EVER...
chapter:2-story:13
依存

 

ノアの承諾が出ても、リディアはどうしても受け入れることができなかった。
ライリスの爆弾発言の甲斐あって、
前よりは程度がマシだったが、ヒステリーに逆戻りだ。
彼女はしばらく抵抗を続けた。
「生まれた時から、私があの子の世話をしていたのよ!
私がずっと守っていたのに!」
こういうのに慣れていないらしいアーウィンはほとほと困り果てて、
すっかり輪の外に出て傍観者の立場を取っていた。
オーリエイトが静かになだめた。
「ねぇ、リディア。まだクローゼラはノアを見極めようとしている最中なのよ。
すぐに契約に踏み切ったりはしないわ」
リディアはオーリエイトを睨め付けた。
いつものおとなしく、おっとりしたリディアからは想像できない行為だ。
「でも、どうせいずれするんでしょう。そういう言い方をしてたじゃない。
ノアは私の弟よ。私から奪わないで!」
「リディア」
「ノアは私がいないとダメなの!私が必要なのよ!」
「大層な自信だね」
ずっと黙っていたレインが口を挟んだ。
冷ややかな声だ。
「ノアは自分から来るって言っているのに。君が必要だとは一言もいってない」
リディアは青ざめた。
「ノアに依存して、ノアから離れられないのは君の方だ。そこを勘違いしているよ」
「わた……私……」
「ノアは君を追い抜いたんだよ。縋りついているのは君だ」
レインは淡い紫の瞳を細めた。
綺麗な顔立ちがその表情と相乗して、凄みを見せる。
リオも口を開いた。
「ねぇ、リディア。あたしの二の舞いにならないで」
口調の中の悲痛さに、リディアはリオを振り向いた。
「引き止めたばっかりに――― 行かないで、って言ったばっかりに、
あたしは大切な人を亡くしたの。
自分のために行こうとしている人を引き止めるのは、背中を押すのと同じことなの。
ノアを危険にさらしたくないなら、黙って送ったほうがずっといいんだよ。
ノアの行きたい方へ」
「でも……」
「ノアは大丈夫だよ。見かけよりずっと強いみたいだし」
リディアは絶望的な目をして、両手で顔を覆い、その場に崩れそうになった。
ライリスがそれを慌てて支え、
いつ持ってきたのやら、小さなカップをリディアに差し出した。
「少し飲んで、落ち着いて」
言われた通りにリディアはカップの中身を飲み干した。
すると、途端に彼女はとろんとした。
「ん……なんか眠……」
小さく呟くと、すっと眠ってライリスの腕の中でくたっとなった。
それまで青い顔をして黙っていたエルトがさすがに口を開いた。
「何をした!?」
「ただの眠り薬だよ」
ライリスはさらりと言った。エルトは憮然とした顔になった。
ライリスは構わず、レインを見上げる。
「レイン、渡すにしても一言付けてよ。おかげで何して欲しいのか少し考えたよ」
話をふられたレインは笑った。策略家の笑みだ。
「君なら分かると思って」
「始めは、王族はこれ飲んで引っ込んでろって意味かと思った」
「酷いなあ。おあいこだって言ったのに」
オーリエイトが横からレインに鋭く睨みを入れた。
「それにしても、レイン、あの言い方は少しきつかったわ。
『ノアは君が必要だとは一言も言ってない』とか『縋りついているのは君だ』とか」
「同感」
騒ぎがおさまって安心したアーウィンが輪の中に戻ってきた。
「まだ受け入れられそうには見えなかったし?」
「分かってたよ」
レインは言った。
「でも、どっちにしろ受け入れられないなら事実を教えた方が良いと思ってね。
それに、一眠りしたら落ち着いてくれるかなって」
「落ち着かなかったらどうするつもりだったの」
オーリエイトが睨む。レインは肩をすくめた。
「その時はその時で」

一人エルトだけが、唇を噛みながら、青い顔で俯いていた。
リオは周りをざっと見て、彼に近付いた。
「……大丈夫?」
声を掛けると、エルトは唇を噛み、涙を零した。
「……僕のせいだ」
一度唾をのみ、涙を拭いた。
リオはエルトの肩を叩いた。
「あなたがノアをクローゼラの所にやると決めたわけじゃないでしょ」
「いや、僕のせいだ。ノアを巻き込んだ」
エルトはどう涙を止めたらいいのか分からないようだ。
「くそっ……なんで、な、泣かなきゃいけ……」
エルトはリオの目を恨めしげに見つめた。
「リオがいると泣きたくなる。どっか行ってくれ」
「嫌」
エルトはまた涙を拭いたが、止まらなかった。
少し黙って、それからぽつぽつと話す。
「守護者だって……分かった時もっ、
僕と二人が兄弟なんか、じゃなければっ……」
「思ったよりネガティブ思考なんだね、エルトって」
リオはわざと厳しい声を出した。
「誰のせいとか、そんなんじゃないでしょ。
罪悪感に浸るより、あなたはあなたにできることをしなきゃ」
「……」
「事を大きくしないよう、ノアを守ってあげるべきだよ。
……もっとも、ノアはしっかりしてるから、エルトのガードなんていらないかもね」
「……余計なお世話だ」
言い返す元気は出たと見えて、エルトは涙を拭いた。
今度はちゃんと涙が止まった。
「……君って、僕たちの精神安定剤みたいだ」
「そう?もっと服用する?」
「いや」
エルトは言って、微かにおかしそうに笑った。
「僕はもう大丈夫。救いが必要なのはリディアの方だ。君が必要だ。
起きたらきっと半死状態になってるだろうから」
「半死、って……」
リオは呟き、振り返って、今はソファに横たえられているリディアを見た。
「……リディアは、本当にノアに執着しているんだね」
「ノアの母親替わりだったからね。
天界から投げ出されて途方にくれてからの、唯一の救いだったんだと思う」
「……エルトにとっても、二人は救い?」
エルトは少し黙り、頷いた。
「そう、そうだよ。救いだし、大切だし、絶対なくしたくない。
純粋な気持ちじゃないし、自棄で歪んでいるかもしれないけど」
うん、とリオは頷いた。
リオにとっての、母を亡くした時、涙にくれていたリオを救ってくれた神父のような存在なのだろう。
それから、エルトは哀しそうに笑った。
「寂しいけどね。自分が想っているほど、相手から想ってもらえないのは」
「……リディアもだいぶブラコンだもんね……」
「……いや、通り越してるよ」

その時、ノアがエルトの腕にしがみついた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
エルトは目を丸くし、少し恥ずかしそうな顔をして、
それから強がった表情に戻った。
「人の心配より自分のことを心配したらどうだ。
本当にグラティアに行くんだな?あのクローゼラに会うんだな?」
ノアは一瞬不安そうになったが、すぐに飛び切り無邪気に言った。
「ぼく、お兄ちゃんがいるなら平気だよ」
エルトは笑い、そしてその笑みを歪ませて、
弟を引き寄せると小さくごめんな、と言った。
それから顔を上げ、皆に向き直った。

「来るのね」
オーリエイトが確認する。
兄弟は同時に頷いた。
「まあ、始めの二、三日なら何も起きないだろうし」
レインが勿体を付けて言った。
「ノアはペガサス達と仲がいいんだって?」
レインに問われ、ノアはその質問の意図が読めず、きょとんとする。
「え?うん、そうだよ」
「そうか。じゃあノアがいなくなったら、ペガサス達も寂しがるだろうね」
そして、意味ありげに笑んだ。
その視線がライリスをかすめ、ライリスは眉をひそめる。
が、ライリスはすぐに元の表情になって言った。
「まあ、いざとなったら、ぼくもできるだけ動いてみるよ。
あ、なんならエルト、兄弟そろってもらってあげようか?」
「えっ!?」
「あ、でも旦那はノアだからエルトは愛人で」
「か、からかうのもいい加減にしろよ!!」
言葉の割には顔が真っ赤なので、皆がその場で爆笑した。
ライリスは満足げに言った。
「言い返せる元気があるなら安心だね。この分ならぼくの出番はないかな」
「安心して。随時情報を届けるから」
オーリエイトがライリスに言い、帰るためにマントを羽織った。
エルトとノア、アーウィンやレインも立ち上がる。

アーウィンがライリスにひらひらと手を振った。
「んじゃな。落ち着いたらまたどっかに出かけようぜ」
「うん、また」
オーリエイトはリオとライリスを代わる代わる抱き締めた。
お母さんみたいでリオは照れくさかった。
「待たせるだけになってしまってごめんなさいね」
「ううん。オーリィも気をつけて」
ノアの手を引いたエルトは、リディアをよろしく頼むと言った。
レインの残した言葉はやはり意味ありげだった。
「ペガサス達が寂しがらないようにね」
ライリスは知った顔で応じた。
「大丈夫、任せて」

去っていく彼らを見送りながら、リオはあきれ果ててライリスに聞いた。
「いつからそんなに仲良くなったの?この前あんなに喧嘩してたくせに」
「まぁまぁ。時と場合によっては共同戦線を張るんだよ。
同じものがある人同士として」
リオは頭を振った。
「頭の良い人の考えることって、分かんない」
「だからレインはぼくに託すんだよ。
……休戦状態から和平協定に昇進ってとこかな」
「……何それ」
「レインとの関係」
それからライリスは難しい顔をした。
「仮に実行したとして、向こうでの事後処理はどうするんだろう……」
「はい?」
リオが突っ込むと、ライリスはニッコリ笑った。
「何でもないよ。ただの独り言」
傾国の笑みを向けられると、リオは返事のしようがなくなった。
それ以上は追及しなかったが、それでも何か企んでいることは明白に思えた。




最終改訂 2006.08.30