The Battle on the Sea at Night
夜の海の戦い

 

 シェーンに言われた通りゴーチェたちのところへ向かうと、彼らはなにやら随分とおとなしくしていた。今起きていることを説明すると、彼らは顔を見合わせて、「やっぱり」という顔をした。
「来るんじゃないかと思ったぜ。ほかの海賊か、海軍かが」
「食堂にいたの、もしかして様子を見るため?」
「まあな」
 ゴーチェに聞くと彼は正直に頷いた。
「よくあるからな、嵐に乗じて、嵐に強い海賊やら軍艦やらが襲ってくんのは。まだこんだけ風が強いときに来るのも珍しいけどよ」
「よくあるって、あなたたちの出番でしょう?」
「俺たちの出番?」
「何のためにこの船に乗ってるの。護衛じゃなかったの」
「冗談じゃねぇ。クロイツェル軍だろ? 縛り首にでもされたらかなわねぇよ」
「じゃあ何? 海の男がこんな部屋に隠れてじっとしてるっていうの?」
「てめぇ、あんまりナメた口をきくと串刺しにするぞ」
「やってみりゃいいじゃないの。それで確実に縛り首にしてやるから」
 啖呵をきったセイリアに、海賊たちは不思議な視線を送った。イライラと怒りと、戸惑いと驚きがごちゃ混ぜになったような目だ。
「あんたたちのお頭は?」
 セイリアが聞くと、はあ、とゴーチェが溜息をつく。
「お前、いったい何なんだ」
「一番上を説得するのが手っ取り早いからそうするの」
「俺たちに仕事をしてほしいわけか」
「そう」
「お前海賊をナメてねぇか。こないだのことがあるから、俺たちはお前に一目置いてるけどな、あれがなかったら今頃本当に串刺しにしてるところだ。調子に乗るのもいい加減にしねぇと俺の堪忍袋も切れるぜ」
「じゃあ、あんたたちは暴れなければ助かるとでも思ってるの?」
 海賊たちはむっとしたような顔をした。本人たちもわかっているらしい。クロイツェル軍は、彼らが何をしなくても海賊とわかれば捕まえるかもしれない。その上、もし捕まらなくてもヌーヴェルバークについた瞬間に、船の人たちに腹いせに通報されるかもしれない。もちろん報酬はない。
 彼らはまだ、隠れていると決めたわけではなく、様子を見ているのだ。
「一番いい方法、教えてあげるよ」
 セイリアはにこり、と笑った。
「うまくいくかわからないけど、私の連れが考えた作戦だから、なんとかなるんじゃないかな」


 一方のシェーンは、セイリアと落ち合うと、ずいぶん時間がかかったね、と皮肉を言った。
「よく言うわよ、あたしに海賊との交渉を任せておいて」
 セイリアはルウェリンに聞こえないようにこっそり文句を言った。
「だって、君が商人との交渉に向いてるとは思えないからね。海賊のほうに行くしかないじゃないか」
「ふんだ」
 セイリアはシェーンに向かって舌を出した。
「それで? もう追いつかれそう?」
「なかなか善戦してるみたいだよ、この船。最新型なだけあるね」
「なんだ、それじゃあ作戦発動する必要もないかもね」
「どうだろう。そろそろ息が上がってきた感じはする。準備に抜かりはない?」
「一応? 海賊たちは一応頷いてくれたから、大丈夫じゃないかな。それより、あんたの立てた作戦に抜かりはないの?」
「いつだって、絶対上手くいく、なんてのはないよ」
「あ、そう……不安なこと言わないでよ、リーダーが」
 シェーンは微笑む。
「こんな弱音を言ったのは初めてだよ。いつもなら、絶対うまくいくって断言してる」
 セイリアは少し驚いて、目を瞬いた。今のは、自分が相手だから弱音を吐ける、ととっていいのだろうか。何か声をかけようと思ったのに、シェーンは言うだけ言って、船員との交渉をしに彼らのところへ歩いていってしまった。

 ルウェリンはシェーンの伝言を伝えるのに苦戦しているようだった。船員たちは軍艦を引き離すのに必死で、作戦云々にかまっている場合ではないらしい。それに彼では交渉人として少々幼すぎたようだ。シェーンが助っ人に入ると、ルウェリンは明らかにほっとした顔をして、その場をシェーンに譲った。
 一通り状況と作戦の説明はついていたようで、シェーンはまず要求から入った。最初のシェーンの要求は「速度を緩めてほしい」だった。船員たちは顔を見合わせた。
「しかし……」
「相手は大砲を積んでいます。撃たれて海に沈みたくなければ、相手が大砲を撃つ必要性をそぎ落とさないといけない」
「速度を落としたって、撃たれるときには撃たれるだろう」
「彼らの狙いは積荷だ。できれば奪い、奪えなければ船を沈める魂胆のはずです。どちらにしろこの船は、今のように追いつかれないよう距離を保つのが精一杯で、引き離すのは不可能じゃないですか。大海原で迷ってクロイツェル軍のど真ん中に突っ込みたくなければ、こっちから向こうを迎え入れたほうが賢明だと思いますよ」
「しかし、それでは荷が……」
「そこでなんだけど」
 まだ仄かに子供の面影を残す少年は、大人すらぎょっとするような、覇者の笑みを浮かべた。
「この船の護衛、ちょっと借りますよ」
「護衛って……あの海賊どもか?」
「ええ。それと、火薬を少々と、救命ボートを一艘」
「おい……」
 船長らしき人物が進み出た。
「お前、あっちの船に人を送り込む気か」
「数人です。どうせこちらに乗り込んでくれば、あっちに残る人数は少ないはずですから」
「うちの船員を使いたいって言うなら、あとで迎えに行ってやってくれないと困るぞ」
「もちろんです」
「……自信ありげだが、坊主、本当にお前、ちゃんとした策があるのか」
 少々懐疑的な船長の前に、進み出たのはシェーンと話をしていた商人だった。
「この子に任せてやってくれないか、船長さん。頭の切れる子だよ」
「しかし」
「わたしもさっき作戦を聞かせてもらったがね、このまま荷をとられるよりは、わたしはこの子に賭けたい。商船を襲う海軍なんて海賊とほとんど差はないからね、わたしたちの身だって危ないんだ。何の策もなく逃げ回るよりはいいと思うんだ」
 船長はそれを聞いて、決心を決めた。
「わかった、坊主、お前の指示に従おう。ただし、何かあったら責任はお前にとってもらうぞ」
「はい」
 シェーンは頷き、セイリアに合図を出した。

 セイリアは頷き、ポケットの中のマッチを探って、火薬を隠しておいた場所まで走った。しゃがみこみ、マッチを手にタイミングを見計らう。船が速度を緩め、後ろから軍艦が近づいてくるのを感じた。その間にルウェリンが、剣を大量に担いで走り回っているのが見えた。剣は海賊たちの手に渡って、中には一人二本持っている人もいる。二刀流を扱える人なのだろう。商人たちは、武器の入った箱を抱えて色々なところに隠れている。船員たちが教えてくれた、死角となる場所だ。みんな準備OKのようだ。
 セイリアは、船長に事実上の指揮を任せて自分は戦艦の動きを伺っているシェーンに注目していた。彼が合図を出す。セイリアはマッチをすり、導火線に火をつけた。急いでその場を離れる。程なくして、もう相手がこっちに乗り移る準備を始めているのが分かるほど近づいたときに、海の夜空に光が上がった。
 花火の光が相手の船を照らし出した。みんな驚いて上がった花火を見ている。その隙に、シェーンが送り込んだ人たちがこっそり船に忍び込んだのを、セイリアは確認した。
 今ので多分、相手はこちらがなにを企んでいるのだろうと不安になっているに違いない。しかし、さすが訓練された兵士たちというか、その動揺からの回復は早かった。
「ひるむな! いけー!」
 掛け声にあわせて、梯子がこちらに渡される。まずは斧を片手に、こちらも梯子の破壊をはじめた。当然すべて間に合うわけがないので、数人はこちらまで渡りきる。ロープを使って飛んでくる相手もいた。
 セイリアも参戦した。大勢の中で戦うのは、いつかクロイツェルからの帰りに襲われたとき以来だ。海賊たちもかなり善戦していた。善戦してもらわないとこの後の作戦がパアなのだけれど。クロイツェル海軍の制服を着ているおかげで、誰が敵なのかは非常に見分けがつきやすかった。セイリアは彼らの灰色の制服が視界の端に映るだけで反応すればよかった。多勢に無勢でも何とかなるかもしれない。
 身を翻して剣を叩き落し、相手が拾うより先に自分の剣の先で引っ掛けて空に放り投げた。くるくる回りながら飛んでいった剣は船の縁の向こうへ消えた。海に落ちただろう。なかなか使い心地がいい、とセイリアは先ほど渡された「商品」のはずの剣を見つめた。後ろから襲ってくる気配があったので、振り向きざま身を沈める。剣が空を切る音がし、ほとんど同時にセイリアは相手の鳩尾にげんごつをお見舞いしていた。正しくはセイリアは鳩尾が来るであろうあたりに拳を構えていただけで、相手が突っ込んでくるに任せていたのだが。「ぐはっ」と聞いているほうも痛そうな呻き声がして、すいませんね、こっちも身を守んなきゃいけないんで、と心の中で相手に呟きつつそいつの剣も放り投げた。ついでに申し訳ないが足を刺して動けないようにしておく。
 足を押さえて動かなくなった彼を、闇から伸びた手が闇に引きずり込んだ。物陰に隠れている人たちが、彼らを縛り上げてくれるだろう。こちらは戦い、戦えない人たちは後始末。分業だ。
「手ぬるいな」
 そばで戦っていた海賊の頭に声をかけられた。
「殺さねぇのか」
「趣味じゃないんで」
 セイリアはそう答えて、シェーンのそばまで走った。シェーンも物陰に隠れて外の様子を見ていた。
「軍艦のほうの灯りはついた?」
 シェーンに問われたのでセイリアも確認する。クロイツェルの軍艦はすぐ隣を走っていたが、消えているはずの明かりが煌々と灯っていた。
「ついてるついてる。成功したみたい。あ、向こうの人たち、慌ててる」
 消したはずの明かりが灯っていることに慌てて、消しにかかっているようだが、残っている人数ですべて消すには時間が相当かかるだろう。
「よし、じゃあもうひとつ打ち上げて」
 シェーンが指示を飛ばしたので、セイリアは頷いた。
「了解」
 セイリアはもうひとつの火薬を隠してある場所まで走ると、二本目のマッチを擦った。しかしその時に気配を感じて顔を上げる。
「げっ」
 クロイツェル兵が一人、目の前にいた。火薬だけは奪われまいと、包みを抱えてセイリアはかろうじて振り下ろされた剣から逃れた。せっかくつけたマッチは落としてしまった。
「お前、何者だ! 船乗りでも海賊でもないのに、その身のこなしは何だ!」
「んなこと聞いてる暇があったら、火! 火!」
 セイリアは慌てて叫ぶ。落としたマッチの火が、近くにあった布に燃え移っていて、今にも兵士の制服にも燃え移りそうだった。気づいた兵士はぎょっとしたように飛びのく。まずは火を消すべきかと迷ったが、セイリアはその隙にもう一本マッチを擦る方を選んだ。導火線に火をつけ、急いでその場を離れる。兵士はやっとセイリアのした事に気付いたがもう遅かった。奪おうにも今にも打ちあがりそうなのだ。彼も慌ててその場を逃れた。
 二度目の花火が打ちあがった。逃れた兵士が愕然としたように呟く。
「……ヌーヴェルバークの連絡花火……さっきのは海賊のだったのに……どうやって……」
 海賊たちが持ってました、とセイリアは心の中で答えてやった。昔ヌーヴェルバークの軍艦を襲ったときに奪ったのものが残っていたらしい。持っているか、と聞いて出させたのはシェーンだか。
 というか、さっきの火だ。セイリアは急いでさっきの場所に戻った。花火を打ち上げた衝撃で、火のついた布はさっきの場所から少しだけ移動していた。船の縁に近い。ラッキー、と思ってセイリアは剣の先で布を引っ掛けて、敵の剣と同じように空に投げた。風に吹かれて戻ってこないといいんだけど、と少し心配していたが、幸い追い風だったのでちゃんと布は船から遠ざかっていった。

 再びシェーンのところに戻り、セイリアは聞く。
「やることはやったわよ。本当に来るんでしょうね?」
「来るさ。来る確率のほうが高い。そうじゃなくても、このままいけば片が付きそうじゃない?」
「何言ってんのよ、膠着状態じゃない」
「じゃあ君が参戦すれば、片がつく」
「……なんか気持ち悪いわね。あんたがあたしにそんなに期待してるって聞くと」
「君ね」
 シェーンがあきれた顔をした。
「せっかく士気を上げようとしてあげてるのに」
「上げてもらわなくたって十分高いわよ」
「こんな時に減らず口?」
「減らず口のほうが、士気が上がるのよ」
 セイリアがにっ、と歯を見せて笑うと、シェーンは一瞬少し目を丸くしたが、微かにため息をついてセイリアの肩をたたいた。これがシェーンの照れ隠しだと分かるようになってきた自分は、なかなか成長した、とセイリアは思う。
「ほら、主人がこんなところで隠れてなきゃいけない羽目になってるんだよ。護衛の仕事をして来い」
「命令は嫌いなの!」
 べっ、と舌を出してセイリアは再び戦いの中に身を投じた。ルウェリンが近くにいたが、なかなかよく頑張っていた。十二歳にしては、やっぱり腕はいい。

 戦いはそれからしばらく続いたが、さすがのセイリアも息が切れてきた頃になってやっと待ちわびていたものが来た。
「船だ!」
「別の船が来ている!」
 騒ぎ出したのはセイリアたちの船の乗員ではなく、クロイツェルの兵士たちだった。動揺が一気に広がる。灯りを掲げてこちらに来るのはヌーヴェルバークの軍艦だった。
「ひ、引き上げるぞー!」
 クロイツェル軍の誰かが叫び、実際彼らは戦いを放棄して船に逃げ帰ろうとした。形勢が有利になった、と確信したこちら側は、一気に調子付いて、戻ろうとする彼らの足を引っ張ったりした。そもそも、結局既にかなりの数を、こちらは捕まえているのだが。

 ヌーヴェルバークの軍艦が追いついてきた頃には、クロイツェルの軍艦は逃げるように走り去っていて、向こうの船へ灯りを付けに行った数人にも迎えを出して連れ帰ってきていた。


「我々の出る幕はなかったようだな」
 ヌーヴェルバークの言葉で、指揮官らしい人が言った。船長室でのことだ。
「とりあえず偵察船を追跡のために送ってはおいたが。……我々が見たのは軍の連絡花火だったと思うのだが、これは普通の商船だな。どういうことだ?」
「申し訳ありません、騙す形になってしまって。こうすれば近くにいるヌーヴェルバーク軍を呼べると思ったのです……」
 船長が弁解する。ものすごく恐縮しているところを見ても、たまたまやってきた、このヌーヴェルバーク軍の指揮官がが実はかなりの大物だということは分かる。セイリアにはさっぱり分からないのだが、シェーンがすごく真剣な顔をしているところを見ると、どうやらエビで鯛を釣り上げたらしい。
「ほう。我々が近くにいると分かっていたのか」
「いるだろう、という予想はついておりました。この通りまだ嵐が収まって間もない時に、わざわざ襲ってくるにはそれ相応の理由があるだろうと思いまして」
「ほう。その理由が、我々の存在である、と?」
「ええ……近くで一戦交えたばかりなら、そして今にももう一戦始まりそうなら、先の一戦でひどく武器を消耗していたら、理由が成り立つ、と思ったのでございます。ですから、これほど焦って我々に手を出すということは、近くに彼らの敵……ヌーヴェルバーク軍がいるのではないのか、と」
「ほう。面白い推理だ。お前が自分でそう考えたのか」
 船長は、手柄を独り占めしたいという魂胆が元々なかったのか、あるいは嘘をつきたくなかったのか、シェーンを指した。
「いいえ、この少年がすべて推測と作戦を」
 シェーンは指された瞬間、少し固まっていたが、すぐに小さく礼をした。
「騙したこと、お詫び申し上げます」
「いや……」
 指揮官は興味深そうにシェーンを見た。
「見かけによらず、ずいぶん知略は得意のようだな」
「状況判断と作戦は、商いにも必要ですので」
 嘘付けー! セイリアは内心叫んだ。まともに商いをしたのなんてローダさんたちを手伝ったときぐらいだったろうに。
「とにかく、この船がヌーヴェルバークに向かっている船で、しかも最新型の武器を積んでいたとなれば、船も沈められず荷も奪われなかったというのは良いことだ。もしやロリデール家の商品か」
「はい。わたくしがロリデールでございます」
 ヌーヴェルバークでも有名な商家らしい。進み出たのはなんと、シェーンが親しげにしていた商人だった。あー、本当に計算高いな、とセイリアは苦笑してシェーンを見た。
「そうか」
 指揮官はひどく嬉しそうだった。
「それならば、わたしの評価も上がるな。ロリデールの荷を守ったとなれば」
 そ、そんなに有名だったのか。
「ありがとう存じます。すべてこの少年のおかげですがね」
 商人はにこにこ笑ってシェーンの肩に手を置いた。ふむ、と指揮官は言う。
「状況把握も含めて、少し話をしたいな。こっちの船にこないか」
 シェーンは笑んだ。待っていました、狙ったとおりだ、というような笑みだった。
「喜んで」



最終改訂 2009.07.07