まずいきなりジェットコースターを乗り回し、私たち4人とも大の絶叫マシン好きと判明した。あとは次々回るだけだ。待ち時間もそれほど長くはなく、遊園地特有の高いテンションのおかげで話も弾んだ。
朔良はさりげなく私を離さなかった。元は二人きりで来るはずだったんだよ、と囁かれれば私も逃げるわけにはいかない。結構卑怯だぞ朔良。実は透子に弟子入りしてるんじゃないの?
一方の茉莉ちゃんは意外とハイな子だった。ボーイッシュなファッションも遊び倒す目的だったかららしく、彰を引っ張る勢い。その彰はというと、あいかわらずさりげなく、とてつもなく気を遣いつつ適度にはしゃいだりふざけたりしていた。
列で茉莉ちゃんと一緒に待っている間に、彰と朔良がポップコーンを買いに行ってくれたので私は茉莉ちゃんとおしゃべりする機会を得た。彼女はこの休みの間に塾の体験学習に行っていたらしい。
「塾って進むの速いんだねぇ。周りはもうみんな英語のSVOとか分かってるみたいで、私びっくりしちゃったよ」
「そうそう。数学なんてもっとすごいよ。まあほら、塾って一人じゃ勉強しない子に無理やり勉強させる時間を増やしてあげるのが目的だし」
茉莉ちゃんは笑った。
「確かに。でも塾の勉強だって自主勉強しないとついていけない感じだよ」
「まあ確かに……」
だからこそ私だって壱原さんにすがったわけだし。
「涼乃ちゃんは今週3日間塾だって言ってたよね。大変だったでしょう」
「私はまあまあだったかな。彰の所の家庭教師さんに色々教えてもらえたから」
茉莉ちゃんは目を丸くした。
「彰くん、家庭教師つけてるんだ」
「そう。大学生の人」
「すごい。やっぱり塾に行くよりいいのかな?」
「さあ。あの人は教えるの上手かったけど」
人それぞれなんじゃないかな。
「彰はラッキーだよ。壱原さんみたいな先生に当たって」
くすりと茉莉ちゃんが笑った。
「その先生のこと、すごく高く買ってるんだね」
ちょっと意外な言葉だったので私は目を瞬いた。そこで彰と朔良が戻ってきた。
「おまたせ。はい、涼乃、キャラメル味」
朔良に差し出された袋を受け取って、私はありがとうと言った。彰は茉莉ちゃんにチェダーチーズ味のポップコーンを渡している。4人で仲良くボリボリかじりながら列に並び、各遊園地で色んな名前が付いている、タワーの頂上についたら落下するタイプの絶叫マシンに乗った。
下見るな下見るな下見るなー。そして頂上で3秒くらい止まるのが最悪に心臓に悪いと思う。文字どおり絶叫しつつ落下し終わると、ポニーにしていた茉莉ちゃんはともかく、下ろしたままにしていた私の髪の毛がぼさぼさになっていた。
お昼は適当にファーストフードを食べておいた。遊園地にグルメは求めちゃいけない。どうせ明日は池袋だし。ちなみに壱原先生によると、ファーストフードって正確にはファストフードらしい。まあね、別に最初の食べ物じゃないしね。
午後は絶叫マシンから離れて大人しめの乗り物に乗った。とはいってもコーヒーカップで朔良と彰がこぞって力いっぱい回すものだから、こっちは遠心力で首が飛びそうだったけど。……コーヒーカップがあんなにスリリングだったとは。
その次がお化け屋敷だった。出口からは青ざめた人達が走るようにして出てくる。建物の中からはおどろおどろしい音響効果と、明らかに恐怖にかられた人の悲鳴が響いていた。私と朔良が二人で硬直していたら、彰が遠慮がちにやめようか、と言い出した。
「二人ともホラー系は苦手だろ?」
「い、いや、入るっ」
朔良がむきになったように言う。声震えてますよ。しかし朔良はさらに自分の首を絞めるようなことを言った。
「固まって行くのは面白くないから、二人ずつ行こう。俺、涼乃と」
「えっ!?」
どうせならホラーに強い人と弱い人の組み合わせで行きませんか、朔良くん。彰じゃなくて茉莉ちゃんを選んでおくからさ。
「いいよ」
しかし彰はさらっとOKした。そりゃね、反対したいのはきっと私だけでしょうからねっ。くっ。茉莉ちゃんまでちょっと頬を染めちゃってるし断れないじゃんかっ。
「瀬川もそれでいい?」
しかも彰がきっちり茉莉ちゃんに確認してるし。
「う、うん、いいよ」
「じゃあそういうことで。僕たち先に行くよ」
そして二人で入って行ってしまった。
朔良が私の手を取る。
「いくよ、涼乃」
「ね、ねえ朔良、パスして外で待ってるってのはどう?」
「行くったら行く。こういう所で男気を見せなきゃね」
「見せなくていいから気遣いを見せてーっ!!」
「大丈夫、俺がついてる」
「それが一番不安! 昔肝試しで一緒に墓場を逃げ回ったじゃないの!」
「もうあんなガキじゃないもん! 行ける! 行こう!」
ひいいいい。
結局受付のお姉さんにパスを見せて恐怖の館に足を踏み入れることになってしまった。普通のお化け屋敷と言えば、狭い通路を通りつつ、機械じかけの怖い人形がギッコンバッタンするものだろうけれど、怖いことで評判なお化け屋敷なだけあった。ここのお化け屋敷は寂れた病院風。アルコールの臭いまでぷんぷんさせて本格的だ。
突然後ろからぱたぱたと足音が走って来たり、ベッドの布団がめくれて包帯だらけ血だらけの人形が飛びかかって来たり、ほとんど進まないうちに私は半泣きになっていた。
「もう引き返そうよ朔良ー」
すがりついて言ってみたけど朔良は冷たい。
「男の意地! 絶対最後まで行く!」
言った瞬間に天井からかしゃんと何か落ちて来た。ナイフ。よく見たらきっと偽物だし絶対人には当たらないんだろうけど、私も朔良も天井に張り付いた、ナイフの落とし主らしいおどろおどろしいものを見つけて悲鳴を上げて逃走した。しかも走りながら朔良が私の腕をとる。
「ちょっと朔良、なにやってんの!」
「デートってこういうもんでしょ!」
「だからってなんで男のあんたが怯えて私に抱き着くの!」
「抱き心地がいいから!」
「マセガキ! スケベ! 素直に怖いって言いなさい!」
「いいから早く出ようー!」
また横からなんか来た。なんかもうろくに出て来たものを見ないまま逃走している気がする。とりあえずお化け屋敷で出てくる奴はおっかない格好をしていることに間違いないんだけど。とりあえず逃走なんだ。逃げろ。
走ってるうちになんと先に行っていたはずの彰と茉莉ちゃんに追いついた。二人もあまり余裕はない感じだったが。冷静な時なら完全に彰の後ろに隠れて守られてる茉莉ちゃんを見て、またちょっと複雑な気分になったりしてたかもしれないけど、ある意味私は極限状態だったので、逃げることに専念した。
「あっ、涼乃ちゃん」
しかし茉莉ちゃんがこっちを見つけた。ごめん今は返事もままなりません。
「朔良、涼乃、速いね」
彰も驚いたように言う。なんでそんなに落ち着いてるの。その彰に向かって朔良が早口にまくし立てた。
「ごめん兄貴俺たち先行く今話してる場合じゃないんだじゃあね!」
そのまま私を連れて逃走。呆然と私たちを見送る二人に横から何かが突然飛び出して来て、彰がびっくりしつつきっちり茉莉ちゃんを庇っているのが見えた。
朔良と私は最後の方になると、ほとんど走りっぱなしで、脇目も振らず、出てきたものにも目を向けず、甚だお化け役の人たちに失礼なお客となって恐怖の病院を抜けた。
ああ、日の光のなんと温かなこと。恐怖の館から出て日光を浴びたらどっと力が抜けた。
「死ぬかと思ったぁ……」
思わず呟いて、近くのベンチに腰掛ける。しばらく休みたい。朔良はまず近くの屋台に行って飲み物を買って来てくれた。はい、と言ってカップを差し出す朔良もげっそりしていた。
「……あの二人はなんで平気なんだろ」
「器が違うんだよ、私たちと」
私が朔良のくれたレモネードを飲みながら言うと朔良はむくれた。
「やめようよそういうの。俺、蔑まれるのも卑下も好きじゃないんだけど」
「どこで覚えたそんな難しい言葉」
「本」
「ふうん。まあ、どっちも嫌いっていうなら私のことは好きにならないことだね。私、どっちもよくやってる気がする」
「涼乃は別格」
「それにしてはついさっき文句を言ってたじゃないの」
「言いたいことは言うもん」
「それを我慢できるようになって初めて大人というのだよ朔良くん」
すると朔良は例の、妙に大人びた目をして言った。
「俺は我慢し過ぎて、涼乃と兄貴みたいなことにはなりたくないね」
さくっと胸に刺さる言葉だった。
……だって、我慢しないで失くしちゃうの怖いじゃない。
そしてやっと彰と茉莉ちゃんが出て来た。なんか余裕しゃくしゃくじゃない? 二人は私達を見つけて駆け寄ってきた。彰が朔良を見て笑う。
「なんてざま」
「うるさい」
朔良が即座に言い返す。
「途中で引き返さなかっただけ成長しただろ」
「女の子守ってやらずに一緒に逃げてどうするんだよ」
「置いて逃げるよりマシだろ」
むくれる弟の頭を、彰はわしゃわしゃとなでた。朔良はさらにむくれる。
「ガキ扱いするなってば!」
「はいはい」
朔良ははーっと息を吐いた。ごく小さな声で呟くのが、聞き耳を立てていた私に聞こえた。
「どうせ兄貴みたいに落ち着いてないし、かっこよく守るなんて芸当できないよ」
思わず朔良、と呼びかけそうになったが、ぽん、と彰に肩を叩かれて振り返った。
「見かけによらず、結構オトコでしょ?」
言われて何のことかと目を瞬いたけれど、思い返してみて気付いた。そういえば、朔良も逃げっぱなしだったけれど、必ず私を庇うような立ち位置にいた気がする。変なのが落ちて来り飛び出してきたりしていた時、必ず私の前にいた。さりげなく。
ちょっと見直したかも、と朔良の背中を見る。小さい背中。子供の背中。とてもオトコなんて言葉は似合いそうにない背中。
私は隣りの彰を見上げて言った。
「弟にかまけて茉莉ちゃんほっぽってたらダメだよ」
「分かってるって。先にジュース買ってくるから、その間二人をよろしく」
まずは飲み物をサービスって、兄弟考えてること同じだなぁと思った。そして、本人に言ったら調子に乗りそうなので口には出さなかったが、こっそり朔良をフォローしてあげる。
あんたも十分守ってくれてたよ。彰に負けてないって。
口に出せない代わりに私も朔良を追っていって頭をなでてみたら、相変わらず不満そうな表情で見上げられた。