序章


 私、更科癒子(さらしな ゆこ)の家には一人、居候がいる。届(いたる)という名前の男の子で、年は16、7ぐらい。義務教育は受けたんだけど、今は高校には行っていない。そのかわり、大学生のお兄ちゃんが彼に勉強を教えている。頭は良いのに勿体ない、とお兄ちゃんは言っていた。

 届くんはちょっと訳ありの男の子だ。私が生まれる前、ある夏の晩にうちの玄関前で寝ていたのを発見された子なのだ。私が生まれる前とはいってもお母さんはもう私を妊娠していたらしいけど。その時届くんはまだ2歳ぐらいだった。見つかったとき、彼の回りには蛍がたくさん飛び交っていたとか。当然警察に届けたけど、彼を知る人は誰もいなかった。で、結局うちで預かることになったのだ。

 その時から目は見えなかったようだ。生まれつきなのかもしれない。
 けれど、大きくなるにつれて彼は変な行動をするようになっていった。誰もいないのに誰かと話している、得体の知れない生き物を捕まえてくる、しまいには「六辻には鬼が出るから行かないほうがいい」なんてことを言い出す。私は当時から届くんにべったりだったから、そういう話は届くんからよく聞いていて全然変に思わなかったけど、お父さんとお母さんはしょっちゅう心配そうな顔をしては変な子だね、と言っていた。
 つまり、届くんには人間世界のものは何一つ見えないのに、魔界の生き物は見えてしまうのだった。

 届くんが拾われたのがうちで良かった、と思う。更科家は恐ろしく古い家で、家の門から玄関に辿り着くのに竹林のなかの石畳を歩いて来なきゃいけないくらいだ。しかもどうやら、地理的に「そういうの」が集まって来やすい場所のようなのだ。かく言う私も、実はちょっと霊感があって、彼らの姿は見えなくても「音」は聞こえる。両親もお兄ちゃんも似たり寄ったりの力はあったから、届くんの能力は結構すんなり受け入れられた。
 でも、届くんは頭が良くて繊細な子だった。元からおとなしい性格だったけど、自分が他人とは違うことを敏感に感じ取って、表情をなかなか外に出さないようになった。それでも私たち家族全員が届くんのことが大好きなんだけれど。特に私は、届くんが大好きなことにかけては誰にも負けない。恥ずかしくて言えないけど、本当に大好きで、世界で一番好きかもしれない。ちょっと頼りなさそうに見えるところも、実はとっても頼れるところも。
 彼は繊細だけど、弱くはなかった。一人で黙々と妖怪や鬼や、そういうのを勉強して、お店を開いた。名前が思い付かないって言うから、私が勝手につけてあげた。
 更科妖相談房(さらしなあやかしそうだんほう)。
 来るのは妖怪だけじゃなくて、人間もだよって苦笑されたけど、これでも家族内で一番センスがあるのが私なんだから勘弁してほしい。お店は「そういうの」に悩まされている人とか、「そういうの」そのものたちも訪れる相談屋。
届くんの知識と力を借りに来るのだ。なかなか繁盛してたりする。土地柄のせいで「そういうの」を信じてる人は多く、実際困ったりする人も多いのだ。届くんは優しいからお代もあまり高く取らないけど、感謝した妖たちが色々勝手に置いていく。特に食べ物とかが多くて、おかげでうちの食卓は、珍しい食材に事欠かない。ついでに言えば、相談屋を始めてから、ちょっと家族が増えた。……妖の、だけど。居着いただけであってあまり私たちには関わってこないけど、いたずらされるとちょっと困る。そんな時、届くんがやって来て、やめなさいと言うのだ。
やめないともう口を聞かないよ、と。妖たちはそれで静かになる。みんな届くんが大好きなのだ。
 これは届くんを中心としたそんな更科家の、「そういうの」達との、小さな事件のお話。



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