EVER...
chapter:2-story:16
訪問客

 

訪ねてきたアーウィンは騒ぎの次第を聞いて、お腹を抱えて大笑いした。
「け、傑作だぜ!すげぇや!」
笑い過ぎて立っていられなくなり、暖炉の壁につかまってひいひい言っている。
エルトはアーウィンほど楽観的ではなくて、怒っていた。
「無茶にも程がある!そんな馬鹿げた作戦、唆されて実行するやつがいるか!」
リディアが申し訳なさそうにしている隣で、
アーウィンが涙を拭きながらまあまあ、と言った。
「結果オーライじゃねぇか、エルト」
「結果だけだろ。それに、単に運が良かっただけだ」
レインもライリスも笑って非難を聞いている。全く罪の意識はないようだ。

ライリスがさりげなく聞いた。
「クローゼラの様子は?」
二人は顔を見合わせた。
アーウィンが先に口を開く。
「まあ、怒ってたぜ。勝手にグラティアに侵入した奴にまんまと逃げられたのなんて初めてなんだろうさ。しかもノアを逃がしちまったし」
アーウィンは言いながら腕を組む。
「ま、最終的には諦めた。忙しいんだとさ。今日にも遠くへでかける用があるんだと」
リディアが心配そうに聞いた。
「お兄ちゃんたちは?何もされなかった?」
エルトが答える。
「罰は受けなかったけど。事実、僕たちのせいじゃないしね。でも、騒ぎに気付いてたならさっさと手伝いに来いって怒られた」
アーウィンがうんうんと肯いて付け足す。
「ついでに脅されてな。命に背いたら契約不履行とみなしますよ、って」
言った後で、アーウィンは皆がぎょっとした顔をしたのに気付いたようだ。
そしてレインとエルトは、余計なことをと言わんばかりに睨んできていた。
「……それ、大丈夫なの?」
リオが聞くと、アーウィンは肩をすくめた。
不用意に契約のことを話してしまってちょっとバツが悪そうだ。
「んーと、あんま大丈夫じゃないかもな。契約不履行になったら……」
言いかけて、アーウィンは声が出なくなったようだ。
「えっと、つまり契約条件としてこっちが受け取ったものが無くなっちまうわけだ」
「それは何なの?」
リオが聞くとアーウィンは渋面を作った。
「言えない。言えないように拘束されてんだ。そっちが当ててくれたら、イエスかノーかで答えることはできるけど」
それを聞いていたライリスが身を乗り出した。
「前にレインが、エルトの契約対象はリディアとノアだって言ってたね?
契約対象が無くなる、っていうアーウィンの言い方を考えると、
君達の契約対象っていうのは、自分の一番大切なものじゃないかな?」
アーウィンとエルトはあからさまにぎょっとした。
あまりに素直な二人の反応にレインはやれやれと首を振り、
やっと話の輪に入ってきた。
いままで遠巻きに傍観していただけで、なれ合う気はなかったようなので、いかにも渋々と言った様子だ。
「当たりだよ、ライリス。まったく、君は探偵かい?」
「一応誉め言葉だよね?」
「さあね。とにかく、そういうことだ。ウィルの場合は家族だったかな。
……そういえば、アーウィン、君の一番大切なものって何?」
問われたアーウィンはちょっと首を傾げた。
「命かなあ」
レインは目をパチクリした。
「……二番目は?」
「自由?」
レインとライリスが同時に笑い出した。
わけが分からないリオ達はきょとんと二人を見つめる。
アーウィンが途方にくれたようにいった。
「オレ、なんかまずいこと言ったか?」
「違うよ。ただ、クローゼラは苦労しただろうなと思って」
ライリスが笑いながら言った。
「だってほら、命を契約対象にしたら、
契約不履行になったらアーウィンの命を取らなきゃいけないでしょう?
そんなのクローゼラにとっても嬉しくないはずだよ。
せっかく見つけた守護者なのに。
かといって、契約自体が拘束なのに自由なんて保証できないじゃない?」
「うん、オーリエイトは良い人選をしたね」
レインも言い添えた。なお納得しかねる表情で、アーウィンは言う。
「オレが死んだって次の守護者が出てくるだろ」
「まあね。
でも、来年が千年目って時に、また世界中を探して回る余裕はないだろうさ」
うーん、とアーウィンは唸った。
「じゃ、オレって好き勝手できるわけ?」
「いや。だって契約は交わしたんだろう」
「まあ」
「賭けに出たんだよ、女神様は。君が勝つか、自分が勝つか」
アーウィンは舌を出して顔をしかめた。
「んなもん出なくていいのに」
皆が笑い声をあげた。

リオはふと思い立って声をかけた。
「ねぇ、風の守護者ってまだ見つかってないんでしょう?いいの?」
答えたのはエルトだった。
「いいも悪いも、見つからないんだから、どうしようもないんだよ」
「ばったり会うのを待つしかないの?」
「いや、ウィルの近くで魔法を使ってくれれば、ウィルがそれを感知できるはずだよ」
ノアは喋れるようになった今でも無口な方だったが、口を開いた。
「ウィル兄ちゃんって、お兄ちゃん達とどういうつながりなの?」
説明する言葉を探すように、エルトは考えるしぐさをした。
「聖者イコール守護者のまとめ役かな。
光の守護者とはいっても、本来、守護者は聖者の下につくんだ」
ノアはふーん、と呟いた。
「大変なんだね、ウィル兄ちゃんって」
「私がどうかしましたか?」

突然本人の声がして、皆一様に飛び上がった。
「ウィル!」
「もう済んだの?」
エルトが身を乗り出して聞くと、ウィルはにっこり笑った。とても嬉しそうだ。
「出かけました。当分は自由ですよ」
エルトとアーウィンはぱっと顔を輝かせ、二人して嬉しがって踊り出した。
「やった!クローゼラが出かけた!いなくなった!」
レイン一人が喜びもせずにウィルに聞いた。
「オーリエイトは?」
ウィルは言いにくそうな顔をした。
「クローゼラの動向を見張りに行くそうです。数日で帰ってくるそうですが」
傍目にもレインががっくりと肩を落としたのが分かったので、
リオはちょっとレインに同情した。
ウィルは続ける。
「おちおちクローゼラがいなくなったと喜んではいられなさそうですよ。女神が動くとなると、何かあるに違いないですから」
それを聞いて、はしゃいでいたアーウィンとエルトがぎくりと動きを止めた。
ウィルはちょっとおかしそうに笑った。
「素直な反応ですね。
まあ、私たちはオーリエイトの報告を待つしかありませんから、
彼女が戻るまでは精一杯楽しんでおきましょう」
エルトとアーウィンは顔を見合わせ、
エルトはぎこちなく、アーウィンは安心したように笑ってみせた。

ライリスが声をかけた。
「ねぇ、ウィリアム。どうやって王宮に入ってきたの?
まさか聖者だって言って入ってきたわけじゃないでしょう?」
するとウィルはすまなそうな顔になった。
「実は、裏の生け垣から守りの魔法を無理やり破って入ってきました。
早く知らせたかったので放って置いたのですが……後で直しに行きます」
リディアはぽかんとして呟いた。
「王宮の魔法を破るなんて……なんて強い魔力なの……」

アーウィンがじれったそうにドアの所に寄っていった。
「なあ、真面目な話はいいから外行こうぜ。
あの堅っ苦しい神官服を着なくていい日なんて滅多にないんだからさ!」
ライリスは笑って立ち上がった。
「はいはい。街を案内しようか?」
「オレ狩猟場に行きたーい」
「この時期は閉鎖されてるってば」
「ちぇ。じゃあ街にする。外に出れりゃ何でもいいや」

リオはさっきからウィルがこちらを見ているのに気がついた。
その視線に首を傾げていると、ウィルはにこっと笑いかけてきた。
「リオ、私たちも街に行ってみませんか」
リオは少し頬を染めた。
「いいよ。……でも、……ああ、ねぇ、リディアも行かない?」
リディアは意味ありげな目をした。
「私はいいわ。ノアとペガサス達の所に行ってるから」
「僕も中でゆっくり休むよ」
エルトも言った。
「僕も」
レインも気のなさそうな声で言った。
彼が生き生きするのはオーリエイトが絡む時だけらしい。
そこだけはわかりやすい人だなぁとリオは思った。

そういうわけで、リオ、ウィル、アーウィン、ライリスの四人で外に出ることになった。
ウィルが作った守りの魔法の大穴から抜け出し、王宮を回って市街地に向かう。
「意外と便利かもなあ、この穴。しばらく直さないで良いよ。誰もこんな所に穴が開いてるなんて気付かないだろうし」
ライリスがなんとも警備兵の泣きそうなことを言った。
アーウィンがウィルを見上げた。
「なあウィル、なんで他の人じゃなくてリオだけ誘っ……いてっ!」
アーウィンはライリスに思い切り足を踏まれて悲鳴をあげた。
ライリスがアーウィンに囁くのが聞こえた。
「野暮だよ」
リオがウィルを見ると、彼は素知らぬ顔をしている。
リオはどうしたら良いのか困ってしまって、おろおろと視線をさまよわせた。

しばらく歩くと、ようやく街に出た。
今日も市は賑やかで、人で賑わっている。
店頭に並ぶ織物や生地、服などはすっかり冬物になっていた。
「もう冬だね」
リオが言うと、本当に、とウィルが呟いた。
「寒くないですか?何か温かい飲み物でも買いましょうか」
「あたしは大丈夫」
言ってから、これでは会話が続かないことに気付いて言った。
「えっと、それより何か食べない?」
ウィルは笑った。
「いいですね。探してきましょうか」
ライリスが「二人の世界だなぁ」と言う目でにこにこしながら見てくるので、リオは居心地悪くてしょうがなかった。
しかし、ウィルが小さな屋台を見つけて、
そっちの方に歩いて行こうとするのを見て、ふと思った。
「あ、待って、ウィル。目を隠さなくて大丈夫?」
「ああ、このオッド・アイですか?大丈夫ですよ。色を変えればいいんですから」
言ってウィルが手を上げ、手のひらを金の方の目にかざそうとした、その時だった。

「すみません、王宮はこの道で合っていますか」
見るからに怪しい男が、ウィルに声を掛けてきた。
ぼろぼろの灰色のマントを頭からすっぽり被って、浮浪人のようないでたちの男だ。
しかもフードで顔が良く見えない。
言葉には訛りがあって、フードから覗く目は鋭かった。
リオはびっくりしたし、ウィルもかなりぎょっとしたようだ。
ライリスもアーウィンもびっくりした顔をしている。
特にライリスは、相手が王宮を探していると聞いて警戒したようだった。
ウィルがまず聞いた。
「誰ですか」
男はウィルと同じくらい長身で、ウィルを見ると目を見開いて息を呑んだ。
「聖者さま?聖者さまですか?」
この反応にはウィルも面食らった。
普通、オッド・アイを見ただけで聖者と分かるものは、
こんな格好をした下層市民にはいない。
ウィルは眉をひそめ、もう一度聞いた。
「誰なんです」
「名乗らずに失礼しました。よもやこんな所でお会いするとは」
相手の男はにっこり笑い、一度深くお辞儀をし、フードをとった。

太陽の金の髪、木の葉色の目、
そして中年にもかかわらず、ドキリとさせられるほどに整った顔立ち。

「クライド・ヘイヴンと申します」

深みのある声で紡がれた名を聞いて全員が唖然とし、
反射的にライリスを振り返った。
目を見開いた王女は、石のように固くなって男を見つめていた。




最終改訂 2006.12.16