EVER... 22

■	EVER... chapter:1-story:22 疎外意識の裏返し	■
■	「どうだった？」オーリエイトが聞くと、ライリスは――― 王女は難しい顔をした。「エリオットだけは取り戻した」「エルトだけ？」頷くライリスの首元には、王標印と呼ばれる蝶の痣。左鎖骨にかぶさるように舞う青い蝶は、痣とは思えないほどくっきりしていた。「意識のあった四人は真っ直ぐ侯爵の牢に送っちゃったって。大将が殺されそうって顔して怯えてたから、あまり叱れなかったけど」相変わらずライリスは気さくにオーリエイトに接していたし、オーリエイトも最初の衝撃が去った後は以前のようにライリスに接していた。王女の身分が何の影響も及ぼさなかったところを見ると、二人の間には何か共通するものがあるらしい。「侯爵相手だとその痣も役に立たない？」揶揄するように言われ、ライリスは苦笑した。「というか、逆効果。あの人はぼくの望みを挫くためなら何でもする」オーリエイトは目を瞬いた。「なぜ？」「君は、このショルセン王国に王女がいることを知ってた？」「・・・いいえ」「なぜ公表されないのか、それを考えれば分かる」言って、ライリスはまたスカーフを首に巻いた。ずっとスカーフを身に付けていたのは痣を隠すためだったのだと、今になって分かった。首の後ろで結う動作も、王族に相応しい、洗練されたもので。「じゃあ、他の子たちはどうするのよ」オーリエイトはまだ気を失ったままのエリオットをベッドに横たえた。ライリスはにやり、と笑った。「力ずくしかないでしょう」オーリエイトは呆れたような顔をしたが、反対はしなかった。ライリスは弓に弦を張り、エリオットを顎でしゃくった。「彼の言う、強行突破ってやつさ」リオは目を開けた。体中に力がなかった。呪文から逃れようとして多大なエネルギーを使ってしまったらしい。そのせいで今まで眠ってしまったようだ。腕に重みを感じて見てみると、ノアが寄り掛かっていた。リオが身動ぎしたのに気付くと、彼はリオを見上げ、リオが起きたと分かるとパッと顔を輝かせてリオに抱きついた。「ノアも捕まったのね」リオはノアを抱き締め返した。「大丈夫、あたしがついてるから」リオはそう囁いてノアの髪にキスをした。その時、格子窓からノアの小鳥が入ってきた。ノアは彼らを迎え、助けを求めるような目で彼らを見つめた。小鳥たちは心得たようにさえずると、ぱっと飛び立っていった。「助けを呼びにいってくれてるの？」ノアに尋ねると、彼はニッコリと笑った。肯定の意だと知って、リオも微笑み返した。やはりノアは動物と愛し愛されるだけではなく、心を通じ合うことができるのだ、と半ば確信を持った。リオは天井を仰いだ。捕らえられていることがクローゼラに知れて教会に引き渡されることと、他の仲間たちが捕まっていないかということが、目下一番心配なことだった。ノアは眠そうにこくりと首をたれた。「眠い？」聞くと、こくんと頷く。何か子守唄、と考えたが、とっさに思い出したのはウィルに教えてもらったあの歌だけだった。まあいいや、誰も聞いてやしないだろうし。「暁の空に星ひとつ　海に落ちて波ひとつ････」微かな歌声だけが独房の闇を彩っていた。「王女ぉ！？」目を覚ましたエリオットは事情を聞いて叫んだ。「王位継承者！？それにリディアとノアが捕まった！？」「エルト、驚くなら一つにしぼって驚きなさいよ」オーリエイトから飛んできた無茶な注文の意味なく、エリオットは思い切りパニックになっていた。「何で王女がこんな所にいるんだよ！それよりあの大将の聞く耳持たず！あんなに僕たちじゃないって言ったのに、捕らえるなんて！」「手分けしよう」ライリスは思いっ切りエリオットを無視して言った。「大将に聞いたところによると、アーウィンがリディアと同じ階にいるって。ノアはリオと一緒に捕まってるらしいけど、二人とは違う階だ。エルト、どっちに行きたい？」エリオットはもう愛称で呼ばれることに抗議をしなかった。パニクるのをやめて少し考えたあと、ぽつりと言った。「・・・アーウィンがいるなら、そっちは一人で足りるだろう。僕は仮にも守護者なんだから、一人でそっちに行くよ」ライリスは頷いた。「じゃ、オーリエイトはぼくと、ノアとリオの所へ」オーリエイトは頷くと、早速呪符の整理をして準備を始めた。「あ、オーリィ、僕も手伝う」エリオットが言って、ライリスのそばを通り過ぎようとした。すれ違いざま、エリオットはライリスの囁きを聞いた。「疎外意識の裏返し」エリオットはぴたりと立ち止まった。ライリスを振り返らずに聞く。「・・・どうして？」「あ、当たった？」ライリスが悪びれずに言う一方で、エリオットは声を低くした。「それでも、僕は構わない。それで居場所が見つかるなら」哀しい余韻を残して、エリオットはまた歩き出して、何ごともなかったかのようにオーリエイトを手伝い始めた。ライリスは目を閉じてふっと笑った。「もがいているのは、ぼくだけじゃないわけだ」窓の外で、夜が明けようとしていた。アーウィンは極力動かないように心掛けていた。体力と魔力の大きさが比例することに、初めて気が付いた。時折近くの牢からリディアの歌声が聞こえた。浄化作用があるという天使の歌。こうして遠くから彼女は、間接的に癒しの力を作用させて、傷を治してくれているのだ。おかげで傷の治りは早いようだ。じっと耐え続けて、陽の光が壁の上の方にある窓から差し始めた頃。外で爆発音がして、わずかに床が揺れた。アーウィンは、慌てる牢番を尻目にほくそ笑んだ。「来たな」たった三人で乗り込んできた少年少女たちは、一晩休んだだけで気力十分だった。呪符をオーリエイトにもらったライリスは、魔法の乱れを抑えられるようになって、オーリエイト顔負けの強力な魔法を繰り出せるようになった。エリオットなどは仮にも守護者を拝命された少年である。昨日の抵抗が弱々しかったのは、あくまで悪魔たちと戦った後だったからなのだ、と兵士たちはいやでも知ることになった。滅多に見れない、強力な魔法を前に、逃げ出す兵士も少なくはなかった。アーウィンの看守をしていた兵も、鍵を放り出したのにも気付かずに逃げ出した。アーウィンはしめた、と思って鉄格子の間から腕を伸ばす。指先が触れるか触れないかの距離だ。腕を千切る勢いで伸ばすと、辛うじて届いた。早速鍵をあけ、隠し持っていた呪符で魔法錠もはずす。ところが、牢から出たところで男に外階段への道を塞がれた。襟首を掴まれてぶら下げられ、アーウィンは喚いた。「んだよ、放せよ、このジジイ！」「口の悪い坊主だな。本当に教会のやつか？」男は豪華な服を着ていた。侯爵らしい。侯爵は怒りを全部アーウィンにぶつける気らしかった。「この騒ぎは大方、王女の仕業だろうな。だが、わたしは、教会も王女も大嫌いなんだよ！」澱んだ殺気に身の危険を感じたアーウィンは、指先に火を点して彼に向かって投げ付けた。服が燃え始めて驚いた侯爵はアーウィンを落とし、アーウィンは素早く立ち上がって逃げようとした。だが、侯爵の後ろにはたくさんの兵が控えていた。一瞬ひるんだアーウィンだったが、すぐに持ち前の身軽さで攻撃をかわしながら、じりじりと出口へつめていった。脇へ飛び退き、宙返りをし、時には小さな魔法球を放って。しかし、受けた傷が足を引っ張った。動きすぎて肩に激痛が走り、アーウィンは立てなくなってうずくまってしまった。チャンスとばかりに兵の手が伸びてくる。その時、空気が捩れた。強い波長が押し寄せて、アーウィンは咄嗟に魔法のシールドを張った。回りの兵が口を開けて苦悶の表情を浮かべている。捩れがおさまった時には、一人残らず気絶していた。エリオットが、今ので力を使い切った様子で杖にしがみついていた。「エルト！」「ったく・・・」呟いて、エリオットはアーウィンのそばへ歩いていった。ついに力尽きたように座り込んで、二人は背中を合わせた。「世話をかけさせるな、アーウィン」「わりぃ・・・」アーウィンが手を差し出した。「・・・なんだよ」「手を打つんだよ」その意味を悟って、エリオットは不思議そうにアーウィンをみつめた。「お前ってほんと、変な奴」勝利の証しに打ち合わせた手の音は、心地好く響いた。「リディアは？」「向こうの牢だと思う。あっちから歌が聞こえてた。ライリスとオーリィはどうしたん？」「リオとノアを探しにいってる」二人は立ち上がって、リディアの所へ向かった。二人の姿を見つけたリディアは、表情を輝かせて、すぐ駆け寄ってきた。アーウィンが呪符で鍵を開けてあげると、リディアは安堵のあまり、飛び出してきて兄に抱き付いた。「お兄ちゃん！」「ごめん、遅くなった」妹を抱き締め返しながら、エリオットの脳裏にはライリスの言葉が反芻されていた。「疎外意識の裏返し」エリオットは目を閉じる。妹を抱き締める腕に力を込めた。疎外意識の裏返し？ ――― それでも、いい。	■
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■	最終改訂　２００６．０１．１１	■