EVER...
chapter:2-story:28
意地っ張りと覆り
 

 


「杖?どうしても必要なのか?」
アーウィンはオーリエイトの話に目を瞬いた。
クライド・ヘイヴン氏も一緒に呼ばれていた。
オーリエイトは頷く。
「魔法の波長のぶれが少なくなって、より強力で正確な魔法が使えるようになるわ」
「そんなもんなの?」
オーリエイトは頷き、説明した。
「魔力の強さは、魔法波の乱れの強さが関係しているの。乱れが強いほど魔力は弱くなるわ。呪符や杖は、その乱れを正してくれるものよ」
「分かったけど……わざわざオーダーメイド?」
「人によって魔力の質が違うもの」
「俺は必要ない、導者。もう持っています」
クライドがそう言った。
「そう。ならいいわ」
オーリエイトも淡々と返した。
アーウィンは我慢ならなくなったように言った。
「あのなぁ、随分余裕かましてるけど、こんなことをしてるなら、リオを探しに行った方がいいんじゃねぇの?ウィルとリディアなんか、すごい落ち込んでてかわいそうだぜ。何で何もしないんだよ」
どうもアーウィンの機嫌が悪いのはそのせいだったのか、とオーリエイトは苦笑した。
「この少人数で探しても見つからないわ。ましてやあなたたちは自由に行動できないのだもの。だからノアに頼んで鳥を放ってリオを探してもらってるの」
「なんだ、よかった」
アーウィンは途端にケロッと機嫌を直した。
「なら異存はねぇよ。じゃあオーリィ、杖よろしく」
オーリエイトは苦笑しながら頷き、部屋を出て行った。


「……あの銀の髪の女の子が闇の守護者だったって本当なのか」
ドアが閉まるのとほぼ同時にクライドがアーウィンに聞いた。
アーウィンはちらりと彼を見上げて言った。
「本当だよ。だから血眼になって探してんだろ」
「どうりで……闇っぽい子だった」
「なんだそりゃ。おっさん、リオとそんなに交流あったっけ」
クライドは僅かに笑んだ。
「少し話をしたことがある。……ライリスのことで。あの子は、世界と大切な人を天秤にかけたなら、大切な人を取ると言っていた」
ふうん、とアーウィンは呟いた。

「君、名前は?ライリスと親しそうだが」
クライドに問われてアーウィンは顔を上げ、にっと笑った。
「アーウィン・カウベル。ライリスとはそろそろ4年の付き合いだよ」
そしてアーウィンはきらりとヘーゼル色の瞳に鋭いものを宿して聞いた。
「オレに興味あんの?ライリスと仲良いから?」
「……なんだ、君もわたしがライリスを見捨てたくせに今更関心を持つのは図々しいというのか?」
「普通そう思うだろ」
クライドはふっと笑った。
「……ライリスには優しい友達がたくさんいるんだな」
アーウィンはその言葉に目を丸くし、少し困ったように頭を掻いた。
「なんか上手くはぐらかされたな。おっさん、やっぱライリスに似てるや」
クライドは苦笑した。
「……リオという子にも言われた」
「ライリスのこと気にかけてんなら、なんでライリスに話しかけてやらねぇの?」
「……ライリスがそれを望まない」
「いや、だってあいつ、そういうとこ意地っ張りだし」
クライドは黙った。
アーウィンは後ろ手に手を組み、あくまで軽い調子で言った。
「本当は話したいことが一杯あんだろうさ。まあ、大部分が文句だと思うけど。そういう意味では、ライリスに話しかけないおっさんも意地っ張りなんだな。やっぱ親子だな」
「……君はライリスの何なんだ」
「相棒。なんで?」
「いや、別に……」
クライドが黙った隣りで、アーウィンが言った。
「ライリスの傷、おっさんがつけたんだろ。おっさんが治してやれよ」
沈黙がおりる。

少し後になって、クライドが呟いた。
「……見ていた限りでは単純そうな子だと思ったが、君は結構色々と観察しているんだな」
「あん?そうだな。こう見えても結構考えてますヨ」
アーウィンは言って、にっと笑った。闇を知る者の笑い方だった。
「じゃなきゃ一人で生きてけないし」
「……一人?」
「ん。オレ、守護者になったばかりなんだ。ついこないだまで浮浪児」
「そうなのか……なら、ライリスとはどうやって知り合ったんだ?」
「あいつ、よく家出すんの。まあ、あの身の上だからな、王宮は嫌いなんだろ。で、家出して腹空かしてたライリスにオレが声をかけたんだ」
「……それはすごい偶然だな」
「んー、ま、そんなもんでしょ、出会いって。おっさんが女王様と出会ったのだって、すげぇ偶然なんじゃん?」
「……そうだな」
クライドが黙り、アーウィンも少しの間、言葉を発しなかった。

「そだ」
思い付いたようにアーウィンが言った。
「おっさんも戦争に参加すんの?ライリスや女王様には会いたくないとか言ってたけど」
「ローズが直接戦場に出ることはないだろうから。ライリスは分からないが。まあ、参加するつもりだ。守護者一人の戦力はまさに一騎当千だからな、ライリスが来るなら顔を合わせる覚悟はしてもらわないと」
クライドはアーウィンに問い返した。
「君たちは?君は火の守護者だろう。参加しないのか?」
「んー、行きたいんだけどな。クローゼラとの契約があるから、できることなんてたかが知れてら」
「それでも体を鍛えておいた方が良いぞ。万が一、ということもある」
アーウィンは少し悪戯っぽく笑った。
「オレ、体力と運動神経には自信あんの。ライリスにだって負けないぜ」
「本当か?」
「本当本当。ライリスもすばしっこさではオレに敵わないって折り紙つき。そういうおっさんはどうなのさ?」
クライドはにやりと笑った。
その表情を怪訝に思ったアーウィンは、危険な気配を感じて素早く身を引く。
「なにすんだよ!」
今までアーウィンの腰があった場所に、クライドの小さなナイフがあった。
「別に本気で刺そうと思ったわけじゃない。避けられなかったら寸止めするつもりだったさ」
ぬけぬけと言ってのけられて、アーウィンは怒ったように唇を尖らせた。
「だからって危ねぇだろ!」
「まあまあ。しかし、自分で言うだけあって素早いやつだな。見込みがありそうだ」
その言いぐさはやはりライリスとよく似ていて、
「坊主、それに他の守護者も誘ってみようかな。私は武芸の心得がある。鍛えてやろう」
しかも多少強引に事を運んでしまうところも似ていた。


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――― 信じていたことが覆ることがある。
ぼんやりとリオは思った。

小さいことから大きなことまで、とにかく信じていたものが覆る。
続くと思っていた幸せが、一緒にいてくれると思っていた人が、消える。

リオは何日も、何をしろと言われることもなく部屋に放置されていた。
当然、逃げられてはまずいということで、部屋には魔法で鍵がかけられているのだが。
窓の外では、悪魔たちが訓練をしていた。
森の中だから、多少うるさくしていても、反サタン側には見つからないらしい。
さすがに全員が魔法を使いこなす悪魔たちだけあって、その訓練で生じる音は半端ではなかった。
爆発音、どよめき、歓声、金具のぶつかり合う音。
それらを耳にしながら、リオは何もせずに部屋にいた。
こういう日々もそのうち覆るんだろうな、とぼんやり思う。
でも、さすがに絶望することには疲れていたものの、リオは彼らに混じりたいとは思えなかった。それは嫌だった。
ここで生きているのは、他に生きる場所がないからであって、彼らの思想と真逆でいることを辞めるつもりはない。
いまでも、もう諦めきった今でも、やっぱりリオはこの世界が好きで、みんなが好きで、消えてほしくないと強く思っている。
でもそれに対して行動を起こしたり、嘆いたりする気力はなかった。

一方で、カインは少ながらずリオの慰めになっていた。
カインは毎日夕方に現れ、リオと軽くおしゃべり、というより口喧嘩をして帰っていく。
あれ以来、「姉ちゃん、姉ちゃん」と本人は絶対認めないがリオに懐いたようで(リオとて『懐く』なんて可愛らしい表現が当てはまるとは思わないが)暇さえあるとリオの部屋に入り浸っていた。

メフィストフェレスとは、初対面以来会っていなかった。
逆にベリアルはよく来た。
はじめはカインがリオのところに入り浸るのを快く思わずに見張りに来ているのかと思ったが、ある日カインがいるところに入ってきたのに何も言わなかったので、全然気にしていないようだ。
カインはベリアルの姿を見た途端に、ひどく不機嫌になり、反抗的な目を彼女に向けながら帰ってしまったが。
「困ったものだな、あれも」
ベリアルはカインの後姿を見送りながら言った。
「協調性のかけらもない。まあ、お前とだけは仲良くやっているようだな。異質の者同士の同属意識か」
ベリアルは勝手に椅子に腰掛けた。
自分のところに来るだなんて、よっぽど退屈しているんだろうなとリオは思う。
今日来たのは、どうやらメフィストフェレスの愚痴をこぼすためのようだった。
彼女とメフィストフェレスは折り合いがいいとは言えないらしい。
「過激にもほどがあるのだ、あの男は。味方の兵力すら気にせぬのだから」
それじゃ、メフィストフェレスってレインみたい、とリオは思った。
態度や話し方からすれば、ベリアルの方が位が高いのは明らかだったが、悪魔はどうやら実力で上下がつくらしい。
ベリアルとメフィストフェレスの負担する仕事を見ると、二人はほぼ対等に見えた。
「戦いが始まれば、将としては私の方が上であろうに」
ベリアルはそんなことを残念そうに言った。
戦争が起きていないのを残念そうに、だなんてとリオは反感を覚えた。
「あなたは戦いを望んでいるの?」
いつもはあまり返事をしないリオが言葉を返したのでベリアルは少し興味ありげにリオを見た。
「望んでおるよ。天の神々に、我々が正しかったことを示す機会だからね」
「正しい……?」
リオにとってその言葉は意外だった。
ベリアルは美しく声を震わせて笑った。
「そうか、君は我々を勝手に悪と決め付ける人々の中で育ったのだったね」
わずかに分かる、皮肉の入りを含ませて。
「間違っているのは我々ではないよ、レオリア。サタン様は崇高な志を持っておいでなのだ」
リオは黙って聞いていた。
「我々が天に離反したのは、神々が頑固だからだ。汚濁しきったこの世界に執着しおって」
ベリアルは嫌悪を赤い唇に乗せて言う。
「強盗、殺人は日常、善行すら突き詰めればすべては自分のため。そんな世界にこだわって何になるというのだ。この世界に幸せな人間は少ない。君も幸せだったとは言えぬだろう?そんな世界が何になる?」
リオは衝撃に打たれて呆然とした。
その通りに思えたのだ。
傷ついた仲間たち。誰もが泣き出したがっていた。
悲しさと苦しさに満ちた世界。
「滅んだ方が良いのだ、この世界は。無に返してから、理想の世界を作り直すのだよ。誰もが幸せになれる世界を」
「……そんなこと、できるの?」
「ありえないとでも言うのかえ?われわれを誰だと思っている。この世界を創った神々だ。君はこの世界しか知らないから分からないだろうけどね」
ベリアルは艶然と笑った。
クローゼラを想起させる笑みだった。
「正しいのは我々なのだよ。君も望ましいと思わぬか?誰もが幸福な、清く澄んだ世界が」
誰もが願ってやまない「幸福」。それが世界に満ちていたらどんなに素晴らしいだろう。
リオは混乱した。
悪魔は――― サタンはただ破壊だけを目的にしているのだと思っていた。
だから心から、彼らを悪と見ることができたのに。

――― 信じていたことが、覆ることがある。

ベリアルが帰った後も、リオは考え込んでいた。
まさか悪魔たちに理解を示してしまう日が来るとは思っていなかった。
自分がいっそうちっぽけに思えて、しかしちっぽけなりに自分の考えを、自分が取りたいと思う立場を決めたいと思った。

絶望することは、既に忘れていた。





最終改訂 2007/09/05