EVER...
chapter:2-story:18
矛盾した存在

 

ライリスは、と聞いてきた声があったので、もう広間には誰もいないと思っていたリオはびっくりした。
「ライリスは大丈夫でしたか?」ウィルとアーウィンが残っていた。
「彼女の所に行ってきたのでしょう?」
「うん……」
ウィルが手を差し出してきたので、リオはその手を取って、連れていかれるままにソファに腰掛けた。
思えばウィルっていつも紳士だな、と考える。
隣のソファでアーウィンがあぐらをかいていたので、余計にその差が目についた。
「ちょっと危なかったみたいだけど、なんとか持ち直したよ」
「そっか、よかった」
アーウィンがほっと息をついた。
「あいつ、あれでも脆い所があるからなぁ。継承権のことだけじゃなくて、他にも色々抱えてるみたいだしさ」
「そうなのですか?」
ウィルが聞くと、アーウィンは肩をすくめた。
「三年一緒にいた者としての勘だけどさ。だってオレが初めて会った時のライリスって酷かったんだぜ。父親に捨てられたとしたって、あそこまで酷くはならねぇよ」
「そんなに酷かったの?」
リオがきくとアーウィンはこくんと頷いた。
「あいつ、動物みたいな目ぇしてた。だってオレみたいな浮浪児はともかく、あんなキレイな顔した、良い服着た子が山の中の茂みでうずくまってるんだぜ?たまげたのなんの。でもお腹空いてるみたいだったから、飯に誘った。それから仲良くなったわけ」
「へぇ……」
前の話より随分詳しい。
前の時はアーウィンがたった二言で説明したのであっさりした出会いだと思ったのだが、これはもっと事情が深そうだ。
「それで、それからよく一緒に狩りをしたり賞金を稼いでたの?」
「ま、な。おかげでライリスに家出癖をつけちまったんだけどさ」
アーウィンがおどけたように舌を出したので、リオもウィルも少し笑った。
リオはウィルの方を向いて聞いてみた。
「ウィルもライリスとは面識があったんだよね?」
「あ、はい」
「この前、気になったんだけど、クローゼラとライリスは面識ある?ペガサス騒動の時に二人が顔を合わせたの。王家があの騒動に協力したのがばれたらまずいんじゃないかな」
うーん、とウィルは首を傾げた。
「大丈夫でしょう。女神が公共の場に出ることはありませんでしたし、ライリスだって立場的に公式の場には出れないはずですしね。私がライリスと会ったのも、用事で王宮に来た時に、私が彼女に道を聞いたという形でであって、首筋の王標印で王女だと分かった程度だったんです」
「そうなんだ……」
「クローゼラも出かける前、何も言っていませんでしたよ。調べる暇もなかったようですし、安心してください」
リオはほっと息をついた。
「クローゼラはそんなに忙しかったの?」
「みたいですね」
「え?忙しいとか暇だとか、クローゼラはそういうのは言わないの?」
ウィルは苦笑した。
「どうやら私があの人のお気に入りであることは否定しませんが、だから何でも話してもらえるわけじゃありませんよ。ことに、私がいつも逃げ出したくてたまらないことぐらい、あの人は始めから知っています。情報を流してくれやしませんよ」
リオは俯いた。
クローゼラのことを考える度、心中がどうしようもなくモヤモヤする。
怖いとかじゃなくて、嫌なのだ。
「……ウィルって普段、クローゼラと何してるの?」
「え?」
ウィルは微笑んだ表情のままできょとんとした。
「何って……魔力を要する魔法の手伝いとか、話し相手とか、そんな感じですけれど」
「それだけ?」
ウィルは迷うような表情をした末に、ぽつんと言った。
「機嫌を損ねると、鏡だらけの部屋に閉じ込められて、嘲りの言葉を一晩中聞かされたりはしたことがあります」
リオは背筋が凍った。
「……嫌じゃ、ないの?クローゼラといるのは」
ウィルはふっと、嘲りと諦めと憎しみ、そして悲しさの混じった表情をした。
「クローゼラがそばにいろと言えば、その言葉は絶対です。血の契約は神への服従の契約、彼女はそういう意味で本当に“女神”なのですよ。契約の元では、聖者も守護者も所詮、彼女の玩具です」
「そんなに堅い契約なの……?」
「元は神々が使っていた契約だそうですよ」
リオは黙った。
理不尽さに腹立ちを覚えるし、彼らを“所有”し“独占”しているクローゼラに、嫉妬混じりの憎悪すら感じた。
「クローゼラって、何者……?」
神の契約を行う力があるとは。
「さあ、私にも詳しくは」
ウィルは考えるように言った。
「教会はもともと、降魔戦争の後、地上に取り残された悪魔たちから人々を守るため、光の聖者を中心に設立した機関です。守護者は魔源郷を守る者、魔法に対する絶対者ですから、元・神々である悪魔たちにも対抗できるはずでした。それをクローゼラは占領したことになりますね。8代前の聖者が、初めて女神に捕まった聖者だと聞いています」
「え?」
リオは耳を疑った。
アーウィンもぎょっとしてウィルを見つめる。
「おいおい、そんならクローゼラっていくつなんだよ」
ウィルは小さく「あ」と呟いた。
気まずそうだが、悪びれている様子はない。
「さあ。8代前と言えば500年は下らないですから、相当のお年寄りでしょう。……私が勝手にあさった資料で知ったことなので、私がこのことを知っているということは秘密で」
「勝手にあさったって……ウィルって意外と大胆なとこあるよな……」
アーウィンが呆れ半分、感心半分にいった。
「でもさ、500年以上生き続けてるなんてありえんのか?そんな寿命を延ばすみたいなことなんてできんのかよ」
「太古の魔法にはそういうものもあったそうですよ。でなければ、降魔戦争時代の賢者の弟子であるオーリエイトの存在の説明がつきません」
それもそうだ。
「ウィルったら、本当に色々と良く知ってるね……」
思わずリオが言うと、ウィルは苦笑した。
「これでもかなりクローゼラには見逃してもらっている方ですからね。それに光は“照らし出す”つまり真実を明るみにだすという性質もあるのですよ。情報収集はこの魂に宿った性質なのでしょう」
「辛くない?何でも知ってしまうのは」
リオは聞いた。
リオが持つ性質も、似たようなものだ。
人の歪みを、闇を、醜さを直視してしまう。
だからこそ人は愛しいものなのだが、それは同時に辛いことでもあった。
「あたしに、目を逸らすのも大切だと言ったのはあなただよ」
ウィルは苦笑した。
「そうですね。でも私が見ているのは、私が見たいものだけですから。こう見えても、見たいものだけを見るわがままさや身勝手さは、誰よりも勝っていると思いますよ」
卑下には聞こえなかった。
それはあくまでも純粋な物言いで。むしろ、うらやましいと思えるような。
「光とは、都合のいいものなんです」
リオは、そう言ったウィルの笑顔につられて、少し笑った。
アーウィンはやれやれと首を振る。
「ウィル、お前ってほんとに、余裕があんのか切羽詰ってんのか、よくわかんねぇやつだな」
ウィルは笑い声を立てた。
「両方でしょう。正反対に見える事柄でも、実は表裏一体で、共存できるものが多いのですよ」
「ふーん……」
アーウィンは呟いた。
「考えてみりゃ、リオもそんな感じだな。不安定なのか、落ち着いてんのか、わかんねぇ」
不意に自分に話を振られて、リオはちょっと驚いた。
「あたし?」
「そ。出会ったばかりの頃もさ、何かにすごく悩んでたり辛そうな顔してたり、なのに次の瞬間にはクローゼラを許さないとか立ち向かうとか言い切ったり」
アーウィンはうーん、と考えてから、やっとぴったりな言葉を見つけたように言った。
「もがいてたって感じかな。今じゃだいぶ落ち着いたけどさ」
意外と観察してるんだ、とリオは驚いた。
何事にもポジティブで、楽しく過ごしているように見えるアーウィンだけれど、実はとても周りを見てる。
ウィルも同じことを考えていたのか、苦笑しながら言った。
「あなたも、大人なのか子供なのか分からないですね、アーウィン」
「ん?そうか?」
に、と笑ったアーウィンの顔はちょっと不敵だった。
「みんな矛盾した存在なのかもよ」
リオは言ってみた。
「ライリスもどっしり構えてるようで実は脆いし、リディアはか弱そうなのに大胆だし、オーリィも前を見ているようで過去に縛られてるし、エルトは意地を張るくせに押しに弱いし、レインは人当たりが良く見えるのに冷徹だし」
ウィルが声を立てて笑った。
「本当ですね」
そして、少し笑みを引っ込ませて、リオとアーウィンを見つめた。
「そういえば、レインですが、あまり彼とは近づきすぎない方が良いかもしれません」
「え?なんで?」
アーウィンがきょとんとした。
「そりゃ時々怖いけど、そこまでじゃ……」
「執着もあそこまでいくと怖いということですよ。彼には“自己”というものがほとんどないんです」
アーウィンは理解に苦しんでいるようだったが、リオはなんだか分かるような気がした。
レインは冷徹だ。誰に対しても、自分に対しても。
「まあ、今のところは安定しているようですけれどね。戦争が始まったら、本性が見れるでしょう」
仲間内で一番長くレインと接してきたウィルは、そう言って少し、張り詰めたような笑みを見せた。
「彼のことは様子を見ましょう」

この人の人格は本当に複雑にできているなあ、とリオはウィルの横顔を眺めながら考えた。
壊れそうに脆くて、それでいて強くて、無防備なほどに純粋なときもあれば、怖いくらいに油断ならないこともある。人のことを気遣い心配し、それでいて自己中心的。
「あ」
ウィルは突然、窓の外に目を向けて嬉しそうに声を上げた。
「リオ、アーウィン、見てください!雪ですよ、雪」
大人のように包み込んでくれると思えば、子供のようにはしゃぐ。
そんなだから、この人から目が離せないのかもしれない、と思った。

矛盾した、存在だからこそ。

そんなことを思う自分は、とてもひねくれた人間なのかもしれない、と。




最終改訂 2007/02/08