見える世界 * 肆


 ケンとの話がつくと、届くんは色々と妙なものを見せてごめん、と言うと、ケンを連れて部屋を出て行こうとした。私たちの邪魔をしないように気を遣ったみたい。それに気づいて私は少し慌てた。届くんが家族以外の前で力を使ったのは多分初めてだ。気まずいだろうし、変な目で見られることを怖がっているかもしれない。そんなのいやだった。
「届く……」
「あの、待って、届くん」
 私の声をさえぎっていったのはちーちゃんだった。
「あの、私、正直、半分疑ってたの。本当にお化けとか妖怪とかいるのかなって。でも、本当なんだね」
 届くんはちょっと驚いた顔をした。
「……うん」
「本当に不思議な力を持ってる人とか、いるんだね。すごかったよ。助けてくれてありがとう」
 私もちょっと驚いた。ハルちゃんとさっちゃんもうん、と頷く。
「ありがとう」
「ありがとう、届くん」
 届くんはどうしたらいいのか分からないみたいだったけど、最後に少しはにかんだように笑った。
「どういたしまして」

 その後はお兄ちゃんが駆け込んできて大丈夫かって叫びながら私を揺さぶったり、そんなに揺さぶったら大丈夫じゃなくなっちゃうでしょとお兄ちゃんがお母さんに止められたり、お父さんが詳しいことを届くんから聞き出したり、姿を現すのをやめちゃったのでケンがどこにいるかわからなくて、明日のおやつのはずだったプリンが一個消えちゃったり、色々なことがあった。結局私たちが寝たのは11時過ぎだった。皆すごく疲れていた。
「ねえ癒子」
「うん?」
 まだ寝付けないところにそう聞かれて私は返事をした。
「癒子が届くんのこと、すごく好きなの、ちょっと分かった気がしちゃった」
「ええっ」
 私がちょっぴり焦ってハルちゃんを振り返ると、さっちゃんまでうんうん、と頷いた。皆まだ寝ていなかったみたい。
「今日のはかっこよかったもんねぇ。俺が相手だ!って。王子様みたいで」
「だっ、だめだよっ、私が一番最初に好きになったんだからね!」
 あわあわと私が言うと、三人とも笑い出した。ううう、私、真剣なのに。
「大丈夫だよ。ただ、本当に見直しただけ」
「うんうん、学校で浮いてるなーって思ってたけど、いい意味で浮いてるように見えるようになったよね」
「そうそう。本当はすごい人だって分かっちゃったもんね」
 それを聞いて、私は目をぱちくりし、布団を引っ張りあげるとこっそり笑った。嬉しかった。届くん、みんな届くんはすごい人だって。かっこいいって。届くん、みんなも届くんを好きになってくれたみたいだよ。
 ……よかった。


 次の日、私達は夕方まで、前日と同じように遊んだ。昨日と違ったのは、届くんが時々側に来て私達が遊んでいるのを聞いていたこと。気付いたハルちゃんが届くんを呼んで、遊びのルールを変えて、目が見えなくても大丈夫なようにした。誘われた届くんは最初少し戸惑ってたみたいだけど、すぐにルールを覚えて、なんとトランプなんかでは一番に上がった。すごい。
 夕方になると、みんなが帰る時間が来た。三人とも門をくぐり抜けて石畳を歩きながら、振り返って私達に手を振っている。届くんも私について来た。

 みんなを見送ると、届くんが呟いた。
「意外だった……気味悪がらなかったの」
「だって私の友達だもん」
 えへへと笑って私は届くんに笑いかける。届くんには見えなくても、私は絶対、届くんに笑顔の出し惜しみはしないって決めていた。むしろ、誰よりもたくさん笑いかけていたい。
 届くんは微笑み、私に言った。
「癒子……俺、やっぱり普通の中学に行こうと思う」
 私は笑顔を引っ込めて、びっくりして届くんを見上げた。
「ほ、本当?」
 届くんは頷く。
「最初に癒子に話しておきたかった。……俺、やっぱり、みんなの見ている世界に少し近づいて見ようと思う」
 私はうん、と言って頷いた。しっかり届くんの目を見ながら。
「癒子の友達みたいに、気味悪がらない人もいるかも知れない。気味悪がる人を避けるより、気味悪がらない人と近づいて見ようと思う」
「うん」
「癒子は、どう思う?」
 私はにっこり笑った。
「嬉しい!」
 これからも一緒にいられること、そして、届くんがとっても前向きなことがとても嬉しかった。
「一年だけだけど、私も中学に入ったら、届くんをいっぱい助けてあげるからね。それまではケンにお任せになちゃうけど」
「ありがとう」
 届くんは言って、少し首を傾げた。
「ケンって花洛のこと?」
「うん、あの狐さん」
「……それを聞いたらまた怒るだろうなぁ」
 えへへと私は笑った。
「大丈夫だよ。見た目より可愛くて優しい子だもん」
 そして私は届くんに手を取った。
「さあ、帰ろう。お母さんたちに学校のこと話さなきゃ」
 届くんは頷き、私の手を少し強く握り返した。
 私達が歩く道に、夕方一番の蛍が一匹、ふわふわと飛んでいた。


見える世界*完

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