EVER...
chapter:2-story:25
混沌
 

 

「魔王の姪……まさか」
話を聞いたウィルは瞠目した。
「どうりであんなにショックを受けた顔をしていたわけですね」
そして、思いつめた表情でずるずるとソファに座り込む。
意気消沈、という形容詞がふさわしかった。
「あれだけ必死に走って逃げたんじゃ、今頃はもう相当遠くにいるだろうな」
ライリスがぽつんと、窓の外を見ながら言う。
「なんとかならねぇの?」
アーウィンが尋ねたが、ライリスは首を振った。
「ぼくに王女の特権なんて期待しないでね。君たちと同じくお手上げだよ」
「ねぇ、リディア、ノア、本当に何も感じていなかったのか?悪魔の気ならわかるんだろう」
エリオットが妹と弟を振り返って聞いたが、リディアもノアも首を横に振った。
「私、全然気づかなかったわ」
「ぼくもだよ。だってね、お兄ちゃん、リオ姉ちゃんは全然悪魔とは違うんだよ!お願い、連れ戻してよ。いなくなっちゃうなんて嫌だよ……」
「あなたたちが気づかなかったのは、あなたたちの責任ではありませんよ。リオの悪魔の気は、彼女の呪いが隠していたのでしょう。最近は少し解けかけてきたみたいですが……かけたのは、彼女の母親――― 魔王の妹リリスでしょうね」
ウィルは力なく言った。
「……なぜ」
ウィルはため息をつく。
「なぜ、彼女なんですか……。あなたたちもなぜ、リオを止めなかったのですか」
「あなただって止められなかったでしょう」
オーリエイトに言われ、ウィルはオーリエイトをキッと睨んだ。
「私は状況を把握できていなかったのですよ。あなたたちはもう彼女が魔王の姪だと知った後だったじゃないですか」
オーリエイトも口をつぐんだ。

ウィルはしばらく唇を真一文字に結んで思いつめた顔をしていたが、突然立ち上がり、外套を羽織った。
「待て、ウィル。リオを探しに行く気?」
相変わらず輪の外でみんなの話を聞いていたレインがウィルに声をかけた。
「当然です。リオを失うなんて、そんなことはできません」
「リオは自分から出て行ったんだ、放っておいたらどうだい?」
「そりゃあ、リオを追い出したがっていたあなたにとっては渡りに船でしょうね」
痛烈に悪意をこめたウィルの言葉にも、レインは動じずにあっさりと言い切った。
「そうだよ。僕は正直ほっとしてる。君も、僕の推理が当たっていたということは否定しないだろう」
「しません。けれど、彼女は魔王の姪以上の存在なんです」
「……君にとってはね」
レインが言うと、ウィルはほんの少し頬を赤らめたが、すぐに怒ったようにレインを睨みつけた。
「人のことが言えますか」
「もういいよ、リオは去ったんだ。諦めるんだね。むしろ問題なのは、彼女が悪魔のところに駆け込んだ場合、彼女は僕たちの情報をたくさん知っているということだ。これはまずいと思うんだ」
レインの言葉を聴いて、リディアが憤慨してガバッと立ち上がった。
「リオはそんな子じゃないわ!絶対私たちを裏切らない!リオはそういう子よ。自分が裏切られたって自分から裏切ったりしないわ!よくもそんな酷いことが言えるわね!」
傍にいたエルトは、妹の剣幕に驚いたあまり、のけ反って絨毯につまづき、尻餅をついた。
しかしリディアは叫び続ける。
「サタンの姪だろうがなんだろうが、リオはリオよ!皆がどう思おうと私はリオを連れ戻すわ!放っておくだなんて、何を考えてるの?リオは今、悪魔がうろついている夜の森にいるんですからね!こんな話し合い、時間の無駄だわ!」
言い捨てると、リディアはそのまま憤然と部屋を出ていった。

驚いて声も出なかったノアが、その後をお姉ちゃん、と呼びながらついていく。
一同呆然と見送り、アーウィンがやっと口を開いた。
「なんつーか……リディアって、時々すごい勢いを出すよな」
エルトはため息をついて、頷いて肯定した。
「その勢いを出させるだけのものをリオは持っているわけだ。それが魔性なんだよ」
レインが言うと、ウィルはじろっとレインを見た。
「彼女の悪いところしか見ていなかったのですね、あなたは。あれだけの証拠がそろっていたのに、一つも気に留めなかったのですか?」
「……何の話」
オーリエイトが訝しげにウィルを見つめた。
「あなたもですね、オーリエイト。仮にも降魔戦争時代を知る者だというのに」
ウィルははっきりと言った。
「彼女は幾度も呪文を破っていました。ハーベルトの屋敷の書庫で、そして悪魔に襲われた折。魔法を消し去ったんですよ」
え、と全員がはっとした。
「ちょっとまって……それって」
「あ!なぁエルト、オレたちが聖神殿にリオを助けに行った時さ、リオが、クローゼラに魔法で探られたとか言ってたよな。でもリオは見つからなかった」
エリオットは呆然と頷いた。
オーリエイトがはっと気づいた。
「そうだわ……あの時クローゼラが放った呪文……不発じゃなくて、リオが消したのね」
レインが驚いて口を開いた。
「それは本当?ハーベルトの書庫にリオを入れたの?鍵の呪符の呪文が解けていたのはリオの仕業だったのか?」
オーリエイトがさらに思い出した。
「エレインの日記はあそこにおいてあったわね」
ウィルが付け足した。
「ノア君の呪いが突然解けたのも、リオといる間に解けたのですから、たぶんリオでしょうね」
ライリスとオーリエイトが交互に言う。
「あ、ペガサス騒動の時、聖者の城の門を開けたのもリオだ」
「あそこでクローゼラにあったときも、クローゼラの魔法を消していたわね……」
「分かりましたか?」
ウィルが言った。

「一度かけられた魔法を、魔力も持たない人が消したりできるはずはありません。ただ一人、闇の守護者を除いて」

「闇の守護者って、それじゃ、リオは"世界にただ一人”を二つも背負っているのか?」
アーウィンが呆然と呟く。
オーリエイトがふと首を傾げた。
「……クローゼラは知っていたのかしら」
「どうでしょうね。知らなかったと思いますよ。あ、でも……」
ウィルは思い出したように言った。
「魔王の姪だということは知っていたと思います。リリスの愛称がエレインなのですよね?エレインの名前は聞いたことがありますから。その娘を探しているといっていました……まさかリオのことだとは思いませんでしたが」
レインが俯いて言った。
「……闇の守護者か。本当なら……」
「追い出せなくなりましたね、レイン?それほど重要な駒を、あなたが利用しない手はありませんし」
ウィルの言葉にレインは皮肉気に笑った。
「だったらどうして早く言わなかったんだい?前から気づいていたんじゃないのかい?」
「薄々疑っていた、という程度です。確信したのはここ数日ですよ」
「とにかく、リオを探さないと」
オーリエイトはテキパキと外出の準備を始めた。
「こんな時間だから、悪魔がうろついているかもしれないわ。リオが彼らの手に落ちたら、彼女にとっても私たちにとっても危険よ」
「ぼくもなるべく早く、軍が動かさないと。どっちにしろ戦争は避けられないし、悪魔と接触できればリオの情報も入るかもしれない」
ライリスが言い、部屋を出て行った。
後をアーウィンが追う。
「ライリス、手伝うよ。親父さんとか、自分で話したくないやつにはオレが伝言しておいてやるぜ」
ライリスは彼を振り返りながら少し微笑んだ。
「助かるよ」
二人の姿が見えなくなった直後、外から馬のいななきが聞こえた。
エルトががっくりと頭をたれた。
「リディア……さてはまたノアを使ってペガサス騒動を起こそうとしてるな」
「急ぎましょう」
オーリエイトは杖を握り締めて言った。
全員が頷いて、外出の準備を済ませに行った。



「情報は確かだと、レアフィリスも申しているのよ」
女王は会議の席でそう言った。
「あなた方とは違い、王宮からでは見えないことも、この子は見てきています。なぜ信じようとしないの?」
大臣たちはやれやれ、という眼差しだった。
「女王様は、恐れながら御子に甘すぎていらっしゃいます。本来ならば、御子は外に出てはならぬ身なのですよ」
「王女は、とは言わないのね」
女王が目を細めて鋭く言うと、大臣たちの間に沈黙が下りた。
「たとえ王族の血が確かとは言え、どこの馬の骨とも分からない血が混じっているのは確かですからな」
ぽつり、と権力の大きな大臣の一人が呟いた。
同調するような空気が大臣たちの間の一部に流れる。
ライリスはこの会議を部屋の隅で傍聴していた。
傍聴という形ですら、会議に参加したのは初めてだった。
そして、母の発言に驚いていた。
自分が王女として認められることを、母が望んでいるとは思っていなかったのだ。
女王は狂うほどに思い焦がれた相手を“どこの馬の骨とも分からない”と評されて、一瞬怒りで頬を染めたが、静かに唇をかみ締めて耐えた。
そして顔を上げ、できるだけ毅然として言う。
「いいわ、ライリスのことについては今度にしましょう。問題は派兵なのです。正式な情報ではないとは言え、私のところにも、カートラルトとの国境から、かの国がおかしいとの報告が多数届いているの。調査ぐらいはすべきだと思いません?」
「そのために我がショルセン王国の兵を動かすというのは……」
「そうですとも、兵はいくらなんでも。兵が動くのは国が動くも同然です。そう易々と動かせるほど、ショルセンの名は軽くありませんよ」
臣下たちの反対に、女王は必死に言った。
「でも、軍は王家のものよ」
「そして王家は国です」
棘の含んだ声で発言をしたのは、いつかの侯爵だった。
「女王、軽はずみな行動は御自身の身の破滅ですよ」
本当は破滅してほしい癖にと思いながら、ライリスは声を張り上げた。
あまりに進展がなさ過ぎて、だんだん聞いていられなくなったのだ。
「状況は変わっています」
周りが一斉に、ライリスに目を向けた。
ついに口を挟んだか、といううんざりした表情がたくさんあった。
ライリスは隅を離れ、会議の輪に近寄った。
「教会と接触した結果、守護者が六人揃ったと連絡を受けました」
待ってください、とすぐに一人の大臣が声を上げた。
「六人、と?守護者は五人ではないのですか?」
「この中に、歴史から消された闇の守護者のことを知っている人はいますか」
ざわ、と半数以上が驚いて隣の人と噂を始めた。
それが静まるのを待って、ライリスは言った。
「その闇の守護者が見つかりました。数百年ぶりに、守護者が揃ったのです。加えて、近年の悪魔の出没の増加、彼らは明らかに何かに向けて動いています。これが降魔戦争の前兆でなくて、何なのでしょう。」
沈黙。
ライリスは少し余裕が出てきた。上手くいきそうだ。
そこで、情報を公開することにした。
「守護者たちが言うには、女神はサタンと癒着していて、守護者たちを契約で縛っているのだそうです。幸い、風の守護者と闇の守護者はまだ女神に囚われていはいませんが……彼らとて女神を快く思っておらず、できる範囲で我々に協力したいそうです。今回の情報も、多くは彼らが教えてくれたものです。」
例の侯爵が言った。
「教会と接触した、とおっしゃいましたね?それに、話によるとあなたはかなり彼らと話をしていますね。王家は教会に不干渉なのではなかったのですか?あなたこそ、教会と癒着しているではありませんか」
ライリスはむっとした。
「悠長なことをおっしゃいますね。教会と王家の関係は、世界を守るためにあるものです。協力すべき時はします。一つ皆さんの気に留めていただきましょう。今現在、もう戦争は始まっているのですよ」
侯爵がひるんだのを見て、ライリスは続けた。
「我々が敵にしているのは、カートラルトでも悪魔の小個隊でもない。世界を滅ぼす存在です」
ううむ、と多くの大臣がライリスの言葉に打たれたように考え込んだ。
「……しかし」
侯爵はあせったようだ。
「やはり今すぐ、というのは性急過ぎます。ショルセンは長年、戦争から遠のいていた国です。準備が必要ですし、兵も資金も足りない。カートラルトから援軍の要請もない今、しゃしゃり出るのは侵略を狙っているととられかねない行為です。それに、ショルセンは神に造られた国なのですよ。その国の軍を軽々しく動かすなど、言語道断です」
う、とライリスは言葉に詰まった。
意外に説得力があった。
がやがやとその意見に、大臣たちの支持が集まる。
やはり多勢に無無勢のようだ。
ライリスは小さく「くそっ」と少女らしからぬ罵り言葉を吐き、考えるように眉を寄せた。




最終改訂 2007/07/25