EVER...
chapter:1-story:19
エリオット

 

「クローゼラが僕を?」
エリオットは眉をひそめた。
「何でまた・・・」
「こっちが聞きたいわ」
オーリエイトは憮然と答えた。
「でも僕、まだ新薬の開発ができてない」
「クローゼラがいいって言ってるんだから、大丈夫よ」
「でも・・・」
オーリエイトは金の瞳を細めた。
「エルト、そんなに仕事を完遂させてクローゼラの役に立ちたかった?」
エリオットはむっとした顔をする。
「誰がっ!」
「じゃあ、一緒に帰りましょう。ただでさえ遅くなってるのよ」
それはあなたの寄り道が原因です、とリオは内心突っ込んだ。
エリオットは溜め息をついた。
「わかったよ。あーあ、もうしばらくクローゼラから離れてられると思ったのにな」
これから守護者になる予定のアーウィンは、不安そうな顔になった。
「そんなにやな奴なのか、クローゼラって」
エリオットはちらりとアーウィンに目をやった。
「やな奴っていうより、生理的な拒否反応を感じる」
なんだそりゃ、とアーウィンは目をパチクリさせた。
「今までの話を聞いてると、君達の言ってるクローゼラって女神のことじゃない?」
ライリスが突然口をはさんだ。
オーリエイトはすましていたが、エリオットは明らかに緊張した顔になる。
「・・・女神を、知ってるの?」
押し殺した声で、聞いた。
「まあね。その反応は当たってるって事だね」
エリオットははっとしたように口を閉じた。
リオは苦笑した。
これはリオがウィルに使ったのと同じ手法だ。
「エルト、少しは知らん振りを覚えたほうがいいわよ」
オーリエイトに言われて、エリオットはムスッとした。
「あなたが言ったこと、確かに当たってるわ、ライリス」
オーリエイトが諦めたように言った。
「本当は居てはいけなかった役職よ。
教会において、聖者の上に立つ人なんて、居てはいけなかったの。
女神が存在するようになった瞬間に、教会は崩れ落ちたんだわ」
しん、と沈黙が降りた。
オーリエイトがついに、この前リディアが言っていた、教会の秘密をここにいる全員に明かしたのだ。
「オーリエイト」
エリオットが沈黙を破るように言った。
「このちびが守護者なんだろう?」
「ち、ちびっ!?」
アーウィンの抗議を無視してエリオットは続けた。
「どうして分かったの?」
「火の魔法だけは始めから自由自在だったんですって。
それに、彼の火は悪魔のシールドを飛ばしたのよ」
エリオットは眉をひそめた。
「悪魔だって?このショルセン王国に?どこで会った?」
「ハーベルトの山奥」
「ハーベルト!」
エリオットは呆れた、というように首を振った。
「またウィルに会ってきたの?また危ないことを。
クローゼラに見つかったらどうするんだよ」
「ハーベルトまで見張ってはいないでしょう」
「甘く見てるよ」
「言っておくけど、クローゼラの事は私のほうがよく知っているわよ」
言われて、エリオットは口をつぐむしかなかった。
「ウィルにも確かめてもらったから、間違いないわ。アーウィンは守護者よ」
アーウィンはちょこんと会釈した。
「新しく同僚になります。よろしく」
エリオットは少し驚いたように、会釈し返した。
「わかった。でも、どうして悪魔が大陸の真ん中の、
ショルセンなんかにでたんだろう」
「クローゼラの手先だったの」
オーリエイトの返事を聞いて、リオは気まずくなって身を縮めた。
恐れたとおり、オーリエイトは自分を指差した。
「この子を・・・リオを追っていたの」
「何で?」
オーリエイトは首を傾げた。
「まだわからないの。魔力もないみたい。
ウィルは彼女に呪いがかけられてると言ったわ」
「呪い・・・」
エリオットは少し考え込んだ。
「まあ、クローゼラが悪魔を使ってでも追いたい何かを、
その子が持ってるなら、保護すべきだね」
オーリエイトは頷いた。
「だから連れて来たのよ」
エリオットはオーリエイトを見上げた。
「事情は分かった。とりあえずクローゼラには逆らえないから、帰るよ。
その子たち全員、連れて帰るつもり?」
「リオはそうするつもりだけど」
オーリエイトはライリスに目をやった。
「ぼくには帰る家があるから、心配しなくていいよ」
オーリエイトはほっとした顔をした。
「分かった。じゃ、明日荷物をまとめるから、今夜と明日、ここに泊まってって」
エリオットの申し出を、皆はありがたく受けることにした。

皆がそれぞれ部屋に向かおうとしている中で、
アーウィンが一人だけ、エリオットの頭のてっぺんを見つめていた。
気がついたエリオットはその視線に少したじろいだ。
「な、なんだよ」
アーウィンはにぱっと笑った。
「やっぱオレの方が背が高いぜ」
「なに?」
「嘘じゃないよー。やーい、ちびはそっちじゃんか」
二人の会話に気を取られて、皆が二人に注目していた。
エリオットは真っ赤になった。
「ちょっと君、背中を合わせよう」
アーウィンは快く挑戦を受けた。
「ほら、オレの方が5ミリぐらい高いよ!」
「お前の髪の毛が立ってるだけだろ!」
「これは癖っ毛って言うの!それを抜きにしたって、ほら、
やっぱオレの方がちょっと高いぜ」
「そんなの絶対測り間違いだっ!」
「素直に認めろよ、大人気ないぜ。往生際が悪いってやつだね」
「何をーっ、背なんて伸びる!」
「そうだね、オレのも伸びるねー。もっと差が広がったりして」
「なんだって!?絶対追い抜いてやる!」
それから二人は背伸び競争をし始めた。
様子を傍観していたリオは思わず呟いた。
「知り合って一時間も経ってないくせに、さっそく漫才コンビになっちゃったみたい」
隣で聞いていたライリスは爆笑した。



次の日、リオはリディアについて館の周辺を歩いて回った。
リディアはしきりにエリオットのことを話したがり、
意地を張ってるけど本当は優しいのよ、と言って笑った。
本人の申告どおり、確かに仲のいい兄弟らしい。
ノアはずっと小鳥と戯れていた。
気がつくと小鳥の数は増えていて、
さらにはヤマネやらリスなんかも集まってきたので、リオとリディアは仰天した。
連れて帰ってもいい?と例の円らな瞳で哀願してきやしないかと
ひやひやしていたが、また歩き始めると動物たちは散っていったので、
ほっと胸をなで下ろした。
「もしかして、ノアには前にウィルが言ってた、
動物を操る能力があるんじゃないの?」
リオがリディアに聞くと、リディアは不安げに首を傾げた。
「どうかしら。前から動物に好かれやすいところはあったけど、
動物を操っているところは見たことないわよ」
それは本人がそうしたがらないだけではないかと思ったが、
リオはそれ以上、ノアには動物を操る能力がある説を提唱しなかった。

帰ると、エリオットは実験器具や呪符などをかき集めていた。
魔法文字の走り書きや羽ペンなどがそこら中に散らばっている。
みかねたリディアは兄を手伝いにいってしまい、
リオは一人になって屋敷の中を歩き回ることにした。


エリオット一人が住むには大きな屋敷だ。
内装や家具も高級そうで、しっとりと落ち着いた感じだ。
守護者というのは結構羽振りがいいらしい。
客室のある1、2階よりもっと上に階段が続いていたので、
上がってみると屋根裏部屋だった。

かたんと音がしたので見回してみると、
ライリスがひょいと物陰の向こうから顔を出した。
「リオ?どうしたの?」
「ちょっと探検中」
薄明かりの中だと、ライリスはひどく繊細に見える。
おかげで明るい日の光の下の時と違って、
男の服を着ていてもちゃんと女に見えた。
「ライリスは何をしていたの?」
ライリスは開け放たれた窓を指差した。
「外を見てた。近くに大きな町があるみたいだよ」
「どこ?」
リオが聞くと、ライリスはリオの手を引いて窓辺に寄った。
「ほら、あっちのほう。あっちに小さく城が見える」
「本当だ。城ってことは、貴族の領地なのかな」
リオがライリスを見上げると、彼女は頷いた。
「伯爵領だったと思うよ」
リオは聞いていなかった。
ライリスはリオの後ろに立っていて、
リオが振り返るとちょうど彼女の首が見えた。
その首元、ライリスがいつもしているスカーフの陰の鎖骨のあたりから、
ちらりと黒い何かが見えていた。
「何、それ」
「え?」
「怪我じゃないの?見せて」
ライリスがはっとして隠そうとしたが、リオのほうが早かった。
スカーフの下からは、蝶の形の印が出てきた。
「蝶・・・?」
あーあ、というようにライリスが目を逸らす。
「これ、タトゥー?」
リオの問いに、ライリスは視線をリオに戻して少しほっとしたような顔をした。
「違う。痣だよ」
「あざ?こんなにくっきりはっきりした蝶が?」
「そうだよ。・・・このこと、皆に言わないでくれない?
知れるといろいろ厄介なんだ」
リオは眉をひそめた。
「どうして?」
「知ってる人は知ってるからだよ。
ほら、言ったことがあったよね、ぼくは今家出中なんだ」
リオまだ納得がいかず、ライリスを見つめる。
「お願いだよ、リオ」
ライリスがが悲しそうな顔をした。
「今、家に帰りたくはないんだ。見つかったらそれなりの騒ぎになる。
それは避けたいんだよ」
嘘はついていないようだったので、リオは渋々ながら頷いた。
「わかった」
ライリスはほっとしたように笑った。
「ありがと、助かる」
その笑顔は、随分慣れた今でも、十分に見惚れるものだった。
傾国の微笑みを目の前にして、リオの不満はすっかり消し飛んでしまった。
自分が男なら間違いなく溺れてる。
本人はあまり自覚していないらしいのだから、まったく罪な人だ。




最終改訂 2005.12.21