EVER...
chapter:2-story:21
闇に消えた闇

 

お互い、このまま歩いていたい気分になったらしい。
なんとなくそのまま歩き続けて、広い裏庭を歩き回った。

リオはあまり身支度しないで出てきたのでちょっと寒かった。
袖を握って身震いしているリオに気付いて、ウィルは上着をくれた。
リオは慌てた。
「いいよ、そんな。ウィルだって寒いでしょ?」
「北部生まれですから、平気ですよ。リオは小柄ですし細いですから、寒さが身にしみるはずです。着ててください」
自分だって細いくせに、とリオは思った。
とはいえ、実際ひざが震え始めていたので、ありがたく着ることにした。
ぬくもりが残っていてとても温かかった。

「ねぇウィル、ヘイヴンさんはどうしてる?」
「特に何も。ライリスや女王にも会う気はさらさらないようです。何なんでしょうね。大人の事情ってやつなんでしょうかね」
「……ウィルだって大人じゃない」
「まだ二十歳前ですよ」
「あたしから見るともう立派な大人だわ」
「そうなんですかねぇ……」
ウィルは少し笑った。
「それにしても、少し驚きました。今の守護者はみんな歳が近いのに、一人だけあのような歳の人が出てくるなんて。ここまでみんな歳が近くて、さらに降魔戦争が迫っているとなれば、他の守護者も宿命的に歳の近い人だと思っていたのですが」
「歳が離れてると何か問題でもあるの?」
「そうでもないのですが。ただ、ちょっと考え方がちょっと違いますからね。向こうは経験に裏づけされた豊富な知識がありますが、私たちには発想の豊かさがあります。時々これがぶつかるんですよね」
「そうなんだ……」
リオは足元の雪を蹴り上げた。
「でも本当に、あの人がクローゼラに捕まってなくてよかったね。ライリスのおじいさんが神学者だったおかげだね」

リオはふと思ってウィルに聞いた。
「神学者が異端なのって、やっぱり創世記に通じてるから?」
「はい。……創世記と言えば、リオはお母さまから創世記の話を聞いていたそうですね」
「うん。……皮肉だよね、お母さんのこと、少ししか覚えてないのに、あたしったらお母さんがしてくれた話だけはよく覚えてるの」
ウィルは苦笑した。
「いいえ、完全に忘れるよりはマシでしょう」
「あたしがしてもらった話も異端なのかな」
「ええと、リオはどこまで創世記を知っているのですか?」
ウィルは言いながら、雪の重みでしなった枝を除けた。
「魔源郷のことまでは知らなかったけど、降魔戦争のことは聞いたよ。そう言えばマーリンのことも聞いたことある気がする」
「あ、もう異端ですね」
やっぱり。
リオはざくざくと雪を踏み締めながら、ウィルを見上げた。
「でも、ウィルはあたしよりたくさん知ってるわ。一体どれくらい知ってるの?」
ウィルは肩をすくめる。
「神話がクローゼラの正体をさぐる鍵になるらしいことを知ってから、手を尽くして調べましたから、大筋は知ってますよ。もちろん、降魔戦争のことも」
「……大丈夫なの、それって?だって未公表の創世記は異端でしょう。クローゼラに知られたらまずいんじゃない?聖者が異端だなんて」
「まずいですねぇ」
ウィルはあっさり答えた。
「私がどれだけのことを知ってしまったか、クローゼラが正確に把握した日には、お仕置きではすまないでしょうね。契約不履行と判断されかねないでしょう」
いともあっさりと言ってくれる。
リオは苦笑した。
「ウィルって時々、すごく危なっかしい……」
「そうですか?」
ウィルは笑顔でとぼけた。
「知ってみれば、神話って興味深いですよね。なぜこんな世界を創ったんだろうかとか、なぜこの世界はこんなに曖昧なのかとか、神々に聞いてみたいことがいろいろあるのですが。彼らは相当、秩序と理想の生き物だったようですよ。それがどうして、こんな穢れだらけの世界を生んだのか。サタンがこの世界を滅ぼそうとしたのは、あるいはむしろ神らしい発想ではないかと思うことがあるくらいです」
ウィルは静かに言った。
「……そうだよね」
リオはさっきのことを思い出していた。
「あたしね、神話を聞くのは物語みたいで楽しかった。物語だと思ってたの。よくよく考えると、事実だったら胸を踊らせてる場合じゃないわよね。……だから、神様は嫌い」
「……そうなんですか」
「だって、勝手にこの世界を、あたしたちを創っておいて、勝手に壊すの壊さないので喧嘩を始めたわけでしょ。無責任じゃない。そもそも誰かが気に入らなくなるような世界を創ってどうするのかしら。神様は理想と秩序の生き物なんでしょう。どうして理想の世界を創ろうとしなかったの?」
リオは聞いてから付け足した。
「こんなことを言うなんて、悪魔みたいだよね」
「いえ、私も別に神々が好きなわけではありませんよ。……理想と秩序に、神々は疲れたのでしょうかね」
「疲れるかもね、確かに」
リオも言った。
「でも自由すぎるのも問題でしょ?結局、何もかもがバランスなんだね」
「その通りですね」
ざくざくという音と共に、二人分の足跡が長い点線を刻んでいく。
「そう、バランスなんですよね。私たち守護者の役目も、世界の魔法のバランスを保つことですし」
「守護者が協力し合わないといけないんだね。……レインが協調性に欠けてるから大変じゃない?」
ウィルは笑った。
「そうですね。最低限のことはこなしてくれるのでまだ良いのですが」
「昔からああだったの、レインって?」
「いえ。最初は酷く無気力な感じでしたよ。あれだけのエネルギーを持つようになったのはオーリエイトに出会ってからです」
リオは苦笑した。
オーリエイトの前だけで生き生きするあの表情を思い浮かべる。
レインも悪い人じゃないんだけどなぁ、と思った。
「オーリィも辛いだろうね。あんな極端な愛し方をされたら怖いだろうに」
ウィルは黙っていた。
「怖いですか」
「……あたしは、そう思う。愛が滅びの呪いになることを知ってるから」
ウィルはまた黙った。
「そう考えると、愛も魔法の一種かもしれませんね。強制されたように、一つのものと結びつけられてしまうんです。まあ、実際世の中は魔法だらけなのですがね」
「この世界って、魔法で支えられてるもんね」
「神様の力ですから」
「あ、それ、創世記にもあるよね。終章に守護者のことと一緒に出てるの。始めの一文なら暗記できるよ。“神々、自らの力を光、闇と四大元素、すなわち火、水、風、地に分かちて六人の人間に封じ、もって守護者とす”」
ウィルも暗記しているらしく、リオの暗唱に声を合わせた。

リオはふと気付いて聞いてみた。
光はウィル、火はアーウィン、水はレインで地はエルト、風はクライドさんだ。
一人欠けているではないか。
「闇の守護者っていないね」
リオが言うと、ウィルは驚いたように瞠目して立ち止まった。
ざく、と半歩遅れてリオも止まる。
「どうしたの?」
聞くと、ウィルは俯いていいえ、と言った。
「なんでもないです。すみません、勘違いをしていただけです」
「……?」
よくわからん。
ウィルはまた歩き出した。リオも追いかけた。
「闇の守護者はいますよ。神話に記載されている以上、確実にいたことがあります。第一、闇がなければ光も生まれませんからね。ただ、闇の守護者は消えてしまっただけで」
「消えた……?」
「はい。大昔、王族の一人が闇の守護者に生まれてしまったんです。これはちょっと事件でした」
リオは首を傾げた。
「なんで?」
「教会と王家は本来、絶対不干渉でしょう。王家の力が教会に及ぶこと、教会が王国を乗っとること、両方を懸念した結果、記録によると、その王族は王籍を抹消されて追放になりました」
「え、で、それからずっと消えたままなの?」
「はい。……オーリエイトによると、これがクローゼラが女神となるのとほぼ同時ですから、もうクローゼラに捕まって魂を保管されているのではないかとのことでした」
リオは少しの間、黙っていた。
「本当に持ってるのかどうか、確認したことはないの?」
リオが聞くと、ウィルは拗ねるような表情をした。
「リオ、クローゼラもそこまで寛大ではありませんよ。そんな質問をしても答えてもらえませんし、そもそも本当に持っていたら、私なんかには見つからないところに隠すはずです」
「そ、そっか……でも闇がクローゼラに奪われているとしたら、バランスはどうなっちゃうの?守護者が欠けていて大丈夫なの?」
ウィルは困ったように首を傾げて、ゆっくりと、考えながらというように話した。
「さあ、詳しいことは私にも分かりません。闇の聖者というのは、他のどの守護者とも違う、異質の守護者ですし。もしかしたら体がなくても魂だけで大丈夫なのかもしれませんね」
「聖者、って……じゃあ、教会には元々二人の聖者がいたの?光と闇の」
ウィルはリオに微笑みかけた。
「当たりです。リオはのみこみが早いですね」
それがリオを称賛するような眼差しだったので、リオは少し照れて目を逸らした。
本当にこの人は光そのものだ。
「ウィルはいいね……光で。闇を中和させる力があって。あたしはダメ。隠すことしかできないの」
「それもバランスでしょう」
ウィルは言った。
「根本から闇を消し去ったら、人は生きられませんよ。受け入れられない時期は、隠すことも必要です。受け入れられる時になったら、また闇と向き合えばいいんです」
すごいなぁ、とリオは思った。
彼だって、光でありながら、彼なりの闇を抱えているはずなのに。
それに比べて自分は。
「ウィルは……あたしのこと、どう考えてるの?あたし、魔力もないし、なんの特別な力もない。精神安定剤なだけだよ。皆と一緒にいる資格があるのかな……」
「資格とか、そんなんじゃないんです。損得ではないんですよ。私だけではなくて、オーリエイトやリディアやエリオットたちもそうだと思いますが、あなたが私たちといるには力の塊でなければいけないだなんて、思っていませんよ。……何も持たないあなたでも、欲しいのです」
ウィルは静かに言い切った。
何の媚もない純粋な物言いがウィルの特徴で、だから信じることができた。
真っ白い雪に歩いた証を刻み付けて、リオはウィルの傍にいる時にだけ感じられる安心感に浸っていた。

「そろそろ戻りますか?」
ウィルに言われて、リオは笑顔で頷いた。





最終改訂 2007/05/13