EVER...
chapter:1-story:20
ティスティーの町で

 

「移動呪符?」
エリオットは目を瞬いた。
「悪いけど、持ってないよ。
そういうのはレインに聞いてくれ。あいつの専門じゃないか」
「あなたのじゃなければ意味ないじゃないの。
ここからグラティアに戻るのに使うつもりだったんだから」
オーリエイトが言うと、エリオットは少し考えた。
「近くにティスティーの町がある。あそこなら呪符屋があるかもしれない」
「お金は?」
「あるよ。全員が歩きでグラティア帰っても足りるくらい」
「なら、ティスティーに行きましょう。リディアがそろそろ保たないわ」
エリオットは途端に心配そうな顔をした。
「また無理してるの?」
「気丈にも平気なふりをしてるわ」
オーリエイトはそこで少し笑った。
「あなた、やっぱりリディアのこととなると顔色が変わるわね。
シスコンと言われてもしかたないわよ」
「オーリエイトまで!」
エリオットは真っ赤になって言い、怒ったように顔をそむけると、
それからは一切口をきかずに黙々と片付けをしていた。


「ティスティーって言うんだね、あの町」
リオが言うと、ライリスはこくんと頷いた。
「確か、このあたりを治めてる小貴族がティスティー卿っていったはずだよ」
日の光の下に出るとやはり中性的で、男の服を来ているので少年に見える。
いよいよ聖地グラティアに戻るとなって、リディアは少し嬉しそうで、
エリオットは気落ちしていて、アーウィンは上がっていた。
「グラティアってどんなとこだろうなぁ。
移動呪符を使うなら、今日にはつくんだろ?」
エリオットは頷いた。
「ついたら、まずクローゼラに会いに行かせる。
それなりの覚悟はしてろよ、あの人どんな契約を持ち掛けてくることやら」
アーウィンは目を瞬いた。
「契約?」
「そ。守護者を捕らえて自分のものにするつもりだから」
「・・・なんだか、おっかないな」
アーウィンは言いながらぽりぽりと頭を掻いた。
エリオットは呆れたように彼を見る。
「お前、ちょっとは緊張感持てよ」
へっと言ってきょとんとしたアーウィンに、ライリスが苦笑した。
「それをアーウィンに求めるのは無理だよ、エリオット」
「はあ・・・・・」
「ね、エルト、守護者って普段何をやんの?」
口をはさんだアーウィンを、エリオットは軽く睨んだ。
「愛称で呼んでいいって言った覚えはない」
「いーじゃんいーじゃん、同僚になるんだから」
笑っているアーウィンに、言っても無駄だと悟ったのか、
エリオットは天を仰いで溜め息をつき、しかたなく質問に答えた。
「結構普通だよ。魔法薬をつくったり呪符をつくったり。
守護者は何かをすることが重要なんじゃない、
ただこの世に無事に存在していることが大切なんだ」
アーウィンは意味が分からない、というように首を傾げた。
そんなアーウィンを見て、あーもう、とエリオットは唸る。
「何も分かってないじゃんか。クローゼラのご機嫌を損ねたら命取りだぞ」
「はあ・・・そうなん?」
「ったく、もう。しょうがないな、僕がついてってやるよ。へまをしないように」
アーウィンは嬉しそうに笑った。
「そ?サンキュ、エルト。助かる」
変な奴、と呟いてエリオットはそっぽをむいた。
その隣で、リディアはなんだか嬉しそうに微笑んでいた。
リオはこっそりリディアのそばに近付いて耳打ちした。
「仲良くなったみたいだね?」
リディアはくすりと笑った。
「いろいろ言いはするけど、お兄ちゃん、寂しいのよ。
守護者になって三年経っても、まだなかなか慣れないみたいで。
お兄ちゃんにはアーウィンみたいな、
気さくで明るい友達が必要なんだと思うわ」
「ちょっと楽天的すぎるけどね」
リオが呟くと、リディアはただ笑っただけだった。
いつの間にか、アーウィンとエリオットはまた、
オレの方が高い、いや僕だ、と背伸び競争を始めていた。


ティスティーの町はリオが想像したよりずっと大きかった。
あふれる活気と賑わいに、都会は始めてのリオは目を白黒させた。
「すっごい・・・」
人、人、人の波。
道行く人々は彩り豊かなお洒落な服を着ていて、まるで王都のようだった。
「こんなきたくさん店があって、呪符屋なんてみつかるかしら」
リディアもぽうっとしながら呟く。
「大抵の魔法関連の店は、城下にあるよ」
ライリスが助言すると、エリオットは分かったと言って頷いた。
「君達はここで店を見てていいよ。僕は一人で行ってくる」
「オレもいく!」
アーウィンが名乗り出た。
「予習しなきゃ。今まで全部独学で魔法を覚えたから、
ちゃんと正しい知識をつけなきゃね」
「・・・はりきってるな」
エリオットはそう言ったが、ついてくるのを拒みはしなかった。
「じゃ、リディア、ノアを頼むよ」
「分かってるわ、お兄ちゃん」
「変な人についてくなよ。皆から離れないで」
「お兄ちゃん!もう、私は小さな子供じゃないのよ」
あー、とエリオット恥ずかしそうに下を向いたが、
ふと顔を上げてライリスを見つめた。
「君、妹に手出しするなよ」
は、とライリスは面食らった顔をしたが、
すぐにまた勘違いされているのだと思い当たって、ああ、と呟いて苦笑した。
そう言えば、教えていなかったらしい。
リディアが慌てて言った。
「お、お兄ちゃん、ライリスは女の人よ」
えっ、と言ってエリオットはライリスを凝視した。
その視線に、困ったようにライリスが笑う。
みるみるうちにエリオットは真っ赤になって、
あーとかうーとかわけの分からない呟きを漏らし始めた。
「エルト?なに赤くなってんの?」
アーウィンがひょいと顔を覗き込むと、エリオットはうわずった声を出した。
「いいから、行こう!」
「あ、お兄ちゃん、まだライリスに謝ってな・・・」
リディアの制止も耳に入らず、
エリオットはアーウィンを引っ張ってずんずん歩いていってしまった。

二人を見送るライリスの横顔を見て、リオはフッと気付いた。
「・・・ライリス、寂しい?」
「何が?」
ライリスがリオを見つめる。
「アーウィンよ。守護者になったら、一緒に旅とかできないんじゃない?」
ライリスは微笑んだ。
「まあね、ちょっとは寂しいよ。相棒みたいな感じだったし」
でも、と言ってライリスは二人の消えた方を見つめた。
「これはあいつの決めることだよ。
あいつも、あれでも迷ってたから、そう言ってやった。
ぼくにはちゃんと帰るところがあるから、心配しなくていい、って」
「・・・そう」
「それに、会えなくなるわけじゃないしね」
付け加えて、ライリスはニッと笑った。
思っていたよりずっと、
この二人は強い友情でつながっているのだ、とリオは悟った。


しばらく店を見て回った。
ぽつぽつと、お土産用の魔法薬草なども売っていた。
ここらは魔法薬草が特産らしい。
物珍しくそれらを眺め、リディアと一緒に、嫌がるオーリエイトをつかまえていろいろなアクセサリーをつけさせて喜んだ。
ライリスはその隣で声を立てて笑い、
似合うよとオーリエイトに言うと、彼女は頬を染めてむっつりとした。
しかし、リオとリディアが次はライリスのほうを向くと、彼女はぎょっとした顔をして逃げようとした。
「いいじゃないの、女の子でしょ!」
二人で叫んで追い回す。
ライリスはオーリエイトに助けを求めたが、彼女は知らん振りをした。

その時、近くで黒い光が走って爆発音がした。
急なことに、一斉に悲鳴が上がる。
堰を切ったように人々が逃げ出し、一瞬にして大混乱になった。
リオの血は凍った。聞き覚えのある爆発音だった。
リディアが隣で悲鳴を上げる。
「悪魔!」
その通りだった。通りの向こうから、悪魔が二人、
たくさんの魔物を連れて踊るようにこちらへ向かってきている。
リオはその向こうに、よく見知ったあの魔法使いがいることに気付いた。
「あ・・・・・」
恐怖の呟きを漏らして、リオは後退った。
オーリエイトが素早く杖を召喚してリオの前に出る。
ライリスは、無意識に逃げ出そうとしていたリオの手を取った。
「君を追ってきてるのはやつら?」
リオは言葉もなく頷いた。
「早く、逃げて」
言われて、リオはライリスを見上げる。彼女の緑色の瞳はまっすぐだった。
「でも」
「無駄よ、ライリス」
オーリエイトが鋭い声で言った。
「相手が速すぎるわ」
確かに、もう目の前に迫っていた。
ノアの肩にとまっていた小鳥たちが、ついに危険を感じたのか、慌てて飛び立つ。
くそ、と吐き捨てて、ライリスは弓を構えた。
矢を2本取りだし、羽を一部歯で噛んでむしり取ると、2本とも弓につがえる。
放たれた矢は両方とも、魔物の親玉らしいのに命中した。
群れの統制が崩れたが、数は変わらない。
矢では無理だと判断して、前列の二人は魔法を使い始めた。
光の玉が突風を巻き起こしながら飛んでいく。
前の方の魔物たちが吹っ飛んだ。
「ライリス、素手でそんな魔法を使うのは無理があるわ!狂いがありすぎる」
オーリエイトが怒鳴る。
「そんなこと言ったって、杖も呪符も持ってない!」
ライリスが叫び返した。

「オーリエイト!」
「ライリス!」
アーウィンとエリオットの声がした。
二人が走ってくるところだった。
「何なんだ、これは。悪魔がティスティーに出るなんて!」
エリオットが動揺している隣で、
一度襲撃を受けたことのあるアーウィンは状況をよく理解していた。
「我に従え、火の元素に属するものよ!」
炎がわき起こって魔物たちを焼き殺していく。
それを見てエリオットはやっと気を取り直した。彼も杖を召喚する。
「大地裂開!」
叫んでエリオットが杖を地面に突き刺すと、道の真ん中から亀裂が走り、
ぱっくり口を開けたかと思うと、断末魔をあげて落ちていく魔物たちを飲み込むと、
何ごともなかったかのように口をとじた。

砂煙が漂っていた。
その向こうから、こつこつと足音が聞こえて、例の魔法使いが姿を表した。
「随分と仲間が増えたじゃないか、レオリア・ラッセン」
薄く笑って言った彼はしかし、エリオットに目をやって驚いた顔をした。
エリオットもあっと声をあげた。
「お前、クローゼラの!」
「おやおや、奇遇ですな、ガーディアン殿」
魔法使いはそう呟いて、冷笑を浮かべた。




最終改訂 2005.12.29