02-05

 ゴールデンウィーク前日、私は下駄箱で彰に呼び止められた。
「涼乃、朔良とどっか遊びに行くって? 僕も誘っちゃっていいの?」
 聞いたのか。なんだか遠慮がちな顔をしている。これはデートだと思ってるな。皆さん、相手が小学生ってことを念頭にいれましょうよ。
「いいのいいの。人数多めの方が楽しいでしょ。茉莉ちゃんも呼ぶんだよ」
「瀬川を?」
 お、動揺した。顔に出易いね彰。くそう、また生傷がっ。
「何で瀬川? 涼乃とそんなに仲良くないだろう」
「最近仲良くなったの。というか、今回のも親睦を深めるチャンス、みたいな感じで」
「…………」
 なんだその複雑そうな顔は。素直に喜びたまえ。
「いいでしょー? チャンスだよー。どうしてもって言うなら朔良と少しの間どっかに消えててあげるよ」
「おい」
 彰は少し赤くなって、怒ったような顔をした。そして、ふと気づいたように首を傾げて。
「涼乃、朔良と二人きりで行くのが嫌だから僕たちを誘ったんじゃないだろうね」
 鋭っ!! いつものにぶにぶ彰くんはどこ行っちゃったの!
「そ、そんなんじゃないって。この前茉莉ちゃんと話した時にゴールデンウィークの話になって、茉莉ちゃんが私と朔良が出掛けるのを聞いていいなーって言うから思わず……」
 理論的に通ってる? 相変わらず弁解っぽい? 言い訳する時は事実を半分以上織り混ぜるようにしてるけど、説得力あるかな? 今度こそその鈍さを発揮してください彰……!
「……そっか」
 よっしゃ! 彰やっぱり素敵! ……うう、生傷が。
「涼乃ってそういう時に妙な気を遣うよね……まあ、ありがとう」
 いまいち複雑そうなありがとうだけど、そして彰のためだったのは理由の一部に過ぎないけど、まあ、どういたしまして。
「ちゃんと茉莉ちゃんと進展してね。じゃないと私、告った意味がなくなっちゃうから」
 彰は苦笑した。ちょっとはにかんだ感じもまざってて可愛い笑顔だった。笑うと彰って朔良と同じくらい幼く見えるよね。
「そういう涼乃こそ」
「私は別に朔良と進展したいわけじゃないもん」
「それじゃあ僕の演技の意味がなくなっちゃうじゃんか」
「……まあ、こればっかりは、ね、気持ちの問題ですから?」
「あ、逃げたね」
「もう勘弁してよ」
 私がちょっと膨れて彰の背中をばしっと叩くと、彰は楽しそうに笑って言った。
「行こう。もうホームルーム始まる」
 その顔を見たら、ちょっと、封印したはずの気持ちがあふれそうになって、私は慌てた。必死に茉莉ちゃんと朔良の顔を思い浮かべて、罪悪感でそれを押し込める。
「うん」
 ちょっと頑張って笑って見せた私は、彰の背中を追いかけた。

 昼休みは百合と文子とお弁当を食べながら、ゴールデンウィークの話をした。
「涼乃、もう予定入ってるの? せっかく今年は綺麗に連休がつながってるのに」
「塾はどうしようもないもん。朔良にも押し切られちゃったし……もっと早く誘ってくれたらよかったのに」
「えーっ、責任転嫁しないでよねー」
 文子が頬を膨らませた。
「しかも何? デートでしょ? わーやだやだ、涼乃最低」
「そんなに言うなら代わろうか」
「いえ結構です」
 文子が盛大にため息をついた。
「この調子だと誕生日もクリスマスも新年も、涼乃はみーんな高城弟くんに持っていかれそうだね」
「およ、やきもち? 可愛いではないか文子」
「おうよっ、友はいつでも可愛いぞ涼乃」
「涼乃、アヤの相手なんかしなくていいからね」
「百合ひどいー!」
 なんというか、私達って賑やかだ。
「でもやっぱ三人でどっか遊びに行きたいよ。涼乃は4日に約束してるんでしょ。5日は?」
「多分大丈夫。お母さんがまた出張に行く日だから透子と外で食べようって話をしてるんだけど、それは夜だろうし。6時までに家に帰れば平気」
「うわーお、涼乃はやっぱ品行方正だね」
 文子が言った。おい。
「……あんたはいつも何時まで外をほっつき歩いてるの」
「いやだなー、私だって品行方正よ。部活で遅くなる以外はフラフラしてませんことよ」
 ホントかね。
「まあ、じゃあ5日の方向で」
 百合がまとめた。
「涼乃は二日連続で疲れるだろうけど、大丈夫?」
「まあ、たぶん。初日の行き先にもよるけど」
「上野動物園とか」
 すかさず文子がちゃかした。
「……家族連れじゃあるまいし。それじゃ思いっきり私が子守役になるじゃん」
「いやいやー涼乃似合うよー」
 私は保母さんか。
「人のお出かけより、自分たちの行き先を決めようよ」
 百合が言った。
「どっか行きたい所ある?」
「はいはい、ナンジャタウン!」
 文子が手を上げる。思わず百合と一緒になってツッコミをいれた。
「……食べ物目的か」
「そして池袋目的! 水族館とかいいじゃん! カラオケでもいいねー」
「水族館なんてカップルとちびっこばかりだよ」
「寂しいこと言わない!」
「普通に映画でよくない?」
「だって面白そうなのやってないんだもん」
 そういうわけで、文子の意見が通った。朔良も池袋がいいとか言い出したら二日連続だな。既に一回、人数追加をお願いしちゃった身としては行き先変更をお願いできないし。まあその時はその時で。

 昼ごはんを終えると、私は茉莉ちゃんのクラスまでひとっ走りした。朔良のオーケーが出たことのご報告だ。
「わぁっ、じゃあ、楽しみにしてるね!」
 茉莉ちゃんは極上スマイルで応じてくれた。
「行き先はどこなの? 待ち合わせは?」
「あー、朔良に任せてるから、後でメールしていい?」
「うん。涼乃ちゃんって私のメルアド知ってるっけ」
「あ、知らないかも」
「じゃあ、待ってて。メモ用紙に書いてくる」
 今の時代、赤外線でピピっとやればいいのだろうが、生真面目な茉莉ちゃんは校則を守って学校には携帯を持って来ていないのだろう。なんかすごーく自分が不良になった気分。そういえば委員会時代も頼まれた仕事は一切サボらずに真面目にこなしてたなあ。まあ私もさすがにサボりはしなかったけど。
 丸っこい字で書かれた番号とメールアドレスの載った可愛らしいメモ用紙を、茉莉ちゃんは私に手渡した。男どもに売れるかもなぁ。売らないけど。
「じゃあ、またね」
 私が言うと茉莉ちゃんもヒラヒラと手を振った。
「また時間が合ったら一緒に帰ろうね」
「うん」
 こういう子に恋敵と見なされたらどうなるんだろうなぁ。茉莉ちゃんが泥棒猫なんて単語を口にするのは聞きたくないな。そうなる前に解決してよかったわ、つくづく。


 その日は家に帰ったら、壱原先生の車が止まっていた。今日は彰の所にくる日だったのか。そういえば彰も今日は部活ないんだっけ。
 家に帰ったら、透子が帰って来た形跡があるのに本人がいなかった。なんか嫌な予感。急いで自分の部屋に駆け戻ったら、窓の向こうで朔良が手を振っていた。
「涼乃ー」
 私は窓辺に駆け寄って窓を開けた。
「朔良。ちょうどよかった。透子がそっちに行ってない?」
「来てるよ。よく分かったね」
 なにやってんだお姉ちゃん。先生に迷惑をかけに行ったんじゃないだろうね。
「ねえ涼乃、透子お姉ちゃん、今度は壱原先生をターゲットにしたわけ?」
「さあ。なんか興味ある感じだよね……」
「年の差4つかー」
「あっちは男の方が年上だからそんなに問題にはならないんだよ。高校生と大学生だし」
 朔良がむすーっとした。
「ほら朔良、その顔が子供なんだって分かる?」
「うるさい」
「ひどいのー」
「どっちが」
 言いつつも朔良はパソコンでプリントアウトしたらしいクーポンを私に見せた。
「ここ。オンラインクーポンがあった。ここにしよう」
「今度のゴールデンウィーク?」
「そう」
 遊園地か。悪くない。池袋とも被らないし。
「ちょっと遠くない?」
「近場の遊園地はみんなちっちゃいんだもん。ここなら遊べるの一杯あるし」
 朔良が満面の笑みを浮かべる。
「ジェットコースター乗ろう、ジェットコースター! それからコーヒーカップ。回すの俺ね。水上コースターはまだ始まってないかもしれないけど。ね、どう?」
「あんた身長制限引っかからない?」
「失敬な! 150はあるもん!」
 本気でむっとした顔をされたので、あ、気にしてたのかとちょっと申し訳なくなった。うん、私のほうが背が高いって男の子にとっては微妙だよね。
「ごめんごめん。まあ、許してよ。来年はきっと私が抜かされてるんだろうし」
「絶対抜く。意地でも抜く。……じゃ、行き先はここでいい?」
「うん、いいんじゃない? 私は絶叫マシン大好きだし、賛成」
「やったー」
 嬉しそうなので私まで思わず笑ってしまった。しかしクーポンを見つけてくるなんて、ちゃっかりしてるな。まあ小学生だもんね。私だって中学生だし。節約、節約。
「結構遠いから早起きしないとだめだね。何時にしようか、出発」
 聞くと朔良は既に調べてあるらしく、やはりプリントアウトした紙らしきものを持ち出した。
「9時開園だから8時20分ぐらいの電車だろ。7時起き?」
「うわー、学校ある日と変わんないじゃん」
「いつもより早起きじゃないだけマシだろ」
「えー」
「中学の修学旅行なんて5時起きなんだろ? 透子お姉ちゃんがそうだったじゃんか」
「それとこれとは全然別次元!」
 小学校の時の修学旅行は6時起きだった気がする。夏休みのラジオ体操と変わらないと思えば気が楽だったけど、残念ながら中学になってラジオ体操には全く行かなくなった。すっかり遅く起きる習慣が身についてしまっている。
「私が起きてなかったらモーニングコールかけてね」
 言ったら朔良はにっこり笑って「おう!」と言った。本当に楽しそうだな。まあね、一緒に遊びに行くの久しぶりだもんね。

 その時、彰の声がした。
「朔良、お前なに一人でぶつぶつ……なんだ、涼乃と話してたのか」
 この兄弟はお互いの部屋にお邪魔する時ノックしないんだな。うちもしないけど。
 彰に続いて壱原さんと透子まで顔を出した。賑やかですねそちらの家は。
「へえ」
 壱原さんが目を瞬く。
「朔良くんの部屋、涼乃さんの部屋と真向かいなんだ」
「そう。昔からよくこうやって、窓越しにおしゃべりしてたんですよ」
 朔良が言った。
「楽しそうだね」
「羨ましい? 先生」
「うん、なんか青春ロマンだね」
「先生おじさん臭いよー」
 ふふふと笑いながら透子がちょっと酷いことを言った。
「先生だって青春ロマンはあったでしょ」
「やー、どうかなぁ。進学校だったし」
「えー、それは関係ないよ」
「あるんだよ」
 おや、なんか仲良くなってるじゃん、透子と壱原さん。そういえば透子は壱原さんには普通に本性出してるみたいだしね。

「今日はもう終わりなんですか、勉強」
 私が聞いたら彰と壱原さんが同時に頷いた。
「もう帰るところだよ。……それ、何?」
 壱原さんは朔良が持っていた遊園地のクーポンを指差した。だがすぐに事情を察したらしい。
「ああ、ゴールデンウィーク、遊びに行くんだね」
 本当に察しのいい人だな。
「はい。俺と涼乃と兄貴と、兄貴と涼乃の友達で」
「一人だけ年下で気まずくない?」
「いいえ。一人は幼馴染だし、一人は兄貴ですから」
 そういえば朔良と茉莉ちゃんは初対面なんだ。うーん、この二人なら仲良くなれそうだけど。
「ねー先生ー」
 すると透子が甘えた声を出した。んん?
「透子もどっか行きたーい」
「……僕と?」
「うん、先生と」
 両手を合わせるように指をくっつけ、口の前に持ってきて、小首を傾げてにっこり。なんという小悪魔スマイル。手練だな透子。彰と朔良が固まってるよ。
「ねっ、おねがい」
 すげぇ。
「……透子さん、あのね」
「女の子のお願いは聞くものだよ、先生?」
 あ、ちょっと脅し入った。
 壱原さん、完敗。困ったようにぽりぽりと頭を掻いた後、じゃあ、と呟いた。
「彰君たちに混ぜてもらうっていうのは……」
「だめっ。オトナはお邪魔虫しちゃいけないんだよ?」
「えーと……」
「先生? 涼乃ちゃん目当てだったら許さないよ?」
 壱原さんすっごいたじろいだ。図星なのか、的外れな推測にびっくりしたのか。前者はないだろうと思いたい。壱原さんは常識人だよね。きっと。その良心を信じてますからね。両親じゃなくて良心ね。
「分かったから、透子さん……じゃあ、どこか行きたいところは」
「先生がプラン立てて。男の人は女の子をリードしなきゃ」
「はあ」
 私の目からも頼りないなぁ、と思えた。壱原さん、彼女いない暦イコール年齢だったりしませんか。……失礼だから聞けないけどさ。

 とりあえずこれではっきりした。透子、間違いなく壱原さんを狙ってる。壱原さんに色仕掛けをして楽しんでる。間違いない。
 ちらっと朔良に目をやったら、同じことを考えているんだなとなんとなく分かる表情で朔良もこっちを見た。二人で同時に彰にも視線を向けたら彰も微妙な表情でこっちを見返してきた。オトナの世界って分からん。
 朔良に告白されてから初めて、朔良を自分と同じ年齢層として見た気がした。