■ |
「移動呪符?」
エリオットは目を瞬いた。
「悪いけど、持ってないよ。
そういうのはレインに聞いてくれ。あいつの専門じゃないか」
「あなたのじゃなければ意味ないじゃないの。
ここからグラティアに戻るのに使うつもりだったんだから」
オーリエイトが言うと、エリオットは少し考えた。
「近くにティスティーの町がある。あそこなら呪符屋があるかもしれない」
「お金は?」
「あるよ。全員が歩きでグラティア帰っても足りるくらい」
「なら、ティスティーに行きましょう。リディアがそろそろ保たないわ」
エリオットは途端に心配そうな顔をした。
「また無理してるの?」
「気丈にも平気なふりをしてるわ」
オーリエイトはそこで少し笑った。
「あなた、やっぱりリディアのこととなると顔色が変わるわね。
シスコンと言われてもしかたないわよ」
「オーリエイトまで!」
エリオットは真っ赤になって言い、怒ったように顔をそむけると、
それからは一切口をきかずに黙々と片付けをしていた。
「ティスティーって言うんだね、あの町」
リオが言うと、ライリスはこくんと頷いた。
「確か、このあたりを治めてる小貴族がティスティー卿っていったはずだよ」
日の光の下に出るとやはり中性的で、男の服を来ているので少年に見える。
いよいよ聖地グラティアに戻るとなって、リディアは少し嬉しそうで、
エリオットは気落ちしていて、アーウィンは上がっていた。
「グラティアってどんなとこだろうなぁ。
移動呪符を使うなら、今日にはつくんだろ?」
エリオットは頷いた。
「ついたら、まずクローゼラに会いに行かせる。
それなりの覚悟はしてろよ、あの人どんな契約を持ち掛けてくることやら」
アーウィンは目を瞬いた。
「契約?」
「そ。守護者を捕らえて自分のものにするつもりだから」
「・・・なんだか、おっかないな」
アーウィンは言いながらぽりぽりと頭を掻いた。
エリオットは呆れたように彼を見る。
「お前、ちょっとは緊張感持てよ」
へっと言ってきょとんとしたアーウィンに、ライリスが苦笑した。
「それをアーウィンに求めるのは無理だよ、エリオット」
「はあ・・・・・」
「ね、エルト、守護者って普段何をやんの?」
口をはさんだアーウィンを、エリオットは軽く睨んだ。
「愛称で呼んでいいって言った覚えはない」
「いーじゃんいーじゃん、同僚になるんだから」
笑っているアーウィンに、言っても無駄だと悟ったのか、
エリオットは天を仰いで溜め息をつき、しかたなく質問に答えた。
「結構普通だよ。魔法薬をつくったり呪符をつくったり。
守護者は何かをすることが重要なんじゃない、
ただこの世に無事に存在していることが大切なんだ」
アーウィンは意味が分からない、というように首を傾げた。
そんなアーウィンを見て、あーもう、とエリオットは唸る。
「何も分かってないじゃんか。クローゼラのご機嫌を損ねたら命取りだぞ」
「はあ・・・そうなん?」
「ったく、もう。しょうがないな、僕がついてってやるよ。へまをしないように」
アーウィンは嬉しそうに笑った。
「そ?サンキュ、エルト。助かる」
変な奴、と呟いてエリオットはそっぽをむいた。
その隣で、リディアはなんだか嬉しそうに微笑んでいた。
リオはこっそりリディアのそばに近付いて耳打ちした。
「仲良くなったみたいだね?」
リディアはくすりと笑った。
「いろいろ言いはするけど、お兄ちゃん、寂しいのよ。
守護者になって三年経っても、まだなかなか慣れないみたいで。
お兄ちゃんにはアーウィンみたいな、
気さくで明るい友達が必要なんだと思うわ」
「ちょっと楽天的すぎるけどね」
リオが呟くと、リディアはただ笑っただけだった。
いつの間にか、アーウィンとエリオットはまた、
オレの方が高い、いや僕だ、と背伸び競争を始めていた。
ティスティーの町はリオが想像したよりずっと大きかった。
あふれる活気と賑わいに、都会は始めてのリオは目を白黒させた。
「すっごい・・・」
人、人、人の波。
道行く人々は彩り豊かなお洒落な服を着ていて、まるで王都のようだった。
「こんなきたくさん店があって、呪符屋なんてみつかるかしら」
リディアもぽうっとしながら呟く。
「大抵の魔法関連の店は、城下にあるよ」
ライリスが助言すると、エリオットは分かったと言って頷いた。
「君達はここで店を見てていいよ。僕は一人で行ってくる」
「オレもいく!」
アーウィンが名乗り出た。
「予習しなきゃ。今まで全部独学で魔法を覚えたから、
ちゃんと正しい知識をつけなきゃね」
「・・・はりきってるな」
エリオットはそう言ったが、ついてくるのを拒みはしなかった。
「じゃ、リディア、ノアを頼むよ」
「分かってるわ、お兄ちゃん」
「変な人についてくなよ。皆から離れないで」
「お兄ちゃん!もう、私は小さな子供じゃないのよ」
あー、とエリオット恥ずかしそうに下を向いたが、
ふと顔を上げてライリスを見つめた。
「君、妹に手出しするなよ」
は、とライリスは面食らった顔をしたが、
すぐにまた勘違いされているのだと思い当たって、ああ、と呟いて苦笑した。
そう言えば、教えていなかったらしい。
リディアが慌てて言った。
「お、お兄ちゃん、ライリスは女の人よ」
えっ、と言ってエリオットはライリスを凝視した。
その視線に、困ったようにライリスが笑う。
みるみるうちにエリオットは真っ赤になって、
あーとかうーとかわけの分からない呟きを漏らし始めた。
「エルト?なに赤くなってんの?」
アーウィンがひょいと顔を覗き込むと、エリオットはうわずった声を出した。
「いいから、行こう!」
「あ、お兄ちゃん、まだライリスに謝ってな・・・」
リディアの制止も耳に入らず、
エリオットはアーウィンを引っ張ってずんずん歩いていってしまった。
二人を見送るライリスの横顔を見て、リオはフッと気付いた。
「・・・ライリス、寂しい?」
「何が?」
ライリスがリオを見つめる。
「アーウィンよ。守護者になったら、一緒に旅とかできないんじゃない?」
ライリスは微笑んだ。
「まあね、ちょっとは寂しいよ。相棒みたいな感じだったし」
でも、と言ってライリスは二人の消えた方を見つめた。
「これはあいつの決めることだよ。
あいつも、あれでも迷ってたから、そう言ってやった。
ぼくにはちゃんと帰るところがあるから、心配しなくていい、って」
「・・・そう」
「それに、会えなくなるわけじゃないしね」
付け加えて、ライリスはニッと笑った。
思っていたよりずっと、
この二人は強い友情でつながっているのだ、とリオは悟った。
しばらく店を見て回った。
ぽつぽつと、お土産用の魔法薬草なども売っていた。
ここらは魔法薬草が特産らしい。
物珍しくそれらを眺め、リディアと一緒に、嫌がるオーリエイトをつかまえていろいろなアクセサリーをつけさせて喜んだ。
ライリスはその隣で声を立てて笑い、
似合うよとオーリエイトに言うと、彼女は頬を染めてむっつりとした。
しかし、リオとリディアが次はライリスのほうを向くと、彼女はぎょっとした顔をして逃げようとした。
「いいじゃないの、女の子でしょ!」
二人で叫んで追い回す。
ライリスはオーリエイトに助けを求めたが、彼女は知らん振りをした。
その時、近くで黒い光が走って爆発音がした。
急なことに、一斉に悲鳴が上がる。
堰を切ったように人々が逃げ出し、一瞬にして大混乱になった。
リオの血は凍った。聞き覚えのある爆発音だった。
リディアが隣で悲鳴を上げる。
「悪魔!」
その通りだった。通りの向こうから、悪魔が二人、
たくさんの魔物を連れて踊るようにこちらへ向かってきている。
リオはその向こうに、よく見知ったあの魔法使いがいることに気付いた。
「あ・・・・・」
恐怖の呟きを漏らして、リオは後退った。
オーリエイトが素早く杖を召喚してリオの前に出る。
ライリスは、無意識に逃げ出そうとしていたリオの手を取った。
「君を追ってきてるのはやつら?」
リオは言葉もなく頷いた。
「早く、逃げて」
言われて、リオはライリスを見上げる。彼女の緑色の瞳はまっすぐだった。
「でも」
「無駄よ、ライリス」
オーリエイトが鋭い声で言った。
「相手が速すぎるわ」
確かに、もう目の前に迫っていた。
ノアの肩にとまっていた小鳥たちが、ついに危険を感じたのか、慌てて飛び立つ。
くそ、と吐き捨てて、ライリスは弓を構えた。
矢を2本取りだし、羽を一部歯で噛んでむしり取ると、2本とも弓につがえる。
放たれた矢は両方とも、魔物の親玉らしいのに命中した。
群れの統制が崩れたが、数は変わらない。
矢では無理だと判断して、前列の二人は魔法を使い始めた。
光の玉が突風を巻き起こしながら飛んでいく。
前の方の魔物たちが吹っ飛んだ。
「ライリス、素手でそんな魔法を使うのは無理があるわ!狂いがありすぎる」
オーリエイトが怒鳴る。
「そんなこと言ったって、杖も呪符も持ってない!」
ライリスが叫び返した。
「オーリエイト!」
「ライリス!」
アーウィンとエリオットの声がした。
二人が走ってくるところだった。
「何なんだ、これは。悪魔がティスティーに出るなんて!」
エリオットが動揺している隣で、
一度襲撃を受けたことのあるアーウィンは状況をよく理解していた。
「我に従え、火の元素に属するものよ!」
炎がわき起こって魔物たちを焼き殺していく。
それを見てエリオットはやっと気を取り直した。彼も杖を召喚する。
「大地裂開!」
叫んでエリオットが杖を地面に突き刺すと、道の真ん中から亀裂が走り、
ぱっくり口を開けたかと思うと、断末魔をあげて落ちていく魔物たちを飲み込むと、
何ごともなかったかのように口をとじた。
砂煙が漂っていた。
その向こうから、こつこつと足音が聞こえて、例の魔法使いが姿を表した。
「随分と仲間が増えたじゃないか、レオリア・ラッセン」
薄く笑って言った彼はしかし、エリオットに目をやって驚いた顔をした。
エリオットもあっと声をあげた。
「お前、クローゼラの!」
「おやおや、奇遇ですな、ガーディアン殿」
魔法使いはそう呟いて、冷笑を浮かべた。
|
■ |