EVER...
chapter:2-story:1
再会

 

レオリア、と誰かが呼んだ。
――― レオリア。

「レオリア」
リオは顔を上げて、目をクリクリさせた。
丸い目の少女は無邪気に相手を見上げる。
「なぁに、神父様」
「いつまで本を読んでいるんだい。外へ遊びにいってもいいんだよ」
だって、と少女は拗ねたようにいった。
「だって、もう村中探検し尽くしちゃったんだもの。
あたしは本を読んでる方が好き!」
神父は困ったように笑った。
「レオリアみたいな年頃の子は外で遊ぶのが一番いいんだよ。
川で泳いだり、木に上ったり」
リオはニッコリ笑った。
「うん。そういうのは好き!でも、神父様」
「何だい?」
リオは真剣にいった。
「あたしのこと、レオリアじゃなくてリオって呼んで。お母さんはそうしてたよ」
神父はしばし目を丸くしていたが、
その初老に差しかかってシワがより始めた顔をほころばせた。
「いいよ、リオ」
リオはパッと笑って腕を伸ばす。
神父も笑って、その腕に自分の腕を絡めてリオを抱き上げた。
リオは同じ高さになった顔に向かってねだった。
「ねえ、神父様。お父さんって呼んでもいい?」
神父はまた、困ったような顔をした。
「それはダメだよ、リオ。わたしは君のお父さんではないんだから」
でも、とリオは首を傾げた。
「あたしにお父さんがいるとしたら、神父様しかいないよ」
神父は苦笑した。
「分かったよ、リオ。かわいい子」
リオは嬉しくて、神父に抱き付いた。
「ありがとう!大好き、お父さん」
幸せに、胸がふくらんだ―――



リオは目を覚ました。
木造の天井が目に入った。
――― 夢か。そう思って寝返りを打った。
悲しいとは感じなかったし、むしろ幸せなのに、なぜか涙が出た。
目尻を濡らしたそれに、リオは動揺した。
今度こそ、泣かないって決めたのに。
どうしてその度、決意はリオの意思と関係なく流れてしまうのだろう。
もう眠れそうになかったので、リオは起きることにした。
起き上がって窓の外を見ると、靄は晴れていた。
あの靄が晴れることなんてあるんだ、とリオは少し驚いた。
一週間経っても、まだ圧巻の巨木の樹海。
小屋の中に目を戻して隣りを見ると、リディアとノアはまだ眠っていた。
オーリエイトはもう起きたようで、寝床は空だった。
リオはベッドを下り、顔を洗って外に出た。
朝の空気は、森の中ということもあいまって、ひやりと冷たい。
もう秋になろうとしていることも、冷える理由の一つだろう。
階段をトントンとおりていき、巨木の根元に下り立った。
巨木の上の小屋に住む人達は、もう聖者の城に仕事に出ていて、
辺りはしんとしていた。
姿の見えない小鳥たちのさえずりだけが聞こえる。

一つ伸びをしていると、少し久々の声に呼ばれた。
「リオ!」
聖者城の方向から、
気楽そうな笑顔と食えない微笑と、少し急いだような顔が見えた。
「おはよー、久しぶりー」
元気よく手を振っているのはアーウィンだ。
三人とも神官服を着ている。
レインは水の青、エルトは大地に生える草の緑、
アーウィンは火の赤色の神官服だ。
リオも手を振り返した。
「おはよ。あ、エルト、リディアとノアならまだ寝てるよ」
挨拶もそこそこに階段に向かおうとしていたエリオットは、
えっと言って立ち止まり、すごすごと戻ってきた。
レインとアーウィンはそろってくすくすと笑い、レインはぽつりと呟いた。
「シスコン。いや、ブラコンも入ってるかな」
エルトは見る見る間に赤くなり、アーウィンを睨んだ。
「お前が吹き込んだな」
「吹き込むなとは言わなかったじゃん」
「それくらい読めよ!」
「んな無茶な」
やっぱり漫才コンビだ、とリオは思った。
レインは二人を面白そうに眺めていたが、ふとリオのほうを向いた。
「君が、悪魔に追われてたっていうレオリア?」
リオは頷いた。
「呼ぶならリオって呼んで。皆そうしてるよ」
―――リオって呼んで。お母さんはそうしてたよ。
レインが目を丸くする。淡紫の瞳が綺麗だ。
その表情がまた今朝の夢を想起させるもので、
リオは胸に何かがつかえた気がした。
レインは笑った。
「・・・面白い子だなあ、君は。じゃあ、お言葉に甘えてリオって呼ばせてもらうよ。
ところで、オーリエイトは?」
またキスのことを思いだし、リオはぷいと顔を背けた。
「どっか行った。あなたを避けてるんじゃないの?」
レインは気にする風なく、あははと笑った。
「根にもってるねぇ。結局約束は守ってくれたみたいだけど」
「守ってない。オーリィには話したもん」
「オーリエイトは僕があそこに行っていたことを知ってるんだから、
話したうちには入らないよ。
君はわざわざ、オーリエイトに話した。そして、他の人には話さなかった。
約束を守ってくれた証拠に他ならないだろう?」
それに、と言ってレインはにやりと笑った。
うまくいったという勝利の笑みは、どう見てもにっこりというよりにやりだった。
「知りもしない男からキスされたなんて、君が言えるはずがないだろう?」
リオは口をつぐんで真っ赤になり、思い切りレインを睨んだ。
その食えない微笑みを浮かべた綺麗な顔にビンタしたい衝動に駆られる。
「ずっとずっと根にもってやるわ」
彼は涼しい顔で言った。
「それは怖いね」
「それくらいにしたら?」
いつの間にか戻ってきていたオーリエイトがリオに助け船をわたしてくれた。
「あまりそうやって遊ばないでちょうだい」
レインはオーリエイトを見て嬉しそうに笑った。
どうやらこの笑顔は猫をかぶった笑顔ではないらしい。
「オーリエイト。久しぶり」
言うや否や、また不意打ちのごとく、
彼はオーリエイトにキスをしようと顔を彼女に近付けた。
が、今度はレインよりオーリエイトの方が速かった。
無表情のままで、オーリエイトはレインの口を手で塞いで止めた。
見ていたアーウィンは呆然とし、エルトは「またか」というような顔をした。
レインは苦笑し、オーリエイトの手の下でもごもごと言った。
「オーリエイト・・・手厳しいな、もう」
「そう何度もやられるようじゃ、私の唇は安過ぎだと思わない?」
淡々と言い放って、オーリエイトは手を離した。
レインはにっこり笑う。今度はにやりではなくにっこりだった。
「いや、僕専用の唇なんだから安くはないよ。一回一回大切にしてます」
さらりとこんな台詞を吐くので、オーリエイトもさすがに眉をひそめ、
ほんのりと頬を染めてレインを睨んだ。
「あなた専用になった覚えはないわ。上がるの、上がらないの?」
素早く話題を切り換えてオーリエイトが階段を指差すと、
レインは少し慌てて「もちろん上がるよ」と言った。


小屋の戸を開けると、リディアはちょうど起きて
ベッドメイキングをしているところだった。
ノアはそれを手伝っていたが、客を見るとシーツを放り出して、
エルトに勢いよく抱き付いた。
「お兄ちゃん!」
「ノア。いい子にしてたか?」
「うん」
まるで兄弟というより親子の会話。
レインはノアを見つめて少し考えるように言った。
「本当にしゃべれるようになったんだね」
ノアはレインを見上げて笑った。
「レイン兄ちゃん」
レインも少し笑って、ノアの頭を撫でた。
「久しぶり、ノア」
ノアはニッコリ笑って、それからエルトにぴたりとついてまわった。
リディアも出てきて、にっこり笑った。
「お帰りなさい、お兄ちゃん。お久しぶり、アーウィン、レイン」
アーウィンは部屋の中を歩き回っていた。
「へぇ、綺麗な部屋じゃん。オレは今の豪華なのよりこっちのがよかったな」
エルトがそれを聞いて呟いた。
「庶民派だな」
「今まで浮浪児だったんだぜ、オレ。窮屈でしょうがないよ」
「すぐに慣れるよ」
レインが言って笑った。
「人は豊かさに慣れるのは早いものだから」
「ま、ね」
アーウィンは相づちを打って、くるりと振り向いた。
「ライリスから連絡はないの?」
「今のところ」
オーリエイトが答えた。
リオも言った。
「きっと無事にやってるよ。何の噂も聞こえてこないし」
まあ、無事は無事だろうが、それ相応の騒動は起きただろう。
家臣たちに小言を言われてのらりくらりと逃げる彼女の様子が目に浮かび、
リオは思わず笑った。
そして、ふと別の顔が浮かんだ。
「ねぇ、ウィルは来れないの?聖者城にいるんでしょ?」
アーウィンが肩をすくめた。
「クローゼラとの契約の時に会ったきり。忙しいんだろ」
「というより、クローゼラがつかんで離さないだけだけどね」
エルトが少し俯いて、気の毒そうに言った。
「あいつはクローゼラのお気に入りだから」
また囚われているのか、とリオは思った。

何のためだろう。
単に気に入っているだけとは考えがたい。
なにがクローゼラを、そんなにウィルに執着させているのだろう?
ウィルがあれほど逃げたいと思うくらいに。

レインが考え込んだリオを見て、どう解釈したのか、聞いてきた。
「会いたい?そのうち連れてこようか?」
リオは頷いた。
なんとなく、無性にウィルに会いたい気がした。
「会いたい。会えるなら会わせて」
レインは笑って頷いた。
「大丈夫なの?クローゼラが許すかしら」
リディアが心配そうに聞く。
「四六時中聖者城を見張ってやしないよ」
エルトが答えた。

「ところで、アーウィン」
オーリエイトが呼びかけると、アーウィンは振り向いてオーリエイトを見つめた。
「あなたはまだ契約に縛られて間がないわ。まだだいぶ自由なはずよ。
クローゼラには分からないように動いて、悪魔の動きを調べてくれないかしら」
しばし沈黙が降りた。
アーウィンを教会に送り込んだのは、
このようにスパイをさせるためだったのだ、と今や全員が知った。
アーウィンは笑って力強く頷く。
「任しとけ。そのつもりだよ」
オーリエイトは微笑み、申し訳なさそうに頭を垂れた。





最終改訂 2006.02.08