01-03

 そして翌朝、彰はいつものようにお隣さんの私を待っていてくれた。そのまま一緒に登校。一応付き合い始めたことにはなっているものの、なんだかいつもとなんら変わらない。やっぱり、友達のままのほうが心地がいいのかもしれない、と自分を慰めてみた。
 小学校は中学校より遠いので、朔良は先に出たらしい。ところで彰は朔良が私に告白したことを知っているんだろうか。そう思って、彰に聞いてみた。
「ねえ彰、昨日朔良が私のことで何か言ってなかった?」
「朔良が? 別に。どうして?」
「ううん、昨日帰り道で会っただけ」
 ややこしくならないように、隠し通せるだけ隠しておこう。

 そしてその日はそのまま何事もなく過ぎていった。友人たちにどうするのかを聞かれたので、私は瀬川さんと話をするつもりだといった。
「えーっ、大丈夫なの、それ」
 案の定、驚かれた。
「おとなしく見える子に限って怒ると怖かったりするんだよ。この泥棒猫ー!とか襲われたらどうするの」
「文子……それはちょっと」
 私は苦笑した。
「大丈夫、本人の気持ちを確認したいだけ。彰がいったいどんな気持ちなのかは分からないけど、瀬川さんも彰のことが本当に好きなら、私たち、平等に戦うべきだと思うんだよね」
「……お人よし」
 また言われてしまった。
「そ、そうかな」
「そうだよ。損な性格っていうか」
「な、なんかひどい……」
 とりあえず、文子も百合も応援してくれた。

 昼休みには彰が一緒にお弁当を食べようといってきた。否定するのも不自然なので、ものすごく気まずい思いをしながら私は友人たちと別れて彰と一緒にお弁当を食べた。本当なら嬉しくてたまらない時間のはずなのに、ものすごーく、悪い意味でドキドキした。瀬川さんと違うクラスでよかった。見られなくてすんだ。
「いつも別々にお弁当食べるから、なんか変な気分」
 私が言うと彰が微笑んだ。
「そうだね。でも、付き合ってるわけだし、こういうことはするべきなんじゃないかなって」
 義務感で誘ってくれたのだろうか。そしたら彰こそがとんでもないお人よしだ。
「……ねえ、彰」
「なに?」
 聞いてはいけない気がしたけれど、やっぱり聞かずにはいられなかった。
「私のこと……」
 本当に好きでOKしてくれたの?
 ……やっぱり聞けなかった。やっぱり、聞くべきではない質問だ。
「やっぱなんでもない」
 彰は首を傾げた。
「涼乃、大丈夫? なんか変だよ」
「気にしないで。昨日いろいろあって」
 彰は少し考えた後、私に聞いた。
「朔良がどうのこうのってやつ?」
「あー……」
 まあそれもあるんだけど。私が言葉を濁していると、彰がポツリと、驚くようなことを聞いてきた。
「涼乃さ……本当に僕でいいの?」
「え?」
 なんか、見透かされてるような気がした。いろいろ鈍い彰にしてはすごく鋭い質問だった。うん、彰が私を本当に好きなら大歓迎なんだけど、そうは思えないからねー。心の中だけで返事をしておく。口には出せなかった。
「わ、私はいいんだけど……」
「だけど?」
「なんか、なんだろ、彰とはずっと近くにいすぎたから変な感じというか」
 苦し紛れに、それでも自然に聞こえるように努力して言った。彰は笑った。
「そうだね。でも、僕たちはこれでいいのかもね」
 私はため息をついた。本当、気まずい。こんなことになるなら回りくどいことをせずに、正攻法で瀬川さんとくっつかせてやればよかったなぁと私は思った。

 そして放課後、私は一緒に帰ろうという彰にちょっと用があるから、と先に帰ってもらった。友人たちも頑張ってと言って先に帰った。
「明日、結果報告よろしくねー」
 文子にちゃっかり報告を約束させられたが。……すごく楽しみにしているように見えたのは気のせいであってほしい。
 私はC組まで足を運んで、夕暮れの赤い光に包まれた教室の逆光の中、瀬川さんの小柄な姿を探した。彼女はちょうど友人たちと帰ろうと、いすから立ち上がったところだった。今声をかけなきゃ帰っちゃいそうだ。彼女とは去年、委員会で知り合ってそれなりに親しかったが、友人というほどではなく知人程度なので、ちょっと呼び出すのは勇気が要った。
「瀬川さん」
 瀬川茉莉は私を見て少し驚いたように、丸い眼を見開いた。
「……夏目さん?」
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
 瀬川さんは戸惑ったように友人たちを見たが、小さく頷いた。
「は、はい」

 そういうわけで、私は瀬川さんと一緒に下校した。家の方向が途中まで一緒でよかった。並んで歩きながら、私たちは他愛のない話をしていた。彼女は見た目はおとなしそうだが、意外と社交的な人で、話も結構弾んだ。
「夏目さん、もう塾行ってるんだぁ」
 ちょっと感心したように瀬川さんは言った。
「もう志望校とか決めてるの?」
「うん、桐ヶ丘にしようと思ってるの」
「桐ヶ丘? すごい、そんな高いところ目指すんだ」
 感心したように言って、瀬川さんは少し考えるようにいった。
「だからもう塾行ってるんだね」
「うん。まだ週2だけどね。桐ヶ丘に入ろうと思ったら今から準備しなきゃ」
「そっかぁ。やっぱりもう準備始めた方がいいのかな」
「瀬川さんも志望校決めてるの?」
「ううん、私はまだ。でも……同じ学校に行きたいと思ってる人が、桐ヶ丘目指すって言ってたから、私も桐ヶ丘にするかも」
 彰のことだろう。私だってそういう理由で学校を選んだから、分かるのだ。恋敵のよしみって複雑だね。しかし、ここは聞くチャンスだろう。私は瀬川さんに聞いた。
「へえ。彼氏?」
「ううん、私の片思い」
 両思いなんですよー。目をしっかり見開いて見てみてください。
「瀬川さん、好きな人いるんだ」
 それでも、知らないふりをして私は話を続けた。瀬川さんは少し頬を染めて言った。
「実は、夏目さんもよく知ってる人なんだよ」
「へえ」
 知ってるけどさ。よーく知ってるけどさ。
「誰……って聞いちゃいけないことだね」
「ふふ」
 はにかんだように笑うのが可愛い。これは確かに、人気があってもしょうがない女の子だと思う。私から見たってものすごく良い子だ。最初から負けてるな私。
「夏目さんは好きな人とかいるの?」
「うん、いるんだけどね、私はもう失恋決定なんだ」
「え?」
 さすがに驚いたらしく、瀬川さんは足を止めた。
「ご、ごめん……」
「ううん、私こそごめん、ほかの人に言うようなことじゃなかったね」
 私はそう答えて、そろそろ分かれ道だな、と気づいて言ってみた。
「瀬川さん、その好きな人に告白とかしないの?」
「えっ」
「私は、玉砕覚悟でも告白しようかってずーっと悩んでたんだ」
 嘘じゃない。昨日のあれは長いこと悩んだ末の決心だった。今はちょっと時系列を偽っているだけ。
 瀬川さんは私が恋愛相談をしているのかとでも思ったようで、親身になって言ってくれた。
「言わないよりも、言ったほうがいいと思うよ」
「……瀬川さんだったら、告白する?」
 瀬川さんはちょっと言葉に詰まった。
「ええと……私は、ちょっと勇気ないかな」
「もたもたしていたら、他の人に取られちゃうかもしれなくても?」
 瀬川さんは黙った。
「やっぱり、告白したほうが良いよね」
 私は、そう言って瀬川さんの背中を押してみた。気づけー。気づいてくれー。ほら、決心しなさいー。
「そう……かもね」

 そして、瀬川さんはそういえば、と私を振り返った。
「こんな風に一緒に帰るなんて、委員会の集まりの時以来だよね。どうして急に、一緒に帰ろうなんて言い出したの?」
「ちょっとね、色々聞きたいことがあって。今、色々計画してるんだ」
「計画? 私のことで?」
「それはノーコメントで」
 私が笑って見せると、瀬川さんはうう、と俯いた。
 そして、顔を上げて笑う。
「夏目さんとは委員会以外の話をするの、初めてかもね。こんなに話が合うとは思わなかった」
「うん、そうだね」
 同感だ。恋敵のはずなのに。
「ねえ、私のことは名前で呼んで良いからね」
 瀬川さんはそういって小首を傾げた。長い髪がさらさらっと揺れる。
「まつり、ちゃん、って?」
「うん。私も涼乃ちゃんでいいかな?」
「いいよ。どうぞどうぞ」
 とりあえず、今日の目的は達成した。瀬川さんの好きな人は、噂と友人の調査通り、彰で間違いないだろう。残る問題は彰の真意をいかにして聞きだすかだ。

 分かれ道に差し掛かって、私は瀬川さんにバイバイを言った。瀬川さんはふんわりとした笑顔で手を振ってくれた。
 そして私は家路を急いだ。隣の高城の表札は微妙に私の鬼門になりつつあるので、見ないようにした。ドアを開けて玄関で靴を脱ぎながらただいま、と叫ぶと、とたとたと透子の足音がした。
「おかえりー涼乃ちゃん」
「……どうしたの、迎えに出てきてくれるなんて」
「えへへー」
 透子はにやにやと笑っている。ちょっと怖かった。なに企んでるんだこの人。リトルデビルモード。
「……私は何もしないよ」
「いやだなぁ、涼乃ちゃん。別になにか頼みごとがあるわけじゃないよ」
「じゃあ何なの」
「ちょっとねぇ、透子はさっき彰くんとお話したんだ」
「彰と?」
 何を企んでいるのやら。
「そういうわけで、透子からのアドバイス、チェンジ」
 透子は可愛らしく片目をつぶって見せた。
「透子お姉ちゃんは朔良君をオススメしますっ」
 そりゃ、なんでまた。