EVER...
chapter:1-story:21
蝶の痣

 

「知り合い?」
オーリエイトが尋ねると、エリオットか唸った。
「不本意ながら」
「それはひどい言い方だ、同じくクローゼラ様に仕える身なのに」
「僕は守護者になっただけだ、クローゼラに仕えているわけじゃない」
エリオットが食い下がった。
「おや、契約を交わした者は誰でもクローゼラ様に仕えているも同然じゃないか」
エリオットは返す言葉をなくし、低く呻いた。
「悪いことは言わない。その子を渡してもらおう。
それとも、あなた達が始末してくれると言うのなら構いませんがね」
「悪魔が二人ついただけで、随分と強気ね」
オーリエイトがぽつりと呟いた。
魔法使いは冷笑を浮かべたままだ。
「どうしますか、エリオット殿」
「どうするって・・・」
エリオットは杖を掲げた。
「強行突破に決まってるだろう!」
その叫び声を聞いて、リオは我に返った。
彼らは、本気で自分を守るつもりなのだ。
「大地裂開!」
再び道の真ん中て、亀裂が口を開けた。
魔法使いは驚いてわきによける。
悪魔たちも慌てて翼を広げて飛び立った。
怒った悪魔たちがまた魔物を放った。
その数匹がリオを目掛けて飛び掛かる。
リオを庇って立ち塞がったリディアの前に、さらにライリスが躍り出て、魔法球をつけた矢を立て続けに放った。
宙で命を散らした魔物たちは地面に崩れ落ちた。
魔法特有の生き物の焦げるような臭気が鼻をつく。
リオはリディアの手を引いて数歩下がった。
その時、突然けたたましい音が空に満ちた。鳥だった。
ノアがはっとしてリディアの裾を掴んだところを見ると、さっきまでノアにくっついていた鳥が仲間を連れて帰ってきたらしい。
鳥たちが群れをなして魔法使いと悪魔たちに襲いかかり、所構わずつつき始めたので、彼らはたまらずに悲鳴を上げた。
一同唖然とする中、オーリエイトだけが冷静にこれがチャンスだと気付いた。
鳥たちと格闘している悪魔たちに杖を突き付ける。
「輝光燦爛!」
目にも眩しい光が迸って、全員が目を塞いだ。
悪魔たちが悲鳴を上げるのが聞こえた。
その悲鳴が体の四肢まで走って、ぴりぴりと痺れる。
ようやく目を開けると、土煙もおさまって、悲惨な状態の大通りが残った。
鳥たちは仕事を終えると散って行き、例の数羽だけノアのところに戻ってきた。
ノアは嬉しそうに彼らを向かえた。
「エルト」
オーリエイトがエリオットに駆け寄る。
「大丈夫?大地裂開を二度も使うなんて」
エリオットは汗だくで、青ざめていた。
「これくらい・・・」
「お兄ちゃん!強がってどうするのよ」
リディアがエリオットに駆け寄ろうとする。
その時だった。

「動くな!!」
太い声が響いた。
全員がはっとして顔を上げると、いつの間にか兵士に取り囲まれていた。
鋭く光る刀を携え、盾を構えている。
中には魔法使いらしき人影もいた。
その中でも大将らしき人物が、こちらに向かって指揮棒を指している。
「悪魔をおびき寄せるとは何者だ!ひっ捕らえよ!」
まずいことになった、と誰もが思った。
「ま、待ってください!僕らはおびき寄せたんじゃなくて・・・」
「おい、そいつは魔法使いだ、危ないぞ、捕らえろ!」
説明しようとしたエリオットの話も聞かず、大将が号令をかけた。
一人青い髪という、思い切り目立つ異色の髪をしていたからだろう。
驚いたエリオットが魔法を使う間もなく、いつの間にか兵士が背後につけていた。
麻酔を嗅がされ、エリオットはわずかに抵抗するように手を上げたが、すぐに意識を手放して兵士の腕の中に倒れた。
「お兄ちゃん!」
リディアが悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたが、オーリエイトが素早く制した。
「待って、リディア」
そして、兵士に向き直った。
「やめてください」
静かな声で、彼女は言う。
「見当違いです。私たちは襲われたから追い払っただけなんです」
「では、なぜ真昼に悪魔がわざわざお前たちを狙う?」
大将が声を張り上げた。
説明できるような事情ではない。さすがのオーリエイトも黙ってしまった。
「あーもう、悪魔の考え方なんてオレらに分かるわけねぇだろが!」
アーウィンが叫んだ。
「オレは教会の人間です!
いや、なる予定なだけだけど・・・とにかく教会の人間なんだ!
捕まえたら神様の祟りが落ちるぞ。とにかくエルトを返せよ!」
本人は自分が言ったことがどれだけ効くのか
自信がなさそうだったが、意外と効いた。
兵士たちの間に動揺が生まれた。
教会という言葉は彼らにとって脅威なのだ。
大将は形勢が逆転されそうなことに気付いて腹を立てた。
「ええいバカども、申し開きは後でさせろ。
容疑者なんだから捕らえるのが先だ!」
叱咤されて、兵士たちは弾かれたように動きだした。

一番速かったのはライリスだった。
意地でも捕まってたまるかとばかりに魔法球を連打する。
オーリエイトとアーウィンもそれに倣った。
「こいつらも魔法使いか!」
怯んだ兵士たちは、抵抗の術のないリオたちに狙いを定めたらしい。
腰をむんずとつかまれ、抱えられてしまったリオは、
悲鳴を上げて全身全霊で暴れた。
小柄な少女の意外に強固な抵抗にあって、兵士はリオを取り落とした。
立ち上がって逃げようとしたとき、リオは魔法使いがひとり、
こちらに呪符で狙いを定めたのが見えた。

避けようがあるはずもなかった。
放たれた呪文がリオを捕らえる。
視界が一気に暗転した。
呪文の波がリオに絡み付いて、意識を奪おうと手を伸ばしてくる。
リオは喘ぎ、必死に意識を自分の中に抱え込んだ。
なおも絡み付こうとする呪文を振り払う。
徐々に、呪文は諦めたようにリオから離れていった。
リオは意識を抱えたまま耐えた。

ふっと、視界が元に戻った。
くらくらしてとても立てそうになかったが、
意識はあってリオは地面にはいつくばっていた。
間もなく兵士たちが集まってきて、リオを取り押さえた。
リオは目を閉じて、喘ぎながら、
自分が呪文から逃れたことを密かに噛み締めていた。


一方、同じく無防備なノアがやはり兵士に捕まっていた。
もし彼に声があったなら、悲鳴を上げているのだろう。
「ノア!」
必死に取り戻そうとするリディアに向かって、隣から矢が飛んできた。
「リディア!」
叫んでとっさに庇ったのはアーウィンだった。
矢を叩き落とす余裕がなかったのか、直接体で庇ったので、肩に矢が刺さって彼は崩れ落ちる。
リディアは仰天して彼に駆け寄った。
「アーウィン!大丈夫!?」
アーウィンは傷口を押さえて唇を噛み締めていた。
見る見る間に冷や汗が吹き出る。
慌てて天使の癒しの力を使おうとしたリディアを、アーウィンが止めた。
「無駄だよ。もう魔力は使い切った。治してもらったところで逃げられない」
「でも!」
「ここでおとなしく手の内を明かすことはないぜ。
その目の色が天使の色だなんて、知ってるやつはいないだろうからさ」
兵士たちが集まってきて二人を取り囲む。
アーウィンはそれには目をくれず、リディアに向かってにやりと笑った。
「おとなしく捕まっとこうぜ。まだライリスとオーリィが頑張ってる。
すぐ助けにきてくれるさぁ」
俯いたリディアに、縄がかけられた。


「お前たちの他は全員捕まったぞ」
大将が勝ち誇ったように叫ぶ。
オーリエイトとライリスは動きを止めて、息を乱しながら大将を見上げた。
「お前らもおとなしく捕まっとけ!」
大将の哄笑が響く中、ライリスはスカーフの裾で汗を拭った。
「ったく、どうしてこうなるかな」
「諦めたほうが良さそうね」
オーリエイトが相変わらずの冷静さで言ったが、ライリスは首を横に振った。
「必要ない。あーあ、結局レアフィリスに戻らなきゃならないわけだ」
オーリエイトがまゆをひそめた前で、ライリスは大将の前に進み出た。
進みながらスカーフに手を伸ばして、引っ張る。
はらりと落ちたスカーフの下からは、蝶の形の痣が出てきた。
大将ははっと息を呑む。
「お前、いや、あなたは・・・」
「ティスティー卿の手の者だね?」
急に腰を低くした大将と、威厳とも呼べるものを放つライリスとを、
オーリエイトは呆然として見比べた。
「レアフィリス・ローズ・ヘイヴン・ショルセンという名に聞き覚えはあるか?」
「は、はい、もちろんです!
王国に仕えるものでその痣の意味を知らぬものはおりません!しかし、その・・・」
「なんだ?」
大将はすっかりおとなしくなって、おずおずと言い出した。
「何ゆえこのような地へ?」
ライリスはきっとなった。
「お忍びと言う言葉を知らないのか?」
「す、すみません!」
大将は縮こまった。
「大変無礼を致しまして、申し訳ございません。御友人様も」
頭を下げられ、オーリエイトは面食らってはあ、と呟いた。
開けっ広げに驚きを表情にするオーリエイトは珍しい。
ライリスは低い声で聞いた。
「みんな放してくれるだろうね?」
大将は地に頭をつけんばかりの勢いで頭を下げた。

「もちろんでございます、レアフィリス王女」





最終改訂 2006.01.04