EVER... 23

■	EVER... chapter:1-story:21 「守護者」	■
■	ノアは相変わらずちょこんと座っておとなしくしていた。自分だけならともかく、こんな幼いノアがこんなところに捕まっていては可哀想だとリオは思った。捕まってから何も食べていないし、体力も限界に近付いている。一晩牢で越して、ついに空が白み始めた頃、例の小鳥が戻ってきた。「みんなが来たの？」ノアに問うと、ノアは嬉しそうに頷いた。「うん」始め、その返事を受け流していたリオは、突然気が付いてノアの肩を揺さぶった。「ノア！ちょっと、もう一回！」ノアはきょとんとして、リオを見つめ返した。「今しゃべったでしょ？もう一回！」ノアはぽかんとして、口をあけてみた。「う、ん・・・・？」夢じゃなかった。狂喜して叫び声を上げそうになり、リオはすんでの所でこらえた。「リオ、って言ってごらん？」「いぅお」難しかったか。それはそうだ、まる8年舌なんで物を食べるときにしか使ったことなかったのだろう。「リオよ、べろをね、よく見てて････リ、って」「リ、オ？」「おおっ！やったわ！」口利き講座が佳境に入ったその時、城の外で轟音がした。「派手にやったのね」一足先に集合場所に戻ってきたライリスに対して人事のように呟いて、リディアは遠目に城を眺めて溜め息をついた。「こそこそ隠れて動けるほど、城内を知らなかったからね」ライリスは苦笑する。「正面から叩いて動揺を誘って、ぼろを出させた方が楽だった」「・・・そういう作戦があったの」ライリスにはそれに応えるようにウインクした。王女だと兄たちから聞いたが、信じられない、とリディアは思った。「・・・・王子って言われたほうがまだ頷けるのよね」「何か言った？」「な、なんでもない！・・・ところで、アーウィンは？」草むら中から手が上がった。「ういーっす、ここだよ」「怪我はどう？」「リディアのおかげでだいぶ治ったよ。まだ動くと痛いんでそっちに行けないけど、そこらへん御勘弁」「いいよ。それより、ビッグニュースがあるんだ」秘密めいた笑みを浮かべるライリスに三人がきょとんとしていると、草むらをかき分けてオーリエイトが姿を現した。続いて、リオとノアが出てくる。ノアは迷わずにリディアに飛び付いた。「ノア！無事だったのね」リディアもほっとしたように言った。ノアは顔を上げてリディアを見つめると、注意深く発音した。「お、ね、い、ちゃ、ん」「はい？」リディアは驚いてノアを凝視した。リオは説明した。「急に声が出るようになったみたいなの。ノア自身も、始めは自分が喋れるようになったことに気付いてなかったみたい」「・・・喋れるように・・・なったの？」信じられない、というようにリディアが呟いた。ノアはもう一度、さっきよりも流暢に言った。「お姉ちゃん。お、にい、ちゃん」言えた、と言ってノアは嬉しそうに笑った。リディアは夢中で弟を抱き締めた。「喋れるようになったのね！呪いが解けたのね！」エリオットも呆然として、事情が飲み込めていないようだった。「お兄ちゃん、ノアの呪いが解けたのよ！」はしゃぐ兄弟たちに、オーリエイトは不審そうな視線を送った。「不思議。どうして、急に」「結果オーライ。悩み過ぎると眉間にシワがよるよ。せっかくの美人が台無し」ライリスが言ってオーリエイトの肩をぽんと叩いた。オーリエイトは軽く彼女を睨む。「失礼ね」リオは苦笑した。こんな会話をして恥ずかしくないのは、やはりライリスがどうあっても女の子だからだろう。そこでリオは、はたと思い出した。急いでライリスの腕を引く。「ね、ライリスって本当に王女様？」ライリスは含み笑いをした。「君は感付いてたじゃない」「貴族だとは思ったけど、王族だとは思わなかったわ」「・・・だろうね。王標印を見ても反応しなかった。やっぱり君は外国から来たんだね」リオは頬を膨らませた。「どうせ田舎者だもん」その時、ずっと静かだった侯爵城が、また騒がしくなり始めた。「失神魔法が切れたみたいね」オーリエイトが杖を持ち直した。「ここを離れましょう」ライリスも同意した。「そうだね。エルトが侯爵を床に転がしたままにしてきたらしいし、きっと追っ手がくる」「僕のせい？」エリオットが不服そうに抗議した。「アーウィンはどこ？」リオが聞くと、アーウィンが草むらの中からにょきっと首を生やした。「ここだよ。もう動いても平気そうだよ」「痛くなったら無理しないで」オーリエイトが念を押すとアーウィンは笑って手を振った。「ＯＫ」歩き出した一行にくっついて、ノアは皆の周りを跳ね回りながら、嬉しそうに全員の名前を呼んで回った。リオはそれを横目で見ながら、心から喜べずに俯いていた。皆、守ろうとしてくれた。リオを差し出して悪魔から逃れることもできたのに。自分を隠して逃がそうとしてくれた、故郷の神父と同じように。必死で戦い、助けにきてくれて。何もかもが、切ないくらいに嬉しかった。 ――― 本気で、庇ってくれた。それは信じられないくらい嬉しかったけれど。それはつまり、リオのせいなのだ。リオがいなければ、彼らはもう目的地に着いていたはずだった。アーウィンだって、怪我をせずにすんだ。魔力を使い果たしてくたくたになることはなかったのに。悲しい顔はしない、とリオは誓った。頭を毅然とあげて、リオは自然な表情をつくった。悲しい顔をするのは、自分の悲しみに酔っているということだ。自分の悲しみに気付いてくれということだ。気付いて慰めてくれということだ。それは逃げることだ。 ――― そんなもの、見せない。甘えたりしない。他人に押しつけて軽くなろうとはしない。リオは闇を自分の中に沈めて蓋をした。そうして、閉じ込めた・・・。街道を避けて通ったので、山道を通ることになった。蛇避けに下草を木の棒で叩きながら、一行は次の町を目指した。一連のどさくさで、せっかく手に入れた移動呪符をなくしてしまったのだから、仕方がない。またティスティーに戻るわけにもいかず、とりあえず歩いてグラティアに向かい、途中どこかに呪符屋があったらお世話になろうということになったのだ。「しっかし、思ったより魔力ってエネルギー切れが早いんだな」アーウィンが言った。「そりゃあ、万能なわけないだろう。神様じゃあるまいし」エリオットが答える。「そりゃそうだけど。守護者、守護者ってお偉いさんみたいに呼ばれてるんだもん、もっと強いと思ってた」「使おうと思えば使えるよ、もっとすごいのも」エリオットが言う。「抑えてるだけ」「なんで？」「バランスが崩れる」アーウィンが分かっていない顔をしたので、エリオットは首を傾げた。「もしかして、お前、守護者の意味を分かってないのか？」「意味？」いよいよ決定的な反応だったので、エリオットは頭を抱えた。「オーリエイト、こういうのは僕のところに連れてくる前に処理しといてよ」オーリエイトはつんと顔を背けた。エリオットは溜め息をつき、仕方がないなと言うように説明した。「守護者っていうのは、世界の魔法を司る者だよ。それぞれ四大元素を分担される。僕は地、お前は火。あと水の守護者がいるけど、風はまだ見つかってない」アーウィンは目を丸くした。「そんな大きな仕事だったんだ」「それぞれが地上でバランスを取り合わないと世界が歪んでしまうんだ。むやみやたらに力を開放できないんだよ」「おう！大丈夫！気をつける。オレ、やったるよ」怯むどころか、そう言い切ったアーウィンに、エリオットが逆にたじろいだ。そして彼は思わず笑みを漏らした。笑うと、エリオットは急に幼く見えた。「大変だぞ。最近悪魔の活動が活発化してるのに」「やっつけりゃいいんだろ？」目を白黒させるエリオットの後ろで、ライリスがくすくすと笑った。「前にも言ったはずだよ。アーウィンに緊張感を求めても無駄だ、って」エリオットは苦笑した。「今、身をもって知ったよ」本人は笑っていたが、アーウィンの矢傷はそれなりに痛むようだった。夕方になると、また血が滲み始めたので、ついにリディアが癒しの力を使うことになった。それでもやはり、今日は休んだ方が良いということなので、山に入ったところにある山小屋の戸を叩いた。出て来たのは老人が一人で、７人で押しかけたにもかかわらず、快く寝床を提供してくれた。老人は孫を可愛がるようにして世話をしてくれた。夕飯も振る舞ってくれ、夜は皆で囲炉裏を囲んだ。温かくて心地のいい、薪のはぜる音、火のぬくもり。もしやアーウィンなら火傷しないのではないかと試してみたら、どうやら火は火に、地は地に対する絶対防御を持っているようだった。炎の中に突っ込んだアーウィンの腕は、まったくの無傷だったのだ。老人がこくりこくりと眠りこけたときに、神話の事が話題に上った。「あんま詳しく知ってる奴っていないよな」アーウィンが眠そうに膝を抱えながら言った。「誰でもそういうのがあるってのは聞いた事あるみたいだけど」「せめて、その昔には神がおられ、大主神さまがおられ、そして他の神々がおられたってとこぐらいまでは誰でも知ってるはずよ」リディアが言うと、うん、と皆が頷いた。「大主神様を中心に、この世界の創造がなされたっていうのも有名だよね。海をお創りになり、陸をお創りになり、生き物をお創りになった、って」リオが言うと、オーリエイトが頷いた。「大抵はそこまでで終わりね」「そうなの・・・？」「あなたは、もっと先まで知ってるの？」聞かれて、リオは頷いた。「そして神々は、少しだけ彼らの力を、あたしたちに魔法としてお与えになった、って一節」リオの背後で、ふむ、と男の声が呟いた。「その時に、地上に魔力の源となる場所を創り、人々はそれを魔源郷と呼んだ」リオはハッと振り向いた。老人は、さっきまでの、「もうワシは墓に片足を既に突っ込んでます」というような表情とは打って変わって、活力に漲る表情をしていた。細められていた目はぱっちり開いていて、なによりその口調。明らかに今までと違っていた。「それを守るのが守護者たち。神の与えた光と闇、そして四大元素の地、風、水、火。それぞれを守る役目を魔法使いたちに封じたんだ」オーリエイトが険しい表情をして杖を召喚した。「・・・・・誰！？」「おやおや」老人は苦笑した。「怖いね。せっかく体の提供者が見つかって、やっと出てこれたのに」そこにいるのは、老人ではなく、他の誰かだった。	■
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■	最終改訂　２００６．０１．１８	■