EVER...
chapter:1-story:4
旅の小休止
 

 



 外に顔を出した途端に、きょろきょろと完璧に挙動不審なリオを見て、リディアは苦笑した。
「大丈夫よ。オーリィが昨日あれだけ威嚇してたんだから」
「そうだけど……」
 心配そうにするリオの隣を、オーリエイトは何のためらいもなく通り抜けて外に出た。
「外にも出られないでどうするの」
 呟くように挑発的に言われて、リオは頬を膨らませながら日の光の下に出た。光が眩しい。長いこと感じなかった、朝の清々しさだ。嗚呼、とため息が漏れそうになった。やはり光はいいものだ。
「忘れ物はないわね?」
「ええ」
 オーリエイトの問いにリディアが答た。
「じゃあ、いきましょう」

 店の主人に別れの挨拶をしたあと、いよいよ出発となった。
「皆はどこに向かおうとしてたの?」
 ちらちらと自分達を見る街の人達の視線を感じながら、リオが聞いた。昨日の事件を見ていたのだろうか。
「お兄ちゃんの仕事場所」
 リディアが答えた。
「雇主から戻ってくるように要請があったから、迎えに行くの」
 え、とリオはオーリエイトを見た。
「あなたなら、あの移動呪符とかいうやつが使えるんじゃないの?」
「使えるけど、あれが作用するのは住所が分かる時だけなのよ。あの子がいるところには住所が設けられてないの」
 一体どんなところに住んでいるんだ。リオはついていって大丈夫なのかと一瞬不安になった。
「でも、そういう公用なら公費とかが出るはずじゃないの? どうしてお金を稼がなきゃいけなかったの?」
 オーリエイトはちらりとリオに目を向けた。
「……鋭いのね。寄りたいところがあるのよ。そこまでの旅費」
 ふうん、とリオは呟いたが、何かしこりが残るのを感じた。

「そうだわ、オーリィ」
 リディアが突然口を開けた。
「夕べのことなんだけど」
「何?」
 リディアはいつになく真剣な顔つきになった。声を潜めて、あまりリオには聞かれたくなさそうな様子だ。
「昨日の魔法使い、クローゼラ様の方針で、リオの村の人は皆殺しにするんだって言ってたわ」
 オーリエイトが立ち止まってリディアを振り返り、眉をひそめた。
「クローゼラ……」
 少し考えるような表情をして、オーリエイトはまた前を向いて歩き始める。前を向いた勢いで、杖についている飾りがシャンと音を立てた。
「オーリィ?」
 何も言わずに進む彼女に、リディアが訝しげに見つめた。
「気にしないで。そのうち話すわ」
 意味深だ、とリオは思った。様子からして、彼女たちはクローゼラとやらを知っている。声の調子などから、別にクローゼラの仲間というわけではないようだったけれども。リオはわずかに震えた。今自分は、自分を狙う人と関係のある者と、共に行動していると言うことになる。……やっぱり、油断できない。リオはお守りを握り締めてそう思い、そう思ったという事実に悲しい気持ちになった。


 歩いたのは比較的大きな街道で、人も多かった。その中に、少女三人と十歳にも満たない男の子一人の集団があって、しかもそのうち一人が、明らかに魔法使いの杖と思しきものを持っているとなれば、当然目立った。
「オーリエイト? どうして杖を隠さないの? 凄く目立ってるよ」
 ついに視線に耐えかねたリオがオーリエイトに直談判をした。しかし、オーリエイトの答えは至極簡潔だった。
「虫除けよ」
 きょとんとするリオを見て、リディアがおずおずと言った。
「あ、あのね、オーリィ。オーリィのそういう簡潔すぎる言葉って、慣れてない人にはすごく分かりにくいと思う……のよね」
 オーリエイトは一瞬間を置いてから、「ああ……」と納得した。
「女二人と子供で旅するのは危ないでしょう。だから杖を見せて、威嚇してるの」
 リオはようやく納得して、それから思い出したように付け加えた。
「ねえ、リディアのお兄さんを迎えに行くってことは、オーリエイトはリディアのお兄さんと同じところで仕事してるの?」
 オーリエイトはリオをちらりと一瞥し、溜め息をついた。
「違うわ。知り合いなだけ。本当は、迎えも別の人が行くはずだったんだけど、私が代わってもらったのよ」
 大体の事情は掴めてきたが、オーリエイトが溜め息をついたことで質問し過ぎたなと感じ、リオはそれから事情を探るのをやめた。

 とにかくオーリエイトは、話しかけないとあまり口を開かないので、リオとリディア二人で喋っているようなものだった。リディアはあまり旅慣れていないらしく、二時間も歩くと辛そうな顔をし始めたので、度々休憩を取った。大きな街道を進んでいるので、随所に休むための小さな村があり、それがとても助かった。心配していた追っ手の気配もなく、リオはようやく、ゆっくりと旅を楽しむ気分になってきた。

「魔法って言っても、私が使えるのは癒しの術だけよ」
 まだ春とはいえ、昼間は暑い。午後になって一段と暑くなり、小休止にと立ち寄った小さな村で山の雪に砂糖水や果汁をかけた「カティン」というおやつを食べながら、リディアはそういった。
「オーリィは総合魔法使いだから何でもできるけど。それに、私の力は魔法とは少し違うの」
 リオは生まれて初めてのカティンを頬張ったまま、もぐもぐと口を動かした。
「でも、変わった目の色をしてるよ」
 リディアは迷い、「血筋なの」とだけ言った。その言いぐさに、みんな訳有りみたいだ、とリオは感じた。そして、リオとリディアの間に座っているノアに目を向けた。ノアはカティンがあまりに冷たいので、しょっちゅう頬を押さえている。それでも、相変わらず声は出さなかった。
「ノアにも何か特別な力があるの?」
 リディアは首を傾げてノアを見た。
「はっきりしてるのは一つだけ。やたら動物に好かれるのよ、この子。この子も動物が好きだからかもしれないけれどね」
 へえ、とリオは呟いた。
 そして、唐突に気がついて、あたりをきょろきょろと見回した。
「オーリエイトはどこに行ったの?」
「道を聞いてくるって、さっきどこかへ行ったわ」
 リオはその返事を聞いて、にわかに不安になった。オーリエイトがいるから、身の安全を確信していた。逆に言えばオーリエイトがいないと、敵に「どうぞ襲ってください」と言うようなものなのである。さっさと道を聞いて彼女を連れ戻したほうがよさそうだ。
「あの……その寄り道先ってどこなの?」
 リディアは困ったように首を横に振った。
「オーリィしか知らないわ」
 リオは呆然とした。
「じゃあ、あなた何も聞かずに、従順についていってるだけなの?」
「え、ええ。……おにいちゃんのところに行くのは確かだし」
 リオはぽかんと口を開けた。
「……呆れた。いくらなんでも警戒心なさ過ぎよ」
「えっ……だって、私オーリィを信じてるもの」
「友達にしたって同じだよ」
「そ、そうかしら……。でもほら、リオはオーリィのことまだあまり知らな……」
 リディアが何かに気付いたように、途中で言葉を切った。リオも振り返る。二人がいる店のすぐ脇の路地で、誰かが叫んでいた。村人たちも何事かと集まり始めている。
「何かな」
 不安になったリオが立ち上がると、リディアとノアもついてきた。

 男を、役人の服を着た若い男が追いかけていた。ここまできて、ようやく役人の叫んでいる言葉がはっきり聞こえた。
「まて、そこの野郎! この強盗常習犯ー!!」
 村の人達は、関わってとばっちりを食らうのが嫌らしく、遠巻きにその追いかけっこを眺めている。役人が哀れな気がしたが、リオとて巻き添えは嫌なので村人に混じった。

 すると、必死の体で逃げていた男が、リオたちの前と通り過ぎようとしたとき、何かに気がついたように、はたと立ち止まった。何だろう、と見つめ返していたリオは、はっと気付いた。少女二人に小さな子供。誰を取っても格好の人質。嗚呼、ものすごく嫌な予感。……と思うまでもなくリオは腕を掴まれ。
 捕まった。抵抗のしようもなかった。リディアが悲鳴を上げてリオの名を呼んだ。
「動くんじゃねぇぞ、お役人さん。動くとこのお嬢ちゃんが危ないぜ」
 強盗は息を切らしながらも、勝ち誇ったように言った。追ってきた役人は悔しそうに歯噛みする。
「結局あたしってこういう役回りなんだ……」
 リオは天を仰いで呟いた。相手の力は強く、振りほどくのは至難の業のようだ。刺激すると逆に危ないので、大人しくされるままになっているしかない。
 優勢になった途端に強盗は役人に一発蹴りを入れた。うっと呻いて、若い役人は体をくの字に曲げる。さらに、強盗は刀を抜いてその役人に切りつけた。リオは思わずひっと息を呑む。血沫が飛び散った。別に重傷というわけではないようだったが、それでも役人は地面に倒れて、痛みで、斬られたわき腹を押さえて悲鳴を上げた。強盗は吼えるような笑い声を上げた。
「諦めて帰るんだな、お役人さん。てめぇみてぇな若造にゃ、俺を捕まえるなんざ、はなから無理なんだよ」
 そのまま強盗は、リオを連れて逃げようとする。ちょっと待て、このまま拉致されるのかとリオはひやりとした。

 その時だった。

「はいはい、ちょいと退いてくださいましー」
 場に似合わない、明朗な声がした。




最終改訂 2005.10.12