01-05

 約束どおり、百合と文子に私は成果を報告した。朔良から得た、やっぱり彰が好きなのは瀬川さんだという情報(茉莉ちゃん、か)も伝えた。
「あちゃー」
 文子が目を瞬く。
「弟くん情報じゃ信じるしかないね。涼乃、ドンマイ」
「……どうも」
 失恋決定の友人にかける言葉がドンマイだけとは、なんて冷たい友人だ。
「弟くんと言えば」
 百合が言った。
「あの告白、どうすんの?」
 私は言葉に詰まり、苦笑いをした。タイムリーで聞いて欲しくない質問。って言っても結局聞き出されるんだろうけど。
「小学生はまずいでしょう」
「結果オーライならいいんじゃないの? 3年間続けば中三と高二だよ」
「じゃあ百合は小学生と付き合ってもいいと思ってるの?」
 百合は目をついーっと逸らした。それみろ。
「……男女が逆ならよかったのにね」
「いや、でもやっぱり小学生はちょっと犯罪でしょ」
 私は突っ込みを入れた。お調子者の文子が芝居がかった動作で感情たっぷりにいう。
「いやっ、歳なんて愛さえあれば越えられるのよっ! 今こそ一歩踏み出してカレの胸に飛び込む時っ……!」
「愛がないから飛べませんっ」
 他人事と思って楽しんでいる、明らかに。さすがに少しむっとした。ここは茶化しどころじゃないぞ。こっちは真剣に悩んでるんだから。
 すると文子はふざけるのをやめ、じっと私の目を見てきた。
「ないの?」
「ない……よ」
「間が開いたね」
「だって……」
「嫌いじゃないんでしょ?」
「そりゃそうだよ。幼馴染だし、一緒に育ったし。でもどっちかっていうと弟だもん」
 うーむ、と文子は腕を組んだ。
「弟ねぇ」
「文子は一人っ子だから想像つかないんじゃないの? 私だって弟の友達とか、ちょっと考えられないもん。うちの弟もちょうど小6だし」
 百合が助けてくれた。文子が反論する。
「好きになっちゃえばそんなの関係なくなるでしょ」
「なってないのが問題なんじゃないの。同い年ぐらいだったら、ちょっと試しに付き合ってみる気にもなるかもしれないけど、2つ年下となるとそんなことできないし」
 うんうん、と私は頷いた。さすが百合、よく分かっていらっしゃる。
「第一、彰とのことに決着がついてないのに無理だよ」
「うーん、じゃあ兄弟で勝負してもらうとか。で、勝った方と正式に付き合うってことで」
「そんないい加減な決め方だめだよ!」
 私が慌てて遮る。放っておくとどんどん暴走するのが文子だ。今のうちに首根っこをひっ捕まえて手綱を握っておかねば。
「そもそも彰の本心が未だに分かってないし。……うちのお姉ちゃんが朔良にしとけって言うんだから、何かあるんだろうけど」
 黙って私を見つめていた友人たちは、申し合わせたように口を開いた。
「高城君と話し合いなよ」
 そして二人は顔を見合わせた。
「あ、ハモった」
「珍しいね、アヤがまじめな返事を返すなんて」
「うわー失礼。私だって真面目なことは言うよ」
 二人を見返して、私も言った。
「話し合う勇気がございません……いまさら振られるの怖いよ」
「何言ってんの、もともと望みなかったじゃん」
「……アヤ、ストレートすぎだよ」
 百合が文子を咎めながらぽんと私の肩を叩いた。
「現状が続くほうがまずいでしょ。勇気を出しな、涼乃」
「……うん」
 とりあえず、何でも話して相談できる姉や友人がいてよかったと思った。
「ありがとう」
 素直に礼を言うと、二人とも「いいよ」と言って笑ってくれた。


 さて、朝錬を終えた彰が教室に帰ってきたようだ。彰は私を見つけると陽気に手を上げた。
「おはよう、涼乃」
「おはよう、彰」
 私も返事を返した。彰は机の脇に運動靴を引っ掛けると、私のところまで来た。
「あのさ、ちょっと話があるんだけど、放課後残れる?」
「いいけど……帰ってからじゃできないような話なの?」
「その……うん、まあね」
 なんか表情が変だ。そこまで考えて私は気づいた。きっと朔良のことだ。昨日、告白の一件を言っても良いと言ったばかりだし。うわぁ、へんな方向に話が進まなければいいな。私はちょっと頭を抱えたが、よくよく考えて、これは彰の真意を聞きだすチャンスだろうと思い直した。

 4月も終わりに差し掛かる今、「中間テスト」という単語がちらほらと聞こえ始めてきていた。まだ3週間あるのに、先生方は生徒たちに勉学に励むことを勧めることを怠らない。私は授業中もぼんやりしながら彰とどう話をするかを考え、先生たちの努力に背き続けた。
 昼休みには茉莉ちゃんとも会った。笑顔で手を振ってきたので振り返しながら、ごめん、もうちょっとで片がつきそうだから、もう少しの間彰を貸してくださいと必死に心の中で弁解する。もし茉莉ちゃんが彰のことを好きだと知っていながら告白したことが知れたら、もう友達ではいてくれないのかなぁと考えた。もう少し仲良くなってみたかったのに。


 そして、来たる放課後。彰は部活だし私も掃除当番プラス日直で色々忙しく、全部片付いたときにはずいぶん遅い時間になっていた。私たちは既に人影もなくなった、夕日のオレンジ色に染まった体育館横で話をすることになった。体育館につながる渡り廊下のフェンスに二人で寄りかかって、沈黙に気まずい思いをしていると、彰から切り出してきた。
「ねえ涼乃、朔良に告白されたって本当?」
「う、うん……」
「……返事は、どうしたの?」
「いや、うん……まだ小学生なんだから無理だ、って」
「小学生だから、だめ?」
 妙な質問に私は顔を上げた。
「彰なら小学生の子と付き合えるの?」
「僕はかまわないよ」
 あっさり返事をした。おいおい。
「……ロリコン」
「え、や、ちがっ。だって小さい子が好きなわけじゃないし」
「分かってるって。からかっただけ」
「……涼乃」
 彰は苦笑した。
「時々涼乃って、透子ちゃんの妹だなぁって思うよ」
「なにそれ」
「だって時々意地悪だもん」
「……そうかなぁ」
 だとしたらちょっと嫌だ。って言ったら透子が怒るだろうな。
「大体、私は今彰と付き合ってる訳だし」
 私が話題を戻すと、彰は逆に突如話題を変えた。
「……僕さ、昨日朔良と喧嘩したんだ」
「へ? 彰が? 朔良と?」
「そう。どういうつもりだ、って怒鳴られた。透子ちゃんと話をしたこと、なぜか知っててさ、透子ちゃんが涼乃から隠すぐらい涼乃を傷つけるようなことを、僕が涼乃にしてるんじゃないかって」
 そして、困惑したように、
「してるのかな、僕」
 と聞いてきた。なんつーか、それ私に聞く質問じゃないでしょ。疑問を投げかけるなら答えを出すためのバックグラウンドというかね、予備知識ぐらい私に入れていただきたい。
「さあね」
 だから私は濁してみる。そして突然納得した。
「ああ、だからあんな張り切ってたのか」
 任せて、聞き出してくる、と勢い込んだ朔良の口調が思い出される。おおお。あの朔良がそんなに本気で怒るなんて珍しいな。かなり思われてるじゃん私。……自意識過剰か。というか、何か大事なものを見落としてる。そうだ、朔良が聞き出すと言っていた彰の真意だ。なんか知らない間に思考が別の所を浮遊してた。
「ねえ彰」
 これは勇気のいる質問だった。絶対、私の真意まで話さなきゃいけなくなる。けれど、これは絶対確かめなきゃいけないことだ。
「私のこと、恋愛感情でみてくれてるの?」
 彰は黙って私を見つめた。痛い痛い。この沈黙痛い。どんな返事が返ってくるのかとびくびくしていたら、私が期待していたものとは違う答えが返ってきた。
「涼乃はどうなの」
 なぜ聞き返す。というか、なんと意味深な。正直に答えていいのか彰。だったら私はイエスだぞ。そしたら彰はどうするよ。
 そう考えて、私は悟った。ああ、彰は始めから私が彼のことが好きだなどと、みじんも思っていないんだ。分かってないんだ。だから聞き返すんだ。私がイエスと答えるとは思っていないんだ。

 ――完敗だ。

 振られるより辛いことのような気がして、涙が出そうになって、私は慌てて目を逸らした。結局最初から勝算なんてなかったんだ。文子の言う通り。あっぱれだよ、文子。
「涼乃? え、なんで泣くの」
「泣いてない」
「幼なじみをナメるなよな。分かるって、それくらい」
 ほら、彰は優しいから。
 抵抗したが無理やり顔を彰の方に向けさせられ、嫌でも真っすぐな目と心配そうな表情をドアップで拝む形になってしまった。反則だー! このタイミングでそれは反則だー! 涙腺に崩壊しろと言っているようなものだ。だって好きだったんだ。彰が大好きだったんだ。
「あほー! 彰のドあほー!!」
「え、な、僕がいけないの? やっぱり傷つけてた? ごめん、ほんと、土下座するから泣き止んで」
「傷つきまくりだよ! 泣き止んでなんてやるもんか! イエスじゃないならどう答えるつもりなの! なんで!? なんでOKしたの? わけわかんない!」
 久々に感情を爆発させたからか、なんだか支離滅裂なことを言った気がする。彰は当たり前だが相当戸惑ってて、その困った顔を見ているうちに自分がいかに醜態をさらしていたかに気づいた。なんつーか、誰もいなくてもここは公共の場所だしね。そう、公共の場所なんだ。
 だから彰、別に慰めるために抱き締めなくてもいいんですよー? もうこの際失恋の痛みは家に帰ってから一人で泣いて流しますからー。
「あ、彰? あーきーくーん。ごめんって、泣き止んだから放してー」
「大人しくしときなよ。涼乃ってこうされると一番泣き止み易いだろ。気を張ってるけど妹だしな、それなりに甘えん坊で」
 ほら、やっぱり彰は優しくて。せっかく止まった涙がまた出そうだ。
「よ、余計なお世話!」
 精一杯の虚勢でそう叫ぶ。しかし、もう中学生なんだから、いくら幼なじみでもでも男女が抱き合うことの意味に気づけ。

 しかしその時、彰がビクッと震えた。その震え方があんまり緊張気味だったんで私も振り返って見た。
 夕暮れの赤い光の中、火の玉な太陽のイメージそっくりに爆弾が投下。そして炸裂。
「せ、瀬川……」
「茉莉ちゃん?」
 やば。
 そう思った時には、遠目にも分かるほど動揺した茉莉ちゃんが、大きな丸い目に涙をためて、泣いてしまったことに自分でも驚いたようにさらに動揺しながら私達に背中を向けて走り出していた。