02-07


 実は5月4日は朔良の誕生日でもあった。プレゼントを何にすべきか透子に相談したら、妙に色っぽいしぐさでウインクをして「キ・ス」と言われたので狭い家の中で鬼ごっこが始まってしまった。透子はふざけ過ぎだ。まあ、「す・ず・の・ちゃん」と言わなかっただけ透子も自重したのだろうが。
 お母さんは透子より役に立った。
「朔良くんって絵とか好きだよね」
「あー、そうだったね」
 描く方ではなく見る方だけど。
「好きな画家さんとかいるの?」
「うーん、よく知らない。そういう話しないから。してても私、覚えられないし」
 まあ少なくともクラシックな絵じゃなくてもっとピカソ系の絵が好みだったはずだ。画集という選択肢ができた。
 お母さんは別の案も出してくれた。
「それか、ほら、最近流行の携帯音楽プレイヤーとか」
「……値段が万単位ですけど」
「じゃあそれに入れる音楽のギフトカード」
「プレイヤーがないのにカードだけ?」
「うーん……無難に図書券とか」
「なんか味気無い」
 プレゼントって難しい。これが女の子なら、ネックレスとか化粧品とかぬいぐるみとか、いろいろあるのに。男の子って何が好きなんだろう。
「サッカーの試合のチケット」
「一枚だけ買うの? 一人で行けってことになっちゃうじゃん」
「じゃあ彰くんのも誕生日の先払いで込みで」
「うーん……」
「そんなに悩むなら本人に欲しいもの聞いてみたら?」
「えー。犬とか言われたらどうするの」
「二千円以内で、とか条件付ければいいじゃない」
「……それじゃ誕生日プレゼントのことだってバレバレじゃん」
 悩む。私は頬杖をついてお母さんを見上げた。
「お母さんはいつもお父さんにどんなものあげてたの?」
「えー? 何だったかなぁ。お父さんがすっごくハマってたバンドがあったから、そのCDとかだったかな」
 朔良って好きなアーティストとかいたっけ。……無難にクラシックCD? 小学生に贈るものじゃないな。

 結局いい案が浮かばなかったので、図書券にしておいた。これなら何でも好きな画集が買えるだろうし、画集じゃなくても欲しい漫画とかを買えばいい。でもやっぱり味気無いなぁ。
「一日デート券五枚つづりとか」
 机の前で図書券を手にうーんと唸っていたら透子が言ってきた。
「デートって……」
 思わず不満そうな顔をしたら、透子はけろりと「キスよりはいいでしょ」と言った。
「それか、自分の写真入りの写真立て」
「……すっごく自意識過剰じゃない? それ」
「いいじゃん、朔良くんが涼乃ちゃんのこと大好きなのは事実なんだもん」
「……考えとくわ」


 そして当日の朝、私は案の定寝坊した。窓ガラスをコンコン叩く音で目が覚めた私は、カーテンを開けたら出現した朔良の顔に目を瞬いた。
「……おはよ」
「おはよ、じゃないよ、涼乃。あと三十分で出発だよ。電話したのに出ないから、ちょっとこんな手段に出てみた」
「ふへ……やばっ。ありがと、朔良」
 一気に目が覚めた。電話に気付かないって相当だな、私。急いで跳び起きてカーテンを閉めなおし、ゆうべ事前に選んでおいた服を着た。鏡の前に立ち、よし、と呟いて部屋を出ようとしたが、うーん、やっぱこのスカートはちょっとフリフリ過ぎるかなぁ。なんか透子みたいだ。遊園地なんだからきっとジェットコースターとかにも乗るだろうし、スカートはやっぱりやめよう。
 また時間をロスした、とバタバタしながらジーンズに履き替え、ついでにペンダントを引っ張り出してきた。今日は良く晴れているから帽子もかぶって行こう。顔を洗って日焼け止めも塗って……とやっていたら歯磨きが終わった時点で残り十分だった。ぎゃー。
 トーストをオーブンにいれて、焼いている間に財布とハンカチ、ティッシュ、携帯をカバンに詰め込んだ。大急ぎで半分しか焼き上がってないトーストにジャムを塗りたくって口に押し込む。そのまま駆け出そうとして、うっかり朔良へのプレゼントを忘れそうになってまた部屋に駆け戻ることになった。急いでるとどこまでもうっかりさんな私だ。

 門の前では朔良と彰が既に私を待っていた。
「ごむぇん、おふぉくなっれ」
 遅れたことを謝りたかったのに、トーストが邪魔をする。彰が苦笑した。
「ゆっくりでいいよ、涼乃。まずそれ飲み込んで」
 二人ともカジュアルな服装をしていた。二人もジーンズをはいていたのでジーンズ三人組。まあいいか。私はサンダルだし、模様のついたジーンズだから少しは下半身の見た目にバリエーションがある。

 三人で駅に向かいながら、私は先に朔良にプレゼントをあげることにした。どさくさで忘れたり落としたりしたらしゃれにならない。
 朔良は大喜びで受け取ってくれた。包みからして図書券だって事はバレバレだったのに。ちょうど欲しい本がいっぱいあったらしい。よかったタイムリーで。
「で、これがおまけ」
 私はそう言いながら、結局透子のアドバイスに従って作ってしまったものを朔良に差し出した。
「なんでもいうこと一回聞いてあげます券、三枚つづり」
「マジ!?」
 こっちの方が嬉しそうに見えるのは気のせいか。
「ちなみに“お願いを何でも聞いてください”ってお願いはダメだから」
「わかってるよ。じゃあ早速……」
「付き合ってってのもナシね」
 先回りをしておいた。朔良が不満そうな顔をしたので、おでこにデコピンをしてやった。
「こんなので付き合い始めたって嬉しくないでしょ?」
「むー」
 それでも朔良は大切そうに、つたない手作りの券をポケットにしまった。彰が笑いながら朔良に言った。
「三枚だけだからね。ちゃんと考えて使えよ」
「分かってるよ。でも五枚ぐらい欲しかったなぁ」
 こういう券をそんなにあげたら何言われるか怖いでしょうが。透子は楽天的だから太っ腹に五枚なんていってたけど。

 そんなこんなで駅に着くと、茉莉ちゃんはもう来ていた。私服姿を見たのは初めてだが、すっごく可愛い。茉莉ちゃんは短めのズボンをはいていた。長い髪をポニーテールにして、キャップをかぶっている。意外とボーイッシュなファッションだ。似合ってるし、ボーイッシュでも可愛いからいいんだけど。
 初めて会う茉莉ちゃんと朔良は挨拶を交わし、改札を通って電車に乗るとさっそく他愛のない話をして打ち解け始めた。彰は後ろに控えめにたたずんでいる。その隣にいた私は、前の二人に聞こえないように彰に言った。
「ほら、なにぼけっとしてんの」
「せっかく二人が話してるのに邪魔するわけにもいかないだろ」
 そこで気なんか遣うから進展しないんでしょうに。一肌脱ぐか。
「朔良、着くまでどれくらいかかるの?」
 呼びかけると朔良が振り向いた。ふふん、ほらほら彰、茉莉ちゃんが空いたよ。
「うん? 30分ぐらいかなぁ。なに、涼乃、退屈?」
「あー、いや、ね……」
「じゃあエンドレスしりとりでもやる?」
「……それ楽しい?」
「えー、楽しくない? じゃあ瀬川さんに兄貴と涼乃の過去の暴露話を……」
「やめれ」
 彰と同時にツッコんだ。朔良はえへっと歯を見せる悪戯っぽい笑みを浮かべ、茉莉ちゃんを振り返った。
「兄貴と涼乃ってちょっと似てませんか」
「え? うーん、ど、どうだろう」
 茉莉ちゃん困ってる。朔良はやっぱり笑って言った。
「瀬川さんって去年委員会で涼乃と一緒だったんですよね。兄貴って瀬川さんと去年同じクスだったの?」
「いや。僕も委員会だよ。言ったじゃん」
「そうだっけ。涼乃の方しか覚えてないや」
「朔良……ひいきっぷりがよく分かるね。実の兄より涼乃か」
「あったりまえ」
 朔良はさらりと宣言し、私の腕を自分の腕に絡ませた。
「そんくらいしても涼乃の場合、せっかくのひいきを半分くらい受け取り損ねるからね」
 ……そ、そうなのかな。
「朔良……ひいきが当たり前とか、そういう台詞恥ずかしくないの?」
 朔良に聞いてみたら軽く睨まれた。
「涼乃が言わせてるんだよ。このくらい言わなきゃ、どんなに仄めかしたって“まさかそんなつもりで言ったわけじゃないでしょ”で片付けちゃうじゃんか」
 くっ。伊達に幼なじみやってないな。よーく把握されてるわ。
「……小学生のくせにけっこう恋愛慣れしてない?」
「なんでそうなんの。俺はふらふらしてないよ」
「いや、そういう意味じゃなく」
「慣れてるんじゃなくてどうやったら上手くいくのかよーく考えてるだけ。作戦」
「……あんたって」
 朔良はにこりと笑っただけだった。……侮れん。おそるべし、今時の小学生。
 朔良はちらっと横を向いて、私に囁いた。
「上手くやっただろ?」
 え、と小さく呟いて見てみれば、彰と茉莉ちゃんが会話を始めていた。あらら、朔良、今の一連の会話はそういうことだったのですか。
「あんた演技がすごい自然だね……」
「はは、演技じゃないって」
「でもこうするくらいなら最初から彰に茉莉ちゃんを譲ってあげてても良かったんじゃない?」
「俺と瀬川さんが全然話せてなかったら、それはそれで兄貴も涼乃も気まずいだろ」
 なんという気の回るやつ。高城の血筋か。
 私が目を瞬いていると朔良がにっと笑って私を見上げた。
「惚れた?」
「……殴る」

 結局エンドレスしりとりをやったり、停車時間内にプラットフォームの柱にタッチして戻る遊びをやったりしていたら、いつの間にか四十分は経過していて、かなりの数のお子ちゃま連れの家族とともに、私達は遊園地前の駅に降り立った。
 先頭を朔良が駆けて行く。私は何とは無しに、その背中を視線で追いかけていた。