03-01


 遊園地では閉園まで遊び倒した。同じ絶叫マシンに何回も乗ったりした。お化け屋敷の後、私は実はこっそり朔良の行動に注意してみた。やっぱり、いつでもさりげなく私を庇っていた。……朔良自身も無意識、らしい。小学生のくせに騎士な奴だ。
 帰りの電車は割りと空いていて、四人とも座れたのだが、疲れで寝てしまった私は昔の夢をみた。透子と彰と、朔良と私、それに小さい頃の友達とみんなで公園で遊んでいる。夢だからゲームのルールとかはめちゃくちゃだった。しかも鬼に捕まるとなぜかゾンビ化してしまうという妙にデンジャラスなゲーム。
 透子は演技でもなんでもなく普通に運動が苦手で、鬼に捕まりそうになっては私に助けられていた。そして私が捕まりそうになった時に助けてくれていたのは、いつも彰。朔良は要領よく逃げている。……そして私は、守ってくれる彰にドキドキしながら、少し朔良にも注意して見ていた。
 比較的、自分の身を守ることに始終してるように見えるけど、鬼の子がこっちへ来ようとするとわざと飛び出してきたり、やっぱりさりげなく私を庇っている。少なくとも、そんな気がする。そう思った所で鬼が追いついてきて、やばいと思った瞬間にふっと目が覚めた。

 状況を確認してみよう。私の頭は彰の肩の上、反対側には同じく茉莉ちゃん。そして私の肩の上には朔良の頭。色々な意味でうげっと思った私は頭を起こしかけたが、朔良を起こしてしまうのは申し訳なくて動くに動けない。
「いいよ、寄りかかってて」
 耳元で囁かれ、驚いた。
「彰……起きてたんだ」
「乗り物の上じゃ眠れないタチで」
 彰が苦笑交じりにそう言う。
「……あと何駅?」
「4駅だよ。あと15分ぐらいじゃないかな」
「そっか……じゃあお言葉に甘えて」
 そのまま彰の肩に頭を預けることにした。
「肩凝らない?」
「大丈夫だよ。涼乃こそ、凝らない?」
「私は平気。でも彰は二人分じゃん」
「あはは、女の子二人に寄りかかられるって、男冥利だよ」
「一人は好きな子だしねー」
「……涼乃」
 彰が苦笑する。
「それにしても、ごめんね。本当なら朔良が涼乃に肩を貸すべきなのに」
「いいのいいの。そもそもそんな義務、朔良にはないし、私の方が年上だし」
 それに彰の肩を借りられるなら幸せです。なんて口が裂けても言えない。あーだめだーやっぱりさりげないカッコよさよりも、はっきりとしたカッコよさの方が目につくんだよー。そもそも朔良のは本人の保身に走る行為のせいで霞んでるし。別に小学生に多くを求めるつもりはないけど。というか私が朔良に何かを求めてどうするよ。
 自分の思考回路のせいで悶々としていたら、彰が言った。
「ねえ涼乃、なんで男が年下だといけないんだろ」
 私は思考を放棄して返事をした。
「……そりゃ、男が甘えに走るからじゃない? しっかり家族を守るっいう役割を果たさなきゃいけないのに、甘えてちゃだめなんでしょ」
「でも古典とかだと、平安時代なんかは妻の方が夫より年上なのが普通だって」
「……千年単位の昔の話じゃないの」
「でも千年単位の昔から年下男でオーケーだったってことだろ?」
「いや……でも今は平成ですよ」
「それはそれでユニセックスの時代とうことで」
「それ年齢と関係ないから。幼年趣味が容認されてる訳じゃないでしょ」
「でも兄馬鹿を差し引いても、朔良は自分が年下ってことに甘える奴じゃないでしょ?」
 どうでしょ。口では甘えそうだな。でも……本当に甘えることは、あまりないかも。私とは反対。私は甘えてなさそうって言われるけど結構甘えてる。
 黙っているうちに駅に着いたらしい。急いで朔良と茉莉ちゃんを起こして、発車ベルが鳴っている電車から飛び降りた。危なー。

 そしてその日は、そのまま駅で茉莉ちゃんとお別れした。他愛もないことをしゃべりながら、私は彰と朔良と一緒に家まで帰った。朔良は疲れた顔をしながらも、満足そうに笑って私に手を振った。


 翌日は朝に、また出張へと旅立ったお母さんを見送って、引き続きお遊びだった。女子三人で大いにはしゃいだ。昨日と比べて気を遣う場面が八割ぐらい減ったので、私もはっちゃけて遊んだ。まあ、昨日と比べて体力を使わなかったんだけど。ナンジャタウンで食べ物を食べてお腹一杯になった後は記念にプリクラを撮った。地元じゃ見たことのない、コスプレ用衣装完備のプリクラ店だった。別に着なかったけど。っていうか着れない。文子がメイド服に興味を示したので百合と一緒に首根っこを捕まえてボックスに連行した。その次がカラオケ。まっとうな、女子中学生のお遊びコースだった。
「で、昨日はどうだったの?」
 お昼はカラオケにいてお昼を食べなかった私達は、マクドナルドでハンバーガーをかじっていた。どうやら文子はずーっと聞きたくてもじもじしてたらしい。別にあんたが期待しそうなハプニングとかはなかったですけど。
「別に。普通に楽しかったよ」
「お化け屋敷に入って高城くんと良い感じになっちゃって弟くんがやきもき、な三角関係とか無かったの?」
 ……文子。一度文子の頭の中に手を突っ込んでそういう思考回路を全部切断してやりたい。百合も呆れ返った表情だった。
「アヤ、あんたって子は」
「えー、だってそういうの面白そうじゃない?」
「じゃあ自分の身で実験して楽しみなさい」
「面倒臭い」
「あんたって……」
 私は溜め息をついて答えた。
「ちなみにお化け屋敷には確かに入ったけど、私は朔良と組みました。彰は茉莉ちゃんと組みました。これでご満足?」
 文子と百合は目を瞬き、百合が言った。
「見事なダブルデートじゃない」
「そ、そうかな」
 やっぱり?
「それで、最後は? 涼乃ってホラーが苦手じゃない。大丈夫だったの?」
「えーと、まあ微妙に頼れたし、朔良も実はホラーが苦手だから一緒に騒ぎながら通ったって言うか」
「頼れたんだ?」
 う、うーん、頼れたと思うんだけど。
「涼乃、なんか弟くんにほだされてるんじゃない?」
「……や、やっぱりそんな感じする?」
 正直私もそんな感じがしてました。なんだろう、やっぱり兄弟というか、朔良にも彰と同じように、優しさや守ってくれる頼りがいのようなものがある。年下とか関係なしに、かっこいいなと思うことは皆無じゃない。けれど。
「でもね、別に恋愛感情までは抱いてないんだよ」
「どうかなぁ」
 百合は百円ドリンクで買ったコーラをずずっと吸いながらぴしっと私に指を突き付けた。
「涼乃はそもそも分かりにくいからね。それに、いつも自分の感情をコントロールしようとするでしょ。自分でも気付いてないとか、すごいありそう」
「ありそう、ありそう」
 文子まで同意してきた。百合がすかさず牽制をいれた。
「アヤはちょっと黙っときなさい。あんたが茶々をいれるとこじれる」
「えー」
「ほら、私のフライドポテトあげるから」
 文子は見事にかじりついて、それから黙々と食べ始めた。……百合ってすごい。文子の単純さもある意味すごいけど。
「涼乃が、弟くんが小学生だからってブレーキかけるのはよく分かるんだけどね。真面目だから、気持ちもないのに付き合えないってのも分かる。でも本当に弟くんは対象外?」
「対象外だよ」
 私は即答した。……少し、条件反射だった。だってまずいでしょう、小学生だよ。それに、本当に好きなら私はきっと自分を騙さない。行動に移すか否かはともかく、本当に好きならコントロールだって効かないものじゃないのかな。そこまで激しい恋なんてしたことがないから分からないけど。
 つまり、そういうこと。私は朔良が好きだけれど恋愛じゃない。少なくても恋愛と思えるほど好きじゃない。だったら手を出す道理はない。それを朔良が望んでいても、ね。相手は子供だもん、ものの分別がついてないじゃないかな。
 百合は私の即答っぷりを聞くと、ちょっと目を瞬いたけど、肩をすくめると言った。
「それならいいんだけどね。じゃあ、私はもう口を挟まないよ」
「えー、つまんない」
 百合のフライドポテトを片付けた文子が声をあげた。口に物を入れたまま、口に手も当てずにしゃべるんじゃありません。
「しゃべるなら飲み込んでからにしな」
 と思ったら百合が代わりに言ってくれた。そして百合は私を見つめると、ちょっと笑った。
「でもね涼乃、見てられないくらいどうしようもない様子だったら、私も口出し再開するからね」
 ……ははあ、百合お姉様。

 その帰りに、ちょっとした出来事があった。三人で帰ろうと駅前を歩いていたら、なんとナンパされてしまったのだ。ナンパって高校生のものだと思っていたので私は驚いた。しかも、相手は同い年ぐらいの男の子たち四人。ちょっと派手な感じ。最初は道でも聞きたいのかと思ったのだけれど、百合がものすごーく冷ややかな態度をとったので、あれ、もしかしてナンパ?と気付いた。そういえば話が長いし話題もずれつつあるしね。わー。
「君たちはもう帰りなの? 門限何時? まだ時間あるなら、ちょっと話さない?」
 わ、来た。ものすごく直球なのでさすがに私も引いた。下心があると分かる相手にはその気になるわけないんですよ、男子Aさん。ごめん、名前わらないからそう呼ばせてもらう。
「ごっめんねー、実は門限過ぎちゃってるんだ」
 その時、なんとも明るく答えたのは文子だった。
「なんだったら今度誘ってよ。メルアド教えてあげる」
 こらこらー!! 私は叫びそうになった。何を考えてるんだ文子。百合も「え?」という顔で文子を見る。しかし男子Aは喜んでいた。メルアドがもらえれば成功したも同じなんだろうね。男子B、Cもなんだか成功に驚いたようで、ちょっと「やったな」という顔をしていた。もう一人が、呆れた顔をしている子。あまりナンパには興味がないみたい。
 文子は何やらメモに走り書きをして、にこりと笑った。
「はい」
「サンキュ!」
 男子Aは大喜びで、そのまま立ち去ろうとした。が、横から手が伸びてそのメモを奪ったのは男子D。すちゃっと携帯を開くとぽちぽち。そして。
 チャンチャカチャーン。
 鳴ったのは私の携帯だった。男子Dはじっとりと文子を見つめる。私もじっとり文子を見つめた。
「文子……私のメルアド教えたでしょ」
 文子はしまったというように固まって、すごく気まずそうな顔で言った。
「いやあ、涼乃ならもうコブつきだし、こういうの総無視タイプだから大丈夫かと……」
「コブってあんた」
 友達やめようかな。私が少し本気でそう考えていると、男子Dはほれ、とメモを男子Aに返した。
「こういうことだ。馬鹿なことはやめて帰ろうぜ」
 男子A、B、Cは呆気にとられている。百合が文子の頭をつかんで冷静に言った。
「さ、私たちも。本当に門限過ぎるから、もう帰るよ」
 私達が歩きだすと、男子Dも友達の背中をせっついて帰らせようとしていた。なんか間抜けな子たちだ。ちょっとかっこわるいけど、ちょっと哀れだったりして。
 こんな感じで、妙なしめくくりでゴールデンウィークは終わった。