A Convention 
会議

 

 駆けつけたが、シェーンは執務室にはいなかった。扉番が言うには、重要な知らせを受けてすぐに部屋を出て行ったという。
「まあね、あんな情報が飛び込んできたら仕事どころじゃないだろうしね」
 溜め息をつきながら大尉が言う。セイリアは腕を組み、大尉を見上げた。
「その目撃者さんって今はどこにいるの?」
「さあ、襲撃の巻き添えを食らったなら、這々の体で逃げてきたはずだから、医者に見てもらってる可能性があるし」
「じゃあカーター先生の所?」
「かもね。でも大した怪我がないなら今頃緊急会議に引っ張り出されてるだろう」
「会議って、大尉でさえ情報が入ったばかりで、そんなにすぐにお偉いさんが集まるの?」
 セイリアが問うと大尉はうーんと唸った。
「まあ、これだけ重要な情報なら宵の鐘が鳴る頃には情報が行き渡るだろうし」
「じゃあそれまでの間に、その人に個人的に色々質問できないかしら……」
「それはちょっと。でもシェーン王子はもうやってるかもしれない」
「じゃあシェーンを探しにいきましょ」
 さっさと歩きだしたセイリアを見て、大尉は「行動力あるなぁ」と呟いた。

 シェーンの行方を聞き込んだら、すぐに見つかった。
「早いな。もう聞き付けたのか」
 ごくごく冷静な顔でシェーンはそう漏らした。セイリアは頷く。
「大尉が知らせにきてくれたの。で、どうなの? 本当の情報なの?」
「本物だという確証もないけど、偽だという証拠もない。確かなのは、間違いなく父上の近くで働いていた奴だということだけだ。身分の低い召し使いだから、別に父上と近しいわけじゃなかったみたいだけど」
「じゃあ、どうするの。情報の真偽が分からないなら」
 シェーンは海色の瞳を細めた。
「真偽はともかく、情報が入ったこと自体が問題だ。予想通りにひと波乱起きたわけだから、動くだろうね」
「……ハーストン公爵?」
 シェーンはちらりと鋭い笑みを浮かべ、歩きだした。セイリアは急いでついて行く。
「ちょっと、そういうご時世なら護衛なしで出歩かないでよね」
「分かってるよ。一緒に来て」
「私もご一緒しても?」
 大尉が聞くとシェーンは頷いた。

 シェーンは執務室に戻った。執務室の隣りの資料庫から紙の束を取り出してくる。それから地図を広げた。
「父上が襲撃にあったのはここ。事を起こしたのはクロイツェル軍って言われてるけど、噂が正しいなら襲撃に合わせて少数民族が動いた可能性もある。その場合は戦争に便乗したってところだろうね。とりあえず、襲撃自体ではヌーヴェルバーグにもクロイツェルにもそれなりの被害が出た。で、父上の短剣が落ちてたのはこのあたり。父上が落としたって考えた方がいいんだろうけど……」
「けど?」
「行方不明自体が仕組まれていた場合は、わざと落とさせた可能性もある」
「そうですね」
 大尉も賛同した。
「では、この方向に逃げたと決めつけない方が無難でしょう」
「うん。で、これがここ数週間の少数民族の動向」
 そう言ってシェーンは資料をめくる。
「戦場でうろうろしてたって噂はともかく、旧ヘルネイ領で動きが盛んみたいだ。戦争に乗じて何かする気かもしれないから警戒を強めてある」
「……それと陛下の失踪とハーストン公爵とがどういう関係なのよ」
 セイリアが聞くとシェーンは肩をすくめた。
「仮説だけど、伯父上と少数民族側が関係してるなら、混乱の場に父上を呼び出して、少数民族側に引き渡したとか」
「なんで?」
「少数民族たちが、何か国家規模の機密を手に入れたがってるんだろう」
「それに協力することによってハーストン公爵が得る利益は?」
「父上がいなくなる。旧ヘルネイの民に罪をなすり付けて自分は平穏無事だ」
 なるほど、と思ったセイリアだったが、大尉が声をあげた。
「しかし、それでは陛下のお命まで奪う理由がないのではありませんか」
「ないわけでもないよ。それが伯父上の出した、父上をおびき出して彼らに引き渡すことに対する条件ならどう? 完全に父上を消してもらえれば伯父上の地位は盤石だ」
 ハウエル大尉は黙る。シェーンはひとつ息をついて言った。
「まあ、あくまで推測だ。証拠になりそうな情報も入っていないしね。鵜呑みにしないで」
「……はい。その方面での情報捜索もしておきます」
 シェーンは頷いた。
「頼む」
 その時、戸を叩く音がした。
「誰ですか?」
 セイリアが声を張り上げるとルウェリンの声がした。
「アース殿、僕です。シェーン殿下はいらっしゃいますか?」
「いる。入れ。何かあったのか?」
 シェーンが言うとルウェリンは戸を開けて駆け込んで来た。
「言伝て係が殿下をお探しでした。諸侯が揃ったので会議を始めるそうです」
 シェーンは無言で書類を整理すると、きりっと王子の表情になって言った。
「戦争の始まりだ。行こう」


 会議には例の目撃者だという男が参加しているようだ。セイリアは会議室に入れてもらえなかったので大尉とルウェリンと一緒に外で待ちぼうけを食らったが、長いことかかるので待っていられず、大尉の案内で“うっかり部屋の中の音が聞けちゃう所”に行った。
「こ、こんなのいいんですか?明らかにスパイ行為ですけど」
 ルウェリンがおろおろ言ったが、大尉は悪戯っぽくニヤリと笑っただけだった。
「軍の情報部の人間が一人、騎士隊の人間が二人。立場的には、仕事をしてるようにも見える」
「……やっぱり危ないんじゃないですか。そもそもこんな、盗聴可能な会議室が王宮にあるなんて」
 セイリアが言うと大尉は大丈夫、と請け合った。
「わざとそう作られてる会議室がいくつかあるんだよ」
「ええ!?」
「本当に聞かれてはまずい会議なら別の部屋でやるよ。まあ、普通の貴族はどの部屋がどれなのかは知らないけど」
「……大尉は知ってるんだ」
「職業柄ね。それに、どうせこの会議の結果は今日中には貴族中に知れ渡る。聞いてはいけない類いの会議じゃないからね」
「じゃあ、捕まった時には大尉が責任を取るって事で」
 セイリアが言うと大尉が苦笑した。
「……ちゃっかりしてるね」

 カーテンの後ろに身を潜め、壁に耳をくっつけると、確かに声が聞こえた。
「……ですか」
 老人らしい声が聞こえる。
「い、いいえ……」
「では、なぜ陛下が亡くなったのだと断言するのです?」
 目撃者の男の尋問中らしい。セイリアは壁に張り付いた。
「せ、背中から剣がつ、突き出しているのを見たのでございます」
 目撃者の男らしい声は奮えている。まあ無理もない。
「ちょうど、ここのあたりから。角度的には、し、心臓を貫かれたかと」
 セイリアはゴクリと唾を飲み込んだ。部屋の中も、少しの間声が途切れる。
「お前の他に、その場にいた者は?」
 これはシェーンの声だった。セイリアは思わず聞き耳を立てた。
「み、みな死んだと思います……かく申すわたしめも、自分でも死んだと思いました。けれど気を失っただけで済みましたゆえ、助けを求めることができたのでございます」
「では、目が覚めた時点で回りに死者は?」
「申し訳ございません、自分の身の安全第一でしたゆえ、確認はいたしておりません……」
「父上の護衛は」
「それが、出発しようとしていたおりの襲撃でございまして……驚いた馬が暴れていたこともあり、迅速な対応が取れなかったようで、あっと言う間にかたをつけられてしまい……」
「騎士や軍の最高の人材がか」
「は……相手は奇襲のプロかと」
 シェーンは返事をしなかった。代わりにざわざわと噂をし合う声が聞こえる。
「静かに」
 シェーンが一喝した。静まると、シェーンは言った。
「皆に聞きたい。信憑性はいかほどと思う?」
「残念ながら、これ以上に信憑性のある情報は手に入っていないゆえ、信ずるしか道はないかと」
 諦めたような声がそう発言する。すると、別の意見が飛んだ。
「しかし、陛下の御身が見つからないのでは、崩御の確認が」
「もう2週間近くになるのですぞ。身の代金の要求もないということは、やはり誘拐されなさったというより……」
 しん、と再び沈黙。
「いずれにせよ」
 威厳のある声がした。きっと重臣の誰かに違いない。
「国王が突然いなくなったことに代わりはない。安否の確認が取れるまで、この者の証言を真とするほかないのではあるまいか」
「では」
 ランドル王子の声がした。
「国王が亡くなった場合の規則に則って、事を進めると?」
「それが最も安全な策でございましょう」
 別の声がした。しかし、と上がった渋るような声はどうやらオーディエン公爵らしい。
「ハーストン公爵を国王代理につけるというのは」
「仕方ありますまい。この上ハーストン公爵とシェーン殿下の王権争いを起こせば、他国に無防備な首を晒すも同然になってしまいます」
「それに、こう言っては申し訳ありませぬが、シェーン王子には近頃、芳しくない話が多くございます」
「否定はしない」
 シェーン本人がそれに答えた。
「いいだろう。皆が望むなら、伯父上、あなたに国王代理としての権限を譲ろう」
「そんな」
 セイリアは思わず呟いた。シェーンが自らそう言い出すとは。いくらシェーンでも大勢には逆らえないということだろうか。
「そのように決定とするべきだと考える者はどれだけいる?」
 シェーンの問いかけの後に沈黙。そしてシェーンの、何かを押さえ込んだような声が聞こえた。
「ハーストン公爵、国王代理を頼む」
「謹んで拝命いただきましょう」
 深い声で返事をしたのは間違いなく王兄フォード・ハーストンだった。口元に深い笑みが浮かんでいるのが想像できそうな声だ。

 セイリアは壁に押し当てていた耳を壁から離した。大尉が顔を上げてセイリアを見る。
「もういいのかい?」
「聞いてられません」
 セイリアは憮然と言って腕を組んだ。
「譲るなんて、シェーンらしくもない。怖じ気ついたのなら後で蹴飛ばしてやらないと」
「……仕方ないことだよ」
 大尉が呟いた。
「こうなるだろうとは思ったよ。ここで無理やりシェーン王子が国王代理に立つと言ったら、それこそ今すぐクーデターが起きかねないんだ。それに、さっきの人も言っていた通り、今国を混乱に落とすのは賢明じゃない。シェーン王子は保身のために国まで売るような人じゃないだろう」
「まあ、そうだけど。シェーンがいいならいいんだよ、私は。シェーンが王権を握っているかどうかなんて、私には関係ないし、どうでもいいから」
 セイリアは言った。興味深げに大尉はセイリアを見つめる。ルウェリンもセイリアの言葉を待っていた。セイリアは続けた。
「私は、シェーンが本当にしたいことをしてほしいだけ。シェーンが妥協に甘んじるって言うなら、それが不満なだけです」
 大意はそれを聞いて笑い、ふっと溜め息をついた。
「……だから王子は君が必要なんだろうなぁ」
「はい?」
「なんでもないよ。なんかますます勝てそうにない気がしただけさ」
 セイリアは首を傾げるしかなかった。大尉は「さあ」と言ってセイリアとルウェリンを促す。
「聞きたいことは聞いたから、出よう。すぐに会議も終わるだろう」

 その通りで、十分ほどすると会議はお開きとなった。がやがやと会議室を後にする人込みの中、セイリアは最後に出て来たシェーンに駆け寄る。彼はセイリアを見ると、言った。
「譲った」
「……ばか」
「それしかなかったんだよ」
「大尉もそう言ってたよ」
 ちらりとシェーンは大尉を見る。
「……全部聞いてたのか」
「いえ、途中の一部だけです。ハーストン公爵に敗北宣言をしていたのは聞きましたが」
「負けてない」
 シェーンは即答した。
「一点決められたからといって、試合終了なわけじゃない」
「なんだ」
 セイリアは呟いて、シェーンの隣りに並んだ。
「よかった、諦めたのかと思った」
「そんなわけないだろう」
 シェーンはふんと鼻を鳴らしてすました表情をして見せる。セイリアは安心した。しかし、すぐに不安になって聞く。
「でも、勝算はあるの? これからの計画は?」
 するとシェーンは溜め息をついた。
「まだこれから」
「…………」
 セイリアはシェーンの横顔を眺めた。これも、いつもの「自信ありげに笑って見せている」シェーンなんだろうか。
「……ハーストン公爵に、王権を持って行かれちゃったね」
「まあね」
 シェーンは白銀色に覆われた中庭を眺めて言った。
「覚悟はしておかないとね。……せめて、太子の位は守らないと、僕を選んでくれた父上に顔向けできない」
 セイリアはそっとシェーンの手に触れた。握ることまではできなかった。自分が安易に慰めていいものか、自信がなかった。シェーンは触れたその手に気付いて、セイリアを振り返る。海色の目の中に自分の鮮やかな緑色の瞳が映ったのが見えた。その海色がふっと笑みの形に細まる。
 大丈夫だよ。
 その目はそう言ってはいたが、セイリアは少し悲しかった。……王子様って、遠い。そりゃ、役に立たないかもしれないけれど、だからって一人で溜め込んでいるなんて。セイリアが本来はほとんど興味のない政治の話に、こんなに食いついているのは、他でもないシェーンに関係しているからだ。何もできないからこそ、せめて知っておきたい。知って、せめて気持ちを分かってあげるくらいは。なのに、シェーンは黙っていようとするのか。
 好きなのに。好きだと言ってくれたのに。こんな時なんだから、少しくらい弱みを見せてよ。
 それすら見せられないくらい、自分はどうしようもないのだろうかと、少し切なくなった。


最終改訂 2008.07.16