EVER...
chapter:1-story:5
護衛
 

 


 人ごみを掻き分けてひょいと顔を出したのは、リオと同い年ぐらいの少年だった。強盗の姿をみとめると、やった、というように笑った。濃い赤茶色の髪をした、無邪気そうな少年だった。
「あ、やっぱり。あんた、連続強盗犯だろ? お尋ね者の張り紙出てたよねー? 確か、捕まえた者には四十万ルタとか」
 一瞬ひるんだ強盗犯は、すぐ平静を取り繕った。
「お前みたいな小童に俺が捕まるわけないだろう」
「そういう油断が破滅の元なんだよ。それに……」
 少年はニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「女の子をいじめちゃいけないんだ、よっ」
 言うなり、少年は隠し持っていた短剣を投げ付けた。不意打ちされた強盗はあわててリオの喉に突き付けていた剣でそれを払う。幸い村人はそれをよけたので、短剣は誰にも刺さる事なく地面に落ちた。
「あれま」
 少年は意外そうに呟いた。
「なんだ、結構できんじゃん」
「……この! クソ餓鬼がっ!」
 不意打ちに逆上した強盗はリオを引きずって少年に斬りかかった。すると、少年は軽々と宙返りをしてそれをかわす。あまりの鮮やかさに人々は息を呑み、歓声をあげた。
 リオはその声を聞きながら、腕が首に食い込んで苦しいから、捕まえるより先に助けてくれないだろうかと思った。思ったそばからまた引きずられる。少年は今度も軽々とかわした。よほど身軽らしい。強盗が唸りを上げて再度切り付けようとしたとき、ひゅっと空を切る音がした。
 矢だった。
 強盗の刀を持っている腕のほうの袖に突き刺さり、彼の腕を傷つけることなく、後方にあった建物の壁に縫い止めた。リオはようやく緩んだ腕からスルリと抜け出した。続け様に、矢が2本飛んでくる。一本は、強盗が慌ててリオを捕まえようとした腕の袖に刺さって、そちらも壁に縫い止め、もう一本は、強盗の左足のズボンの裾を固定した。その間にリディアが駆けつけて、リオを抱き締めていた。
 今や全員が矢の飛んできたほうに注目していた。太陽の色をそのまま写し取ったかのような金の髪をした少年が、弓を構えていた。さらにもう一本。今度は右足のズボンの裾を縫いとめる。これで強盗は身動きが取れなくなった。強盗は傷ひとつないようだが、驚きのあまり口をパクパクさせている。恐ろしく正確に射たものだが、一歩間違えていれば腕に刺さっている状況なのだから仰天するのも無理はない。

「ライリス!」
 最初の少年が彼に駆け寄った。
「遅いよ!」
「仕方ないだろう、怪我人を運んでたんだ」
 金髪の少年は強盗に目を向けた。
「まったく、狙うのも女、人質に取るのも女、よっぽど女好きなんだね。アーウィン、こいつを縛っといてよ」
 赤茶色の髪の少年が頷いて縄を取り出すと、金髪の彼はいまだに地面に転がっている役人に歩み寄った。
「役人さん、生きてる?」
 声を掛けられ、少年の顔を見つめた役人は一回瞬きをしてから顔を真っ赤にした。
「と、当然だっ!」
「ならよかった。……怪我してるね」
 ライリスと呼ばれた少年は屈むと、自分のポシェットの中から薬草やら包帯を取り出して、てきぱきと手際よく傷の手当てをした。それが終わると、ライリスは役人の肩をぽんとたたいた。
「じゃ、お役人さん。後始末はお願いね」
「えーっ、賞金もらわないの!?」
 アーウィンと呼ばれた少年が不服そうに叫ぶ。
「見つけたのはお役人さんのほうが先だっただろう? それより、君」
 ライリスはリオのほうを向いた。リオはビクッとして「は、はい」と答えた。
 真っ正面から見ると、彼の目は吸い込まれそうなほど綺麗な緑をしていた。それだけではなく、見惚れたあまり一瞬すくんでしまったほど、綺麗な顔立ちをしている。なるほど、役人が顔を赤らめたのはこういうことだったのか。
 線は細いが凛々しくて、通った鼻筋も赤い唇も、完璧な造形をしていた。体つきは少年にしては華奢で、中性的な感じだったが、凛々しい狩人の服装は少年にとてもよく似合っていた。こんな綺麗な人間がいるなんて反則だ、人間じゃない、人形だと思った途端、人形が口をきいた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あっ、は、はい!」
 リオは真っ赤になって叫んだ。
「よかった。女の子二人と子供一人で旅なんて危ないよ」
「は、はあ……」
 ライリスはリオに微笑みかけた。とどめだ。国を傾けられそうな微笑みに、周りは一様に魂を抜かれた。


「本当に、どうもありがとうございます」
 ぺこぺことおじぎするリオに、二人は笑って「いいよ」と言った。結局、強盗は村人と役人の青年に引き立てられていった。その後、助けてくれた二人の少年と、小さな店で早めの夕食を食べた。オーリエイトは腕を組んで、二人に礼を言うリオを見守っている。
「だからむやみに動かないで、って言ったじゃないの」
 オーリエイトは、まるで子供を叱るお母さんのような言い方をした。
「言ってない!」
 リオが頬を膨らますと、オーリエイトはさらりと返した。
「じゃあ、聞いてなかったんでしょう」
「だって、カティンなんて食べたの初めてで、そっちに心が奪われてたんだよ」
 リオが弁解にならない弁解をすると、オーリエイトは呆れたように溜息をついて首を傾げた。
「そんなんでよく今まで、あの魔法使いに狙われて生きてこれたわね」
 そりゃあまあ、命がかかっていたし、ただただ必死でしたから。

「君たちは旅の途中?」
 ライリスがオーリエイトに聞く。横顔も綺麗で、思わずまじまじと見つめてしまった。すると、視線に気付いたように、ライリスがこちらを向く。にっこり笑いかけられてリオはあわてて目を逸らしたが、ライリスが再びオーリエイトの方を向くと、性懲りもなくまたその横顔を見つめてしまった。目の保養って、こういうのを言うのね。
「そうよ」
 細かい説明をする気はないらしく、オーリエイトは肯定しかしなかった。
「へえ、どこまで?」
 アーウィンと呼ばれたほうの赤茶色の髪をした少年が身を乗り出す。彼とて顔立ちは悪くなかったが、ライリスの隣だと、どうしても霞んでしまうのが哀れだ。
「ハーベルド」
「ハーベルド? そりゃまた辺鄙なところに……」
 アーウィンは目をくりくりとさせた。
「ねえ」
 ライリスがオーリエイトに向かって身を乗り出した。
「雇用契約しない?」
「雇用契約?」
 反応したのはオーリエイトでなく、リディアとリオだった。
「そ。どう見たって女の子と小さい子供だけじゃ危ないよ。護衛するよ」
 オーリエイトが口を開いた。
「言っておくけど……」
「あ、報酬ならいらねぇよー」
 言ったのはアーウィンだった。
「金ならつい最近入ったばっかりだしな。山でとれた鹿を売ったんだ。オレたちは単なる興味で動いてるだけ」
 ライリスもアーウィンの言葉に笑ってうなずいた。
「好意はありがたいけど、心配要らないわ」
 オーリエイトはそういって、杖を召喚して見せた。
「うわあ」
「へえ……」
 アーウィンは目を輝かせて杖を見て、ライリスは興味深そうに呟く。
「魔法使いか」
「すげぇや! 杖を持ってるなんて、かなり上級者じゃん!」
 オーリエイトはアーウィンを見つめた。
「……詳しいのね」
「だってオレとライリスも同士だもん。だからオレたちを護衛にすればもっと力強いと思うぜ?」
 少女三人はそろって目をぱちくりさせた。
「同士?」
 アーウィンがこくんと頷く。にや、と得意そうな笑顔を浮かべた。
「そ。見えない?」
 ライリスはその様子を見て苦笑する。
「まあ、ぼくらは二人とも髪の色も目の色も普通だからなぁ」
 と、いうことは。
「二人とも魔法使いなの?」
 アーウィンはにっと笑った。
「そ。皆なめてかかってくるから、不意打ちに便利だよー、普通の色は」
 けらけらと笑う様子はどこまでも無邪気で、子供っぽかった。
「護衛は必要ないわ」
 オーリエイトは再度言った。
「そうかなぁ? だって、さっきだってそこの子が危ない目に遭ってたじゃん」
 言いながらアーウィンがリオを見る。リオはそれに対して首をすくめて見せた。
「深い意味はないよ」
 ライリスが言った。
「本当に、純粋なる好奇心。ぼくたち二人とも好奇心の赴くままに動いてるから。旅の連れが増えたと思えばいいよ」
 オーリエイトは迷うように二人を見た。
「ねえ、オーリィ。いいんじゃないかしら? 二人とも世間慣れしてるみたいだし、男の人がいると心強いわ」
 リディアが口を挟んだ。
「でも……」
「あたしも、いいと思うけど」
 リオが遠慮がちに言うと、オーリエイトはようやく頷いた。
「よし、交渉成立!」
 ぴょん、とアーウィンがいすから飛びおりる。リオたちも皆立ち上がった。

「あ、そうだ、ライリス。オレ、どうもまた勘違いされてると思うんだけど、あのこと言わなくていいの?」
「ああ……いんじゃないの?支障ないだろう」
「ダメダメ、一緒に旅するもの同士、それくらい言わなきゃぁ」
 えー、とライリスは面倒くさそうに頭を掻く。あまり行儀のいい動作ではないが、彼がやるとものすごく絵になる気がした。
「ねぇ、何の話?」
 リディアがたまらずに聞いた。
「あのさ、こいつ、どっからどう見たって男だろ?」
「他人のこと指差すなよ」
 ライリスは少し頬を染めてアーウィンの指を払いのけた。一同は、オーリエイトですら唖然とした。
「あ……えっと……もしかして……」
「うん。ライリス・ヘイヴン、正真正銘の女です」
 なるほど、確かに中性的な顔立ち。線が細くて華奢なのもそういうことか。
 ……って。


「嘘っ!?」


 オーリエイトを除いて、周りで聞き耳を立てていた他のお客までが、一斉に振り返って叫んだ。注目されていたようだ。おそらくライリスのせいで。



「何か……揃いも揃って皆に男だと思われてたなら、それはそれで悲しいものがあるなぁ……」
 彼――否、彼女は周りを見てそう呟いて、苦笑を漏らした。




最終改訂 2005.10.12