアはシェーンを見上げた。
「あんた最初の質問をはぐらかすふりをして、ちゃっかり、どうして海賊と面識があるのかって方の質問を流したでしょう」
 シェーンはにやりとした。
「気付いた?」
「ああっ、本当ですね!」
 ルウェリンもポンと手を打つ。
「今気付きました!」
「向こうさんも今頃気付いて、やられたって思っているかもしれないね」
「……タヌキだなぁ、シェーンってば」
「ひどいな」
「で、結局なんでなの?」
 シェーンはあっさり明かしてくれた。
「あそこまで言えば、君なら気付くんじゃないの。リキニ事件だよ」
「ああ……それか」
「そう。あの時に、海賊をちょっと利用させてもらった。実際に面識があるわけじゃないけど、交渉の指揮は僕が取ったから」
「……じゃ、会ったことあるってのは嘘じゃない?」
「まあね」
 本当にタヌキだ。
「シェーン王子は海賊から何をもらうつもりなんですか?」
 ルウェリンが質問すると、シェーンは言った。
「情報と人脈。太子を下りてから不足してるからね。この通り、海賊は時々傭兵みたいなこともしてる。アースの腕なら、彼らの人脈でそれなりの貴族の家に入れるんじゃないの」
「え、私?」
「そう。いつものルートを使ってもいいけど、分散した方がバレにくいと思って」
「……臨機応変なんだね」
 シェーンは笑んだ。
「そういうわけで、頑張って仲良くなってきてね」
「……傷が増えそう」
 ぽつりと呟くと、シェーンはちょっと複雑そうな顔をした。
「作らないようにして」
 注文の多い王子様だ。

 後二日の航海でどう仲良くなるんだ、とセイリアはその後またシェーンと口論したのだが、運がいいのか悪いのか、その翌日、船は嵐に巻き込まれて、予定通り港につくことはなかった。その上、さらに運がいいのか悪いのか、セイリアは海賊と共同戦線を張るという珍しい経験をすることになってしまったのだった。



最終改訂 2009.04.15