EVER...
chapter:1-story:18
教会の今
 

 

「そう言えば、オーリエイトに家族はいないの?」
リオの予想に反して、今度はリディアはちゃんと知っていた。
「いないの。お母様もお父様も、兄弟もいないのよ」
そうが、とリオは納得した。
でなければ、あんなに好き勝手に動ける身ではないはずだ。
「オーリエイトって、不思議な人じゃない?」
リオがおずおずと聞くと、リディアはこだわりなく頷いた。
「そうねぇ。昔、何かいろいろあったみたいだけど。確かに、他人に対して心を開きにくいところがあるけど、一度心に入ることを許してもらったら、あんなに仲間を大切にする人はいないわ」
リオは腑に落ちなくて、首を傾げた。
リディアは悲しそうな顔をした。
「あなた、まだオーリィのこと、完全には信じていないのね」
あまりにずばりと言われて、リオは面食らった。
「どうして……」
「あら、前にも言ったでしょう。あなた、感情が顔に出やすいのよ」
リオは俯いて、頬を染めた。
「やっぱり、完全には信用してないのね、オーリィのこと」
リオは諦め、正直に頷いた。
「オーリエイトのことは好きなの。無表情の下は優しいんだって、今ならわかるよ。でも、信じきれないのよ。何も教えてくれないんだもの」
リディアは溜め息をついた。
「だから、オーリィって誤解されるんだわ……」
誤解、と呟いてリオはリディアを見つめた。
「つまりは、オーリィが教えてくれないのはリオを信用していないから、仲間じゃないとオーリィが思ってるからだって、リオは思ってるんでしょ?信用されてないから、信用しない。リオはそうなってるんだと思うのよ」
リオはぽかんとした。
確かに、深層心理はそうかもしれない。
黙ってリオに見つめられて、リディアは不思議な笑い方をした。
「そこが誤解なの。あなたはもう、オーリィの心に入ってるわ」
リオは目をぱちぱちさせた。
「あたしが、オーリエイトの?」
「そうよ。信用してないから教えないんじゃないの。巻き込みたくないからよ」
「でも、あたし、巻き込まれてもいいって言ったわ。
オーリエイトも、そうねって返してくれた」
「それでも渋るのがあの人よ」
リオはやはり腑に落ちなくて、首を傾げた。
「アーウィンは仕方無いと思うの。初めてクローゼラより先に見つけた守護者だって言っていたし。だから、こっちの事情を知らせてから教会に入ってもらえるでしょう?それに、守護者は全員揃ってなければいけないの。でも、あなたは別よ」
リオは俯いた。
「あなたには何か特別な何かがある。だから、オーリィとしてもいてくれたほうが心強い。だけど、一度囚われたら逃げられないのよ、教会は。だからオーリィは迷っているの」
リオは、それをのみこむのに時間がかかった。
「教会って、そんなに厳しい所?」
リディアはうーんと言った。
「とにかく、設立当初の教会からはかけ離れているのよ。全部、クローゼラの仕業……」
言って、リディアは唇をかんだ。
「あの人が来てから、教会は変わってしまったんですって。悪魔や荒ぶる神々から守ってくれるはずの教会が、逆に悪魔と通じるようになってしまった……」
リオは絶句した。
「教会が、悪魔と?」
「オーリィから聞いた話では」
「そんな!あたしがいた教会はそんなんじゃなかった!あたしが生まれる前だけど、本物の天使が降りてきたことだってあったんだよ!」
リディアは首を横に振った。
「それはリオの故郷が遠いからだわ。大陸の東端ってことは、あなたの故郷、この国の――ショルセンの外なんでしょ?」
そうだけど、とリオは言いよどんだ。
どうやら、ことはリオの思っていたよりも、ずっと大きいらしい。


雨が強くなった。
深刻な話をしたせいでリオとリディアは口をつぐんでいた。
ノアだけがとことこと部屋の中を動き回り、窓の外を眺めたりした。
夕飯よ、とオーリエイトが呼んでくれたのが、どれほどありがたかったか知れない。
食事は、ウィルの所で良いものを食べていたせいで粗末に見えた。
みんな疲れているらしく、アーウィンでさえ口数が少なかった。
ノアは食べ終わると、宿の入口近くまでテテテと走っていって、どこからきたのか、小鳥を数羽肩にとめて帰ってきた。
その目が「雨宿りさせてあげていい?」と訴えているのは明らかだったので、その円らな瞳に負けてみんなも承知した。
それから、それぞれが口数少なく自分の部屋へ引き上げていった。



ライリス、と呼び声がした。
ライリスは窓枠に肘をついて、雨降る夜空を見つめてたが、振り返った。
「お前、お悩み相談は受け付ける方?」
そう切り出してきたのがアーウィンじゃなかったら、ライリスも眉をしかめはしなかっただろう。
「悩み?君が?」
思わずライリスが言うと、アーウィンは怒った。
「お前だから聞いたのに」
ライリスは慌てた。
信頼されてるなら、その信頼を無下にしたくなかった。
「いや、ほら、今まで相談にきたことは一度もなかったから」
すると、アーウィンはすぐ納得してけろりとした。
「うん。今回は事が事だし」
「……ああ、守護者の話?」
「うん」
アーウィンはライリスをまねて窓枠に肘をついた。
「話を聞いてるとさ、不自由な役職らしいじゃん?」
「そうだね」
「オレ、縛られんの嫌いだし」
「うん、ぼくもだよ」
「……でもオーリィがな、オレじゃないとできないって言うんだ」
ライリスは首を傾げた。
「どういう意味?」
「わかんね。一番大事なもの取られたら耐えられるか、って聞かれた」
ライリスはますます首を傾げた。
「で?」
「女神さんの目指す方針と、オレはちょいとずれてるらいんんだな。それにオレは教会に入ったら、一番の新人って事になるだろ?油断も誘えるし、縛られたばかりなら、まだ契約が完成してないから動きやすいんだとさ」
「ようは、君にスパイになってほしいわけだ」
「……ストレートだな」
アーウィンがにやりと笑った。
「ま、面白そうだしオーリィ必死だったし、やってもいいんだけど、やっぱり決心つかなくて。それにほら」
アーウィンは恥ずかしげもなく言い切った。
「教会入ったらしばらくライリスに会えないだろ?一緒に狩りも行けないし」
アーウィンの方が一つ半年下という年の差のせいで、自分より低い丈の、ヘーゼル色の目をライリスは見つめた。
「なんだ、そんなこと」
ライリスは笑った。
「会えないことはないよ。グラティアぐらい忍び込める」
すると、アーウィンは目を輝かせ、くすくすと笑った。
「そだな。お前を見くびってた」
ライリスは少し探るようにアーウィンを見た。
「……君は、背中を押して欲しいの?」
は、とアーウィンはライリスを見上げた。
「アーウィンは即断タイプでしょうが。本当はもう、ほとんど決めてるんでしょ?」
アーウィンは少し笑って、まあねと言った。
「ばれたか」
「かれこれ3年の付き合いだからね」
「腐れ縁だよな」
「全くだよ」
二人は笑った。
「君の信じる通りにしていいと思うよ」
「ラジャ。……ありがとな、ライリス」



翌日はカラッと晴れた。朝早く、一行は出発した。
一日ノアとすごした小鳥たちは、すっかり彼に懐いたらしく、離れようとしなかったので、旅の一行に加わることになった。
「ね、あとどんくらい?」
一日休んですっかり元気を取り戻したアーウィンがオーリエイトに尋ねた。
「3日後の夜にはつくわよ」
オーリエイトは淡々と答えた。
いつもながらその口調から感情を読み取るのは難しく、リオは昨晩リディアに言われたおかげで幾分彼女を完全に信用し始めていたものの、なんだか心許無い気分に襲われた。
「オーリィは、リディアの兄ちゃんと知り合い?」
「そうよ」
「顔広いなあ、オーリィは。聖者とも知り合いだったしさ」
オーリエイトは少し俯いた。
「……そうね。知り合いだけは多いわ」
「オレも守護者になったら、たくさん知り合いできるかな」
オーリエイトは驚いたようにアーウィンを見つめた。
「なるつもりなの、守護者に」
アーウィンは意外な質問を聞いた、というような顔をした。
「なって欲しかったんじゃねぇの?」
「無理強いはしないわよ」
「いいの、いいの。今まで結構悪いことしてきたからさ、罪滅ぼしに人の役に立ちたいなぁって」
「……悪いことって、アーウィン……」
リオが呆然とすると、アーウィンさ朗らかに答えた。
「泥棒もしたし、王領の狩り場にに入り込んで狩りをしたこともあるよ」
オーリエイトは呆れてものが言えない、と言うような顔をした。
「君、王領の狩り場にまで忍び込んだことがあるんだ」
ライリスも呆れて果てて言った。
「まあ、それでも人を傷つけたことはないよ」
それでも、これから教会に入る人間としては、素質が疑わしいのでは、とリオは思った。
「こんなオレで、いいの?」
アーウィンもその自覚があるらしく、少し自信なさそうにそう聞くと、オーリエイトはやれやれと首を振った。
「……まあ、多少大胆さがあった方がいいと思うわ」
それを聞いて、アーウィンはぱっと顔を輝かせた。
「じゃ、お役に立てさせていただくよ。よかった」
オーリエイトはその様子を見て、ふっと笑みを漏らした。
「関係ないけどさ、オーリィっていいあだ名だね。呼びやすいし。リディアがつけたの?」
リディアは頬を染めた。
「自然とそう呼んでたのよ」
「そういや、ライリスは本名?愛称?」
ライリスはぽつんと答えた。
「愛称だよ」
「へえ、知らなかったわ。本名は何なの?」
リディアが聞くと、ライリスは答えにくそうに言った。
「レアフィリス」
「レアフィリス!?うわ、しっかり女名じゃん!」
「だから、ぼくは女だってば」
ライリスがアーウィンを小突くと、アーウィンは気にも留めずに笑った。
「リオは?本名なの?」
「……あたしも、愛称」
「本名は?」
「レオリア」
「へー、いい名前じゃん。響きが綺麗だね」
「あれ、アーウィン、ぼくの時とのその反応の差は何?」
ライリスがでこピンのまねをすると、アーウィンは逃げた。
「そういうアーウィンは?」
オーリエイトが聞くと、アーウィンはもとの場所に戻ってきた。
「オレはまんま本名だよ。略のしようがないもん」
「アーンとか」
リオが提案すると、アーウィンはうえ、と舌を出した。
「お色気姉ちゃんじゃあるまいし。あーん、だなんてさ」
ぷっと皆が吹き出した。


三日間は何事もなく過ぎ、3日目に暗くなって月が道を照らし始めてから、リオたちは小さな農村に入った。
普通の農村ではない。
魔法薬に使う薬草を育てている村なのだ、とオーリエイトが教えてくれた。
リオはその薬草の中に、いくつかウィルの館の庭で見掛けたものを見つけた。
しかし、オーリエイトはどの家の前でも止まらず、すこし山に入る道を行った。

道に入って十分ほど経ったところに、領主のような館がたっていた。
オーリエイトは迷わずその戸を叩いた。
すぐに足音が聞こえ、高めの少年の声がした。
「誰だよ、もう日が暮れたのに」
かちゃりと開いた戸から少年が顔を出した。
背丈はアーウィンと変わらないくらいで、どちらかというと低め。
顔立ちは繊細なほうで少女のようで、青い髪を少し長めに延ばしている。
たしかに、リディアやノアとはあまり似ていなかった。
彼の不機嫌そうだった表情が、オーリエイトをみて驚いたようになった。
その瞳は、彼の髪と同じ青い色をしていたが、やはりリディアとノアとは血のつながりがないことを示すように、グラデーションではない。
「オーリエイト!どうしたんだよ、こんな所まで」
「お兄ちゃん」
リディアが笑顔で呼び掛けると、彼はみるみる表情を変えた。
「リディア!ノアも!」
ぱっと戸口から走り出ると、彼は妹と弟を抱き締めた。
ノアの方に止まっていた小鳥たちが慌てて飛び立って、抗議するようにチチチと鳴いた。
「お兄ちゃん、恥ずかしいってば」
呆然と見守っていたアーウィンが、隣のライリスに囁いた。
「これがいわゆるシスコンってやつか?」
しかし、彼には聞こえていた。
少年は振り返るとアーウィンをにらんだ。
「誰がシスコンだ」
アーウィンは飛び退いた。
「うわ、地獄耳」
少年は初めて見慣れない顔に気付いたようだった。
「……誰、君たち。妹に手出しはしてないだろうね?」
ライリスはわざと彼に聞こえるようにアーウィンに囁いた。
「本当だ、筋金入りのシスコンだね」
彼が顔を真っ赤にして言い返す前に、オーリエイトが遮った。
「私が連れてきたの。みんな部外者ではないわ。その子は守護者の一人よ」
少年は驚いて目を見開いてアーウィンに目をやった。
「本当に?」
オーリエイトは有無を言わせずに言った。
「ほら、エルト、自己紹介」
エルトと呼ばれた彼は渋々といった様子で口を開いた。
「エリオット・グレイフィールド。よろしく」




最終改訂 2005.12.14