01-04
私がハイハイ、とまるで取り合わない態度を取ったので、透子姫様はご不満だった。
「透子のおススメは間違いないんだよ。もたもたしてたら透子が取っちゃうから」
「透子の方が朔良より四つも年上でしょうが！」
「守備範囲だもん。透子は気にしないよ」
「アホな事言ってないで、夕飯の支度手伝ってよ。私、今日は塾なんだから」
透子はむっとしたように頬を膨らませていった。
「涼乃ちゃん。透子、真剣に言ってるんだよ」
さすがにこれには私も立ち止まった。真剣だったのか。狼少女め、いつもふざけるからわかんないよ。ちょっと気まずくて黙っていると、透子は言った。
「涼乃ちゃんもオーケーして欲しくて告白したわけじゃないんでしょ。このまま付き合ってたらだめだよ。涼乃ちゃんがかわいそう。その点、朔良くんは本気なんだもん、絶対朔良くんの方がいい」
途中の一言に引っ掛かりを覚えた。
「じゃあ何、彰は本気じゃないって言うの？ 私のこと」
そっちのほうが都合がいいのは確かなのだが、非っっ常に傷つく。透子は知ったかぶった様子でチッチッと指を振った。
「透子は彰くんの気持ちを代弁するつもりはないよ。涼乃ちゃんと彰くんとで直接伝え合ったほうが良いからね。でも、そうだねぇ、涼乃ちゃんと彰くんはお人好しなところが似てるんだよ、ってこと。タイミングが悪かったんだねぇ」
「なに言ってるのかさっぱりわかんない」
私が言うと透子はにっこりと笑った。
「ごめんごめん。でもこれがヒントなの。でも、涼乃ちゃんはいつも彰くんが鈍い鈍いって言ってたけど、今回は涼乃ちゃんの方が鈍かったかな。うーん、でもどっちもどっちかぁ……」
「透子、一言言っていい？」
「なあに？」
私はじっとりした視線を透子に送ってやった。そりゃもうじっとりと、ありったけの恨みをこめて。
「その、自分一人が全部知ってるって態度、非っ常に癪に障ります」
「あはっ」
「あはっじゃないでしょ」
こんな姉を持ってしまった私は不幸だ。
私は仕方なく、溜め息をついた。
「分かった分かった、考慮しとくから早く夕飯にしよう」
ついに私が降参すると、透子ははあいと可愛らしく返事をして、とたとたとキッチンへ駆けていった。私は一人でもう一度溜め息をついた。
……朔良ねぇ。
嫌いじゃあない。当然だ。幼馴染だし、部屋の配置の都合で私と朔良の部屋は向かい合わせだったりするし、私が中学に上がる前は、どんな行事も一緒に参加してたりした。まあ、彰も一緒だったけど。だからって小学生と付き合えって言うのは無理があると思う。そりゃ、2歳の年の差ぐらい大丈夫でしょって言う人は多いだろうが、中二から見た小六は相当幼いのだ。大きくなれば小さい頃ほどは年の差を大きく感じないという人もいるかもしれない。けど、今の私たちがそんな何年も先まで続くと誰が保証できるのだろう。
そんな諸々の理由で、朔良には悪いけど、今は無理だ。どうせなら三年後にまた来てくれた方が良い。その時ならもう彰のことも吹っ切れてるだろうし、歳の差も気にならなくなっているかもしれないし。……私って酷い女かもしれない。朔良はどうやら本気みたいだしね。いやだなぁ、朔良を傷付けるの。
色々悩みながら透子と二人で夕飯を作り、急いで平らげ、着替えて鞄を掴むと家を出た。透子はテレビの前でまったりしながら、デザートのりんごを片手に「いってらっしゃーい」と言っていた。嫌味だ。
そして玄関を出たところで、ちょうどゴミを出しに出てきたのか、朔良と遭遇した。私はものすごい素直なことに、朔良の姿を見たとたん、大袈裟なまでにビクッと肩を震わせて立ち止まってしまった。
「よっ。塾？」
一方の朔良は自然なことこの上ない。何でそんなに冷静なんだ。普通、初めて告白した時って、相手の一挙一動が気になって、目も合わせられないほど緊張するものなんじゃないだろうか。
私の様子に気づいた朔良は溜め息をついた。
「涼乃がそんなに神経質になるなら、言わないほうがよかったかなぁ」
「……朔良は何でそんなに平然としてるの」
「俺は涼乃の返事が悪くても落ち込まないし諦めないからだよ」
なるほど。振られるのが怖くなければ平然としていられるわけだ。
「涼乃、まだ兄貴に俺が告ったこと、言ってないだろ」
「朔良だって言ってないんでしょ」
「言って良いわけ？」
黒い瞳で見上げられ、私は言葉に詰まった。
「……朔良がその重荷を背負ってくれる分には大歓迎」
「じゃあ、言っちゃうよ」
「……お願いします」
私は控えめに付け足してみた。
「……ついでに彰の真意を聞きだしておいてくれると嬉しいんだけども」
「兄貴の真意？」
「だって」
朔良になら言える。私はそう思い、話すことにした。
「だって彰には私とは別に好きな人がいるはずなの。何でオーケーしてくれたのか分かんないんだよ」
「えーと、それって瀬川とかいう人？」
「何で知ってんの」
「兄貴が時々その人のことを話してた」
やっぱり彰は瀬川さんが好きなんじゃないの。私はがっくりと肩を落とし、自分でも情けないくらいに落ち込んだ。やっぱり心のどこかで、彰がオーケーしてくれたのは私のことが好きだからであってほしいと思っていたのだ。
「……涼乃、そういう顔をされると俺も落ち込むんだけど」
朔良に言われて私は顔を上げた。黒い瞳が拗ねたようにこちらを見ている。
「ま、涼乃の気持ちは分かるんだけどさ。……何考えてんだろうな、兄貴」
「透子が彰から色々聞き出したらしいんだけど、何も教えてくれないんだよね」
「透子お姉ちゃんが？」
朔良は目を瞬いた。
「まあ、透子お姉ちゃん相手なら、兄貴も話すかもなぁ。事が涼乃関連じゃ、答えなかったら殺されそうだもん」
「はは……」
なんだかんだ言って、透子はとっても妹思いなのだ。……あれでも。
「でも、教えてくれないんだよねぇ……」
少し考える風にしていた朔良が、どんどん表情を険しくしていった。なんだ、どうしたんだろう。
「分かった。涼乃、任せといて。俺が兄貴から聞き出しとく」
ものすごい真剣に言われた。いや、そこまで張り切らなくてもいいんだけども。
その時、私ははっとした。
「やばっ、電車に遅れる！」
「え？ あ、ごめん。俺のせいだ。あと何分？」
「10分……」
「じゃ送ってくよ」
「……はい？」
「自転車の後ろ。乗っけてく」
私はぽかんとし、それからあたふたした。
「いや、いいって！ 私のほうが朔良より重そうだし……無理だよ」
「足の力には自信があるもん。サッカークラブだよ、俺」
「それって自転車を漕ぐ力と関係あんの？」
「いいからいいから。ちょっと待ってて」
朔良は風のように裏に消えたかと思うと、すぐに自転車を持って出てきた。
「さ、乗った乗った」
「は、はひ……」
これではまるで恋人のようだと思いつつ、私はありがたく後部座席に横乗りになった。腰に手を回したほうが安全なのだろうが、ちょっとそれをする勇気はない。なんとなく意識してしまう。そういうわけで、片手を座席に、片手を朔良の肩に置くことにした。
「抱きついてほしいなぁ」
「ばか」
朔良のませた発言に突っ込みを入れたのと同時に、自転車は発進した。最初少しふらついたが、頑張ってくれているらしく、すぐにスピードに乗って自転車は走り出す。時計を見てみたけど、なんとか間に合いそうだ。
すでに薄暗い町の風を切りながら、朔良がぽつんと言ってきた。
「涼乃」
「ん？」
「付き合って」
「……えーと、それは」
「小学生だからだめなの？」
「当然でしょ」
「中学に上がったら良いわけ？」
「それは……分かんないよ」
「今の俺は恋愛対象外？」
頷いてしまうのは酷な気がしたが、そんなことはないと否定しても、明らかに言い訳だと分かってしまうだろう。私の沈黙の意味を朔良は分かっているらしく、それ以上追及する代わりに、少し私がどきりとするような健気なことを言った。
「俺が追いかけ続ける分には、いいよね？」
私は朔良のうなじの辺りを見つめながら、近付く駅を視線の端に捕らえていた。
「……うん、まあ」
想ってくれる人がいるのは、実際嬉しかったのだ。たとえ相手が小学生でも。