EVER...
chapter:2-story:22
身の上

 

リオは室内に戻ると、いつもの広間に向かった。
ウィルはライリスを探さないといけないからと言って先程別れた。
もしかして一人探しの最中にあの現場を通りかかって助けてくれたのかな、と思う。
そうなら、そうやって自分を優先してくれたことが嬉しかった。
本当に嬉しかった。

広間に近づくにつれて、歌声が聞こえてきた。
リディアと……多分、ノアの声だ。

「大地を踏みしめ人は立ち 紺碧の空に鳥はさえずりを残す
 父なる主神に陽の光を 子なる我らには月の歌を
 宵の風は大地を通りて 水面はざわめき震える
 太陽の照らす我が子らに 祝福の宴を今……」

ウィルの歌と同じでだいぶ意味不明だが、旋律は透き通るようで、厳かで、とても美しい。
歌詞から天界の歌だろうと予想がついた。
歌声に目を細め、リオは広間への扉を開けた。

リディアとノアが気付いて、歌い止んだ。
「リオ、戻ったのね」
リディアに声をかけられたが、リオは固まっていた。
リディアとノア姉弟からさほど離れていない所に、オーリエイトと―――レインが、いた。
オーリエイトはリオに気遣わしげな視線を、そして非難するような視線をレインに送っていたが、レインはひどく無表情に窓の方を見つめて、リオには一瞥もくれなかった。
リディアが説明する。
「あのねリオ、実は私、礼拝堂でのあなたたちの話、聞こえちゃって。ウィルがあなたを連れ出すのが見えたんだけど、私、助けに入れなかったから……オーリィには言っておこうと思って」
ノアも言った。
「リオ姉ちゃんはレイン兄ちゃんにいじめられたんでしょ。いじめは悪いことだって、オーリエイト姉ちゃんから教えてもらうの」
リオは何とも言えず、レインを見た。
「ほら、謝りなさい」
オーリエイトがせっついたが、レインは黙っていた。リオは苦笑した。
「謝らなくてもいいよ。だって謝ったってそれは本心じゃないんでしょ。今じゃなくても、いずれまた追い出そうとするんでしょ」
どうなの、という目でオーリエイトがレインを見たが、レインは相変わらず黙っていた。
リオはオーリエイトとリディア、ノアに微笑んだ。
「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。あたし、追い出されたりしないから。あたしは、ここに残りたいの。みんなと一緒にいたいの。あたしが自分から屈しなければいいのよ。だから大丈夫」
「そう。それでまたみんなを傷付けるのも構わないわけか」
レインがポツリと、しかし氷のように冷ややかに言った。
「レイン」とオーリエイトが制したがレインは何も言わなかった。
リオはレインを睨み返した。
「ウィルが言ってくれたの。隠す闇だって時には必要だ、って。あたしはあなたが言うほど危険じゃないわ」
「自分自身のが誰かもよくわかっていないくせに、自分は安全だと言えるのかい?」
レインはすかさず反論する。
「分かってなくないわ。あたしはリオよ。他の何者でもない」
「本当に?ただのリオ?それなら僕だってただのレインであって守護者じゃないさ」
リオは困惑した。
オーリエイトも眉をひそめて聞いた。
「何の話」
「僕はね、レオリア・ラッセン、君の身の上に疑問を持っているんだよ」
レインはほくそ笑みとも呼べるような笑みを浮かべた。
「君のお母さんは誰だい?お父さんは?何者だったか知ってる?」
「お母さんと、お父さん……?」
リオはわけが分からずに聞き返した。
リディアがレインに疑わしそうな目を向けた。
「あなたは知っているというの、レイン?」
「いや、そうじゃないけどね。クローゼラが話しているのを聞いたのを、思い出したんだ。降魔戦争で悪魔軍を裏切った悪魔が一人、東の果てに潜伏しているって。その悪魔のことじゃなかったみたいだけど、それに関連して異端の子、とかなんとか話していたよ」
リオは目を見開いた。
……異端の子。
何度追っ手の魔法使いにそう呼ばれたことか。
「それとリオと、何の関係があるというの」
オーリエイトが眉をひそめて聞いた。
レインは肩をすくめて答える。
「だってオーリエイト、変に思ったことはないのかい?いくら運が良くたって、魔力を持たないリオが、クローゼラの手下の魔法使いから一年以上逃げ続けていたんだ。そんなの不可能だよ」
「でも、あたしは見つからないように山道を歩いてたし……」
リオがわずかに反論したが、レインは次の切り札を出した。
「じゃあ、別の角度から質問してみよう。リオ、君って国はエレクトル出身?」
「え?ええ……エレクトルの海沿いのハイナムっていう村よ……」
「その名前は聞いたことないけど……ヤストワースっていう地名は聞いたことある?」
リオは身を固くして絶句した。
母が変死していた場所に一番近かった村が、ヤストワースというのだ。
偶然にしては気味が悪く感じて、嫌な予感がした。
お母さんは……なんなのだろう。もしかして、その悪魔なのだろうか。
リオが黙り込んで俯いたのを見て、レインは冷ややかな表情をした。
「心当たりがあるみたいだね?」
「やめてよ、レイン。どうしてそんなにリオを追い詰めるの?」
リディアが小さく叫んだ。
「リオの正体が何だろうと、私たちには関係ないわ。教会の真実を知って味方してくれるだけで嬉しいのに」
オーリエイトも言った。
「何がそんなに不満なの、レイン。リオはずっと私たちを支えてきてくれたのに」
「何をして?悪魔を倒した?情報収集してくれた?」
「レイン、そういうことじゃないわ」
オーリエイトはイライラしたように言う。
「いいこと、レイン。今はあなたの正当性を説いている時じゃないのよ。リオが異端ならそれで結構。リオが裏切った悪魔と関係があるならそれで結構」
オーリエイトの金の瞳がキラリとレインを見据える。
「でも、一番いただけないのは、あなたのその仲間に対する姿勢よ」
ビシッと愛する人にこう言われたレインは沈黙した。

リディアがノアの手を引いてリオの傍までやって来て、大丈夫よ、と囁いた。
「私たちはリオにいてほしいのよ。追い出させたりしないわ」
その言葉は温かかった。リオも嬉しくてリディアに微笑み返すくらい温かかった……だが、ひっかかりは強かった。
ヤストワース、その地名と異端の子というキーワードが重く心にのしかかる。
リオは不安をドロドロと心の底にうずめたまま、レインの反応を待った。

「そう」
レインはやはりオーリエイトが相手だとおとなしいようだった。
感情はあまりこもっていないにしろ、愁傷に言った。
「僕が悪かったよ」
「私じゃなくてリオに言って」
レインは少し渋っただけで素直に従った。
「ごめんなさい、リオ」
リオは何も言わなかったし、頷きもしなかった。
謝罪を受け取りも拒否もしないリオを見て、レインはもう一言言う気になったらしい。
オーリエイトに意味ありげな視線を送りながら言った。
「君ならその悪魔のことを覚えてると思ったんだけど……分からないみたいだから、まだ思い出してないのかな?」
言われたオーリエイトは軽く目を見開いて、それから押し殺した声で言った。
「ちょっとは反省しなさい。また言い張るなんて。あなたの正当性は関係ないと言ったでしょう」
レインは肩をすくめ、「分かったよ」と言った。
そしてリオを振り返った。
「もう追い出そうとはしないよ。オーリエイトに絶交されそうだし」
そして彼は真っ直ぐ出口へ向かい、部屋を出た。

残された少女たちと男の子は沈黙した。
「……オーリィ?あの……覚えてるって、どういうこと?」
オーリエイトは黙っていた。
リディアはさらに言う。
「賢者の弟子だったり、クローゼラと知り合いだったり、神話をよく知ってたり、オーリィってもしかして、すごくすごく特別な人なんじゃ……」
オーリエイトは静かに言った。
「そうね。でも、神話は知ってるわけじゃないわ」
少し間を入れてから、オーリエイトは言った。
「……直接、見てきたの」
それだけ言うとオーリエイトは顔を上げて告げた。
「私、調べ物をしてくるわ。……レインの言ったこと、くれぐれも鵜呑みにしないで、リオ。ああやって相手を追い詰めるのが得意な人なの」
リオは曖昧に笑った。
「分かった。また後でね、オーリィ」
オーリエイトは頷いて、部屋から出て行った。

ドアが閉まると、リディアとリオは目を見合わせた。
「なんだか……嫌な気分だわ」
リディアが言った。
「結局レインの術中にかかっちゃったみたいね。私、なんだか不安だもの」
「あたしも」
リオは俯いた。
「……あのね、リディア。レインが言ったこと、あたし全部心当たりあるの」
リディアも、聞いていたノアも驚いたように目を瞬いた。
「リオ姉ちゃん、悪魔と何か関係あるの?」
ノアは信じられないというように声を上げた。
「だってリオ姉ちゃん、全然悪魔の感じがしないよ。ね、お姉ちゃん」
ノアがリディアを見上げると、リディアも頷いた。
「あなたには悪魔の気が感じられないわ」
「でも」
リオは言った。
「あたしの呪いが隠してるのは、それかもしれないじゃない」
リディアは黙ったが、心配そうにリオの顔を覗き込んだ。
「心配しすぎよ、リオ。そんなはずないわ。あなたって悪魔の性質なんて持ち合わせてないもの」
「あるよ……細かいところで。あたし、神様の身勝手さが嫌いだし」
「人間だって神様が嫌いな人はいるわ」
リオは黙った。
リディアはリオの手を取って言った。
「分かったわ。そんなに不安なら、私たちも降魔戦争のことを調べてみましょう。幸い、ここは国中で一番の蔵書量を誇る王宮だし」
「……そうだね」
リオは顔を上げた。
やる気が出てきた。
「全部、降魔戦争に関係してるもんね。裏切った悪魔のことも、オーリィのことも」
「本当ね。……オーリィが言ってた、直接見てきたって、どういうことかしら。オーリィは降魔戦争の時代からずっと生きてたってこと?でもそんなのあり得ないわ。私、三年前からオーリィのことを知ってるけど、オーリィはちゃんと成長してるもの。不老不死なんかじゃないわ」
ノアは一生懸命話を理解しようとしているようだったが、いまいち全部は飲み込めていないようだった。
リオは笑ってノアの頭を撫でて言った。
「分からなくても大丈夫よ、ノア。ゆっくり理解すればいいから。……とりあえず、ライリスの手が空いたらライリスに王家の書庫を開けてもらうように頼もう。入るのは畏れ多いだなんて言ってられなくなったわ」
リディアも頷いた。


ライリスはなかなか忙しいようで、捕まえるのに成功したのは翌日の午後になってからだった。
リオたちが事情を説明すると、ライリスは気前良くオーケーしてくれた。
「ぼくも一緒に行くよ」
彼女は言った。
「誰かに、なんで書庫にいるんだって聞かれたら困るでしょう?それにぼくも降魔戦争のことを良く知っておかないとなぁって思ってたところだし」
「助かるわ、ライリス」
ライリスは笑った。
「ぼくで良ければいつでも助けてあげるよ。……大丈夫だよ、リオ。レインに君の何が分かってるっていうんだい?前もぼくにいわれのない非難をしてたことだし」
なかなか説得力のある慰め方だった上に、ライリスの言い方がひどくおどけていたので、リオも笑い出してしまった。

しかし、事態はそう簡単に収まらなかったのだ。






最終改訂 2007/05/25